「くっ…おえっ ガフッガフッ!」
『提督』は強敵だった。
《XC(エクスキューション)モード》を使う羽目になるなんて。
第1試合の後、ポータルで江戸に移動。
賞金を使ってホテルにチェックインし、自室についた途端にこれがきた。
「うう… うえ…! おええぇぇ…!!」
吐いた。水面が赤い輝きに染まっていく。
XCモードは代償として血液を消費する。
原動力である粒子――《レッドエーテル》に変換する為だ。
「うえっぐ… ひぐっ くう…」
あまりの不快感に涙が頬を伝う。手で拭う。赤かった。
「はあ… はあ… ! このザマで、な、なにがノブレス…!!
私は… まだまだ… こんなものじゃ…うっ」
レッドエーテルは猛毒。
侵蝕率が一定値を超えると、人体を赤色の結晶に還元して崩壊させる。
だからそうならないようにスラスターで排出する。
このシーケンスが正しく回ってる状態が『血塗れ王妃』第二形態、XCモード。
死と隣り合わせの諸刃の刃。
「惨めなものね…っ」
『提督』にあれ以上能力を使わせるわけにはいかなかった。だから使った。
*
3!
「トロワァ――――ッ!!」
レッドエーテルにより加速し、空間を歪曲した姫宮マリは、
時空間という物理法則をも突破し、『提督』を滅ぼした!
地を溶かし草を崩し空を染めるレッドオーロラ爆発閃光がサバンナに焼き付く!
*
それは別に構わない。
我ながら良い判断だったわ。そうよマリ。私は天才だもの。
でも、排出が間に合わなかった。
スラスターで全部吐き出す前に制限時間がきた。初めてだったから、計算を誤った。
体に残留するレッドエーテル。拒否反応。体外へ強制代謝…そういうことね。
別に不便だとは思わない。
むしろ私らしい、私らしすぎる。私にこそ相応しい能力だわ。
強力な能力には強力な制約が伴う。大いなる力には大いなる義務ともいうし。
掲示板で聞いた話だと、世の中には自ら自爆する魔人もいるらしいじゃない。
大戦時、かの松永久秀は歩く核弾頭として戦地に送り込まれたっていうのは有名な話だわ。
嘘か本当かはわからないけど。
ようやく落ち着いてきた。水を流す。
洗面台に向かう。
鏡を見た。血塗れの少女と目があった。
「…惨めなものね!」
蛇口をひねる。顔を洗う。
石鹸を手にプッシュ。顔を洗う。流す。
顔を上げる。
「よし」
大体分かってきた。この力の使い方。
次は必ずうまくできる。同じ過ちは繰り返さない。だって私は、天才だもの。
*◯*
スクラップ置き場。
幾つものゴミ山が降り積もり、中には赤熱していたり黒煙を巻き上げるものさえある。
ミュータントゴキブリやミュータントロブスターが闊歩する様はさながら人工の地獄だった。
「けったいな場所ね」
姫宮マリは空を見上げながら呟いた。
上空1kmで口を開ける巨大な「恒常ポータル」がゴミを吐き出している。
都市圏で発生したあらゆるゴミがここへ投棄され、クリーンな都市が保たれる。
その内の1つを通じて彼女は降り立った。
着地の際に特殊能力『血塗れ王妃』を使用したことにより、流線型の義足が形成されている。
そしてまた一人、ポータルから新たな来訪者が。
凄まじい勢いで落下し、姫宮マリの目前に着地。衝撃で辺り一帯の地面が揺れる。
「待たせたな」
((これが十四代目武田信玄――))
その佇まいから漂うオーラは尋常のものではない。
「レ、レレレレディを待たせるなんて、ししし躾のなってな……な……!」
「どうした?随分と震えているが。武者震いであることを祈ろう」
「そ、そうよ!武者震いよ武者震い!十四代目だか何だか知らないけど私の敵じゃないんだから…!」
「威勢や良し。だが、貴様のような増上慢は一度痛い目に合わせねばなるまい。――先駆者の努めだ」
十四代目武田信玄が右腕を前方に、もう片方を腰へと構える。
「まずは小手試しだ。打ってこい」
「……言わせておけば!」
姫宮マリが仕掛けた。義足のスラスターで地面を滑り、弧を描くように間合いを詰める。
十四代目武田信玄の間合いに入った瞬間に言いようもない悪寒が彼女を包むが、堪える。
「アン」あと3歩で足が届く位置で跳ねる。
「ドゥ」空中で体を捻る。
「トロワ――ッ!」振り下ろすキックが十四代目武田信玄を襲う。しかし防がれる。
続く追撃の片足による回し蹴り。これもまた防がれる。
後方宙返りで間合いを取る姫宮マリ。
十四代目武田信玄は、ガードした腕に残る僅かな痺れを噛み締めていた。
「そこそこできるようだ」
((なにあの感触!!コイツの体、鋼か何かでできてるの!?))
