番長GSS1



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【不気味なイタミ ~生前葬:能力紹介プロローグSS~】


不気味なイタミ ~生前葬:能力紹介プロローグSS~

臨海学校のちょうど1週間前のお昼。妃芽薗学園高等部校舎の屋上に海岸でこそふさわしい陽射し。自殺防止のフェンスとその影と、人影がふたつ。
「自殺ゥ~ですか~? ハッピーにいこうね人類はさあ。太陽があるから。もうすぐったって90兆年くい、あ~~、わからんでもないケドさあハッピーにいこうね人類ねアナタも」
 不気味な女が寝転んでる。格好は、イデアから遠ざかりすぎた喪服のみ。何かの白い粉や飛び跳ねない虫がびっしりたくさん染み着いて、生地の黒が見えるのはほんのちょっと。寝っ転がって見上げる視界には空と太陽と名前もしらぬ女の子。
「別に死にに来た訳じゃないわ別になんとなく別に勇気だそうって」
「勇気だして自殺ゥ?」
「先輩と、臨海学校で一緒に遊べないかなって別にあれで別になんかちょっとでも別に楽しいんだけどもっと別に幸せだけど」
「好き系なお姉さまラブですか? わお」
「卒業する前になんとかきっかけで別にでも好きだから」
「ふーん」不気味な喪服女は懐をまさぐりつつ暗い調子で言う。「あー、でもあんた、全部なんでもダメじゃないかなー、あー、ないかなー、悪い、悪さだよ全部」不気味な女は懐から注射器を取り出し己の胸に突き刺す。針は心臓に達している! 強く押し込む。抜き取り、間欠泉の血を妙に粘っこい唾で蓋する。気休め程度。そのわずかな間で違法的危険ドラッグが全身をトリップさせる。「つまりあれでしょヒッ分かる全部つまり勇気ないとか言って勇気だせばどうにか=告白成功イエェエじゃあはよ勇気ださんかい!行けるん、行けるんっしょ告白成功なんでわかんないかなー絶対向こうも行けるん、行けるってなんで的なライバル的な奴いる的な感じないよねってことは勇気だして告白しないのてかそれ勇気いるのゲラゲラ絶対OKだよだって私未来見える~あ~ハッピーが見える~だって私ラリてるから告白しようね約束ゲンマン」
 全身を激しくゆらゆら痙攣させる不気味な女。女生徒は膝を丸めて、独り言のように言う。
「私、いま、告白しようかな。勇気だして死ぬ気の玉砕で。だれかに背中押してもらいたかった気がする」
「私が恋愛保証人なるなるあ~恋愛してなきゃ死のうね、生きてる意味がないねってくらいラブ攻めきっかけ作りとかザコGoGoパワー」
「ありがとう、ふんぎりがついたわ」
 女生徒はくるっと振り返って扉へ。雑念がとれたのか夏の陽炎か、彼女の体から透明なものがするりと脱げ、ぽんと弾け飛んだ。
「あ~ハッピーが見える~」
 不気味な女は先ほどと同濃度のカクテルを、昼休み中に、計4本いれた。潔癖性の彼女は、注射器、吸い殻、吹き矢の筒を、屋上からばらまいた。
「これでキレイね」 踏ん切りついた女生徒・ああああは、先輩を探した。教室いない。図書館いない。廊下のベンチいた。約束しているわけではないが、よく落ち合う場所だ。
「先輩!」
 女生徒・ああああは息を切らせて声をかける。この元気は、告白の勇気と不気味な女が吹き矢に塗ったドラッグからきている。
「ああああか。ちょうどよかった」
「あの、私、実は、中等部の頃から先輩が好きで、別に対した胸とかないんですけど別に私」
「そうか、それはとてもうれしい。ありがとう。私も君が好きだ。本当に最高のニュースと、最悪なニュースだ」
 最悪?告白は成功したのでは? と、ああああの顔に影が。
「実はついさっきああああが亡くなったらしい君はああああと仲がよかったろう。だってきみは……」
 先輩は手をグーパーする。
「きみはああああだね。死んだんだね。かわいそうに。私もああああが大好きだった。先輩先輩と姉のように慕ってくるけど、妹とは思えなかった。心では恋人のつもりでいたんだ。だからああああが告白してくれてうれしいし、ああああが死んでしまってとても悲しい」
「あの生きてるんですけど」
 女生徒・ああああにはすらっとした足が2本ある。しっかり地を踏んでいる。
「君は生きてるでも死んだんだ。とても悲しい」
「あの私別に生きてるんですけど。なんで死んでるんですかまさか私に死んでほしいんですか」
「不慮の事故らしい」
「私生きてるんですよ」
 女生徒・ああああは先輩を押し倒しキスをした。舌はあつく、またどこも汗ばみ湿っていた。
「私生きてるんですよ先輩私のこと好きなんですか別にでもはっきり」
「大好きだよ」
「嬉しい」

