一回戦第五試合その2


「さあ、やってまいりました希望崎学園、魔人武闘会第一回戦。
 今この瞬間にも他会場ではすでに、血湧き肉躍る闘いが繰り広げられていることと思われます、が―――
 なんということでしょう!わたくしの対戦相手はご覧のとおり、『年端もいかぬ少女』であります」

 廃工場に、実況者の声が朗々と響きわたる。しかしそれは、主催が配した実況者のそれではない。
 自らの制御しえない魔人能力に制約されることのない、心躍る実況の場を求め、出場者としてこの場に立つ者―――
 魔人実況者・古太刀六郎の声であった。

 サングラスに縦ストライプのスーツ、蝶ネクタイ、手には鮮やかな赤色のマイク。
 会場に響く声は六郎の肉声であり、マイクが拡声器としての役割を果たしているようには見えない。

 対する少女、平方カイは、しかしこの相手の姿を奇矯なものとはみなさなかった。
 ただジャングルで初めて見る巨大生物に相対したときのごとく、十分な警戒をもって見据えている。

「オマエ、戦うのか、オレと」

「いかにもわたくしは本大会の出場者、そしてあなたの対戦相手であります」 

「平方コン、オレの父親、誰が殺したか知っているか」

「さあ、まったく存じ上げません。このように『可憐な少女』が魔人武闘会に出場した理由、
 それは父の敵討ちといったところでしょうか。
 比ぶれば勝手な事情ながら、わたくしにも理由はあります。この闘技をことごとく勝ち上がり、最高の実況を行うという理由が」

 沈黙。

 それは困惑や思考停止を意味しない。
 言葉を交わすまでもなく、両者が互いに容赦ない加減乗除を行う意志を固めていることは明らかであった。

 カイの体に宿る守護公式、そしてカイ自身の数学者としての呪術的直感が、静かに六郎の能力を解析している。
 言語を介した呪術的魔人能力。効果は指数関数的に増大。
 定数項「年端もいかぬ少女」「可憐な少女」により、カイの筋力はすでに15%低下。
 これ以上の発言を許せば難問化。ただちに証明(しとめ)るべし。

 この沈黙の間、六郎もまた相手の最期を実況するための番組(ストーリー)を組み立てていた。
 カイが数式を紡ぐよりも早く、次の手を仕掛けたのは六郎。

「しかしこの、開放的な衣装に身を包んだ少女・平方カイ、年のわりに―――『おっぱいが大きい』!」

 !?

 突然のセクハラ!
 六郎の魔人能力「パニック・ステーション」の効果により、カイの胸部体積は『誇張』され、10%肥大!

 肥大率が大きくないことからもわかるように、カイの胸はもとより、取り立てて描写に値するほど大きくはない。
 とはいえ存在感がないほど薄いわけでもなく、歳相応の控えめなボリュームが絶妙な谷間を形づくっており、
 褐色肌と原始的衣装に実にマッチした、ベストサイズおっぱいであった。
 その黄金比が、六郎の『誇張』によりわずかに崩壊!なんてことを!六郎死ね!

 このサイズのおっぱいを「大きい」と認識し、能力によって『誇張』できるということは、
 六郎自身は貧乳フェチであり、カイの外見に対して、より小さいおっぱいが望ましいと考えていることは疑いようもない。

 察するに六郎の意図は、この素朴な衣装に身を包んだ少女の羞恥心を煽り、試合を有利に進めることであろうか。
 むしろその様子が見たいだけで、単なる趣味という可能性もある! 分からんでもない!

 しかし幸か不幸か、平方カイ本人に、六郎の言葉に羞恥を感じる文化的素養は無し!
 胸が肥大した事実を一切気にすることなく、六郎を証明(しとめ)る定理を放つ。

「『はさみうちの定理』『くさびの刃の定理』」

 『イプシロン・ノート』。超自然の計算用紙に記された数式が、形をなし六郎に襲いかかる!

「おおぉーっと、これは衝撃! わたくしの足元に突然、トラバサミのような刃が出現しました!
 『この程度の不意打ちを躱せないわたくしではありませんが』、万が一捕まれば、
 大いに不利な展開となっていたことでしょう!」

 六郎、危なげなくこれを回避!

 一流の実況者が修める拳法、『南斗実況拳』は、回避、生存、そして実況を続ける技術を
 なによりも重視している。言葉のとおり、この程度の、予備動作のある攻撃をかわせぬ六郎ではない!
 技の詳細を描写する余裕すらある! 魔人能力の効果により、同じ手を食わない確率も上昇!
 カイは休むことなく追撃する!

