「提督、エリー湖の戦い勝利おめでとうございます」
合衆皇国海軍の制服を来た青年を、様々な人が取り囲む。
赤絨毯が敷き詰められた会場は、多くの人で溢れかえっていた。
バージニア州艦に存在するノーフォーク海軍基地。
ここは数ある海軍基地の中でも最大規模の軍事基地である。
今、この基地では祝勝会が開かれていた。
米英戦争の大きなターニングポイントになり、後の大英帝国消滅の遠因ともなったエリー湖の戦い。
その戦いに参加していた将兵らをねぎらう為の祝勝会であった。
参加者の多くは将官や佐官、及びその関係者である。
煌びやかな礼服に身を包み、美食やダンスに興じる。
そこには戦争の悲惨な空気など一抹も感じ取れなかった。
「いやぁ、しかし流石提督。これは、お父上の薫陶ですかな。」
モノクルを掛けた貴族が冗談めかして話しかける。
後に、エリー湖の英雄と呼ばれた青年は頭を下げ俯いた。
「やめて下さい……その、家族たちが見ていますので……」
周りからどっと湧き上がる笑い声、青年を暖かく見守る家族。
会場全てが幸せに満ちているように感じられた。
……嘘だ、誰よりもそれをお前は知っている癖に……
世界がどろりと崩れ落ちる、人も景色も真っ黒な墨になって霧散した。
そして、思い出したくもない言葉だけがリフレインする。
いやぁ、羨ましい
提督 やっぱり彼も
ほら、挨拶なさい 提督
ミスリル原爆を投下します 提督 荷が重かったかな
比べてはいけない
私は 提督 よっぽど……の方が 提督 提督 提督!
大きな声が私を現実へ引き戻す。
「提督!」
目を開けると、まずクインの顔が目に入った。
彼女の目は赤く、そして少し腫れぼったくなっている、恐らく彼女も今しがたまで寝ていたのだろう。
「悪かった、起こしてしまったな」
クインの頭を一撫でし、ベッドから這い出る。
ベッド脇の水差しを持ち上げてみたが、あいにく空だった。
「うなされておりましたが、大丈夫ですか」
ベッドシーツを片手で掴んだままクインは問いかける。
「ああ、心配しなくていい、いつものやつだ」
よく見る悪夢の事をクインは把握している。
なぜ話したのか自分でも不思議であったが、クインに隠し事は余りしたくなかった。
服も羽織らずにキッチンへ向かう。
水道の蛇口を捻ろうとしたところで、作り置きのミスリルスムージーがあったなと思い出し、冷蔵庫を開く。
「クイン、何か飲むか」
「……いえ、私は結構です」
しばし逡巡した後に、返事が返って来た。
冷えたタンブラーを引っさげ寝室へ戻る。
クインは既に下着を身につけていた。黒い肌に純白の下着が映える。
「・・・・・・提督、提督は私達ダークエルフに優しくしてくださいますよね」
「それが、どうした?当然のことだ」
彼は私費を投じてダークエルフの保護活動を行っていた。
ダークエルフを迫害していた歴史は消えない、だが償いは出来る。
戦災孤児であったクインを引き取ったのも、そういった贖罪の一環であった。
「・・・・・・その、失礼ですが肌の色で差別をされないのなら」
クインがそう言いかけた所で、提督は遮った。
「クインよ、それは無理だ」
同じ有色人種であるタケダの民達を案じているのだろう。
クインの優しさは、微笑ましかったが戦場に持ち込むにはいささかセンチメント過ぎた。
「お前たちは抑圧され、未来を閉ざされた。猿どもは、おのが力を過信し自ら未来を閉ざした」
タンブラーを傾け、銀色に輝く液体を流し込む。
キンキンに冷えたミスリルが体中を巡り、眠っていた細胞を目覚めさせる。
「やつらに温情はかけんよ」
クインは、提督の目を見つめ何かを訴えかけたが、それ以上言葉をかけることは無かった。
「えらく冷えるな、ええっ?」
数人、いや数十人の男が氷原を歩いていた。
男たちはは支給された耐寒スーツを着込んでいたが、それでも寒いものは寒いのだ。
「ここら辺もずいぶん寂しくなったな・・・・・・」
ざっざっざっと歩く音だけが響く。
一面、死の荒野という表現がぴったりであったが、
歩いている男たちもまるで亡者のような足取りであった。
「今度はどこだって?」
先頭を歩く年長の男が訪ねる。
「C3ブロックだと」
「・・・・・・ニラクの奴の村の周辺か」
たったそれだけの会話だったが、重々しい足取りを
さらに鈍らせるには十分だった。
「本当、寂しくなっちまうわなぁ・・・・・・」
「そうだな・・・・・・」
「・・・・・・」
男たちは歩きながら空を見上げた。
遮るもの一つない空で、星だけが煌々と輝いていた。
「提督、準備は宜しいでしょうか」
無機質な個室にクインの声が響き渡る。
小さなモニターと椅子しかない簡素な部屋で二人は待機していた。
「ああ、問題ない」
装備を確認しつつ答える、この一回戦は後々の為に布石を打っておかねばならぬ試合だ。