 愛情の確認と促進が終わって、インナーシャツのボタンを留めつつ、先輩は言った。
「夢みたいだ。ようやくああああと結ばれるなんて、死んだ後でなんて私はバカだ」
「まだ言ってる……」ああああが素肌で後ろから抱きつく。「死んでないですからね。別に明日も一緒ですよ」
「ああ、ずっと一緒だ……」
 翌日。先輩が死んだ。 臨海学校の6日前の昼休み。海岸でさえ許せない地獄のような陽射し。
「全部あんたのせい?まあ私別に死ぬから殺すだけだけど」
 カッターナイフをキリリと伸ばす。寝っ転がる女は、なおも寝っ転がったしゃべる。
「私は魔人、火葬場悼美だ。能力は『生前葬』。ある誰かを死んでしまったと思いこませる、ただそれだけのちょっとした催眠能力。高二力フィールド下でも使える程度の、別に、大したことない能力だ」
「先輩が、私を死んだと思いこんだのは!」
「もちろん私のせいだ。死ぬ気で告白とかいったから、まあ、おせっかいというやつかな。死んだことにしてあげた。あー、カクテルが弱い、あー、だるい、あー」
「お前のせいで、先輩は誤解して死んじゃったんだァ!」
 ああああはカッターナイフを高く振り上げる。
「愛されてるね。でも」不気味な女・イタミは気だるげに言う。「先輩は死んだのかねえ。私の生前葬で、それ、私に思い込まされてるだけじゃないの」
 ああああの動きが止まる。屋上に、扉を開く音。先輩の登場だ。
「ああああ! 私だ! 会う人会う人みんなご愁傷様ですといってくる。最初はお前のことかと思ったが、どうやら私が死んでるらしい! 昨日死んだお前だ、答えてくれ! 私はどっちなんだ!?」
「先輩は死んだんです! だから私もすぐ追います」
「待て、お前は昨日死んだろう! 私がお前に追いついたんだ! なんだ? 死んだお前がいるのはつまり死んでないのにここは天国なのか?」
「私は死んでなんかいません! 先輩が死んだんです」
「私は死んでない」
「死んだんです!」
「じゃあ私は誰なんだ!」
「先輩です!」
「お前の大好きな私が、大好きなああああに言う! こっちに来い! 一緒に生きよう! いや生きてなくとも、一緒にいよう!」
「いくら先輩の言うことでも聞けません! 先輩が待ってるんです!」
「私はここにいるんだぞーー」
 自殺防止フェンスには、ひとつ、大きな裂け目がある。そこへ、人影がひとつ、飛び込んでいった。
「あら。あー、私、キレイ好きだからなあ」
 不気味なイタミが立ち上がり、立ちくらみ、ドラッグをのんで、歩き出す。屋上の扉には、先輩が涙を流して立っていた。
「死、ダブルでドン! てなショックだから精神2減少でわりかしパーだよね。自分も死んでるから3か。てことは今精神0じゃね先輩わお自分が死んだとき自分が生きてたら精神減んのかなやっぱ死んだってわかったらショックだよねえ」イタミは微笑む。「最愛に最愛を止められても、やっぱ追っちゃう、あ~、同じもんが天秤にかかってんだから先輩さん関係ないっすよだって同じだし結局選んじゃったんですよねあのなんとかちゃんが、追うぞって。愛の性質ですかね。ウケる死にすぎでしょ」
 不気味なイタミが校舎を歩く。担任の先生と鉢合わせする。
「私、今日も忌引きです」
「どなたが亡くなられたんですか?」
「えーっと、イタミが」
「まったく、あなたの家には何人イタミがいるんですかね!」
 憤慨して担任は歩き出す。
(イタミにイヤミ…)
 イタミは狂って笑い駆け出した。
 校舎の裏。見上げると屋上のフェンスがある。フェンスの裂け目の真下。
「あれ、ゴミがもう一つ増えてる」
 不思議そうな顔して、イタミは二人の死体を焼却炉へと運んだ。