「この体、随分と使い込んだ」
鍛えぬかれた魔人の筋肉組織は、束ねたアラミド繊維に匹敵する。
歴代将軍と鍛錬を重ねた彼のタフネスに匹敵するものは、およそこの世に存在しないと言えた。
…いまさっきテレパシーじみた会話が繰り広げられたが、
心を読むぐらいは侍の基本スキルなのでおかしくはない。
「次は俺の番だ――避けろよ?」
((――ヤバイ!!))
刹那。姫宮マリの後方にあったゴミ山が斜めに崩れた。
十四代目武田信玄は既に刀を振りぬき、残心の形で静止している。
そして姫宮の姿は――無い。
十四代目武田信玄の目前から完全に霧散していた。
「またつまらないものを切った」十四代目武田信玄がそう思った次の瞬間。
彼は間合いの端に接近する何かを感じ取った。
続いて強い衝撃が脇腹に打ち込まれる。
赤い光が横を通りぬけ、ぐるっと一周して十四代目武田信玄の目前で静止し、姫宮マリが現れた。
赤い光を纏い、先刻まで両足のみを包んでいた義足はスーツと化し全身を包む。
燕尾のあたりから尾のようなケーブルが伸びていた。
***
体感時間が鈍化する。血管に煮えた鉄を流しこんだような激痛と不快感が走る。
『血塗れ王妃』の第二形態、XC(エクスキューション)モード。超音速のドライブ。
人間は音の速さ以上で動くものを捉えられない。
いくら十四代目武田信玄といえども、これに勝てる道理は無い。
***
赤い光線が縦横無尽に飛び回る。
これに対し十四代目武田信玄は腰を落とし、抜刀の構え。ずるりと周囲の空気が粘着く。
そして光線が直角に曲がり、十四代目武田信玄に迫る。
「そこか」
十四代目武田信玄が刀を抜いた。
閃光が生じ、刀と義足が衝突する音が響き渡る。
波紋のように衝撃波が広がり、辺り一体のゴミ山を吹き飛ばした。
「あ、ありえな――」
赤色光線の主、姫宮マリが思わず驚愕の声をあげる。
「…そもそも俺は視ても聞いてもいない。直感だけを信じている。
故に、光の速さで仕掛けてこようとも俺には届かない」
十四代目武田信玄が刀を返す。
姫宮マリの義足が両断され、そのまま勢いで地面に激突した。
「あう、うぐ…」
「……やはり女を斬るのは趣味じゃないな」
十四代目武田信玄が、横たわる姫宮マリに接近する。
これを受け、姫宮マリはキッと十四代目武田信玄を睨みつける。
「トドメを刺すなら早くなさい…」
姫宮マリの両足は義足であったため、先の一撃は致命傷にはならず、
実際に彼女は未だに血の一滴を流していない。しかし、その心はすでに折れていた。
「これで終いでは目覚めが悪い。七代目にも何を言われるか分からん」
十四代目武田信玄が何かを思いついた顔で姫宮マリをみつめた。
「カードゲームは好きか?」
VRトレーディングカードゲーム「信玄顕現」。
それは武田信玄先々代の時期に侍達の間で流行した、禁断のゲーム。
***
「歴代武田信玄を召喚するにはこの『風林火山の儀式』のカードを唱える必要があるが」
◆
『風林火山の儀式』
疾きこと風の如く:100M走で10秒切る
徐かなること林の如く:忍び足で音を立てずに50Mを進む
侵掠すること火の如く:原始的な道具のみを用いて火を起こす
動かざること山の如く:20分間座禅を組み続ける
上記を順不同で1時間以内に行う。
◆
「なにこのカード…ジョークカードじゃない…」
「『マインドキャスト』を唱えることによりこの発動条件を無効化」
「は!?」
「特殊召喚! 我が呼び声に応え、今その姿を現せ!
