アトランティス大陸の地下深く、弱小マイナー大名徳川何某が運営する秘密格闘技場。
ここが今回の戦場であった。
中央に鎮座する、金網で仕切られたリングを見守る観客、その数実に千五百人。
立ち見の客も多い、本日の大入り物である。
歓声に沸き立つこの決戦の地に、今二人の少女が降り立った。
「日内流砲術道場師範代、日内環奈と申す。お手合わせ願いたい!」
対戦相手の少女を見据えると、背筋を伸ばし深く一礼する日内流師範代。
日内流は挨拶を尊ぶ。礼に始まり礼に終わる、現代人が忘れてしまった奥ゆかしき武道家の魂である。
そんな伝統を知ってか知らずか、彼女にトコトコと近づいていく対戦相手の小柄な少女。
見たところ十代前半と いったところだろうか?
幼いながらも整った顔立ちに、可愛らしい花柄をあしらった着物。
環奈は素早く腰に下げた長銃を構え、急襲に備える。
「初めまして、そ兄ちゃん♪ 平賀稚器っていいます!」
「……う、うむ」
戦場に似つかわしくない愛くるしいその容姿と人懐こさに、環奈は少々面食らい力が抜ける。
そんな環奈を不思議そうな表情で見上げる
「どうしたの、そ兄ちゃん?」
「……いや、私は貴様の兄ではないが」
「あ~、そ兄ちゃん」
わざとらしく、プクッと頬を膨らませる平賀稚器。
「こんなにたくさんの人が見てるっているのに、お化粧もしてない!」
「なっ! なにを……」
魔人同士が血で血を洗う戦場で、思いもよらない指摘を受けて狼 狽する環奈。
日内流砲術道場のある隠れ里では、住人は全員家族も同然。
化粧をする者など、余程のことでもない限りいない。
ましてや砲術修行に明け暮れる青春を送る環奈に、化粧の知識など無いに等しかった。
「せっかくの美人が台無しだよ! 可愛いは作れるんだから♪」
「そ、そうか……」
「そ兄ちゃんにはねえ、似合うと思うなあ。例えばこんな……」
稚器の左手首がスライドし、鈍く光る両刃のナイフが現れた。
「血化粧とかさぁ!」
ナイフの軌道が綺麗な弧を描き、環奈の頭と胴を切り離そうとする。
「……っ!?」
反射的に飛び退く環奈。
カーーーン!
ワンテンポ遅れて、試合開始を告げるゴングが鳴った。
「貴様、絡繰(からくり) だったか……!」
再び長銃を構える環奈の首筋を、赤く細い線がツーッと走る。
ギリギリの回避であった。
そんな環奈の言葉に応えることなく
「可愛いは! 作れる! 可愛いを! 作ろう! 」
間髪入れずに稚器の連撃。
左手のナイフと、いつの間にやら右手首から生えていたチェーンソーでの攻撃が環奈を襲う。
絶え間なく降り注ぐ斬撃を
「なんのっ! これしきっ!」
彼女は手にした長銃で次々と弾き返していく。
稚器の容姿と雰囲気に騙されて遅れを取ったが、環奈の修めた日内流砲術は近接戦闘主体の格闘術。
常日頃、日内流の門下生達との一対多の組手で鍛えた実力が遺憾なく発揮される。
「破ァッ!」
両手の斬撃をほぼ同時に弾き返された ことで、一瞬だが稚器が万歳の姿勢を取る。
相手の重心が浮いた瞬間を、環奈は見逃さなかった。
「ヤアッ!」
一瞬で稚器の足元まで間合いを詰めると、袴の中からスラリと伸びた形の良い脚が覗く。
と同時に、右脚の鋭い旋回。
並の人間であれば確実に重心を攫われ、その体躯を宙に浮かせるであろう、渾身の足払いであった。
だが……
稚器の両脚がリングの床から離れたのは僅かに数mm。
平賀稚器は不世出の天才、平賀曾兄によって造られたカラクリ人形。
その内部には動力源のエレキテル反応炉と共に、多の武器兵器が恐るべき収納術によって格納されている。
小柄な見た目とは裏腹に、彼女の重量は大型獣にも匹敵するものであった。
「ぐっ!」
足払いが跳ね 返された衝撃による苦痛の声が、口を突く。
自爆とも言えるこの一瞬の隙を、今度は稚器が見逃さなかった。
「作ろう、作ろうよ♪」
ガシャガシャと耳障りな機械音がした後、稚器の胸元、人間で言うと乳首の辺りから、着物を突き破って小型の砲口が顔を出す。
「作ろう! 可愛いを!」
(倒置法かっ!)