終わり



【土星先輩と私【前編】】

私――安藤小夜(あんどう さよ)の初恋の相手は、惑星だ。

何を言っているのだろう、と思われるかもしれない。

だけど、紛うことなき事実なのだ。

そしてその恋は今でも続いている。

最近は、その想いを封じ込めていられそうになくて、頭と心がどうにかなってしまいそうだ。

少し気持ちの整理をする為にも、思い出を振り返ってみようと思う。

◇◇◇

知り合ったきっかけは、ちょっとしたことだった。

始めて土星先輩と会ったのは私が中等部一年、先輩が高等部二年の時だった。

「あれ、そのキーホルダー! アンジーちゃんじゃない!?」

妃芽薗学園中等部に入学したての部活見学期間中のことだ。

特に見学したい部活がなく、かといってどこの部活にも入らないのも躊躇われた私は、部室棟をうろうろと彷徨っていた。

しかしあまり熱心に活動する部活には入りたくない。何かゆるそうな部活があればいいのだが……。

そんなことを考えている最中、ふと声を掛けられたのだ。

振り向くと、高等部の制服を身に着けた女性が目を輝かせて立っていた。

「えっと、これのことですか?」

アンジーちゃん。

その単語で思いつくことといったら、カバンにつけたキーホルダーだ。

ちょっとマイナーな、クマのマスコットキャラクター。

「うんうん、それそれ! ……あ、ゴメンね。周りにアンジーちゃんを知ってる人居なかったから、つい嬉しくなっちゃって声掛けちゃった」

「いえ、気持ちは分かりますよ! この子、可愛いのに全然知名度ないですもんね……」

「そうそう! もっと広まればいいなーって思うよね!」

正直、私も凄く嬉しかった。

アンジーちゃんはコレ以外にもいくつかグッズを持っている程度には大好きなのだ。

マイナーなものを分かち合う喜びを噛みしめる。

気が付けば私達は手を取り合って、アンジーちゃんの魅力について語り合っていた。

内気な私だけど、好きなものを語る時には思わず熱が入ってしまうものだ。

「あはは。良かったー。こんなところで同志を見つけられるだなんて」

「私もです。あっ、私、安藤小夜って言います。お名前聞いてもいいでしょうか?」

「小夜ちゃんかぁ、可愛い名前だね。私の名前は土星だよ」

「どせい……ですか? あの輪っかで有名な宇宙にある土星ですか?」

「うん、そう。私、太陽系惑星の土星なの」

「……? えっと……」

正直なところ、私は困惑した。

最初はからかわれているのかと思ったが、特に冗談を言っているようには見えない。

もしかして、電波な感じな人なのだろうか……?

でも、そういえばニュースで土星が観測されなくなったという話をしていたような気もする。

「あはは。大抵の人はそういう反応するんだよね。何か証明する方法ないかなぁ。あ、さっき貴方が言ってた有名な輪っかは今こうなってます」

彼女はそういって、やたらゴツく分厚い腕輪を掲げて見せてきた。何の証明にもなっていない。

「この腕輪の中には衛星とかも居て、私とテレパシーで会話することができるよ!」

「テレパシーって、私に見せる手段ないですよね」

「……。えーっと、ほら、このカチューシャだって実は土星の輪っかモチーフなんだよ!」

やはり電波さんなのでは……?

そんな思いを鎌首をもたげてくるが、出会ったばっかりで電波ちゃん認定するのも早計に過ぎると思う。

なので。

「……んー、まぁ、とりあえず信じることにします」

妃芽薗学園は魔人も多いから、変わった外見や中身の人も多いし、惑星がいてもきっとおかしくないんだろう。

半ば強引に、そう思うことにした。

「ホント!? 良かったー皆中々信じてくれないんだよねー」

「まぁ、中々信じ難い話ですからね……ところで土星さんは制服見る限り高等部の先輩みたいですけど、何か中等部の校舎に用があったんですか?」

「あ、そうそう! 小夜ちゃん今良いこと言った! 私部活の勧誘に来てたの!」

「へぇー、部活の勧誘、ですか……」

私の心の中の警戒レベルを1ランク引き上げた。

この流れだとまず間違いなく、私が勧誘される。

土星先輩には申し訳ないが、運動系の部活だったらお断りせざるを得ない。私は運動が大の苦手なのだ。

「うん。『中等・高等交流部』っていうんだけどね」

お? 字面からすると運動系の部活ではなさそうだ。警戒レベルを1ランク下げた。

「その部活って一体どんなことをする部活なんですか?」

「んーその名の通り、普段接点の少ない中等部と高等部で交流をしようっていう部活だね。サマーキャンプとかの学園全体で行うイベントの際は企画・運営を手伝ったりするけど、基本的には部室でまったりして雑談とかして交流するのがメインかな―」

