紅崎ハルトプロローグ


『爆闘!ガンバースト』第29話 ガキ大将をやっつけろ!


 ここは、おもちゃのマキハラ越谷店! 紅崎ハルトはいつもの如く、ガンバーストの特訓に余念がない!

「ハァ、ハァ……一ヶ月後の全日本大会……!! こんなところで立ち止まっちゃいられねェ……!!」

 見よ! パワーラックの下、過酷なバーベルスクワットに熱き汗を流す紅崎ハルトの姿あり!
 地区予選決勝、涼山レイジの操るライトニングレイダーとの壮絶な対決を制した紅崎ハルトの闘志は鎮まるどころかますます燃え上がり、早くも次なる舞台……WGBO全日本大会を見据えているのだ!

「985……!! 986……!! 985……!! 986……!!」
「ハルトくーん!大変でヤンスよ!」
「968……969……なにっ!? カウントがおかしくなったぜ!!」
「大変でヤンス~~! 越谷の危機でヤンス!」

 自動ドアが開きあらわれた出っ歯少年の名は安田ケヒャ郎! おなじみの男だ!
 すわ、新たなガンバトラーの出現か!? 越谷市を守れ、ハルト!

「ガキ大将のゴルジャイが、また乱暴狼藉をはたらいているんでヤンス!」
「ゴルジャイだと~~!? ガンバトラーでもないくせに越谷を脅かすなんて、ふてえ野郎だぜ!!」

 ハルトもバーベルを放り投げ立ち上がる! 彼の心にガンバトルで正々堂々戦わない連中への憎悪が湧き上がり、怒りを新たにしたとでもいうのか……!
 それにしても、相も変わらずこの紅崎ハルト、小学生の体格ながら恐るべきパワー! ガンバトラーは体が資本なのだ。
 これは私の推測だが、実のところケヒャ郎も、紅崎ハルトの小学生離れした……魔人じみたそのパワーを子供同士の小競り合いに利用しようとしているのではないだろうか? 仮にそうだとすれば、友人ながら狡猾卑劣な男! 許しがたい!

「絶対に許せねえ!!」
「許せないでヤンス!」

 二人の小学生は口々に叫びながら、越谷中央商店会コミュニティ道路へ! 彼らが目の当たりにしたゴルジャイの所業とは!

「な、なにィ~~ッ!?」
「ヤンス~~!?」

 想像を絶する暴虐に、言葉を失う二人……! それはスターリングラード攻防戦もかくやの大惨事であった!

「なんてこった!! ささやかながらも活気のあった越谷中央商店会コミュニティ道路の電柱のことごとくに……越谷市民の死体がぶっ刺さってやがる~~!!」
「屍肉を鴉が啄み、凶暴な野犬が徘徊……赤黒い空には不吉な雷鳴が轟いているでヤンス!」
「ますます許せねえ……!! ゴルジャイのやろう、一体何を目的としてこんな真似をしやがる!!」
「とんでもない乱暴者でヤンス~~!」
「グッフフフフ……その理由、冥土の土産に教えてやろう!」

 ――高所! おお、越谷ツインシティの屋上から響く哄笑の主こそは!

「俺様がゴルジャイ! ガキ大将よ!」

 その体躯、実に3.2m……! 越谷ツインシティの下からでも肥満巨体が目視可能なのだ!
 市民の返り血にその身を染め、越谷市を睥睨する様は暴君のごとし! ガンバトラーでこそないものの、おそらく小学生としては結構なパワーであろうことが推測できるぞ!

「なんだテメェ――ッ!! 偉そうに高いとこに立ってんじゃね――ッ!!」
「そ、そうでヤンス! 虐殺された越谷市民の命をどうしてくれるでヤンス!」
「ガハハハハハ! 全越谷市民は……ガキ大将たる俺様の贄として死んだ! 世界を統べる力の礎となれたことを、地獄で喜んでおるわ! その証拠に……見るがいいわ~~ッ!」

 ゴルジャイが掲げた右手に、呼応あり! 滅亡した越谷を浸す屍山血河が……不吉な光を帯びて脈動した! 死せる生命を思わせるその邪悪な波は、越谷市全域から……な、なんたることか! 中心である越谷ツインシティ、ひいてはゴルジャイの肉体へと収束していくではないか!?
 ――タケダネットに情報制約されたこの時代で、誰が知ろう!
 これなるはゴルジャイの魔人能力『餓鬼大将の聖餐会(グラットン・タイラント・ガストロノモス)』!
 殺害した人間の生命力を無尽蔵に喰らい、邪悪な無形エネルギー源として掠奪する、すさまじき暴食の異能であった!

