「報告は以上っす」
弥六はそう締めくくり、上役の顔をちらと伺う。
名を神通といい、自分ほどではないがそこそこに若い青年だ。
六波羅探題の過去方のうち、いくつかある部隊を取りまとめる一人で、弥六の直接の上司に当たる。彼は温和そうな顔立ちをしていたが、今は眉間にしわを刻んでいた。
「鉄子」
「弥六っす」
弥六は忍者なので忍者ネームで呼んで欲しい。
「我々の仕事はなんだ」
「はあ…えーっと……異界の監視と探査、研究を行い
幕府に仇なす因子あれば即座に対処し、ひいては人民の安寧を鎮撫するコト…でアリマス」
確か建前上はそういうことになってたはずだ。
あんまり興味はなかったので弥六は気のない調子で一応そう答えた。
「そうだ」
神通は相変わらずの渋面で弥六をねめつける。
「間違っても公費で物見遊山や食べ歩きをさせるためじゃあない」
「あー……いやその」
今回の忍務は、現代世界への干渉が見られる過去世界勢力への実地調査に飛ぶことであった。
汎用性に優れた弥六の魔人能力は都合がよく、その先遣隊として選ばれたのである。調査先が大英帝国であるということで、英国を強く信奉する弥六が強く希望したというのもあった。
――で結果はどうだったかというと
「異界を知るには、やはり現地の文化風俗を知るのが近道かと!
あ、イギリス料理はそんなネタにするほど不味くはなかったデス!」
「やかましい。報告の八割がメシと観光ってなんだお前鉄子ぉ!」
「弥六っす!」
こらえ切れずに神通はとうとう声を荒げる。
それはそれとしてお土産のスコーンはしっかりと受け取っていた。
「しかもお前!なに旅行記風にツイッターで記事上げてんの!?仕事なめてんの!?」
「あ、エヘヘ」
バレました?と可愛く笑ってみる。ダメかな?だめか。
「ちょっと新作のサイバネが入荷しててつい……アイカメラと言語野がそれぞれ直結して
写真とって後は思念だけで画像編集もツイートもできるんですよ。凄くないです?これ凄くないです?
まあお値段はちょっと張る(26万9800円)んですけど」
「どこに需要があるんだそのサイバネ!ここか!アホか!!
もうちょっと忍べ忍べ!ニンジャだろお前!?」
「あらゆるサイバネを使いこなすのがイギリスン忍者の正統ですから!」
「イギリスンって言い方がもうウソ臭えんだよこの醤油顔!」
「あ、ひどい!今のセクハラっすよセクハラ!こーむいんなんですからそういう気にしなきゃダメなんだあ!」
ぷうと頬を膨らませて弥六は抗議する。
何しろ17歳なので、ちょっと気にしているのだ。
「それにあの、心はボンドガールです!超時空ピルグリムファーザーズの動向とかもちゃんと調べてきたじゃないですか!」
「仕事は仕事でちゃんとするから嫌なんだよお前ぇ!俺この食レポ混じりの報告書持って更に上に報告しなきゃいけないんだけどぉ!」
神通は頭を抱えた。
◆ ◆ ◆
「所でボス、このサイバネ経費で」
「殺すぞ」
アッハイ
◆ ◆ ◆
「うむむ、ちょおっと調子に乗りすぎちゃったかなあ」
その後も結局こってりと絞られた。
いやまあそれは(どうでも)いい。問題はちょっと怒られすぎて今回の仕事から外されそうなのだ
それは困る。凄く困る。
弥六(本名才羽鉄子・17歳)は女忍者である。
中卒フリーターでもあったが、それは世を忍ぶ仮の姿である。忍者だけに。
六波羅探題の過去方に努め、日々調査や諜報、時には暗殺も請け負う。
彼女には夢があった
正統派イギリスン忍法を受け継ぎ、シャーロック・ホームズとジェームズ・ボンドを心の師と仰ぐイギリスン忍者の弥六にとって、大英帝国とはまさに夢の王国である。彼女は、歴史から忽然と姿を消した大英帝国の秘密を探り、そして復活させるという野望を密かに抱いていた。本人的には密かな野望のつもりだがテンションが上がると割と簡単に吹聴するので知っている奴は案外多い。
念願の英国(過去)行きが叶い、ちょっとテンションが上がりすぎてしまった。
サイバネ好きが高じすぎたのも大変よろしくなかった。
我が心の故郷がこれでは遠ざかってしまう。
とは言えタケダネットの決定は絶対だ。決定が下れば、自分はあの仕事にもう関われやしないだろう。
「(うう…どうしよ。私費で調査するほどの貯金はまだないし…お金があっても許可が降りないだろうし…)」
うがごごご…良いじゃない、ちょっとツイッターで異界の様子を中継したぐらい。誰が困るっていうのよ、もう!
唇を尖らせながら、彼女は自宅の安アパートのドアをくぐる。
忍者ブービートラップの数々をくぐり抜けて、その先の六畳間に据えられた万年床に身を投げ出した。
―――義眼型スマートフォン(8万6480円)にメッセージが受信されたのは、そんな時だった。
送信者は『きっぽちゃん』……知った名だ。日参し仕事の愚痴を吐き散らしている掲示板の、管理人の名前である。
「(えー…最近はBANとかアク禁とかされるような事してないよー)」
ちょっと怯みつつもメールを開いてみれば、どうにもそういう要件ではないようだ。
添付されていた動画に映しだされているのは、二人の人物同士の戦いだった。
およそ常人では……いや、侍であっても辿りつかないであろう、ある種の境地に達した同士の戦い。
おそらく、二人とも自分と同じ魔人なのだろう。その戦いは奇天烈で――どこか心躍った。
弥六の中で何かが疼く。
メール本文を読み上げてみる。
……それは招待状だった。
タケダネットの監視を潜り抜けて行われる、3時間だけの武闘会への。
この招待に応じれば、参加者は魔人能力を存分に振っての戦いに参戦できる。
しかし、弥六の目を引いたのはその点ではなかった。
「賞金――それにバックアップ」
1勝するごとに300万円。
ベストバウト選出で1000万円。
優勝で2億円。さらに、各界著名人によるバックアップ。
つまり、調査に必要な経費と許可を得られる可能性がぐんと上がる!
「……これだ。これだこれだこれだ!ブッダとホームズと女王陛下はあたしを見捨てて居なかったッ!これだぁぁぁ!」
一も二もなく返信する
そして、弥六ははやる気持ちを抑えながら、石垣商店(ホームセンター。弥六の自宅から徒歩五分)の電子カタログのサイバネを物色し始めた。
弥六の長い戦いが、ここから始まる。
「待ってろダンゲロス! お前たちは我がイギリスン忍法にひれ伏し心の故郷大英帝国復活の礎となるのだ! ふぅーははー!」