二回戦第一試合その1


蝦夷にある人類の拠点の一つ、ススキノ。
その郊外に立地する、あるビルの二階に赤時雨ゴドーの住処は存在する。

「…あんな無茶な手段を使わないと勝てないか。」

「ま、あんなのは二度と使えねえよな。」

灰被深夜は答えた。
彼女の左腕と右足は彼女たっての望みにより、機械へと置き換わっている。
一回戦の激闘のさなか、彼女は自分で生身の左腕と右足を切断した。
彼女の「腕」は四肢を傷つけなければ傷つけるほど、強化される。
一回戦の相手、薪屋は強敵で、そうしなければ勝てない相手だった。
運営に任せれば再生させることもできたが、彼女はそれを断った。
次なる戦いのために。
失ったものは大きい。
だが、得たものも大きい。
彼女に発現した二本目の「腕」、そして生身を完全に失ったことで強化された能力。
これがなければ、今後の戦いは勝ち抜けないだろう。

「…で、装備は用意できたのか?」

「ああ。これだ。」

そう言ってゴドーは紙袋を取り出し、机の上に置いた。

「…紙袋?」

「気にすんな。他に入れるものがなかったんだ。」

「…管理は大丈夫だよな?」

「さっき受け取ったばっかだ。管理が悪くても俺の責任じゃない。」

灰被がゴドーに頼んだものは、魔人やエゾモンスターに対する兵器の調達である。
一回戦で運営に頼んで得た装備は、薪屋の筋肉に阻まれて効果がなかった。
今後、薪屋以上の化け物と対峙する可能性がある以上、運営から提供される以上の装備が必要になる可能性がある。
これはそれを見越しての依頼である。
新調した義手らと合わせると、一回戦の賞金から足がでるが、仕方がない。
彼女が狙うのはあくまで二億円の賞金ただ一つ。
そのためにできることは何でもする。
灰被は、紙袋から装備品を出し、一つ一つ確認していく。

「あ!ミーちゃんだ!来てたんだ!」

後ろから、女性の声がする。
灰被が振り向くと、見知った顔がいる。
赤時雨の同居人にして、マッド調香師、薫﨑香織である。

「うわ!スゴイ顔してる!ゴドーがなんかした?セクハラとか!」

「してねえよ。」「単純にお前が嫌なんだ。」

灰被とゴドーは答える。
灰被は薫﨑のことが苦手である。
人との関わりを意識的に薄くしようとしている彼女にとって、薫﨑のように間合いを急に詰めてくるような輩は厄介極まりない。
しかし、彼女にそのように接してくれる相手は貴重であり、有り難いとも思っている。
ゴドーと彼女の関係も相まって、灰被が彼女に向ける感情は複雑なものである。

「つーか、お前。何の用だ。」

灰被は尋ねる。
ゴドーが彼女と仕事をしている時に薫崎が話しかけてくることは滅多にない。
本人は「弁えている」と言っていた。
彼女が話しかけてくる時はいつも彼女が依頼に関わってくる時だけである。

「ああ、俺が頼んだんだ。」

ゴドーが言う。

「頼むって何を?」

薫崎は特殊な香水を調合して人の感情を操ることができる。
しかし、本土から逃げてきた彼らは居場所を掴まれる可能性を極力低くしたいらしく、今回の戦いには加わらせない、とゴドーは言っていたし、灰被も了承した。
そもそも彼女はこの戦いのことも知らされていないはずである。

「ふふふ…。見て驚くがいい!」

そういうと薫﨑は紙袋を掲げ、中を見せた。
そこに入っていたものは…。

ウサ耳。タイツ。バニースーツ。ススキノに出回っている特殊なパッド。

つまり…バニースーツ一式である!!!

「アホかてめええええええええええ!!!!!!!」

灰被の絶叫が鳴り響いた。


サバンナに立つ少年が一人!
彼の名前は紅崎ハルト!
ご存知の通りガンバトラーである!
ガンバトラーが何であるかって?少なくとも私は知らない!
ただ彼が狂人だということは知っている!
逃げろ!灰被深夜!
彼と関わっても損しかしない!
借金はコツコツ働いて返した方がいい!
彼と戦うだけ損だ!

