一回戦第三試合その1


真っ赤な太陽が照りつける。
空には雲ひとつなく、渡り鳥が三角形を成して飛ぶ。

トカゲが黄金色の甲虫にかじりついた。
その隙を伺っていたヘビが、トカゲに襲いかかった。
上方より飛来したワシが、トカゲを咥えたヘビを捉えた。

真っ赤な太陽が照りつける。
ハイエナ達が木陰で休んでいる。骨と皮だけになったバッファローに蝿がたかる。

ここはサバンナ。野生の楽園。



そして、この場に不相応な格好をした少女が一人歩いて……否。車椅子に乗っていた。
漆黒のドレスを身に纏い、額に汗を浮かべながらキコキコ車輪を回す。

スカートの裾と、膝上まである黒いブーツの隙間からは白いふとももがチラついており、
この様子を観戦している男性諸君の視線を惹きつけて離さない。

「あっっつーーーーーーい!! 」少女が叫んだ。
こんな格好でサバンナをうろつけば当然であろう。

その時!

「バモオオオオオオオオオオ!!」
少女の叫び声に驚いたサバンナゾウが彼女に向かって突進してきた!
南無三!このままだと少女はひき肉になってしまう!

「チッ、面倒くさいわね」
そう呟くと、突如、彼女の両足が光に包まれる。
さっきまでニーハイブーツであった脚部には、流線型のパワード義足が形成された!

「バモオオオオオオ」サバンナゾウが迫ってくる!

「アン――」
少女は車椅子から降りて、なんらかの構えをとった。逃げないのか!?

「バモオオオオオオオオ」
「ドゥ――」

「トロワ――ッ!!」「グボオオーッ!!」

少女がゾウを蹴り飛ばした。キックの軌跡にはオーロラめいた輝く粒子。
ゾウは潰れたスチール缶みたいになって吹っ飛んでいった。

なんたる破壊力!そう、この少女は魔人である!
彼女の名は姫宮マリ。バレエの天才少女だ。
そして能力は『血塗れ王妃(ブラッディ・マリー』。流線型の義足を具現化し融合装着する!

「ああもう!!汚れちゃったじゃない!」

姫宮マリは血塗れになったパワード義足をぶんぶんと振り回して赤い液体を散らしていた。


そんな時。

パチパチパチ!
彼女の背後にある木陰から、突如、拍手が響いた。


「Ohイエッ!素晴らしいワ・ザ・マ・エ!デース!!」
サバンナドクサボテンの後ろから姿を現したのは、白い軍服の男!
逆立てた金髪とサングラスの組み合わせが威圧的だ!

「ユーがミーの対戦相手…姫宮サンですネ?」

「ボンジュール、提督(アドミラル)。その独特な喋り方、あなたも日本圏外出身なの?」

「Exactly(その通り)!ミーはアメリカ合衆帝国第7艦隊の指揮官!
 皇帝陛下より直々に日本開国のミッションを仰せつかった……オット」

途中まで言いかけた口上を『提督』は飲み込んだ。

「仕事とはいえ、猿共の相手をさせられて溜まってましてネ。
 そんな時にユーみたいなプリティーガールを目の前にして、
 ついついアウトなことまで喋ってしまうところでシタ。マイアガッチャッテ!」

「猿共、ねぇ…。」
姫宮マリは両手を組んでみせた。
人種主義者か――まあ別に珍しいものでもない。どこにでもある話だ。

会話が途切れ、両者の間に剣呑なアトモスフィアーが漂う。
それもそのはず。彼らはこれから、殺し合いをするのだ。

「では早速、オッパジメたいと思うのですが――いかがカナ?」
『提督』はあくまで陽気に言い放った。『開』戦の宣戦布告を。

「あら、随分と乱暴なエスコートなのね。まあいいわ」
姫宮マリは踵を上げ、重心を浮かせた。バレエの構えだ。
フィィーン!パワード義足がサイバー駆動音を唸らせる。

「――踊ってあげる。どこまでついてこれるかしら!」

姫宮マリが地面を蹴りホップ、ステップ!先制を仕掛けた!
牽制のミドルキックが『提督』に牙を向く!
さらにワン・インチ距離の点でスラスター点火により加速!
これは避けれらない!だがしかし、受ければ骨折は免れないだろう!

しかして『提督』は、不動。避けない。
サングラスの下で不敵な笑みを浮かべ、こう呟いた。

「オープン!」

『提督』がそう言うと、彼の両腕の軍服袖が破けた!
変形機構アームギアが展開し、彼の腕を覆う!
そのまま腕をクロスさせ、姫宮マリの蹴りを受け止めた!

