「みなさんこんにちは! リポーターの立方ウタです!
私は今日、岡山県真庭市で開催されてるB-1グランプリにお邪魔しています!」
マイクを握ったリポーターの女子アナが弾んだ声音で言葉を並べてゆく。
B-1グランプリ――所謂B級グルメと呼ばれるご当地グルメを用い、町興しを図る一大イベントである。
「すっかりお馴染みとなったこの催し、今回はどんな逸品に出逢えるのでしょうか!
それではっ、早速突撃してみましょう! レッツゴー!」
天気は晴れ。全国から集まったグルメ通や家族連れでごった返す会場には複数の報道機関も詰め掛け、
既に成功を予感させる、大賑わいの様相であった。
「まずはコチラ! 大本命・富士宮やきそば学会さんは、今回はやや趣旨を変え、富士宮焼きそばパンで出展!
焼きそばパンというと、今の日本では暗い話題ですが、そこに敢えて挑む気概! 私も応援したいです!
この富士宮焼きそばパンが、日本を明るく照らす救いになってくれることでしょう!」
朗々と語りながら、ウタは富士宮焼きそばパンを掲げる。
彼女の中では、さながら『民衆を導く自由の女神』のような構図が描かれていることだろう。
充分な画が撮れたようで、ルイはいざ実食をばと富士宮焼きそばパンを胸まで下す。
そこへ、フードを深く被った少女がふらりと進み出で、富士宮焼きそばパンを掴んだ。
「あっ……! えっと、来場者の皆さんも気になるようです! 富士宮焼きそばパン! 私もとっても楽しみでー!」
不測の事態にも慌てず騒がず、機転を利かせた言葉継ぎでテレビクルーが少女の対処と新しい富士宮焼きそばパンの用意をする
時間を稼がんとするウタの努力は、しかし哀れにも水泡に帰すことになる。
ADに肩を掴まれた少女の口元が、ニィと歪んだ。
「――ファックイエー」
瞬間、注目の的であった富士宮焼きそばパンは、盛大な音を上げて爆発した。
至近にいたリポーター・ウタは悲鳴と共にひっくり返り、次いで呆気に取られていたクルーや野次馬が
事態を把握するにつれ、彼らから他の来場者へと、混乱は拡散する。
輪唱する悲鳴が、真の祭りの開始を告げていた。
「ハハハハハ! ライブ・スタートだ!」
少女は屋台へと走り、やがて、再びの破裂音と大きな火の手。
一瞬にして、B-1グランプリ会場は地獄絵図と化した――。
「……ハイ。今ご覧いただいたのが、先日のB-1グランプリで起きた事件の映像です」
画面が切り替わり、ニュース番組のスタジオが映される。
男性アナウンサーが言葉を切ると、隣に控えた女性アナウンサーが原稿を一瞥する。
「焼きそばパン工場連続爆破事件の主犯として全国指名手配されていた鶴間千歳容疑者がB-1グランプリ会場に現れた一件。
鶴間容疑者は富士宮やきそば学会の屋台を爆破した後、駆け付けた魔人警官に取り押さえられ逮捕されました。
B-1グランプリは中止となり、避難の際に起きた二次被害や経済的影響も甚大で――」
被害を読み上げ、これからコメンテーターを交えた解説に移るというところで、男は番組を流していたタブレットの電源を落とした。
そして、粘つくような笑みを浮かべ、傍らに座る少女を見る。
「いやァ、今までコソコソ工場ばっか狙ってたと思ったら、ハレの舞台でコレだもんなァ。
日本のテロリスト史に残るよ、アンタ。今年の顔だねェ、なんて。ヘヘヘ」
少女――テロリスト・鶴間千歳は言葉を返さない。
黙したまま、自身を洋上の監獄・インペルダウンへと運ぶ船の上、揺れに身を任せるのみだ。
護送担当の男はつまらなそうに舌打ちし、同じく黙ることとなった。
(『鶴間容疑者』――。クソッタレだけど、いいよ。今は、それで)
これまでの破壊の日々でも、テレビで、ネットで、ゴシップ誌で、あるいは街角で擦れ違う人々の口の上で。
自身に関する様々な議論や憶測が交わされてきた。
そのどれも、分かっちゃいない。彼女の、彼女たちのロックを。
(焼きそばパンへの復讐は、もう、ただの『手段』でしかないの)
千歳の目的は、その先にある。
逮捕されインペルダウンに送られることすらも、自ら望んだ展開であった。
(“ロックとは、生き様であり、死に様だ”)
『God Wind Valkyrie』リーダー・KIKKAがかつて語った言葉だ。
KIKKAはメンバー全員が認めるクソバカだったが、この哲学だけは、全員が胸に刻んだ。
――ジミ・ヘンドリクス。ブライアン・ジョーンズ。シド・ヴィシャス。
――そしてカート・コバーン。偉大なるロックバカたちは、みんな短命なんだ。
――きっと、溢れるロックで命を燃やして、全力で突っ走ってくんだ。
――最高だよな。
(うん。最高)
――ウチらも、そんな風にロックに生きて、ロックに死のうぜ。
(うん。“千歳”なんていらない)
少女の親はきっと、長く生きてほしいと願ってその名を付けたのだろう。
ならば、躊躇いなくその名を割ろう。
凝縮した命の火に焦がれるための名が、MACHIだ。
KIKKAと他のふたりのメンバー・TIARAとMEGUは、一足先に逝った。
でもそれは、ロックを遂げての死ではない。
まだまだだ。まだ、ロック史に『God Wind Valkyrie』の名を刻めていない。
(みんなの分まで、私、がんばるから。
『ゴッヴァル』の名前を。『鶴間千歳』じゃない、『MACHI』の名を。私が刻む)
チマチマとカスいロッカーどもを血祭りにあげていたあの頃から、努めてグレードを上げて破壊してきた。
ぶち込まれるブタ箱も、インペルダウンは最上も最上だ。
この大監獄は、カート・コバーンの生まれ変わりと言われる最狂のロックの化身・押尾マナヴが大脱獄を果たした場所だからだ。
(参考資料:
その1・
その2)
当然『ゴッヴァル』みんな押尾先生が大好きだし、KIKKAは2日にいっぺんくらい「押尾先生とキメセクしたい」とツイートしていた。
(まずは、伝説を甦らせる。そしてそのまま、最期まで。
それが私たち。――それが『God Wind Valkyrie』。神風を戴く戦乙女)
船が止まる。
男に促され、MACHIは立ち上がる。
「ファックイエー」
自分と仲間たちにのみ聞こえる程度に仄かな、けれど確かな熾り火を呟いて。