楠木 纏プロローグ


 生きるのにはお金がいる。
 弱いもの同士が、この社会で肩を寄せあい生き抜くのに、動機はそれだけで十分だった。

●序章

 家族の無事を祈りました。
 けれど、家族は帰ってきません。
 友に救いを求めました。
 けれど、友は裏切ります。
 愛が欲しいと焦がれました。
 けれど、心は満たされません。

「どうか私を汚してください」
 薄汚れた少女は男の前にひざまずく。寂び果てた商店街の路地裏で男と女の二人。
 その少女の手にはボロボロの一万円札が握られている。
 まるで神にでも祈るように、その少女は両の手を伸ばし、男のズボンに手をかけた。その瞳は虚ろで人形の法がまだ澄んでいるとさえ感じるほど淀んでいた。
 誰もが見て見ぬ振り。ここは大都会の片隅。
 警察とマフィアは癒着し、拠り所のない者は奴隷のように搾取される。
 落ちぶれてしまえば、もはや魔人であっても人間扱いされない。ここは、そんな世界。
 その少女の相手が警官ならば、人々は、なおのこと足速に立ち去る。見て見ぬふり――それがこの都市の処世術だった。

 ――生まれ変わりたい。

 そんな事をふと思った。




 目覚めるとそこはベッドの中だった。
 あの頃のことは、今でも鮮明に夢に見る。
 全てを失い、まるで野良猫のように路地裏に隠れ住んでいた頃が、今となっては全て夢の中の事だったように感じるときがある。

 あの日、私を助けたのはオカマだった。

 鬼ヶ島桃子(おにがしま ももこ)は、本名を高科昴(タカシナ スバル)という。
 女装した気色悪いおっさんとしか表現しようのないそのオカマは、私の命の恩人だった。
 そんな鬼ヶ島桃子は二度死んでいる。
 一度目はオカマになるため男として死に、二度目はオカマになったため、社会から抹殺された。
 私を拾ったときの鬼ヶ島桃子の心境。それは、まるで野良猫を拾うような気持ちーーとは、そのオカマの言である。
 オカマにとって、私は野良猫である。
 当時、貢いでいた男が実はノンケで、手酷く捨てられ、打ちひしがれていた鬼ヶ島桃子。鬼ヶ島桃子にとって、私を拾うという選択は一種の気の迷いであった。
 傷ついたもの同士、傷を舐め合う。
 私と鬼ヶ島桃子は、肉体関係こそありえないが、そんなただれた関係だった。
最終更新:2016年06月27日 22:16