そして爆発!!
CABOOOOOM!!!

姫宮マリが後方に弾き返されるが、三点着地で受け身を取りノーダメージ!
スカートが翻りふとももが見える!

提督は……動かず!しかして無傷!
腕のアームギアからは硝煙が立ち昇る!

「オー、耐えましたか!」
「な…なによそれ!」
「HAHAHA!これは通称、腕部反応装甲『メタルマン2』!
 指向性爆薬により戦車砲すら弾き返す優れモノデース!」

本来は予め装着するパワードアーマーの一種なのであろうが、
先に発した「オープン!」の掛け声と共に発動した何らかの能力によりそれを瞬時に展開!
不意打ちめいて使用したのだ!

「フッフッフ…。しかもこれは再装填イラズ。
 何度でも使用デキ、何度でもユーの攻撃を弾きマス」


試合にはあらゆる武装の持ち込みが許可されており、これは正当な戦術だ。実際慧眼。
姫宮マリ万事休す!
しかし当の本人はまた両腕を組み、何か言いたげにしている。言いたいことがあるなら言いなさい…。

しばしの両者睨み合い。
そして、姫宮マリが口を開いた!





「そ、そんな物に頼らないと戦えないの!?」





「WHAT?……スミマセーン。ミーの聞き間違えかもしれまセンが、今なんと?」
彼女の挑発を受け、『提督』がみるみる不機嫌になる!
眉間にはシワが寄り、風体と相まってめちゃくちゃ怖い!

しかし姫宮マリは臆しない。プライドが高いからだ!
ならばもう一度言ってやろう!




「そんな物に頼らないと戦えないの!?」





「そんな物……そんな物だとォーッ!!」
怒髪天!髪がサ◯ヤ人みたいになる!
サングラスが弾け飛び、怒りに燃える碧眼が顕になる!

「『メタルマン』シリーズのみならず…我が軍に支給される全ての装備は…
 アメリカの技術の結晶!即ち、アメリカの一部だ!!」

『提督』のリパブリック魂に火が着いた!!

「つまりお前は!たった今!
 アメリカ国民全員を敵に回したのだぞ!!」

アメリカ合衆帝国。
タケダネットとさえ対等に取引を試みるこの国を支えているのは、国民意識(ナショナリズム)。
”アメリカ”とはつまり国土、国民、政府、経済農作サービス軍事学問インフラ――その他!
ええいとにかく、これがアメリカの力だ!

「ようやく本性見せたわね米国野郎(ヤンキー)。
 そのアメリカの力とやらのせいでヨーロッパがどうなったか。忘れたとは言わせないわ」

おそらく彼女の過去に秘められし逆鱗に触れたのであろう。
姫宮マリの双眸にも怒りの炎が燃えた!
言うが早いか、姫宮マリが再度仕掛ける!

左右に残像を残しながら、ジグザグ突進で間合いを急激に詰める!
あと3歩で間合いに『提督』を捉える位置で「アン」跳ねた!
「ドゥ」前脚を振り上げる!

「殺(トロワ)ァ――ッ!!!」星をも砕く踵落としを、振り下ろした!

賢明なる人的資源であられる読者皆様方におかれては今更説明する必要は無いと思われるが、
説明させていただくと。

「アン・ドゥ・トロワ」とはバレエの専門用語で、日本語で最も近い言葉は「三歩必殺」である。

フランス王政廃止によって失伝した殺戮舞踏バレエは、形を変えて現在に名ばかり残す。
その変質したバレエからブッダの垂らした糸を手繰るように時代を遡り、
かつて失われた原初のバレエに切迫せしめたただ一人のバレリーナ。
それが姫宮マリであり――彼女を天才いわしめる所以であった!


「グウウウウウウウウゥ!!」
『提督』が両腕の「メタルマン2」を頭上でクロスさせ、姫宮マリの流星義足攻撃を防ぐ!
姫宮マリの蹴りは装甲車をも潰すというのになんたる防御力!
恐るべきはアメリカの技術力と、『提督』の膂力!

「GAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!」
『提督』が吠え、蹴りを防ぎきった!
姫宮マリが空中に弾かれ、隙が生じる!

「う、嘘でしょ!?」
「Lieであるものか!これがアメリカの力だ!」
『提督』の右腕が姫宮マリの片義足を……掴んだ!

「このままスクラップにしてやる!」

「くっ…この!離しなさい!」
姫宮マリがもう片方の義足でガツンガツンと「メタルマン2」を蹴りつけるが、ビクともしない!
「テンポ・スピード・パワー」のアン・ドゥ・トロワが無ければバレエは真価を発揮できないのだ!

