一回戦第四試合その2


『爆闘!ガンバースト』第30話 シンデレラをやっつけろ!

「いやー、大変なことになっちゃったねー」

 アトランティス徳川領! 半ば苔むした遺跡尖塔の上に座り、余裕の笑みを浮かべる和服姿の少女は一体何者か。
 ――読者諸君の疑問の答えは、まさに謎の女の視線の先、遠く水平線上にある!

『『『御用! 御用! 御用ーッ!』』』
『『『じゃんだら! じゃんだら!』』』

 赤き光線めいたタケダのR.A.S.Fの大軍に対するは、ホバー機構によって水上を駆け巡る無数のタヌキ型オートマトン! 徳川領の自動防衛機構が、タケダネットによる物理侵攻を受けている……!
 しかし何故、このような貧弱戦闘ドローンしか備えぬ辺境の徳川氏が今、タケダネットの総攻撃を受けているのか?
 その様子を注視していた女が、ふと、手元の端末が受信した文字情報に目を落とした。

《いつもお世話になっております。人的資源の迅速なる通報に感謝いたします》

 ……これはもしや!? 少女の正体は、タケダネットの走狗!
 彼女の名は禍津鈴! タケダネットの必要に応じて運用される戦闘人的資源階級の一人であり、そしてこの鈴こそが、尖塔の立つ遺跡直下、アトランティス海抜マイナス2000mにて行われつつある……違法武闘会の情報をシステムへとリークした張本人なのだ!

《今後も、タケダネットによる安定した繁栄ある資源生活への貢献を期待しております》
「あはは。もちろんもちろん。――あたしを武士にしてくれるなら」

 体制に逆らう戦いと引き換えに、莫大な報酬が約束された武闘会。即断即決を旨とする禍津鈴がこの極めて危険な武闘会への誘いを受けて至った決断は、極めてシンプルな考えであった。

(……安定を捨てて賭けに出る。だけど、何もできないまま死ぬだけの末路なんて、腐るほど見てるんだよね)

 真下。鈴の眼下、遺跡構造の一部が展開し放たれたカルバリン式レールキャノンの振動衝撃波が、さざなみとなって空気と海面を奔った。それでも、タケダの誇る無敵艦隊の装甲に、蚊の刺すほどの損害も与えることはできないだろう。

(タケダネットにはリークする。武闘会にも出場する。そして、あたしは最低限の安定しか捨てない)

 ――悪辣! 以下が禍津鈴の戦略思考である!
 始末済の反逆者、七篠権兵衛なる名前の男を尋問して得た情報として、武闘会の存在をリーク。タケダネットへの貢献を稼ぐことで身分保障の確約を得た上に、自らが受領したポータルチケットの存在は隠蔽……!
 次なる試合会場、即ちこの徳川海底闘技場への攻撃作戦に自らが参加しながら……『アクシデントで乱入した』タケダネット軍勢と共に、対戦相手を戦闘領域内で始末! 希望崎学園側からは賞金までも頂こうというのだ! リスクを最大限に留め、リターンを最大に!

 そして彼女の次なる対戦相手こそは、我らが紅崎ハルトなのだ!
 なんたる卑劣な傭兵魔人! 危うし、紅崎ハルトーッ!



 一方! 紅崎ハルトは何をしているのか!? 時刻は既に深夜20時30分、試合会場は発表されているが……!?

「ウオオオオオオオ!! 絶対に許せねえ~~ッ!!」

 何を……何をしている紅崎ハルト!? その身体からジェットエンジンめいて噴出する炎は、紛うことなきガンバトラーのオーラ! それはいい! だが……ハルト、お前の存在するその地点は!?

「ウオオオオオオ!!」

 バカな!? 太平洋上、海上を走っているのではないのか!?
 何をやっているんだお前は! まさか太平洋上の徳川秘密格闘技場に……自分の足で乗り込むつもりだったのか!?

「悪党どもは許せねえ!! 立ち止まっちゃいられねェ!! ガンバトルがこれから始まるって時にテメェら!! 間に合わなくなるだろうがァ――ッ!!」

 爆炎を纏ったパンチが、アトランティスを包囲するタケダ巡洋艦に直撃破壊! 艦橋内部から爆発炎上! 沈没! 乗組員全滅!
 愚かな! 愚か過ぎる、紅崎ハルト!! ルール説明を読んでいなかったのか!? お前は……ポータルチケットの使い方をそもそもわかっていたのか!?
 難しいことは何ひとつわからない! これが紅崎ハルト! 頭の中にはガンバーストしか詰まっていない! 