「ウオオオオオオオ!!高まってきたぜえええええ!」

未知なるガンバトラーとの戦いを前にして、彼のテンションは最高潮に高まっている!
彼の周りはガンバトラーでなかったために殺されたライオンやサイ、ペガサスなどの死体がうず高く盛られている!
やっぱり来るな!灰被深夜!
ガンバトラーでないと知ったら彼は女性でも容赦しないぞ!
禍津鈴の二の舞になるな!
君の人生にはまだ無限の可能性がある!
それをドブに捨てるな!

「…待たせたわね。紅崎ハルト君。」

灰被深夜の声がする!来るなって言ったのに!
紅崎ハルトが彼女の方を向いた!
これで彼女の人生はお仕舞だ!

「…ウス。…こんにちは。」

なんだ!紅崎ハルトの様子がいつもと違う!
まるで借りてきた子犬のようだ!
頬が少し赤く、まるで気になるお姉さんに会った普通の小学五年生のようだ!
いや、様子が変なのは彼だけではない!
灰被深夜の様子が一回戦とはずいぶん違う!
顔には柔和な笑みを浮かべ!聖母のような慈愛をその身にまとい!豊満な胸を持ち!
何よりその恰好は…バニーガールそのものだ!
何があった!灰被深夜!
お前は暗い過去があるスレた女性じゃなかったのか!
頭でも打ったのか!
あと紅崎ハルト!お前もなんで照れてるんだ!そんなキャラか!
お前はもっとクレイジーなはずだろう!

「さあ、紅崎ハルト君。…ガンバトル、しましょうか。」

なんだって!ガンバトル!?
灰被深夜はガンバトラーだったのか!?
そもそもガンバトルってなんなんだ!?


「…さあ。説明してもらおうか。なんでてめえが装備品としてバニー一式を買ったのか。」

灰被深夜は赤時雨ゴドーに問いかける。
その口調はいつもよりも厳しい。
薫﨑は用があったらしく、どこかへと出かけて行った。
…厄介を感じて逃げた可能性のほうが高いが。

「…いや。必要なんだって。」

ゴドーの口調もいつもより弱弱しい。
彼は女性からの押しに弱いのだ。

「なんで?なんで、こんな趣味一辺倒の服装が必要なんだっつーの。」

彼女は別に彼がバニー好きであるということを責めるつもりはない。
ただ、試合にかこつけて着せようとする彼の卑劣さに怒っているだけだ。
彼のきちんと手続きを踏んで頼めば、バニーどころか旧スク水の着用も辞さないつもりである。
それだけの恩義と、好意を彼女はゴドーに対して感じている。

「だから!使うんだって!色仕掛けに!」

「色仕掛けって誰のだよ」

「紅崎ハルト!あのクソ野郎にだよ!」


『爆闘!ガンバースト』第31話 ハルトVS謎のバニーガール!サバンナでの決戦!

いつものようにサバンナへとガンバトルをしに行ったハルト!
そこで「謎のバニーガール」と名乗るガンバトラーと出会う。
ガンバトラーが出合えばガンバトルをするしかない!
油断するな!ハルト!その痴女結構強いぞ!
どうした!ハルト!顔が赤いぞ!
お前…もしかしてバニー好きか!
負けるなハルト!
地球の未来はお前にかかっている!