史上最も苛烈な武田信玄と畏怖される八代目――『力の執行者、武田ペンドラゴン・オルタナティブ』!!」
<武田ペンドラゴン・オルタナティブが召喚されるCG>
「私は武田ペンドラゴン。力こそが現世唯一の法と心得る者だ!!
我が絶技『全空』で以って――森羅万象さえも、切り伏せてくれる!!」
ピロリロ!効果音とともに武田ペンドラゴン・オルタナティブのステータスが表示される!
「LIFE:120000」!「ATK:150000」!?
そして「このクリーチャーはあらゆる呪文を無効化する」「このクリーチャーはブロックされない」!!
「チートだわ!ジャッジー!!」
「チートではない!これは公式のルールに則った正式なカードだ!」
そうなのだ!『武田ペンドラゴン・オルタナティブ』…それは暴走した企画部によって作られた魔のカード。
どうもカードのイラストが随分と気に入られたらしく、依怙贔屓で滅茶苦茶な強さを設定された!
発案者は社長室に呼び出され、後日リストラされたという。
「王手だ姫宮マリ。剣でも圧倒し、カード遊戯でも勝つ。
これがパーフェクトヴィクトリー…!!ターンエンド」
「フフ…フフフ…アハハハハハハハハハハハ!!かかったわね!」
「な、なにが可笑しい!?俺の王手だろ!?」
「とりあえずデカいクリーチャーを出しとけば勝てると思ってるなんでお笑い種よ。
脳筋!まさに脳筋だわ!0マナ『ルビーの首飾り』をキャスト。続いて『ロイヤルロータス』」
「今更マナを増やして何をするつもりだ!?」
「これがノブレス・オブリージュよ!6マナ『マインドコントローラー』をキャスト!」
◆
『マインドコントローラー』(アーティファクト)
【2,T】このアーティファクトを装備しているクリーチャーの制御権を1ターンの間得る。
◆
「!!…いやしかし『力の執行者、武田ペンドラゴン・オルタナティブ』は呪文を無効化する!」
「そうだぞ」
「よく見なさい。これアーティファクトよ」
「あっ(察し)」「ショウジキナイワー」
「『マインドコントローラー』を『力の(略)』にエンハンス。2マナ支払ってチェックメイト」
「許せたかし。これもまた鍛錬だ。では受けよ――エクス、『全空』ッ!!」
<武田ペンドラゴン・オルタナティブが攻撃するCG>
***
VRデュエル空間が消失し、周囲の景色がスクラップ置き場に移り変わる。
尻もちをついた姫宮マリの前で、十四代目武田信玄が七孔噴血していた。
「え、な、なんで!?」
VRTCG「信玄顕現」はフィードバック機能があり、
ダメージをプレイヤーへ還元することで臨場感を得るとともに能力バトルの演習にも使えるというのがウリだった。
しかしカードパワーがインフレするに従い、「オーバーキルによる死亡事故」が多発。
故にこれは禁断のゲームと呼ばれる。
先程の決着の際、十四代目武田信玄は八代目の奥義『全空』を受けたに等しいダメージを受けたのだった。
さすがの十四代目も、こればかりは耐えられない。
二回戦第二試合 スクラップ置き場
勝者 姫宮マリ