『『『御用! 御用! 御用!』』』

 上空から殺到するR.A.S.F! 水中用ジャイロユニットを下半身換装した騎馬軍団までもが登場! 圧倒的不利! 試合会場アトランティスへの道程を阻む暗黒の大海原は、禍津鈴の呼び寄せた、最強のタケダ戦闘艦隊で満たされているのだ……!
 大丈夫かハルト!? こいつらを相手にガンバトルすることなど、可能なのか!? 紅崎ハルトは全力疾走しながらキレた!

「テメェら……!! 勝負しろよ……!! テメェら!! ガンバーストで勝負しねえ奴らは!! どいつもこいつも許せねえ――ッ!!」
《ハルトく~~ん! やめるでヤンス! そいつらは……そいつらはタケダネットの尖兵でヤンスよ!? いくらハルトくんでも、こんな連中に勝てるわけがないでヤンス~~!》

 クズ野郎! この卑劣漢に同意するのは極めて不本意だが、私も同意見だ!

「何ィ~~ッ!? タケダネットだァ~~!? なんだか分からねーがぶっ潰してやる!!」
《ヤ、ヤンス~~!?》

 バカ! タケダネットくらいそろそろ覚えてくれ!

 もはやこれは安田ケヒャ郎でも制止不能の状況! 幾度かのタケダ軍勢との交戦を経て、COOLがHOTになっちまった!
 夜の海原を巨大な火球の閃光が走り、気化した水蒸気が後に続く! 自ら爆発炎上しながら走り続ける、まさしく災厄の暴走超特急!

『よくぞ現れたな反逆者! タケダネットの威光とテクノロジーをその身で思い知ウギャアアア~~ッ!?』
「勝負しろってんだよォ――ッ!!」

 反重力ホバー揚陸艦『夜叉美濃』、一撃破砕! 炎上! 乗組員全員死亡!
 閃光の内より炎のレオパルドが現れ出て、爆風の勢いのままに上空の巨大無翼輸送機へと食らいつく!

『『『御用! 御用! 御用!』』』
『迎撃せよ! 迎撃! 迎ゲヤァァァ~~ッ!!!』
『『『御ゲェェェ――ッ!』』』
「許せねえ――ッ!!」

 破砕! 爆花繚乱! 『左衛門』乗組員及び周辺の飛行部隊、全員爆死!

『ギャアアアア――ッ!!?』

 やめろ! そろそろやりすぎだ! 無限の怒りによって燃えるガンバトラーのオーラが、不運にも直下に存在した新鋭戦艦『弾正』を叩き折った! 言うまでもなく……全員死亡!
 肩で息を整えながら、沈みゆく『弾正』の甲板にハルトは立つ……! 眼前には、先に行くに従ってますます密度を増すタケダの無敵艦隊軍勢!

「ハァ、ハァ……わからねェ……わからねえけど、わかってきたぞ……!!」

 わ……わかってくれたか! ここは、どこかに随伴するポータル艦を奪取し、お前が持つポータルチケットを使って試合会場内に逃れることが一番の上策……! いや、お前にそこまでの思考回路は期待しすぎということは分かっている……だが、すぐさま禍津鈴とガンバトルし、帰還用ポータルチケットで、アトランティス戦場地帯から離れるのだ!

「悪党どもが集まっている中心にこいつらのボスがいるに違いねえ!! そいつとガンバトルで勝負だ!!」

 ああ、やっぱりわかってなかった! そして再び現出する阿鼻叫喚の海上アポカリプス!
 爆発! 炎上! 爆発! 炎上! 爆発! 炎上!
 紅崎ハルト、お前は一体どこへ行く……!



「あれあれ~? これ、ちょっとやばいんじゃない?」

 水平線の彼方より次第に近づきつつある火柱を眺めながら、禍津鈴は呑気に呟いた。
 エッ!? ま……禍津鈴だと!? なぜ!?

「ふーん。もしかしてあれが、あたしの次の対戦相手かな?」

 なにをやっているんだ禍津鈴! お前、この惨状を見てなぜ逃げ出さないんだ!?
 街が破壊された後に悠々とやってきた謎の能力者みたいな言動をしている! き、危機管理意識というものが……お前には存在しないというのか!?

「まっ、タケダネットの艦隊じゃこんなもんかなー」

 こいつは何を言っているんだ!? 世界支配システムの最新鋭艦隊よりも、自分の実力を上に位置づけていない限り、とても出てこないような言動……!
 禍津鈴! お前! 飄々としすぎにも程があるだろう!