           『爆闘!ガンバースト』公式サイトより抜粋。


「…と、いうわけだ。」

「…馬鹿じゃねえの。」

灰被深夜は言った。
先ほどまでの怒りに任せた発言ではない。
単純にゴドーを軽蔑している。
…ああ、こいつに頼った俺が馬鹿だった、と。

「いや!これにはちゃんとした理由があるんだって!まず紅崎がバニー好きだってのはな…」

「いや、そこは言わなくてもいい。」

彼の調査能力は信用している。
彼のインターネットの閲覧記録でも覗き見て調べたのだろう。
問題はそこではない。

「なんで俺がそのクソガキに色仕掛けしなきゃいけないんだよ。」

「…順を追って説明していいか。」

「…好きにしろ。」

灰被は嫌そうな顔で言った。
本当は彼の醜い言い訳など聞きたくないが、一応ゴドーは自分が惚れかけた男だ。
遺言ぐらい好きに言わせてやろう。

「まず、お前、ガンバトル知ってるか?」

「知らねえ。」

「そうか、俺は知ってる。」

灰被は苛立った。
早くこの話を終わらせて息の根を止めてやろう、そう決意した。

「紅崎ハルトは…ガンバトラーだ。あ、ガンバトラーってのはガンバトルする奴のことな。」

「だからガンバトルってなんだよ。」

「それはあんまり重要じゃない。」

「…あ?」

「一回戦の試合、全部見たよな。」

「見たよ。」

当たり前だ。自分の人生が掛かっている。
やるべきことは全部やる。

「紅崎ハルトの試合も見たよな。」

「ああ、わけがわからなかった。」

会場に一人女が立っていたら、屋上が割れて、海水が流れて、試合が終わっていた。
こんな意味不明な試合のためにゴドーと組んでいる。
結局役に立たなかったが。

「で、俺も調べたんだ。こいつが何なのかを。」

「それで?」

先を促す。ようやく本題に入ったらしい。

「こいつは何人もの強力な魔人を殺しまくってるヤバいやつだ。…しかも能力なしで。お前じゃ歯が立たん。」

「あ?だから色仕掛けで見逃してもらおうのかよ?」

それは御免だ、と灰被は思う。
そもそもそんな生き方をしないために彼女は戦っている。
返答次第では、ゴドーであっても生かしておけない。

「違う。…お前の接待ガンバトルで、紅崎ハルトに気持ちよくお帰りいただく。」

ゴドーの返答は、彼女の創造の斜め上を行っていた。


「マジで帰っちまうとはなー。」

灰被は呟く。
ゴドーの作戦はこうだ。
まず色仕掛けで、ハルトを動揺させる。
その状態でガンバトルをして、接戦の末、彼に勝利をして貰う。
もちろん、素人の彼女に彼の相手は務まらない。
だから、ズルをする。
彼女の二本の「腕」で勝ちつ勝たれつを演出するのだ。
いくら小5といえど、「腕」でイカサマをされれば違和感を持つだろう。
そのための色仕掛け。
彼女の娼婦時代の演技力を用いれば、ガキなど一発だ。
理想の女性とのガンバトルである。多少判断力が鈍るはず。
「腕」を使われた違和感を感じることもない。
彼は幼き日の美しい思い出とともに家への帰路へ着く、という寸法だ。
勝ったら勝ったで、帰らないんじゃないのか、という疑問もあった。
ただ、それは「アイツ、アホだから。舞踏会のルールも把握していない。ガンバトル大会だと思ってる。」、というゴドーの話を信じた。

何やかんや言って、彼の情報は正確だ。
今の試合も彼がいなければ危うかった。
おそらく、他の対戦相手にもそれぞれ対策を練っていたのだろう。
俺としても、見逃されるための色仕掛け、ではなく、勝つための色仕掛け、なら許容範囲内だ。…気分は良くないが。
ひとり合点して、彼に怒鳴り散らした自分が恥ずかしい。
帰ったら、謝らなければ。



サバンナで黄昏る彼女を眺める少年が一人!
彼の名前は安田ケヒャ郎!ご存知の通り、クズ野郎である!

(ケヒャッ!?まさかハルトの野郎、帰っちまいやがったか!クソッ!アホが!二億がパーだ!)

さっきまでハルトの環境破壊に巻き込まれて気絶していたとは思えないほど偉そう!さすがクズ!

(クソッ!この苛立ちを誰かにぶつけないと収まらない!)

口癖を忘れてるぞ!安田ケヒャ郎!それがないとお前は特徴のないただのクズだぞ!

(アイツのせいだよな~。俺がこんなに苛立ってんのはなあ~。殴って、犯して、売り払ってやる!)

やめとけ!お前に勝てる相手じゃない!どうせ止めても無駄だろうが一応言っとくぞ!やめとけ!

「死ねええええ!!!!!」

やっぱり無駄だった!!アホに忠告は無意味!!

灰被はその声に反応し、右手で強烈なアッパーカットを放つ!
勝つためとはいえバニー姿中継とか嫌だ、とか、そんなに巨乳がいいか、とか、あんなに怒ってしまって恥ずかしい、とか、なんであんなアホエントリーさすんだ管理人、とかそんないろんな感情がこもった一撃!

ほとんど八つ当たりだが、クズ相手だからよし!
クズ野郎は高く、高く、飛んでいく!

ありがとう!灰被深夜!がんばれ灰被深夜!君の戦いはこれからだ!!
最終更新:2016年07月09日 23:47