「よって貴様らの生命こそ俺様の生命! そして――俺様の生命は俺様の生命よ!」

 二つの瞳孔に灯るは、黒い超自然の光! ゴルジャイの肥満体は限度を知らぬ巨体進化を遂げ、体高10.4mにまで爆発的成長!
 なんたるガキ大将であろうか……! もはや今のゴルジャイ以上にガキ大将なガキ大将は存在可能性皆無!

「ヤ、ヤンス~~!?」
「ふざけやがって……!! こんな野郎はガンバーストでブチ殺すしかねえ!!」

 人智を超えた乱暴者ぶりを目の当たりにして、紅崎ハルトの怒りがまたひとつ限界点を突破!
 ……だが、その時である!

「ま、待つでヤンスよハルトくん! これは……何かが……近づいてくるでヤンス!」

 然り! どこからともなく、越谷市の惨状に集う軍勢あり! そして響き渡る電子音声!

『『『御用! 御用! 御用!』』』

 全身鎧甲冑の機動編隊が越谷市を整然と飛行! 光が流星群の如く尾を引く! おお……あれこそは!

「グフフ……。タケダのR.A.S.F(Red Armed Special Force)か」
『御用! 御用! 御用!』

 有機ダイオード表層には赤色の殺害警告色が一様に点灯し、システム的かつ純粋な殺意を主張する! これぞ武田の赤備え!
 管理社会の縮図――タケダネット監視下における魔人能力犯罪は、例外なく彼ら特殊鎮圧部隊の排除対象なのだ……!

『『『御用! 御用! 御用ーッ!』』』

 プラズマ推進システムの光条が建造物を乱反射する! 壁を蹴る破裂音! 殺到! 愚かなりガキ大将! 貴様の命運今尽きたーッ!

『『『御ギャアァァァ――ッ!!!』』』
「くっ食われた!! タケダのR.A.S.Fが!! 一瞬にしてゴルジャイに食われちまったァ――ッ!!」
「グッフフフフフ……滋味也!!」

 越谷ツインシティ屋上より墜落した武士の残骸が、血と電解液を破裂させた。
 脳天、心臓、腹部に劣化ウラン刀身を突き刺されながらも、暗黒のガキ大将は呵々と笑う! 取り込んだ新鮮な栄養素により、損傷は即時再生!

「ガハハハハハハ! これこそ餓鬼大将軍の作り出すゴルジャイ帝国よォ――ッ!」

 ゴルジャイは……いずれ強大なシステムの前に滅び去る定めであろう。この小学生は越谷市そのものを贄としたが、タケダネットのリソースは、世界である。今しがたの戦闘データすらも、即座にクラウド共有され、ゴルジャイの魔人能力への適応戦術を生まれながらにインストールした武士生命体が短期間で培養され、無限に送り込まれ続ける。

 ――が、その完全なシステムは、必ずしもその内にある市民たちの安寧を意味しない!
 その証拠に見よ! 埼玉県越谷市のこの屍の山を、惨状を! タケダネットにより魔人能力の存在と危険性を忘れ去った民衆は、ただ一人の魔人能力者の暴走すらも、予期、自衛する術を持たず……何が起こったのかすらも分からずに、理不尽な死を迎えた!
 タケダネットはその蛮行の様を、次なるイレギュラー犯罪者の戦闘スペック情報として、冷たいレンズ越しに記録するのみなのだ。武士という機能中枢のみを完全に防衛し、(埼玉とか)外辺の下層市街全てはその運営のためのサンプルケースとして扱われる残酷な秩序体制! これぞ冷徹なる士農工商システム!

「許せねえ……!! なにがガキ大将だ……!! なにがタケダネットだ!!」
「ハ、ハルトくん」

 紅崎ハルトは怒っていた! それは理不尽への怒り! システムへの怒り! あるいは、横に立つ安田ケヒャ郎の面構えへの怒り! 彼自身の正義に反する、ありとあらゆる世界への炎であった!