必然、戦場に持ち込むものも多くなる。
腰周りはガンベルトやナイフホルスターなどで溢れ返っている。
ミスリル合金製の防弾ジャケットを羽織りつつ、電子機器の作動をチェックする。
軽量・頑丈であるミスリルをふんだんに利用できるのは提督の地位の高さ故だろうか。
ミスリル火薬を内蔵した手榴弾「ホーリーパイナップル」等の姿も見える
「こんな所か、準備しすぎてしすぎるということは無いしな」
重火器類、弾薬にも問題は無い。
「・・・・・・そろそろお時間です、御武運を」
時間になりました、選手の皆様はポータルの前までお進みください・・・・・・
時間になりました、選手の皆様はポータルの前までお進みください・・・・・・
無機質な機械アナウンスが繰り返される。
「ああ、行って来る」
まるで戦争映画の一兵卒のやり取りだな、とふと思った。
ステイツフリート四隻を指揮する自分が一兵卒、正直悪くない。
人間というものは、自己を凌駕する大きな何かの前では誰もが一兵卒に過ぎないのだ。
怯え、竦み、恐れ、それでも抵抗するのだ。
彼にとって抵抗すべき存在は---
そこまで考えたときポータルが一際大きく輝き、一瞬彼は意識を失った。
「バーニア、スラスター等取り付け完了報告が来ました」
多くの制服を着込んだ人物が、慌しく蠢く。
ここは、軍事施設だろうか、報告を受けた指揮官と思しき男が新たな指令を出す。
「ご苦労、いつでも射出準備できるようにしておきなさい」
「はっ!」
報告のために飛び込んできた青年は、飛び込んできたときと同じ速度で退室していった。
目を開いたら、一面草原であった。
ここは・・・サバンナか、彼は地形一覧から合致する地形を思い起こした。
確かサバンナは、1km四方に囲まれた地形だったはずだ。
ゆっくりと周りを見渡す・・・
いた
4~500mほど先であろうか、椅子か何かに腰掛けた人影が見えた。
恐らく向こうもこちらを視認しているであろう。
・・・いけない、今はまだ他にすることがある。
彼は冷静さを取り戻した、戦いを始める前にいくらでも確かめねばならぬことはある。
まずはポータルの確認だ。
彼が右手をさっと振りかざすと、サバンナの大地にワープポータルが出現した、しかし。
「なるほど……ポータル自体は開けるが外には出れんか」
軽く中を確認したが出口となるポータルは開いていない。
希望崎学園のロストテクノロジーにより、試合会場から会場外に影響を与える事は出来ない。
「確認できただけよしとするか……後は」
右手で超小型のVSAT(可般型衛星通信システム)のスイッチを入れ、インカムをオンにした。
「アローアロー、こちらは皇国海軍所属、コールサインはエイブル、デルタ、マイク、インディア・・・・・・」
「ごきげんよう」
「ハロ~!」
二人のファーストコンタクトは思ったよりも和やかであった。
両者の距離は7~8m程までに縮まっていた。
遠くから『提督』がゆっくり近づいても、姫宮マリは動かなかった。
マリにも、そして『提督』にも一つ確信に近い考えがあった。
すぐに戦闘になることは無いだろう・・・・・・そして。
「お互いがお互いの不意を突こうとしている」と、そう考えた。
「あー、可愛らシイお嬢サンですネ!」
作った声で話しかけながらも警戒は怠らない。
両足がなく、車椅子を使用している。
単純に考えれば、車椅子に何らかのギミックが仕込んでいる・・・・・・
もしくは、足が無くとも何のハンデにもならないか、だ。
「まぁ、照れますわ」
マリは、重火器やナイフ等の武装を観察する、もしこれをそのまま使ってくるような魔人なら組し易いだろう。
だが魔人能力次第で勝負はいくらでも揺れ動く。
「少しお話シマセんか」
「ええ、よろしくってよ」
二人とも腹の探りあい・・・・・・そして仕掛けるタイミングを伺っていた。
「もシ、もしデス!貴方がオ金が目的デあれバ、私タチは仲良クできるカモしれまセーン」
「まぁ!どういうことかしら!興味ありますわ!!」
交渉は出来ないか・・・・・・と『提督』は悟った。
金銭に興味が無いのはあからさまだった。
『提督』の戦闘スタイルは典型的なアメリカンスタイルであった。
即ち、まず交渉する、それが叶わなければ次は脅迫、それでも従わない場合に初めて武力行使となる。
通常は脅迫フェイズとなるのだが、それが通じるような相手はそもそも武闘会に参戦しないだろう。
そうなれば……
「実はデスね……」
ゆっくりと左手を腰のナイフホルスターに伸ばす。
もちろん姫宮マリも、その動作には気づいている。
『提督』はゆっくりと動き、自分がナイフを抜こうとしている所をあえて見せつけた。
この距離なら大した事にはなるまいと、大抵の人間は考えるはずだ。
だが、ナイフをつまみ上げた瞬間である。
バヂン!