「さーて、やります、か」

 鈴は、鞘から直剣を抜き、不敵に笑い、その頭蓋骨にパンチが直撃炎上!!

「うるせえェェ――ッ!!!」
「うわぁーッ!?」

 襲来した拳の主は、当然、紅崎ハルト!! 群がる軍艦を叩き壊しながら飛び移り、闘技場直上の遺跡にまで到達していた! 相も変わらず恐るべきパワー!
 だが……何かがおかしい! この緊張感のないリアクションは!?

「うん、なかなかやるじゃん? でも君のほうがうるさいとうへーっ!?」
「なんだテメェ――ッ!! あああ!?」

 直撃! タケダ戦艦を叩き壊し越谷市民を五万人殺戮する紅崎ハルトのパンチが、二回直撃した!!
 即ち、尋常の人間……いや、魔人であろうと気化蒸発していて然るべきパワー! この現象は一体!?

「いやー、すっごいねえ。これはちょっと、負けそう? かな? うん?」
「なんだテメェ……ニヤニヤしやがってテメェ!! バカにしてんのかテメェ!! テメェ!! 勝負しろ!!」

 ――不合理! 即ち、魔人能力に他ならぬ!
 なんということだ! 紅崎ハルトの次なる対戦相手、狡猾なる傭兵剣士、禍津鈴もまた、ゴルジャイ同様に魔人能力者!
 その異能が持つ名こそ、『エンチャント・心象力!』
 自らの心象状態を反映した多様なる力場を、自身や周囲に作用――直接剣術戦闘をサポートする汎用性に優れた能力……であると、思われた!
 だが、彼女の異常極まる耐久力は何事か!?

「落ち着いて落ち着いて、そんなに怒ってたら寿命が縮まっちゃあばーっ!?」
「勝負しろ――ッ!!」
「あははははは」

 こ、これだ……! この飄々とした態度だ!
 台風すらも受け流す柳の如き、圧倒的飄々感! その心象を反映させ、敵の攻撃を食らうと同時に、自らを同等のスピードで動かし受け流す!
 禍津鈴の傭兵として異様なる危機管理意識、戦闘時であってもヘラヘラと軽口を叩くその態度は、単なるプロ意識の欠如ではなかった! その精神性そのものが、彼女から危機そのものを遠ざける強力無比なる武器であったのだ……!
 明るくノリが軽いお喋り好き! 深く考えずに即断即決! 生まれながらにして飄々とした才能を持つ、それが禍津鈴だ!

 しかもただただブン殴ってガンバトルをしたいだけのハルトは、禍津鈴の魔人能力の正体に……まったく気付いていない! たぶん、永劫気付くことはないだろう! マジで危うし、紅崎ハルト!

(さーて……ぶひーっ!?)
「ウオーッ!! ウオーッ!!」
(剣で攻撃しても多分へし折られるし~~あぼーっ!?)
「ウオーッ!! ウオーッ!!」
(こいつ、ルールとか全然分かってないっぽいしぺなーっ!?)
「ウオーッ!! ウオーッ!!」
(こいつは遅刻負けにして、あたしはポータルチケットで帰るかな~~)

 殴り飛ばされ、遺跡の尖塔の一つを破砕しながらも、禍津鈴は即座に駆けることができる。なぜなら彼女の肉体にダメージ蓄積はゼロ! 熱ダメージであろうと激突ダメージであろうと関係なく、細胞の一つ一つが運動量を受け流し、周囲に逃し続けているに違いない……!
 爆炎と煙に紛れて、その動きは目視不能。そもそも今の紅崎ハルトが彼女の姿を正確に追えるはずがない! 彼女が目指す先は、アトランティス地上に設置されたポータル! 徳川領の遺跡構造を抜け目なく地形把握した上での、狡猾卑劣なる作戦であった!

「じゃあね~~」

 飄々と言い捨て、通りぬけざまに、片手剣でポータル装置のターミナル部を破壊。わずか数十秒後にはコンデンサ電力も途絶、この遺跡島唯一のポータルは完全に機能を停止した……!

 この試合において……禍津鈴が繰り出した攻撃は、ポータル装置への、狙いすましたかすり傷ひとつ! しかし、それでも! ただそれだけで、紅崎ハルトは試合会場への到達経路を絶たれ、地上へ殺到するタケダ軍勢の雲霞に飲まれ、死の運命を辿るのだ……!