「おいクズ野郎……勝負しやがれ、テメェ……!!」
「グッフフ……まだ食いカスがあったことを忘れていたわ~~っ!」
「絶対に許せねえテメェ……!! ガンバーストで勝負しねえ奴らは全員許せねえ!!」

 その精神の炎が燃え――否! 単なるビジョンではないことは、読者の皆さんにはおわかりであろう! 現実の熱量を伴って、紅崎ハルトの肉体は燃え上がっていた! そして浮かび上がる、炎をまとったレオパルドの幻影! 彼の相棒ブレイズマックスが拳の内でうなる!

 なんということだ、これは……あの壮絶なる地区予選決勝で垣間見せた……ガンバースト共鳴現象!?!?

 ゴルジャイは目を見開く!

「えっなにそれ……なんで燃えてんの……??」

 ガンバースト共鳴現象だ! 分からんのか!

「話聞いてんのかテメェ~~!! 正々堂々!! ガンバーストで勝負しろって言ってんだよ~~ッ!!」

 爆熱の上昇気流に乗り、最強を目指すガンバトラーは今、越谷ツインシティを垂直に駆け上がっていく! ガンバトラーは体が資本なのだ!

「なにか面妖な術を用いたところで愚か者が~~ッ! たった今見せた通り、俺様の力は越谷市民の力そのもの! 越谷市民33万6千人分の生命を殺し尽くさぬ限り、この餓鬼大将軍は死なぬ! 滅びぬ! そして貴様の命も今! この暗黒の脂肪分としてグギャアァァ~~ッ!?」
「うるッせェーぞクソ野郎――ッ!!」
「ウギャアーッ!?」

 殴った……! 紅崎ハルトがぶん殴った! さらに炎をまとったレオパルドがぶん殴った!

「なんだテメェら……!! ガキ大将……? タケダナントカァ……!? 越谷市がどうとか、なんか、ゴチャゴチャ、面倒くせー話をテメェら……許せねえ……うるせーぞWGBO全日本大会がテメェ……このクソ野郎……!! カウントがおかしくなるだろうがァ――ッ!!」

 紅崎ハルトの怒りがまたひとつふたつと限界点を突破! 皆さんも御存知の通り、この男の怒りは限界を知らぬ! 無限に怒ることができるのだ!
 炎はますます燃え上がり、ブレイズマックスはガンバトルの予感にバリバリとうなりを上げる!

「許せねえ――ッ!!」
「オギャアーッ!?」

 ガンバーストの秘める物理法則を超越した神秘的パワーが心身合一したガンバトラーをも強化することはよく知られており、これを利用した悪の組織とかも存在するのは皆さんも知るとおりだ。そして現在の紅崎ハルトの精神テンションは絶好調だ! もういつでもガンバトルできるぞ! 殺せ!

「何故だ……俺様は33万6千の命……」
「ガンバーストもやらねえクズ野郎どもの命が!」
「グワーッ!?」
「何万だか? 何億だか知らねえけどよ~~ッ!!」
「ヒギーッ!?」
「ウオーッ!! 勝負しろってんだよォ――ッ!!」
「ギャッギャッギャアァァ――ッ!!?」

 すさまじいパワー! 紅崎ハルトのパンチ一発ごとに、越谷市民の生命がだいたい一万単位で死んでいく!
 しかしハルト忘れたのか! お前はガンバトラーだぞ! ブレイズマックスがガンバトルの時を待っている! 

「ケヒャーッ! あのゴルジャイがボロクズのように! やっぱりハルトくんに頼んで大正解だったでヤンス~~ッ!」

 甲高い笑い声を響かせるケヒャ郎! 貴様は何ひとつ役立っていないというのに……! もういい……殺せハルト! この男をこそ、真っ先に殺すべきだった!

「勝負しろ!! ウオアアアア!! 勝負しやがれよ――ッ!!」
「ガ、ガンバーストなんて知ら、ムッポヘェェーッ!?」

 だが怒りが頂点に達した紅崎ハルトには、憎きゴルジャイの姿しか映らぬのか! もはやハルトは馬乗りになり、取り憑かれたかのように顔面をブン殴り続けている! 怒りだ! ガンバトラーのオーラ、炎をまとったレオパルドがゴルジャイを苛む!

