スコールは状況を確認して、瞬時に行動を開始した。
あの中年の戦士、
パパスがこのタイミングで現われたのは完全に想定外だった。
おそらく最強の敵であり、本来ならば真っ先に倒すべきなのもこの男だ。
しかし、三方向から囲まれたこの状況、正面に出ればすぐに袋叩きになる。
こういう時はまず数を減らす。それから一対一になる状況に持ち込む。
一対三ならば間違いなく負けるが、一対一を三回ならば勝ち抜く目も出てくる。
だから、狙うのは左。手傷を負った女性二人だ。
ガンブレードを構え、突撃する。鞭を構えた女性がリーチを生かして攻撃を仕掛けてきた。
だが、その攻撃は見える。一時期自分の教師になった仲間に、鞭使いと戦う際のレクチャーを受けていた。
地面に這うほどに身を屈めて鞭から避けつつ、ガンブレードの刃に鞭を絡めさせる。
こうなると鞭は無力だ。押すも引くも出来ない。鞭を捨てるのが正解である。
だが、瞬時に判断できるほど、彼女はバトルの本職ではなかった。
間合いは埋まった。
剣を抜こうとする女性の横顔に、鞭が絡まったままのガンブレードの柄を叩き込む。
鼻と口から血が散った。自重のない女性は半ば吹き飛ばされるようにたたらを踏む。
そんな状況でも剣を離さず抜いたのは、本職ではないとはいえ激戦を潜りぬけた経験があるからだろう。
だが、幾ら経験があったとしても、乗り越えられない壁はあった。
斬り合わせる事、八合ほど。
ミレーユの剣は斬り弾かれ、直後彼女の体も切り裂かれた。
まずは一人。もう一人に視線を向けると、竦んだままこちらを見上げている。
抵抗する様子は無いようだ。ガンブレードを無造作に振り上げる。
これで二人――――
その時だった。左足に鈍い痛みが走ったのは。
見ると、犬の
トーマスが噛み付いている。いち早く駆けつけ、スコールの行動を阻もうとしたのだ。
舌打ちする。犬の顎は人間が思っているほど優しいものではない。
即座に剣を返して薙ぎ払う。ロクに抵抗出来ず、トーマスは襤褸切れのように吹き飛ぶ。
あっという間に二つの命が消えようとしていた。だが、その抵抗はけして無駄ではない。
ミレーユとトーマスが稼いだ時間は、確実にスコールのタイムスケジュールを遅らせた。
裂帛の気合と共に殺到してくる
ティーダとパパスは、もうすぐそこにいる。
二方向から同時に来る攻撃をかわすには、相当技量に差が無い限り、不可能である。
こういう状況になったら、被害を広げる前に逃げるのが常道。
……しかし、今のスコールは逃げるわけには行かなかった。今は
リノアがいる。
あらゆる状況で冷静な判断を下す為には、感情は不要だ。
恐怖は己を縛る枷になる。戦いに埋没し、ただガンブレードを振ればいい。
他人の事など、関係ない。戦闘に勝つために、それは必要な事だった。
自分という内側を守るためにも。
しかし、今はリノアがいる。リノアのいるあの家に行かせる訳にはいかない。
そういった縛りが……あるいは人として唯一残った『心』が、彼をその場に留まらせた。
受け止めたのはどちらだったか。いや、そんなことは関係ないかもしれない。
片方を凌ぎきれず、まともに斬られた。そのことに変わりはないのだから。
泳ぐ上半身。飛び散る血潮。体を動かす力が消え失せた。
もう、動けない。返す二つの刃が迫っても、かわす術はない。
痛みはなかった。ただ、全身から血が抜けていくのを感じた。
目の前が黒で埋め尽くされていく。静かな闇の中へ、沈んでいく。
その中に、薄らと人の顔が浮かんだような気がした。
優しく微笑む、愛しい人の顔。口元を動かして何かを伝えようとしている……
何と言ったのか。聞こえなかった。わからなかった。
スコールは、涙も声も出さずに、泣いた。
「よかった。無事だったのね」
「待ってて、今直すから」
エアリスは
癒しの杖をミレーユに向けた。
痛みが和らいでいくのがわかった。けれど肝心な何かがすでに失われているのもわかった。
だから、ミレーユは黙っているのをやめた。神秘は神秘として隠すのが
占い師なのだけれど。もう、最後だから。
「私、ね。弟がいたんだ」
「喋らないで」
「こんなゲームに巻き込まれて……会う事も出来ずに死んでしまったわ」
「黙って」
「だからせめて、誰かを護ろうと、思ったのよ」
「そんな話、聞きたくない」
「それは私のエゴだから。
セリスには悪い事をしたわね」
「どうして……」
「でも、私……あなたを護れたよね?」
「どうして!」
エアリスは堰を切ったように、泣き出した。
「どうして、こんなことになったの!?また会えると思ったのに!折角会えたのに!」
「エアリス……」
「こんな風に助けてもらっても嬉しくなんてない!」
子供のように泣きじゃくるエアリス。
ミレーユはそんな彼女に優しく微笑み、ほとんど感覚のない手を彼女の頬に添える。
「そうね……ごめんね。残される方は、もっと辛いよね。
でもね、生きるってことは、その痛みを乗り越える事だと思う。
そうやって人は産まれ、未来を紡いで生きてきた……」
「お願いだから……死なないで」
「ええ、出来る限り努力してみるわ。だから、あなたも生きなさい。
生きている限り、生き続けなさい。……この火傷、ちゃんと直して、ね……」
するりと、エアリスの頬からミレーユの手が零れ落ちる。
慌てて掴むエアリス。けれど手が握り返してくる事はなくて……それが悲しくて。
エアリスの泣き声が伍番街に響き渡った。
ティーダはエアリスを呆然と見ていた。そばでパパスが犬のトーマスの瞳を閉じている。
彼が誰なのか、何故手を貸してくれたのか。聞くべきことはたくさんある。
けれど、今はそんな気になれない。ただ、悲しい。そして苛立たしい。
こんなことが、一体いつまで続くんだ。いつになったら、この死の螺旋は途切れるんだ。
たまらず、ティーダは叫んだ。叫ぶしかなかった。
【パパス 所持品:
アイスブランド イオの書 食料多
第一行動方針:
バッツと双子を捜す、とんぬらに会う
最終行動方針:ゲームを抜ける】
【ティーダ(軽傷) 所持品:いかづちの杖
参加者リスト 吹雪の剣
第一行動方針:
アーロンを探す
最終行動方針:何らかの方法でサバイバルを中止、
ゾーマを倒す】
【エアリス(火傷) 所持品:癒しの杖
エドガーのメモ マジャスティスのメモ
最終行動方針:このゲームから抜ける】
【現在位置:5番街】
【ミレーユ 死亡】
【トーマス 死亡】
【スコール 死亡】
【残り 22人】
最終更新:2011年07月17日 15:22