二回戦第三試合その1


ここは新潟にあるスクラップ置き場。
今宵もここには危険なスクラップどもが集っている。
例えば、足の潰れた元バレリーナや、信玄の名をかけた戦いに敗れ、反逆者に身を落とした元侍のようなスクラップ共が。

ガラクタ達の上で、二つのスクラップが対峙する。
「貴方が、十四代目武田信玄さん?」

姫宮マリはずっとバレエに打ち込んできた少女だ。バレエとアニメ以外のことには目もくれず、ひたすらバレエに打ち込んできた。
そんな自分が世間ずれしていることは自覚している。

「えーっと、私の記憶が確かならたしか今の信玄公は十三代目だったと思うんですけど。」
だが、そんな姫宮マリでも当代が十三代目であるということは知っている。
「ああ、その通りだ。俺のは、自称だからな」

今のところは、という言葉は呑み込んだ。いずれ自分が十四代目になる。その決意が鈍らなければそれでいい。
「ああ、なるほど。僭称というヤツですか。それでは」

姫宮マリが大きく跳ねる。体を宙で翻した
「アン」

右足のスラスターを加速させ、急降下する。
「ドゥ」

十四代目武田信玄の頭上から左足を叩きつける
「トロワ!!」

それを十四代目武田信玄は左で防いだ。
同時に右の拳が腹部へ目がけて飛んでくる。

上半身を跳ね上げ、それをかわす。その勢いで十四代目武田信玄の後ろへと回り込んだ。
「ああ、よかった」

姫宮マリは追撃をせず、十四代目武田信玄を讃えるように手を打った。
「貴方が、あの程度の攻撃も防げない。ただ信玄公を僭称する愚か者だったらどうしようかと思いましたわ」
「少しは、期待に応えることができそうかな。」
「ええ、少しは」

十四代目武田信玄が嘲るように笑った。
「そうか、なら。次は俺の期待に応えるように、あんたが頑張ってくれ」
姫宮マリの手がとまった。
「今の程度じゃ、あんたは俺の敵にはなりえない」
「それは、失礼しました。」
姫宮マリが構えをとった。



「アン」
右義足を大きく後ろに逸らす
「ドゥ」
体で弓を作る
「トロワ!!」
左足で、地面を蹴る。

左足、右足からともにスラスター噴射する。
同時にしなりにしならせた右足を一気に開放する。
高速移動から放たれる、超高速の蹴り。

暴走トラックを蹴飛ばし、装甲車をも容易く踏み潰す蹴り。
その威力を一点に集中させ、貫通力を高める。

三千世界の中で最も硬いとされる鉱物、信玄鋼。その硬度はダイアモンドの一万倍とも言われる信玄鋼すら貫通するその蹴りが。
十四代目武田信玄に、あっさとりと止められた。



「いい蹴りだ。」
キャッチボールでもしているような気軽さで、十四代目武田信玄が言った。

「バレエの大会なら、いい成績が残せるんじゃないか。」
「当たり前、よ!!」
右足は動かせない。全身の力を込めても、スラスターを噴射しても、ピクリともしない。
ならば、左足を使うまでだ。

「アンドゥトロワ!!」
左足で跳躍、体を横にする。
スラスターを噴射し、そのままトゥーでこめかみを蹴りぬく。

かわされた。だが右足も放たれた。
姫宮マリは宙に浮いている。
そこを狙って攻撃を打ち込んでくるつもりだろうか。
だが、姫宮マリはもそれは読んでいる。

「少し、考えが浅いんじゃないかしら」
スラスターを噴射し、体を縦に起こした。
「秘技!白鳥の湖!!」

白鳥は一見優雅に泳いでいるように見えるが、水面下では必死に足をばたつかせている。
そして今姫宮マリも上半身だけは優雅に見えるが下半身は思いっきり動かしまくっている。
そう、姫宮マリはスラスターの噴射力を利用し、空中に浮いたまま、蹴りを連打することができるのだ。

無論、スラスターがあったとしても常人にできることではない。恐るべきはかつて「マリー・アントワネットの再来」とまで言われたそのバランス感覚である。

「アンドゥトロワ!!」
人間の場合でも足は手の数倍の力がある。
まして、姫宮マリの義足は特別製だ。その足をまるで両手のように使い姫宮マリは、魔人の中でもかなりの戦闘力を有していると言っても過言ではない。