「おぉ……!」

私は目を輝かせて感嘆の声を漏らした。

これだ。こういうゆるそうな部活を探していた。

イベントの時は多少大変かもしれないが、きっと大した苦労はしないだろう。

「あれ、もしかして興味もってくれた感じ? 良かったら見学だけでもしてくれると嬉しいなー」

「あ、はい。是非見学に行きたいです!」

「じゃあ早速行こっか。階段登ってすぐのとこだよー」

「はい」

私と先輩は、共に歩き出した。

思わぬ縁が転がっていたものだ。

これで見学して、特に不都合とか無かったらそのまま入ってしまおう。

部活という未知の領域に足を踏み入れるのは少し怖いけど。

先輩が握ってくれた手はとても暖かくて。

――なんだかやっていけそうな気がしたのだった。

◇◇◇

結局、私は中等・高等交流部に入部することになった。

部活はとても楽しかった。

といっても、本当に土星先輩が言った通りまったりと雑談するのが主な活動なわけだが。

ぐうたらな性格の私にとっては、そのゆるい活動が非常に好みだった。

最初は怖い先輩とかいないか心配だったが、そんなことはなく、優しい先輩ばかりだった。

先輩方は雑談でコミュニケーション能力が向上しているのか、とても話しやすく、内気な私でも会話に入ることが容易だった。

中でもとりわけ話しやすいのが、土星先輩だった。

彼女はいわゆる聞き上手というやつで、こっちの話をにこやかに聞いてくれ、心地よいタイミングで相槌を打ってくれる。

最初に知り合った部員が土星先輩ということもあり、私は土星先輩と会話をすることが多かった。

それから一年間と数ヶ月、私は土星先輩との思い出を積み重ねていくこととなる。



【土星先輩と私【中編その1】】


部活に入った春から夏休みに入るまで、これといった大きな行事はなかった。

いや、球技大会などはあったのだが、先輩との思い出を語る上ではあまり重要ではないので積極的に省いていこうと思う。

一つ何かあったとすれば、やはりあの“買い物”だろうか。

◇◇◇

学校生活にも部活にも慣れてきた5月末のこと。

部活内で、週末に皆で買い物に行かないかという話が挙がっていた。

個人的には、正直あまり行きたくなかった。

部活は楽しいし部員達とつるむのは非常に楽しいが、週末の余暇は部屋で自分の時間を楽しみたかった。

まぁ、その自由な時間にやることといったら大抵ネットゲームなのだが。

人付き合いよりオンラインゲームを優先したがるのは我ながらどうかと思うが、誰だって一人で趣味に没頭したい時はあるはずだ。

特に今は、やっているゲームの経験値増加期間中でレベル上げに勤しみたいのだ。

皆で行くと言っても、勿論強制ではない。

適当に言い訳をつけて行かないことにしようかと思っていたところ、土星先輩が声をかけてきた。

「小夜ちゃんはお買い物行くー?」

「えーと、実はその日用事があるような気配がしたりしなかったりでして、行けないです……」

「そっかー。残念だね……もし行くのなら、アンジーちゃんのグッズ置いてる店教えてあげられたんだけど、また今度だね」

「あれ、駅前の小物売ってる店じゃなくてですか?」

「うん、別のお店だよ。商店街のちょっと奥まったところにあるんだー。他にも掘り出し物の可愛い小物売ってるんだよ」

それは初耳だ。

アンジーちゃんだけでなく可愛い小物全般が好きな私としては、ぜひ教えてもらいところだ。

脳内でネットゲームとアンジーちゃんを天秤にかけてみる。

ピコーン。

用事があると嘘をつかなくて済むという点もあり、天秤はアンジーちゃんの方に思いっきり傾いた。

「あの、やっぱり行きます!」

「あれ、用事があったんじゃなかったの?」

「用事ですか? そんなの今なくなりました、今。ということで買い物の時、ぜひ、ぜひぜひそのお店教えてください!」

「あはは。そんなに息巻かなくてもちゃんと教えてあげるって~」

そんな訳で、私は部活の皆で買い物に行くことになった。

◇◇◇

買い物当日の正午過ぎ。

その日はどんよりとした灰色の空模様だったが、皆はそんな雲は全て吹き飛ばしてしまいそうな勢いで元気だった。

「ふっふっふ……待たせたなお前たち。今日が何の日かわかってるか?」

「「「買い物デー!」」」

「ひゅー! 皆―、財布の中身は充分かーい?」

「「「おー!」」」

「おーけー! 今日は買って買って買いまくるんじゃー! ガールズショッピングを楽しむぞ!」

「「「おー!」」」

……まるで鬨の声を上げる武士の様で、周りを歩く人から何事かと視線を向けられるほど元気だった。

ちなみに仕切っているのは部長さんだ。

「さーて、どこから攻めにいく!? 意見がある者は挙手して発言せよ!」

「はいはーい! 私、お洋服見に行きたいです!」

「本見に行きたいかなぁ」

「私はスイーツ!」

「……んー、困ったな。皆バラバラだね。正直どこに行くせよこんな大勢じゃ迷惑だろうし、目的別にグループ分けするか!」

「さんせーい!」

「了解でーす!」

「じゃあスイーツ組はこっち集まってー!」

「洋服組はこっちー!」

あれよあれよという間に流れが決まっていき、それぞれ目的別にグループが形成されていった。

とりあえず土星先輩の居るグループに入っていれば、いずれ小物店を紹介してもらえるだろうと見回すと、一人こちらに向けて手を振っている土星先輩を見つけた。

「先輩はどこかのグループに入らないんですか?」

「どこかのグループに入ったら、小夜ちゃんにグッズ店紹介できないかもしれないでしょ? だから私達二人で小物見に行く組でいいかなぁって」

「なるほど。約束覚えててくれたんですね!」

「もちろんっ!」

「皆グループできたかー? 一人ぼっちのやつとかいないよな? よし、大丈夫そうだな。じゃあ午後4時にまたここに集合ってことで! 各々ショッピングを楽しんでこい! しゅっぱーつ!」