「『九点円の定理』『中線定理』『くさびの刃の定理』」

 ガガガガガガガガガ!!

「ご覧ください、さきほど放たれたのと同様の刃が今度はガトリング状に整列し!
 雨のようにわたくしを襲ってきます! 『やはりみすみすこの程度の攻撃を受けるわたくしではありませんが』!
 この少女の魔人能力!『まさしく人間砲塔』――ッ!!」

 おそるべきは六郎の実況者回避力、そして実況者視力!
 本物のガトリング砲にも劣らない数式の刃雨を、
 砲塔に喩えられたことにより、カイの連射能力は12%向上したが、演算能力は5%低下!
 対して六郎の回避能力は、ここまでで25%上昇している! 同じ演算を繰り返せば、当然カイは徐々に不利!

 六郎を一撃で仕留められる、さらに大規模な数式を組み立てるべく、胸元から計算用紙を取り出す!

「おおーっと出ました、胸元から武器を取り出すアクション!やはりこの少女、潜在的なキャラ付けとして『おっぱいが大きい』!」

 !?

 しつこい!
 魔人能力「パニック・ステーション」の効果により、ふたたびカイの胸部体積は『誇張』され、10%肥大!

 なんたるマッチポンプ!おっぱいが大きいという認識は六郎が勝手に抱き、さきほど魔人能力によって強化したものではないか!
 間違いなくカイを産んだ人物は、彼女にそのようなキャラ付けをしていない!

 しかしやはり、カイは六郎の実況を意に介さず数式を紡ぐ!


「『九点円の定理』『中線定理』『加法定理』『くさびの刃の定理』『三平方の定理』」

 数式のガトリングが立体的に組み上がり、六郎にむけて斉射!
 工場内を覆わんばかりの数式の雨! 一弾一弾の速度もさらに増している!
 しかし六郎、またしてもこれをことごとく回避! 廃工場に打ち棄てられた、多数の工作機械が遮蔽物となり、刃は六郎の体をとらえることができない!

「帯状の布に押さえつけられ、存在感を増した胸の谷間!彼女が動くたび、大きく揺れます!やはり先程より大きくなっている!
 この存在感、将来有望――――ーッッ!!」

 途切れることなく続く六郎の実況! しかしその内容、もはや徹底しておっぱいしか見ていない! 

「思わず顔を埋めたくなるような、恐るべきボリューム!その引力、人をダメにするソファのごとし!」

「こうして見ている間にも、どんどん、どんどん大きくなってまいります!」

 マニュン、マニューン!!

 ここにきて、カイの胸部はLカップを超えて肥大!
 胸部を覆っていた布が裂け、ついに隠された肌があらわになった。

 勘のいい観戦者の方であれば、すでにお気づきであろう。

 たとえ1回あたりの肥大率が10%でも、30回言葉を重ねれば
 体積は元の17倍。50回重ねれば、実に117倍!
 そのようにおっぱいが大きくなれば、いかな魔人体力の持ち主といえど、立ち歩くことすらままならない!

 Jカップまでの肥大ならば意に介さなかったカイも、ここでようやく六郎の意図を理解した。
 これ以上胸部体積が肥大すれば、両手で数式を紡ぐのは困難! 

「『加法定理』―――」

 しかし、もう遅い。秒間16文字のタカハシ速度をやすやすと実現する実況者の滑舌。
 気づけばすでにカイの体は胸部を下にして浮き上がり、数式を紡ぐことも、その場から動くこともできなくなっていた。

 マイクを口元から離した六郎が、カイのもとに歩み寄る。
 そして初めて、実況者としてではなく、ただ対戦者としての言葉をカイに贈った。

「いますぐ降参するなら、戻してさしあげてもかまいませんよ」

「―――『加法定理』、『倍角の公式』、『半角の公式』」

 今までのどれよりも速い数式が、無数の刃となって射出された。六郎は強化された実況者ステップでこれを回避。
 同時にカイの全身に刻まれた公式が、光を放ちつつ浮き上がり、六郎に殺到する。

 しかしそれらが呪術的効果を展開するよりも早く、六郎は実況者脚力によって弾丸のごとき速度でカイに肉薄。
 右手の赤いマイクによって、カイの後頭部を打ち据えていた。

 守護公式が光を失い、地に落ちる。
 父より受け継がれ、磨かれた少女の数式は、六郎の容赦ないゲス実況の前に敗北した。

「さあいよいよ、戦闘的実況者であることが明らかになってしまったわたくし。
 一体これから、ど~なってしまうのでしょうか!?」


 古太刀六郎 ― 勝利

 平方カイ ― 魔乳化、頭部打撲により戦闘不能
最終更新:2016年07月03日 00:15