「アンドゥトロワ!!アンドゥトロワ!!アンドトロワ!アドトロワ!アドロワ!アドロワ!アドロワ!アドワ!アドワ!アドワ!アドワ!アタタタタタタタタタタタタタタタタ!!!アタァァ!!!」
超スピードで変幻自在に襲い来る二本の足を。十四代目武田信玄は全て見切っていた。

「それだけか。」
十四代目武田信玄が左足の蹴りをかわした。
かわしながら、左足を押し込み、蹴りの進行方向に力を加えてやる。

白鳥の湖は、高度なバランス感覚を求められる業だ。少しの狂いが大惨事を招く。
姫宮マリの体勢が崩れた。白鳥が水に沈む。そこに十四代目武田信玄は蹴りを入れた。
両手で受ける。吹き飛ばされた。スラスターを操作し、着地する。

「なかなか、やりますわね」
そこまで言って、姫宮マリのよろめいた。
先ほどの蹴りが効いている。
(バカな…!!)
しっかりと、ガードをしたはずだった。ダメージは確かに殺した。
だが、それでも、バレエの試合でも受けたことのないような衝撃が足まで伝わっている。

「まだ、やるか」
十四代目武田信玄が口を開いた。
「バレエ使いと、戦ったことはないが。」

十四代目武田信玄は興味のなさそうな目で、姫宮マリをみている。
「あの程度の技じゃあ、俺には通じない。所詮はお遊びだな。さっさと、降参した方が身のためだ。」
その言葉が、姫宮マリの逆鱗に触れた。

「へえ、言ってくるじゃない。」
バレエは姫宮マリが足を失うまで、いや、足を失ってからも、己の全てをささげてきたものだ。
それを、少し脚を交えた程度の男に、お遊びなどとけなされる謂れはない。

「バレエは何よりも奥が深いものです。」
姫宮マリが、呼吸をする。
「私程度の若輩者では、バレエの神髄をお見せすることは、まだできません。」

バレエの敬意。それを姫宮マリは一度たりとも忘れたことはない。
「ですが、私の全力ならば、貴方に見せることはできます。」
足を失って以来一度も使っていなかったこの技を。

「そこから、貴方がバレエの神髄の片鱗でも見ることができたなら」
自分が足を失う切っ掛けになったこの技を

「光栄、ですわ!!」
十四代目武田信玄に、見せてやる。



バレエの極意とは回ることである。
だってバレリーナはみんな回ってる。回らなければバレリーナじゃないし、回ることこそがバレエの奥義なのだ。

バレエは回る。何故回るのか。ドリルとなるためだ。ドリルは何故回るのか。穴を掘るためだ。
バレリーナの極意とはつま先立ちでクルクル回ることで己自身をドリルとすることに他ならない。

かつて姫宮マリは「マリー・アントワネットの再来」と称されるほどの天才少女だった。
マリー・アントワネットは歴史上最も墓穴を掘り続けた女王だった。
「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」とか言ったりフェルセン伯爵と浮気をしたフランスの大貴族たちを無視して人間関係を悪化させまくったりと、とにかく墓穴を掘りまくった女王だった。

その墓穴を掘りまくり、自ら穴にはまっていく様子は、まさにマリー・アントワネットそのものだった。
ある日の訓練中は姫宮マリはいつも通りクルクルと回っていた。

つま先立ちでくるくる、地面を掘り、どんどん地下に埋まっていった。
普段なら10Mほど掘り進んだところで穴から出るが、その日彼女はいつもよりもすごく調子が良かった。

くるくるくるくる、いつまでも回り続けていられるような気がした、自分自身がドリルになったような気がした。

そして、同時に回転をやめてしまったら二度とこの感覚を味わえないかもしれないという恐怖を感じていた。

クルクル、回り続けた。くるくるくるくるくるくるくる。いつまでも回り続けた。
そしてドリルとなった姫宮マリを地殻を超え、マントルまでたどり着いてしまった。

「あっっっっつ!!!」
その瞬間、彼女は史上最高のバレリーナだった。だが人間の足はマントルに触れて平気でいられるほどに頑丈に出来てはいない。

姫宮マリは史上唯一自力でマントルまでたどり着いたバレリーナという称号と引き換えに、自らの両足を失ってしまったのだ。
悲しい事故だった。





あの日以来、姫宮マリはくるくる回ったことはない。
怖かったのだ。まだ自分がドリルになり、マントルまで、いや、この義足のせいで調子に乗って外殻まで達してしまいはしないかと。