「ハァ……ハァ……ガンバトル……レディィィ……!!」

 今や紅崎ハルトの精神テンションは何個目かの怒りの限界点だ! ガンバトルのゴングが今……!

「ウオオオオオオ――ッ!!」
「ギャア――ッ!!?」

 いや違った! さらにめちゃめちゃ強烈なパンチがゴルジャイの顔面をブチ砕いた! 越谷市民が五万は死んだ!!

「ガ……ウガ……」
「ケッヒャッヒャ~~ッ! ゴルジャイいい気味でヤンス~~ッ!」

 殴られ続けるゴルジャイが、その一瞬だけ安田ケヒャ郎を見た。この視線は! 何故だ、お前は俺様の腰巾着だったはず。紅崎ハルトを背後から刺すのが、このゴルジャイ帝国の間者たるお前の役目だったはず。ハッまさか! ……とでも言いたげではないか!?
 そして不快に笑い転げるこのクズ野郎は、ニヤリと意味深な笑いを返した。ケヒィ……ボクは故あれば寝返るのさァ……強き者に従うことだけが、このタケダネットに支配された世界で弱者が生き残る術でヤンスよ……と言っている感じの表情! 貴様!

「ウオーッ! ウオーッ!」
「ベロッギャ! ノヘーッ!?」
「ケヒャッヒャッヒャーッ!!」

 やめろ! もういいからやめろ紅崎ハルト! この卑劣な男を……安田ケヒャ郎をくびり殺せ! こいつは間違いなく裏切り者! 笑い声からして明らかだ! 私が言うんだから間違いない!

「ウオーッ! ウオーッ!」
「バッ……アボッ……」
「キャッヒャッヒャーッ!!」

 もういい……そいつはもうとっくに死んでる! 隣だ! 隣のクズ野郎だ! 殺せ! 殺せェーッ!!

「ガンバトル……しろォォォ――ッ!!!」
「アアアアアアアアアア!!」
「ヒョーホホホホーッ!!」

 殺せ~~ッ!!






 ――すべてが終わり、暴君は越谷ツインシティの屋上の染みとなった。
 じきにタケダネットの清掃地上戦艦『甲陽軍艦』が越谷市にあらわれ、事件の痕跡も、この都市そのものも、綺麗に片付けられることだろう。まるで最初から存在しなかったかのように。タケダネット体制下における魔人犯罪率はゼロ。それがこの世界の真実なのだ。

「ゴルジャイは一体どうしてこんな無謀な行為を……ケヒャッ、これは!?」

 ハゲタカのように死骸の懐を漁っていたクズ野郎が、情報端末の内容を見て気味の悪い鳴き声を発する。

「武闘会……きっぽちゃん!? タケダネット監視外の違法武闘会! ま、まさかゴルジャイは、この戦いに備えて魔人能力の限界まで力を蓄えるために……!」
「あああ!? 武闘会……? きっぽちゃん……? タケダネットだァ~~ッ!? なんだこの野郎ォ……!! 難しいことをゴチャゴチャ並べやがって……!!」

 ――そう! 読者の皆さんも薄々お察しの通り、紅崎ハルトはタケダネットの概念そのものをあんまり理解していない!
 こいつの名は紅崎ハルト。難しいことは何ひとつわからない! とにかく曲がったことが大嫌いな、埼玉県越谷市在住の小学5年生だ!

「許せねえ……!! 悪党どもはどいつもこいつも許せねえ……!! 全員だ……全員ぶっ殺してやる!! 全員許せねえ!!」 
「その意気でヤンス、ハルトくん!」
「許せねえ!!」
「皆殺しでヤンス!」
「許せねえ!!」

 今回もまた、ガンバトルをするまでもなく紅崎ハルトは勝利した!
 そしてWGBO全日本大会を前に、物語の舞台は謎めいた武闘会に移る……
 だが、まだチャンスはあるぞ紅崎ハルト! お前を背後から狙う卑劣な男を、全日本大会までに惨殺しろ! このクズはいずれ必ずお前の敵となる! 万全を期して……全身を引き裂き殺すのだ!
 殺せ! 紅崎ハルト! 殺せ! 殺せ!


次回、『爆闘!ガンバースト』第30話 シンデレラをやっつけろ! ガンバトル――レディ・ファイト!!
最終更新:2016年06月27日 19:39