禍津鈴(まがつ りん)は、弱者である。
それは戦闘能力とか社会的にとか、そういう話ではなく。
精神的に弱者なのである。
精神的に脆い。すぐ簡単に挫ける、折れる。
そしてすぐ保身に走る。
戦闘がある程度強いのも、自身の危機感に敏感なため。つまりは保身に走る力が強いだけ。
そのように、彼女は自分自身のことを認識していた。
◇◇◇
「ガンバトル、しろォ~~~ッ!!」
禍津鈴はリングの地面に横たわり、殴られていた。
連続する、鈍い音。
開始早々、(ハルトにとって)訳の分からない状況に連れてこられたことに、怒りが限界突破したハルトによって一方的に殴られていたのだ。
「タケダなんとかだぁ~~!? 武闘会だぁ~~!? ふざけんじゃねぇッ! こんな、こんな、チンケな闘技場に連れてきやがって!」
殴られる。
ひたすら殴られる。
既に刀は鞘ごと折れていた。
――実は自信があった自分の美貌が崩れていくのを自覚して、泣きそうになる。
何故なら、禍津鈴は精神的に脆いから。
つつけば、すぐ崩れる。そういうものだから。――と鈴は自身のことをそう理解している。
「徳川だぁ~~!? 聞いたこともねえぞ、そんな奴!! そんなマイナーの奴が運営している場所なんて、俺は知らねぇ!! ガンバトルをしろォ~~ッ!」
――あぁ、もうどうでもいいや。早く、終わってしまえばいい。
何故なら、禍津鈴は精神的に脆いから。
つつけば、すぐ崩れる。そういうものだから。――と鈴は自身のことをそう理解している。
だけど。
あぁ、勝ちたいな。
ぼんやりと意識が霞んでいく中で、鈴はそう思った。
その瞬間のことだ。
「ガンバトル、オラァアア! ガンバトルだッ! ガンバトル! ガンバトルッ!! 正々堂々勝負しろォ~~!」
――あぁ、うるさい。せめて安らかに眠らせろ。
ブチリ。
何かが、何かが鈴の中でぶち切れる。
そう、折れたのではなくブチ切れた。
「――エンチャント・心象力」
凄惨な殴打の最中、静かに鈴の口から言葉が漏れる。
それは、能力発動の宣言。
ハルトが拳を振り上げた瞬間のこと
「うるせェ!! 勝負しやがれェ~~! ッ!? ぐわぁあああッ!?」
ゴォッと、凄まじい音を立てて。
鈴に馬乗りになっていたハルトが吹き飛ばされる。
「いい加減にしろよ、クソガキ」
静かに笑みを浮かべながら、鈴はキレていた。
態勢を立て直すハルトに対し、鈴は血の唾を吐きながら言う。
「アンタはここで死ね」
「死ね、だぁ~~!? 訳分かんねぇこといってんじゃねー! テメェが死ねよ、ぶっ殺してやらぁ~~ッ!」
ハルトは突進し、拳を鈴に向かって放つ。
それに対し、鈴も拳を放つ。
丁度、二つの拳は交差し、ぶつかり合う。
ハルトの拳には熱い激怒の熱波が纏われている。強大な身体強化もされている。
だから、鈴が押し負けると思われたのだが。
「ぐおッーーッ!?」
拳が触れた瞬間、ハルトは後方に吹き飛ばされる。
それは斥力であった。
「エンチャント・心象力」によって体得した新たな能力、心象力。
内に燻ぶる感情は、「お前だけは許さない、認めない」という強い怒り。
それが自身に触れたそばから弾き飛ばす斥力となって、ハルトを金網へと思い切り叩きつけたのだ。
「おいクソガキ。まだまだこんなものじゃないでしょ? ここまで私をイジメ抜いたアンタだけは、こんな程度じゃ許さない」
「うるせぇ、うるせぇうるせぇ――! 死ねェ~~!! ガンバトルで戦えっつってるだろうが――!!」
自身が攻撃されたことに、強度を増す怒り。
一秒で、僅か一秒でハルトは鈴の元へと到達する。
怒りが限界突破したために起こる、超常身体強化であった。
「オオオオオオァアアアアアアア!!」
拳を思い切り振りぬくハルトだが、その攻撃は当たらなかった。
鈴が足の裏に斥力を付与し、地面を強く蹴りつつ斥力を発動したため。
結果、鈴は後方に弾き飛ばされ、ハルトの攻撃を回避できたのだ。
「オゥウウラァァアアア! ガンバトルガンバトルガンバトルガンバトルだぁ~~~ッ! ふざけんじゃねえぞォ~!!」
叫び、追いすがるハルトに対し、鈴は思考する。
(これからどうする――?)
実は、この一見強力な斥力だが、重い制約があった。
それは、一度付与した箇所には二度と斥力付与できないという制約。
最初に斥力を付与したのは胴体。次は右拳。その次は左足。
もう残された身体の部位は残り少ない。
そこで駆け巡ったのは、ある男の言葉。
それは、鈴がこの武闘会に参加しようと決意したきっかけとなった男の言葉。
それは、瞬間的に言葉を記憶に刻みつける能力を持った男の言葉。
彼のある言葉が、能力によって刻みつけられてわけではないのに強く記憶に残っていた。
―――『安定を捨てて賭けに出ないと大きなことは成し遂げられないぜ?』
そう、かつて倒した七篠権兵衛の言葉。
その言葉を思い出し、鈴は覚悟を決める。
(そうだ。優勝するためにはこいつを倒さなくてはならない。こいつを倒すためには、きっと、安定とか保身を捨てなければならない。)
それは、大きな賭け。それでも、勝つためにはやらなければならなかった。
怖いが、やるしかない。
何より、何もせずにこのまま少年に殺される方が我慢ならない。
だから。
鈴は覚悟を決めた。
「ぶっ潰れろォォオオオオオオッ~~!! ガンバトルゥゥウウウウウ~~~!!」
鈴は思考を終えるとほぼ同時に、ハルトが鈴の目の前に辿り着く。
避けるのだろうか? 攻撃するのだろうか?
鈴の選択肢はどれでもなかった。
ただ、ハルトの攻撃が、丁度露出している腹部へ当たるよう位置を調整するだけ。
あまりに素早く威力の高い攻撃に、ハルトの拳が鈴の腹部を貫通する。
「ごふっ……!」
鈴の口から、血が吹き出す。
(――けど、捕まえた。)
鈴は、自分を貫くハルトの腕を右手で掴む。
「――ッ!? 離せガンバトルよぉ~~ッ! ガンバトルガンバトルッ!!」
ハルトは慌てて引き抜こうとするが、もう遅い。
鈴は左の五指でハルトの頭を掴み、斥力を全開放出。
ハルトの頭を弾き飛ばした。
自らの身体を犠牲にした戦略は、保身に走るようではとてもできなかったこと。
鈴は、精神的に弱者ではなかった。
少なくとも、今この時ばかりは覚悟をもって保身を捨てられる、強者になったのだ。
【END】