大きな音が響き、手元からナイフが消えた。
いや、実際は消えてなどいない。弾け飛んだのだ。
スペツナズナイフと呼ばれる武器がある。
柄にスプリングを仕込んだナイフで、トリガーを操作することで刀身を射出できる様になっている。
有効射程は5m程と短く、主に近距離での奇襲などの為に使われる。
しかし『提督』が所持しているナイフは特注のスペツナズナイフである。
柄の部分にスプリングを仕込んでる点は同じだが、射出仕様が大幅に違う。
スプリングを極限まで縮めた状態で接着。
「閉じた」接着面を強制的に「開く」事で弾性エネルギーを解放。
射程・威力を大幅に上昇させるとともに、他者には利用できない仕組みになっている。
銃弾よりも早く刀身が閃く。
そして、その刀身よりも早く閃く何かが『提督』に襲いかかる。
紅い粒子の尾を引き、襲い来るのはもちろん姫宮マリである。
鋭く美しい蹴りが『提督』の喉を狙う。
だが、当たれば致命傷であろう一撃は外れることになる。
恐ろしい速度で距離を「縮めて」きた何かに対し、本能的に彼は距離を「開いた」のだ。
本当に偶然と言ってもよい、本能的な恐怖が彼を救った。
「エマージェンシー!」
彼はそう叫ぶ、それは自らを奮い立たせる言葉か、あるいは……
「無駄ですわよ」
加速を続け、さらにマリは蹴りを放つ。
だが、奇襲でなければ対応出来るとばかりに『提督』は距離を「開き」続ける。
しくじった、この手のスピードアンドパワーの単純なタイプだったか……
『提督』は自分の苦手とするマッチアップに苦虫を噛み潰した、今は逃げまわるしかない。
マリの蹴りが幾度か躱されたのち、改めて二人は対峙した
だが、最初の時の余裕は『提督』にはない。
「鬼ごっこはもうおわりかしら」
マリには余裕があった、奥の手無しで有利をとっているという心理的余裕だ。
「でも、もうおしまいですわ……」
マリの体を流線型のスーツが包む。
瞬時に『提督』が距離を…「開く」筈であった、いや開いてはいた。
だが、単純にそれを上回るスピードでマリは追いついた
「アン!」
紅い線が光る、手が千切れ飛ぶ
逃げる追う逃げる追う逃げる追う
「ドゥ!!」
紅い線が走る、足が千切れ飛ぶ。
逃げる追う逃げる追う逃げる追う
マリの活動限界を示すインジケータが紅く光る
問題ない、あと一呼吸で首を刎ねるだけだ。
「トロ!?」
最後の蹴りが放たれる瞬間であった、義足が外れた、いや外された。
装着型であれば必ず継ぎ目があると『提督』は踏んだ、そして接合面を強制的に外した。
凄まじいスピードで転倒するマリ、そして仰向けになって転がったマリは、とてつもないものを見ることとなる。
「……猿のくせに強かったよ、正直負けた。だからこっからは運試しだ」
「し、白豚風情が……、こんな、こんな……」
能力の反動まともに動けないマリ、片手片足をもがれ動けない『提督』
二人の頭上はるか高くには大きな何かが落下しようとしていた。
ICBA
大陸間弾道アラスカである
広大なアラスカを一部切り取り、落とす
単純な質量兵器である。
「奥の手中の奥の手だったんだが…まぁ、仕方あるまい」
「ゆ、許しませんわよ……こんな事が許されて…」
サバンナの動物たちが尽く上を向く、それは世界最後の日の光景であった。
全てが光に飲み込まれ、……そして勝利者は『提督』と判定が出された。 了