部長さんの掛け声で、私達はそれぞれの目的地へと移動し始めた。

◇◇◇

「ふふふーん♪」

土星先輩は私と共に、商店街へと向かっていた。

鼻歌を歌っているあたり、機嫌が良いらしい。

あと、いつの間にか手を繋がれている。先輩はどこかスキンシップが過剰というか、身体が触れ合うことに割と積極的だ。

歩いている最中会話がないのもアレなので、ふと気になっていたことを聞いてみる。

「先輩って、同学年の人よりも高三の先輩よりも私達後輩と一緒に居たり話したりすることが多い気がするんですけど、気のせいですかね?」

決して、同学年の人と仲が悪いという訳ではないと思う。むしろ時折見かける同学年の人との会話からして、とても良好な関係を築いているように思える。

けれど先輩は、高等部1・2年や中等部の部員など、後輩の子と積極的に話したがっているように見えるのだ。

「あはは。小夜ちゃん目敏いねー。うん、私は後輩の子によく声かけてるよー」

「あ、やっぱりなんですね。何か理由とかあるんですか?」

「んー理由挙げるとすれば、単純に後輩の子と話すのが楽しいからかな。なんか年下の子ってよく慕ってくれて、可愛いくてね~」

「先輩がよく慕われるのは、土星先輩の面倒見の良さによるものだと思いますよ」

「そうかなー? ありがとね。あと、同学年の人とかは普通にクラスで話せるしね。せっかくの『中等・高等交流部』なんだから、交流しないと!」

「そうですねー。私も土星先輩みたいな優しい人と交流出来て楽しいです」

「ほんと―? そんなに褒めても何にもでないよ―」

「本心からそう言ってるんですよ」

歩きながら、先輩は私と繋いでいる手をぶんぶんと大きく振り始めた。

多分、嬉しかったのだろう。先輩は鼻歌といいこの手の動作といい、結構分かりやすくて一緒に居て面白い。

「あ、ここ! ここだよ!」

「へぇー。こんなとこ、よく見つけましたね」

「ふふふー、凄いでしょ」

商店街の細道を進んだその先に、こぢんまりとした店があった。

ここが件の小物店らしい。

私達は意気揚々と、その中に入っていった。

◇◇◇

その小物店は、私にとってまるで宝物庫だった。

今まで持ってなかったアンジーちゃんのグッズだけでなく、私の趣味に合う可愛らしい小物がいっぱいだった。

あれやこれやを吟味している内にあっという間に時間が経ち、すぐに帰らねばならない時間になった。

いくつか手持ちで買えるものだけ買って、また今度来ようと思った。

そして嬉しい事に、アンジーちゃんの小さなアクセサリーが付いたシャープペンシルを土星先輩が買ってくれた。

申し訳ないと最初は断ったのだが、先輩は頑として譲らなかった。仕方がないので、色違いのシャーペンを先輩に買っておあいことした。

「おそろいだね」と嬉しそうにシャーペンが入った紙袋を握りしめていた先輩の笑顔が、とても印象的だった。

とても楽しい思い出ができたのだが、一番印象に残る出来事が起きたのは、その帰り道のことであった。

◇◇◇

店を出て十分程歩いた時だった。

ぽつりと、一滴の雫が肌に触れた。

「あれ、やだ。雨じゃない?」

先輩の指摘に思わず上を見上げたその瞬間、バケツをひっくり返したような大雨が降ってきた。

「わわっ、小夜ちゃんどこか屋根のあるところに行こう!」

「はいっ」

シャッターの降りた屋根付きのお店を見つけて、そこの入り口で雨宿りしようとたどり着いた時には、既に思いっきり濡れていた。

「わー、びしょびしょですね。先輩大丈夫ですか――っと、な、なんですか先輩!?」

急に先輩が抱きついてきたのだ。

先輩の突飛な行動に、私は慌てふためく。

「えっと、小夜ちゃんと私……濡れて、下着がね?」

「あっ……」

そこで気がつく。

私と先輩、共に雨で濡れて下着が透けていた。

「往来にはそこそこ人がいるし……」

つまり先輩は、私に抱きつくことでお互いの下着が周りから見えない様にしようとした、ということらしい。

確かに傘を持って歩く人も沢山居る。

そして下着が透けている状態を見られるのは、勿論恥ずかしい。

けれど。

これはこれでちょっと恥ずかしいのではないだろうか。

いや、ちょっとどころではなく結構恥ずかしいのでは……?