「どこだテメェ!! ガンバトルしろ!! ふざけんじゃね――ッ!!」

 ――いかに紅崎ハルトが強力なガンバトラーといえど、タケダネットの完全たるシステムは……その対応戦術を生まれながらにインストールした武士生命体を無限に送り込むことができる!
 大艦隊をも吹き飛ばす不条理な力を前に、なんたる飄々とした戦いであろうか!



「いやー、今回も厄介だったけど、これで300万か~~」

 会場に一人立つ禍津鈴は、くるくると片手剣を回しながら、期待に満ちた観客席を眺め渡した。20時58分。彼らの期待に沿う結末ではないだろうが、残り2分で紅崎ハルトの敗北は確定。そして彼女には傭兵よりもマシな、安定した暮らしが待っている。
 本来ならば、あの地上遺跡でタケダネット突入部隊到着を待ち、試合開始時間直前に海底闘技場に彼らを案内。試合開始時間にあらわれる紅崎ハルトが何もわからない内に始末する作戦であったが、紅崎ハルトの想定を超えた愚かさに、早期のプラン変更を行わねばならなかった。
 傭兵としての危機管理意識の代わりに持ち合わせた柔軟性が、効果的に働いた流れだったといえるだろう。

「これからもああいうおバカな相手ばかりだったらいいんだけ、ど……?」

 遠雷のように響いた震動を聞いて天井を見上げた鈴は、やはり、緊張感のない笑顔のままであった。

「うん?」
『ォォ……ォォ……』

 声である。連続する不吉な地響きとともに、声が。

『ォォ……ロォォォ……』
「えー? マジでー?」

 ……『マジで?』、ではない! この事態を分かっているのか禍津鈴! 時間は20時59分! だがこの状況は、もう読者の皆様にもおわかりであろう! なんというか、そういう問題では、ない!
 もはや疑いようもなく、一際巨大な炸裂音が響く! 困惑と恐慌に包まれ、金網を囲む観客の全員が逃げ惑いはじめた!

『ウォォォォ……!!』

 禍津鈴は、タケダネットをこの島に呼び寄せた。武闘会開催の試みを阻止すべく、ポータル経由突入に頼らぬ試合会場直上。タケダネット反逆因子を排除すべく、差し向けられた全ての軍勢がこの島に……すなわち、地上に取り残された紅崎ハルトに向かって。そして紅崎ハルトの怒りは、無限だ! 彼が地上に留まり、戦闘すれば戦闘するほど、その余波は、破壊は、直下の岩盤を砕き……!

『ガン……バトル……!!』
「なるほどねー」

 『なるほどね』、ではない!! バカ!!

「レディィィ……!!」

 頭上を見上げた禍津鈴が最期に見たものは、蒸発した深海水蒸気の膨張圧と共に天井を破砕し落下する、ガンバトラー!!

 爆発! 炎上! 試合開始時間と同時に観客全員死亡!!

 あらゆる攻撃エネルギーを受け流す禍津鈴の魔人能力は、無論、そのカタストロフの爆撃をも耐えたのだろう。
 無論、遅れて流れ込んだ膨大な海水は、それを気化させる術を持たぬ鈴を溺死に至らしめるに十分であった!

「どこだクソ野郎――ッ!! ガボガボガボ!!」

 ――こうして紅崎ハルトは、新たに見つけ出した悪党をまた一人ぶっ殺した!
 しかし……流れこむ海水を蒸発させ続け、彼自身も意識しない内に呼吸可能な泡を作り出しているが、そろそろ限界だ! タケダ軍勢も地上からどんどん送り込まれる! この状況を脱するには……しかし、この愚か者にポータルを使わせるにはどうしたらいいというのだ……!?

「ウオーッ!! 許せねえーッ!! ガボガボガボ!! なんだァ……!?」

 『なんだ』じゃない! 会場移動用のポータルだ! それを使えと言っているのだ! 世界設定を読め!

「なんだこのふざけた装置はよォ――ッ!! 俺はこんなのはじめて見るぜ――ッ!!」
《ヤンス~~! それは次元ポータル! ハ、ハルトくん! それに入るとガンバトルできるでヤンスよ!》
「なんだと~~ッ!? ウオーッ!! 入るっきゃねえぜ~~ッ!!」

 ……。よかったよかった!
 こうして紅崎ハルトは、次元ポータルの使い方をようやく覚えられたのだ! 一件落着!

次回、『爆闘!ガンバースト』第31話 タケダネットをやっつけろ!  ガンバトル――レディ・ファイト!!
最終更新:2016年07月03日 00:44