平賀 稚器プロローグ


■月■日
ようやく幕府の許可が下り、かの失われた叡智の地を訪れることができた。
得られた成果は驚くべきものである。特に機械の自律脳は二百年前の産物とは思えないほどで、しかも未だに使用可能な状態のものすらあったのだ。
これを用いれば、今まで夢見ることしかできなかった計画を一気に実行に移せるかもしれない。
構想が頭の中で膨らみ続けている。今夜は眠れそうにない。

■月■日
上手くいっている。あのパーツの恩恵が大きい。
この分なら肉体はじきに出来上がるだろう。問題は心だ。
どのような精神を組み上げるのが良いか? これは欠くべからざる要素である。

■月■日
煮詰まっている時に、ふと幼い頃、自分の名前に関して親に文句を言ったことを思い出した。
我ながら馬鹿げた発想だが、案外これは悪くないかもしれない。
それに――折角の夢だ。少しは自分の好みを入れても罰は当たらないだろう。

■月■日
工程上、完成した。
子供らしい細く柔らかな体。後ろで結わえた髪は黒い絹のよう。澄んで無邪気にきらめく瞳、白く滑らかな肌、あどけなくも一分の隙もない顔立ち。
どこの大名家の姫であっても、これほど恵まれた活発さと賢さを容貌に表している者はいないだろう。
桃地に刺繍の花々を咲かせた召し物がよく似合う。用意しておいてよかった――小さな体に収まりきらないほどのかわいらしさが溢れ出て見える。
これこそが私の、いや全人類の夢。天然物ではありえない、完璧な美を体現する人工少女だ。
震えが止まらない。私がこれを造ったのだ。
起動実験は明日に回す。ああ、下らない用事さえなかったら、今すぐにでも最愛の妹を起こしてやるのだが!

■月■日(映像記録)

〈録画開始〉

[曾兄は台に横たわった稚器に近付き、起動させる。稚器がゆっくりと目を開く]

曾兄:……やあ、おはよう、稚器。
稚器:ん……おはよう?

[体を起こし、辺りを見回す]

稚器:珍しいね、そ兄ちゃんがチキより先に起きるなんて。
曾兄:……はは、僕だってたまには早起きするさ。
稚器:……って言うか、すごく顔色悪いよ? ひょっとしてそ兄ちゃん、また寝てなかったの? ごはんはちゃんと食べてるでしょうね?
曾兄:……ああ、ああ……。

[曾兄は顔を覆い、泣き出す]

稚器:ちょ、ちょっと! 本当に大丈夫!? い、いま何か作るから! ね!
曾兄:ああ……ああ。……そうだね。頼むよ。
稚器:うん。[3秒間沈黙]目玉焼きでいい?
曾兄:もちろん。
稚器:[沈黙]
曾兄:稚器?

[稚器は曾兄に近付くと、背伸びしてその眼窩に指を突き入れ、眼球を摘出する]

曾兄:[悲鳴]
稚器:これを、こう、っと……。
曾兄:[悲鳴]
稚器:はい、あーん。

[稚器は手近にあったバーナーで眼球を炙ると、それを握り締めて曾兄の口を殴った。頭部が砕けて四散し、曾兄は倒れる]
[直後、メールの着信音が鳴る。その音で稚器は情報端末と、その隣にあるカメラに気付く]

稚器:武田に報いを、武田の世の者に死を。……それが、かわいい。

[カメラに近寄り、画面が彼女の体で遮られる]

稚器:[10秒間沈黙。その間、端末の操作と思しい音がしている]……かわいくなるためには、お金も必要。そうだよね、そ兄ちゃん?

〈録画終了〉
最終更新:2016年06月27日 19:36