道行く人の視線を感じる。

下着は見られずに済んでいるが、却って注目を浴びてしまっている気がする。

高2だけど中1の平均並みの背丈の先輩は、私と背丈が同じくらいだ。

頭の位置も同じ位なので、抱きしめられた状態だと先輩の吐息が耳に掛かる。

雨が降りだしてから慌ててこの場に避難した為か、先輩の呼吸は少し荒い。

私の呼吸も聞かれてるのだろうか。同様に私の息も荒くなってるので、聞かれていると思うと恥ずかしくて顔の表面が少し熱くなる。

「「……」」

私達はしばらくの間、無言で密着して立っていた。

激しく雨が降りしきる音の中、先輩の吐息だけが妙にはっきりと聞こえる。

そして先輩の心臓の鼓動や体温も感じる。

心臓の音は一定のリズムを刻み、体温はまさに人肌といった感じの温かさだ。

抱きしめられているのも相まって、なんだか安心感を感じる。

「くしゅんっ」

くしゃみが出た。

くしゃみで頭が揺れたせいか、先輩の髪の匂いが漂ってきた。

私はその甘くクラッとするような匂いに、思わずドギマギする。

女の子の匂いってこんな胸の奥がキュンとなる様な匂いだっただろうか。

……一応自分も女の子なわけだが、自分の匂いなど分からないものだ。

顔の表面が熱くなり、心臓の鼓動が早くなるのが分かった。

気づかれていないだろうか……。

流石に先輩の匂いでドキドキしてしまっているとまでは推測されないだろうが、それでも気づかれてしまったらと思うと恥ずかしくて、より顔の熱が高まるのを感じた。

女の私でもこうなのだ。

こんな匂いを間近で嗅いだら大抵の男はイチコロなのではないだろうか。

そこで、ふと土星先輩が見知らぬ男性と並んで楽しそうに歩いている姿が頭に浮かんできた。

それは何故だかとても胸が苦しくなるような想像で――

「あっ」

不意に先輩が声を上げた。

「雨やんだよ! 雨宿りで時間食っちゃったし、早く集合場所に戻らないとー」

「そうですね。……でも動いたら下着透けちゃってるの周りから見えちゃいません?」

「それなんだけど、よくよく考えたら、普通にカバンで前隠せば見えないんじゃないかなって……」

「あっ……」

それもそうだ。

何でそんな単純なことに気づかなかったんだろう。

「ごめんね。ホントはもうちょっと前に気づいてたんだけど、抱きついちゃった手前、なんだか言い出すの恥ずかしくて……」

「いえお気になさらず……とりあえず、歩き始めましょうか」

「そうだ。急いでるんだった。行こう!」

そう言って先輩は少し早足に歩き始めた。

私は先輩との雨宿りが終わることになんだか名残惜しさを感じながら、先輩を追うように歩き始めた。

そうして私達は一旦集合した後、帰路についたのだった。

◇◇◇

「う~ん……」

その日の夜、私はなかなか寝付けなかった。

何度も無心になって眠ろうとするのだが、どうにも気分が高揚してしまって眠れない。

原因は分かっている。

土星先輩に抱きつかれた感触、間近で感じた体温、吐息、匂いのことを思い出してしまうのだ。

そして買い物中の先輩との会話を思い出しては、気がついたらニヤニヤしたりしている。

まるで恋患いのようである。

……恋患い? 

……もしかして、私は先輩のことが好きになってしまったのだろうか? 

しかし待って欲しい。思春期特有の気の迷いとかそんな感じなのでは?

もし、もし仮に先輩のことを好きになってたとしても、相手は女性だ。女が女を好きになるのはどうなのだろうか。

でも、女子校であるはずの妃芽薗学園でのバレンタイデーは本命チョコを渡したり渡されたりなんて普通によくある光景だとも聞く。

そう考えると、特におかしくないことでもない気がしてきた。

でも、でも本当にあの恋ってやつなのだろうか―― 

そんな感じで堂々巡りの思考をしては、昼間のことを思い出して悶絶したりしている内にどんどん夜は更けていった。

この日を境にして、私は土星先輩のことを段々と意識し始めるようになるのであった――



土星先輩と私【中編その2】


◇◇◇

例の買い物があった5月末から夏休みまでの期間は、悩み苦しむ日々であった。

悩んでいた内容とは、果たして自分が土星先輩のことを好きになってしまったのかどうかということである。

日夜土星先輩のことを考え、部活中は土星先輩を視線で追っていた。

今振り返ってみれば、笑える程答えは簡単で、もうその時点で完全に恋をしていた。

けれど当時の私にとってはその悩みは深刻で、ひたすら悩み抜いていた。

私が先輩に恋をしていると自覚するのは、夏休みに入ってから。

その大きなきっかけは、夏休み中の花火大会にあった。

◇◇◇

夏休みに入る前、部活内の特に仲の良い一年生数人で何か夏休み中にどこか遊びに行かないかという話が出た。

年によっては臨海学校などの行事があったりするが、その年は特に夏休み中の学校行事はなかったからだ。

「んー、遊びに行くって言ってもあんまり遠くには行きたくないよねー」

「今年の夏も暑いっぽいもんね。行くなら近場に行きたいな」

「遠くに行くとお金も掛かるしね。近いところに行くとしたら何があるかな?」

「プールとか?」

「え~? 私最近太ったからちょっと……」

「私も同じ理由で却下」

「皆不摂生すぎだよー。あ、アレは? 夏祭り」

「あ、そっか。妃芽薗周辺でも夏祭りやるんだっけ」

「花火もやるらしいよー」

「いいね。浴衣とか着たいね」

「うんうん」

「てかさー、小夜は私達じゃなくて土星先輩と行きたいんじゃないの?」

「えっ!? な、なんで!?」

「いや、もう明らかにべた惚れだし」

「そうそう。もう隙あらば熱い視線向けてるよね。妬けるわー」

「ね、どこが好きなのー?」

「ち、違うし! まだ好きって決まったわけじゃ……」

「意識はしてるんだ?」

「っ!! と、とにかく! 皆花火に行くことには賛成なんだよね? じゃあそれで決まり! はい、この話はおしまい!」

「あはは、照れてる照れてる~」

そんな感じで、夏祭り&花火大会に行くことになった。

◇◇◇

夏祭り当日。

「あ、落書きせんべい食べたいな」

「りんご飴―! りんご飴―!」

「ここは無難にたこ焼きでしょー」

「えー? 無難といったらかき氷じゃない?」

私達は浴衣を着て、屋台の並ぶ道を練り歩いていた。

「おぉ? 小夜ちゃん達じゃない?」

「あ、土星先輩だー」「おー」「小夜やったじゃん!」「な、何が『やったじゃん』なのかな!?」

声を掛けられた方を見ると、浴衣姿の土星先輩が立っていた。

周りを見回してみるが、特に一緒の人は見当たらない。

「あれ、土星先輩お一人なんですか?」

「んーん。衛星ちゃん達も一緒だよー」

そう言って、土星先輩は腕輪を掲げてぶんぶんと振った。

そういえば先輩の腕輪には土星の衛星達が入っていて、その衛星達とテレパシーで会話できると言っていた。

……やはり電波さんなのでは?