この義足は姫宮マリの能力によるものだ。だからわかる。この義足となら外殻どころか、内核へまで達することができると。
しかし、それを生きていられるという自信はなかった。

だから、あれ以来くるくる回ったことはない。くるくる回るつもりもなかった。
しかし、バレエのことを何も知らない男に、バレエをお遊びだと言われて引っ込んでいることなど、姫宮マリにはできなかった。

アンドゥトロワキックも、白鳥の湖も通用しなかった。ならば、くるくる回るしかないのだ。
「いくわよ」
くるくる。くるくる。姫宮マリが回る。くるくる。くるくる。どんどんスピードが増していく。
くるくる。くるくる。姫宮マリがどんどん地面に埋まっていく。くるくるくる。姫宮マリが完全に埋まった。
ごおおお、と地面が響いている。

姫宮マリがくるくる回りながら地面を掘り進んでいる。
くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。
ずがあっ!!!

姫宮マリが、十四代目武田信玄の足元から飛び出した。地面から飛び出したとは思えないほどのスピード。
くるくる回る姫宮マリのつま先が、十四代目武田信玄の腹部をかすめた。

「これでも、バレエはお遊びかしら」
空に飛びだしながら、くるくる回りながら姫宮マリがいった。

普通のバレリーナなら、体制を立て直し、重力の任せてクルクル回りながら落ちていくしかない。
並の相手ならともかく十四代目武田信玄が相手ではそれは致命的な隙になるだろう。
だが姫宮マリには第二形態:XC(エクスキューション)モードがある。スラスターを使用し、重力、完成を無視し、自由自在に音速で動き回る。

「ここからが私の全力ですわ!」
第二形態:XC(エクスキューション)モード発動。姫宮マリが赤い流星に変わる。
十四代目武田信玄向けて、加速する。
肩をかすめた。
地面にぶつかる。スラスターをフル出力することで、くるくる回る力も上がっている。

空を進むように、地面を掘り進む。
飛び出す。えぐる。急降下。えぐる。潜る。飛び出す。えぐる。急降下。えぐる。潜る。飛び出す。えぐる。急降下。えぐる。潜る。
スクラップをぶち壊し、破片をまき散らしながら、姫宮マリは進む。

XC(エクスキューション)モードを発動してからわずか5秒で姫宮マリは何度地面と空を往復しただろうか。
ずがあ!
地面から紅い流星が飛び出してくる。

「どうです!これが貴方がお遊びと言ったバレエです!」
あまりに高速で回転しているので十四代目武田信玄の姿はよくみえない。
だが、その体が血で赤く染まっているということはわかる。
姫宮マリのドリル攻撃に加え、スクラップの破片のダメージも蓄積されている。

地面から不意に飛び出し、空を自由に駆け回るドリルを完全にかわすということは十四代目武田信玄でも難しかった。
「ああ、そうだな。訂正するよ。」
それでも十四代目武田信玄は平然としていた。
「バレエはお遊びじゃない。」

十四代目武田信玄が笑みを浮かべた。
「そして、認めてやるよ」
構えを取る。
「お前は、俺の敵に相応しい」


「減らず口を!」
地面から、飛び出した。スクラップごとぶち壊し、破片をまき散らしながら、十四代目武田信玄に襲い掛かる。

だが肉を抉る感触がなかった。
初めて躱された。だが、時間はまだある。
それに、XC(エクスキューション)モードは音速を超えるスピードを誇る。今のスピードはまだ音速程度だ。

これからどんどんスピードあげることができる。
紅い流星が暴れまわっている。
地面を抉り、空を飛び、自裁に動き回る。
十四代目武田信玄の周囲は姫宮マリの残像で、赤いドームができているようにすら見えている。
飛び出す。急降下。潜る。飛び出す。急降下。潜る。飛び出す。急降下。潜る。飛び出す。急降下。潜る。