小型砲台から発射される種子島バルカン。
毎秒6発の連続射撃が可能な、高性能銃撃兵装である。
平賀稚器に搭載された人口自我は、近中距離での銃撃の戦略的有効性を見抜いていた。
しかし弾丸は、砲口から出るや否やルートを変え、闘技場のリングの床にめり込んでいく。
「ピガー! 解析中……解析チュウ……」
物理法則を無視した事態を異常視したのか 、体勢を戻す環奈から距離を取る稚器。
「ピピ……ピピピ……投擲物ノ運動エネルギー消失、及ビ、ソ兄チャンノ周辺空間ニ高重力反応ヲ確認……」
稚器のマーケティング機能が、素早く対戦相手の魔人能力を解析していく。
『飛鳥落地穿』
銃撃を否とする日内流の教えにより、日内環奈に発現した魔人能力である。
環奈の周囲2メートル以内に存在する宙に浮かぶ物は、即座に運動エネルギーを消失すると共に、高重力によって地面に激突する。
そしてその能力挙動を、先ほどの戦闘データにより平賀稚器は完全に理解した。
「そ兄ちゃんの弱点(ニーズ)に合わせて、最適な武器(ソリューション)を実装(サジェスト)するよ♪」
二丁の種子島バルカンが引っ込む。
と 同時に、一丁の新たな砲口が胸から顔を出す。
「ふぁいあー♪」
円筒状の物体が、環奈目掛けて煙を吐きながら突進する。
「ふん、所詮は絡繰人形か」
環奈はにやりと笑みを浮かべた。
先ほどの種子島バルカンと同じく、飛鳥落地穿により無効化するつもりである。
「私に飛び道具は効かぬと知れ!」
稚器の兵器が環奈の能力範囲内に入ったと同時に垂直落下し、リングに突き刺さる。
と、次の瞬間、激しい光と共に爆発音が響き渡る。
稚器が発射したのは小型ミサイル。
投擲物が必ず地面に落ちるのであれば、落ちることで効果を発揮する武器を投げつければ良い。
万が一避けられても良いようにと自動追尾機能付きのものを使用したが、そこまでする必要はな かったようだ。
「よかったー」
もうもうとした煙の中から、長銃を杖に、ゆらりと環奈が立ち上がる。
咄嗟に身体を庇ったのか、左腕が力なく垂れ下がっている。
「やっぱり! これなら効くみたいだね♪」
稚器が着ている着物を脱ぎ捨てる。
十代前半少女の瑞々しい上半身があらわになり、観客が歓声をあげた。
稚器の人工自我が演算を繰り返す。
対戦相手のもつ銃は、銃撃武器としては使用されない。
反対に、魔人能力により稚器の銃撃は無効化される。
これ以上兵器を射出した状態で接近された場合、体重の軽くなった稚器は足払いで宙に浮かされ、仕留められる危険性が非常に高い。
ならば遠距離からの大量爆撃で一気に勝負を掛けるべし。
「全弾発射す るよ~♪」
稚器の上半身全面が観音開きになり、詰め込まれた兵装が衆目を浴びる。
一部の特殊な性癖の観客が歓声をあげた。
着弾地点の最終調整のため、環奈を見る稚器。
両手をだらりとぶら下げている。
(……あれ?)
胴に衝撃が走る。つられて視線を下へと移す。
環奈の長銃が、稚器の体内のミサイルを貫通していた。
「あれれ~……?」
閃光。一発の爆発の後、他兵装への引火による誘爆が連鎖する。
「銃での打撃だけが、日内流ではないのだよ」
銃の投擲で最後の力を使い切ったか、環奈はリングに仰向けに倒れこんだ。
「鉄砲使いが、遠距離攻撃できない訳がなかろう?」
誰ともなしに呟き、ゆっくりと目を閉じる。、
試合終了を告 げるゴングが鳴った。
勝者:日内環奈