ほら、私と一緒に来た部員達も引いた顔してる。

「えーと、衛星さん達以外に他に連れの人いないなら、一緒にどうですか?」

「あ、ほんとー? なら一緒にお願いしていいかな?」

「はい、是非ぜh……むぐっ」

「いや、小夜以外の私達は別の用事ありますから、お二人で一緒に過ごして下さい!」

「え? なんか用事あったっけ?」

「あるある! アレだよ、アレ! ね?」

……何か露骨に私と土星先輩を二人きりにしようとしている輩が居る。

その子は話を合わせろと他の子に目配せをしている。

「あ、あー…なるほどね! うん、用事あったね」

「そうそう、小夜以外の人は用事があったね」

そして察しの良い連れの子たちは同調していく。

え、ちょっと待って。このままの流れだとホントに先輩と二人きりになりそうなんだけど。

最近はなんだか恥ずかしくて、意図的に二人きりにならないようにしてたのに。

「じゃあそういう訳で、私達は去りまーす!」

「さよなら〜」

「小夜ちんファイト〜!」

「えぇっ!? ちょっと待っ…!」

「バイバイ〜」

……行ってしまった。

「あらら。随分と忙しなく行っちゃったね。でもそんな急な用事って何だろう?」

「ホント、何なんでしょうね……」

ノリの良すぎる彼女らにため息をつきながらも、仕方がないので土星先輩と二人で過ごすことにしようと心に決める。

「じゃあ、えーと、よろしくお願いします」

「うん、よろしくね! せっかくだし何か食べ物奢ろうか?」

「いえ、そんな申し訳ないです。お金はそれなりに持ってきてまs……っ!?」

「? どうしたの?」

「いや、その、手、手が……」

先輩がごく自然な動作で私の手を握ってきたのだ。

伝わってくる体温と肌の柔らかさに、頬が紅潮するのを感じる。

「あぁ、手を握ったこと? 結構混んでるからはぐれたら困るなーって」

「あ、でもちょっと今私の手汗っぽいかもしれないから、嫌だったら外すよ?」

「……いや、このままでお願いします」

「そっか。良かったー」

安堵したように微笑む先輩。

先輩を安心させられたことが嬉しかったのか、それとも手を繋ぐことを肯定したのが気恥ずかしかったのか、とにかく私は照れくさくて思わず目線を逸らした。

……しかし、ここで目を逸らしてしまったのは、なんだか先輩が好きだからみたいではないか。

そう考えたら、今度は耳の辺りが熱くなるのを感じた。

「あ、そうだ。私、花火のよく見える穴場知ってるんだー。ちょっと此処から離れてるけど行ってみる?」

「はい!」

先輩は、ぎゅっと強く手を握り直して歩き始めた。

私はほとんど反射で、強く手を握り返していた。

これは好きという感情から来るのではなく、只はぐれてしまわないようにする為だ――そんな風に、自分に言い聞かせながら。


◇◇◇

「こんなところから花火見えるんですか?」

土星先輩に連れられてやってきたのは、夏祭りの喧騒から離れた人気のない草むらだった。

「うん。ちょっと草が多くて嫌かもしれないけど、花火は綺麗に見えるよー」

「へぇー。どうしてここがよく見えるって知ったんですか?」

「もう卒業しちゃった先輩が私を気に入ってくれててねー。二人で花火大会に来て、それで教えてもらったの」

「そうなんですか……」

……なんだろう。ちょっとだけムカムカする。もしかして私は嫉妬しているのだろうか。いや、そんなことはないはず。だって嫉妬してるとしたら、なんだか先輩のことを好きだと思ってるみたいで――