スピードはどんどん上がっている。既に、マッハ20を超えた。
だが、当たらなくなったら。ソニックブームすら、かすっている気がしない。
XC(エクスキューション)モードは、残り10秒。

ならば、姫宮マリは作戦を変えた。
どういうわけか、十四代目武田信玄はこちらの動きを視きっている。
自在に動いていたつもりがいつの間にか動きが単調になり、パターン化していたのかもしれない。
ならば、パターンの読めない攻撃にすればいい。

残り時間、ギリギリまで地下をグルグル回り続づけ加速し続ける。
そして最大速度になった同時に飛び出す。ヤツの頭かどてっぱらを突き抜けさえすれば、私の形だ。
くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。
グルグル。グルグル。グルグル。グルグル。グルグル。グルグル。

姫宮マリは、回り続ける。姫宮マリは加速する。
残り時間が1秒になった。

方向を変える。地上へ向かう。
姫宮マリは、自分の速度が音速を超えるスピードであると自覚している。
だが、姫宮マリは今の自分のスピードが限りなく光速に近いスピードであることに気付いていているだろうか。

くるくる。くるくる。
光りがみえた。
十四代目武田信玄らしき男が見える。
このまままっすぐ行けば、あいつに当たる。


「疾きこと、風の如し」




史上最も偉大な武田信玄とも言われる初代武田信玄は、時空間を操る魔人であった。
武田信玄は万能ともいえる自分の能力を、あえて風・林・火・山の四つに縛り使用していた。

林、これがもっとも有名な能力だろう。自分自身の時間の流れをゆっくりにし、それにより関ケ原の戦いで勝利を得た。

そして風、これは至って単純な能力だ。
周りの時間の流れを極限まで遅くし、その中を自在に動くことのできる能力。いわゆる、クロックアップだ。

初代信玄はこの能力で上杉謙信の一振りで七回敵を斬りつけることのできる能力、「一太刀七太刀」を全て防ぎ切ったという。



「止まって見えるぜ。」
普通なら、反応することすらも出来ない亜光速の動き。
しかし、『疾きこと、風の如し』の世界の中なら、
十四代目武田信玄は光速ですら捉えることができる。

くるくる回っているはずの姫宮マリ。
その姫宮マリを、十四代目武田信玄の拳が地面へと叩きつけた。


世界がいきなり真っ暗になった。
さっきまでいたはずの十四代目武田信玄が消えている。
そしてワンテンポ遅れて、全身がバラバラになるような衝撃が走った。

XC(エクスキューション)モードが切れた。
うずくまる。ごろんと、体を反転する。
星明かりが広がっている。そして十四代目武田信玄が姫宮マリの顔をのぞいていた。

「まだ、やるか」
「やりません!」
バレりーナの誇りにかけて、くるくる回った。

両足をマントルに奪われていた時よりも、くるくる回れていたと思う。
私は全力を尽くした。それで負けたなら、もうしょうがない。

十四代目武田信玄は姫宮マリが強い口調で言ったのをまだ怒っていると思ったのか、こう続けた。
「いや、悪かったよ。バレエを悪く言ったのは、謝る。お前の本気をみたくて、ちょっと挑発しちまったんだ」

姫宮マリは吹き出した。さっきあれほど容赦なく自分を殴りつけたこの男が申し訳なさそうに謝ってくるのはなんだかおかしかった。
「別に、もう怒ってないですわ」

十四代目武田信玄が、既にバレエのことを認めているというのは、彼の言葉だけでなく、さっきの戦いで十分に理解ができた。

十四代目武田信玄は一切の油断なく、全力で姫宮マリに、バレエにぶつかってくれた。
それがとても心地よかった。

それに、足を失って以来、初めてくるくる回ることができた。そのことが嬉しかった。
「ねえ、信玄さん」
「なんだ。」

姫宮マリが笑った。
「やっぱりバレリーナはくるくる回るのが一番ですね。」
「そうなのかもな」

こうして、二人は心にどこか爽やかなものを感じながら消えていった。
このあとこのスクラップ置き場が姫宮マリの空けた穴のせいで地盤沈下し、そのせいで封印されていた新潟毘沙門天が復活し大暴れしたというのはまた別の話だ。
最終更新:2016年07月09日 23:28