「DIE」
『提督』の右腕に縄めいた血管が走る!このまま姫宮マリを地面に叩きつける気だ!

「YOBBO(ブッ死ね)!!」
鞭のように『提督』の右腕がしなった!

ZDOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!
局地的な地震が起こるほどの大衝撃が発生し、
隕石でも激突したかのように砂……否!地面がめくれ上がる!
驚き慄いたサバンナ野生生物たちが尻尾を巻いて逆方向へと逃げていく!

「思い知ったか……これがアメリカの……!」

『提督』の全身に真っ黒い静脈が浮き上がり、フシュフシュと煙をあげる。
息は上がり、汗腺からはマグマめいて血が吹き出ている。

そう、明らかに異常だった。

(グッ……思ったよりもこれは負担がビッグですね…!)

『開闢者(ジ・オープナー)』。
閉じている・閉まっていると認識した「モノ」を強制的に開ける事が出来る。
それがこの軍人――『提督』の能力だ。

「メタルマン2」をそんな物呼ばわりされ、怒り狂っていたあの時。
彼は『開い』ていた。


――全身に存在するとされる、気功の門。「チャクラ」を!!


チャクラとは、人体の中枢(ドグマ)奥深くに眠るとされる生命エネルギーのゲート。
第1~第7門(セブンスゲート)まで存在し、
セブンスゲートを開放した者は「転校生」と呼ばれる存在と”神”化するとさえ言われる。

なんらかの国家機密文書でこの存在を知った『提督』はチャクラを認識。
今回は第1門のみを開き、先ほどの怪物じみた膂力を発揮したのだ!


宙に舞い上がったサバンナの大地(サバンナスモーク)が徐々に晴れていく。
『提督』は目に入る血をこすり、足元を確認しようとした。
足元に転がっているであろう、姫宮マリの死体を。



しかしそこに、姫宮マリは居なかった。



「WHAT…!?」
いかなるときも飄々とし、武田十勇士とさえ渡り合った『提督』の顔に、
およそ数年振りであろう困惑の表情が浮かぶ!何故だ!確かに手応えはあったはず!!

「やっぱりヤンキーは乱暴だわ。この世から駆逐すべき人種と言い切れる」
上空から声!血走った眼で『提督』が見上げる!

そこに居たのは紛うこと無く姫宮マリ!しかし先ほどとは様子が異なる!
足のみを覆っていた義足は全身を覆うプロテクトスーツと化し、赤い極光を放っている!

「ば――」
「私の義足は能力でできてたの。だから一旦能力を解除して、また発動しただけよ」
「NO!それなら手応えも無くなるハズ!!」
「……解説してあげてもいいんだけど」

あと10秒しかないからもう終わらせるね。心の中で姫宮マリはそう呟やくと、
プロテクトスーツのスラスターを最大開放!赤い流星と化した!

「SHIT!」

9!

姫宮マリが両足を揃え、白鳥のように両手を広げる!

8!

「こうなったら」

7!

「第2門を」

6!

「開放――」

そして姫宮マリの『血塗れ王妃』第二形態、XCモードのリミットが残5秒を迎えたその時!
赤い流星が落下を始め――――――否!消えた!

4!



第2門。開けばただでは済まないであろう禁断の扉に手をかけた、その刹那。
まばたきすら許されぬその瞬間に、『提督』は確かに見た。


己を取り囲む、3…5…否、8つの影。姫宮マリの姿を!


3!

「トロワァ――――ッ!!」

レッドエーテルにより加速し、空間を歪曲した姫宮マリは、
時空間という物理法則をも突破し、『提督』を滅ぼした!
地を溶かし草を崩し空を染めるレッドオーロラ爆発閃光がサバンナに焼き付く!

みているか”希望崎学園”の物好き共!
これがアイアムアメリカを謳う海千山千の手練。アメリカ合衆帝国第7艦隊『提督』の最期だ!!


(初陣は敗退デスカ――。クインに合わせる顔がありまセンね――)

(……ブラザーが見ていれば笑っていることでショウ。
 ですが。いつか、必ず――。)

赤色結晶還元崩壊する『提督』を背後に、姫宮マリは三点着地を決めた。



カウント、0。

XCモードが解除され、姫宮マリが漆黒ドレス姿に戻る。
両足にあるべきニーハイブーツの片方が、脚とともにどこかへ抜け落ちていた。
最終更新:2016年07月02日 23:42