「私はここを教えてもらったのが、とても嬉しくってね。偶然とはいえせっかく一緒になったんだから、私にとってお気に入りの小夜ちゃんにもここを教えてあげたくってね」

「へっ!? お気に入り、ですか……?」

「うん、小夜ちゃんは私にとってお気に入りの女の子だよ」

そんな、いきなりお気に入りだなんて言われても困る。

全身がぽうっと火照ってきて、握っている手も熱くなった気がした。

そういえば、さっきからずっと手を握ったままだ。

今更恥ずかしくなってきて、手を離そうかと思ったけど、それじゃあ恥ずかしくなってるのを先輩に教えてしまう様で、それはもっと恥ずかしい。

「小夜ちゃんは部活の中で一番懐いてくれてる子だからね。自分に懐いてくれてる後輩ほど可愛いものはないよ」

「そういえば、確かに一番先輩と接点多いのは私かもしれませんね」

「うん。最近はちょっと小夜ちゃんと二人で何かすること少なくて寂しかったから、今こうして二人で過ごせてるの嬉しいな」

「それについては……すみません」

二人きりになるのを避けていたことは、先輩も分かっていたようだ。

なんて言い訳しようか。まさか二人で過ごすのが恥ずかしいとは口が避けても言えない……。

そんなことを考えていたら。

ぱあぁ、と辺りが明るくなり、少し遅れて大きな音が鼓膜を打った。

「あ、上がったよ! 花火!」

「はい!」

それは黒いキャンパスに光をまぶした印象をうける、綺麗な花火だった。

「確かにここからだととても綺麗にみえますね」

「でしょー? 小夜ちゃんにここからの花火見せられて良かったー」

先輩は花火が上がり始めたことに興奮したのか、繋いでいる手が強く握りしめられた。

何故だか、花火よりそっちの手の方に意識が強く向いてしまった。

今までも繋いでいたのに、殊更その感触に意識が割かれて、その肌のスベスベ感と柔らかさに思わずクラっとしそうになる。

そして、無意識なのだろうが、先輩は私にとってトドメとなる行動をとった。

「花火、綺麗だねー」

「……っ!!」

半歩、私の方に近寄ってきて、頭をこつんとこちらに傾けたのだ。

耳と耳が触れ合い、かっと顔の温度が急激に上昇した。

自分の心臓の鼓動が、次々と上がってくる花火の音よりも断然早く、そして大きく聞こえる気がする。

もはや花火を見る目の焦点がぼやけてしまっている。

先輩が近くに寄ってきたことで感じる、甘い匂い。

今すぐ何かを叫びだしてしまいたい衝動に駆られる。

――思い返せばさっきからずっと、先輩の一挙一動に感情を揺さぶられている。

これは――もはや完全に恋ではないだろうか。

「わぁー、凄いねー」

歓声を上げる先輩の声が至近距離で聞こえる。

それだけで、たったそれだけで、心臓がドクンと一際大きく跳ねた。

あぁ、もう素直に認めよう。

私は――土星先輩のことが好きだ。

今はとりあえずこの気持ちを胸に秘め、先輩と二人で過ごすこの幸せな時間をじっくりと味わおう。

そうして、私は花火の記憶がほとんどない花火大会を、大切な思い出として抱えて行くことになる。

◇◇◇




【仔狐クリスと十星迦南】


自分より、格上の存在にノックダウンされた次の日。
私は体力回復に努め、勝てる算段を練った。

昨日の戦闘では、大きな傷を負うことはなかったが、体力の回復には時間が掛かりそうだった。
人の気配がない閉ざされた世界で、私は一人、校舎を背に座って休んでいた。
ぼんやりと、今夜また起きるであろう戦闘での戦法を考えつつ、空を見上げて土星先輩のことも考えていた。

――私が消えた後、先輩はどうなっただろうか。
――無事だろうか。
――また白いフードを被った少女に襲われたりしてないだろうか。

そんな思いが頭に浮かび、ただここで何もすることができないまま回復に勤しむしかない我が身を恨みながら、虚空を睨んでいた時のことだった。

「――星を見るのが好きなんですか?」

その声を聞いた瞬間、私は跳ねるように身体を起こした。

いつの間にか近くに立っていたのはカジュアルな服装をした銀髪の少女。

戦闘が始まるのは夜からだと無意識の内にそう決めつけていたが違ったのだろうか。まだ体力は回復仕切っていない。このまま戦闘するのは些か危険だ。なんとかして逃げる算段を立てなくては――

そんな焦る思考を打ち切る様に、その少女は口を開いた。

「あはは。まだ夜じゃないから戦いませんよ。わたしとしても今戦うのは本意じゃないし、リラックスして欲しいです」
「そんな言葉で隙を突こうとしたって無駄です」

私は警戒心を解かずに強めの口調で応えた。
少女は困ったように頭を掻いてから、言った。

「んー困ったなぁ。暇つぶしの相手になってもらおうと思ったんですけど、随分疑り深い人みたいですね。まぁいいや、そこで立ったまま話相手になってくれるだけでも構わないです。応じてくれればお礼に昨日貴方が戦ったあの強敵の情報を提供してあげちゃってもいいですよ」

それから彼女は私のさっきまでの行動を真似るかのように、校舎を背にして座った。
私は目を見張った。
明らかに臨戦態勢をとっている私を前にくつろぐように座るとは何事かと。
どれだけの余裕があればそんなことができるのだろう。
昨日私が破れた敵について知っているということは、その仲間かとも疑ったが、どうにも私と同格の匂いしかしない。
ならば、この座るという動作は彼女なりの譲歩というやつだろうか。それに昨日の敵の情報を得られるというならば、ぜひ知りたいところだ。

「……分かりました。話相手でいいなら応じましょう」

私は構えを解き、立ったまま校舎に背を預けた。
立った状態ならば、何か相手が仕掛けてもある程度対処できるだろうと思ったからだ。それにずっと警戒したままでは心身ともに疲労し、回復がおぼつかなくなる。
ある種の賭けだったが、一応相手を信用してみることにしたのだ。

銀髪の少女はそれを見てにっこりと笑い、こちらに話を振ってきた。

「多少は信じてもらえたようで嬉しいです! まずは自己紹介しません? 私、迦南っていいます! 十星迦南!」
「……仔狐クリスといいます」
「こぎつねクリス……成る程、クリスさんって呼びますね! で、クリスさんにもう一度聞きたいんですけど、星を見るのが好きなんです?」
「いえ、私は別に……知り合いに一人、星を見るのが好きな人はいますけど」
「あれれ、空を見上げてたから好きかな―と思ったのに。でも、その知り合いの人とは仲良くなれそうですね!」

この銀髪の少女と土星先輩が果たして仲良くなるだろうか。……仲良くなれそうな気はする。土星先輩は、誰隔てなく仲良く慣れるタイプの人間(惑星?)だ。更に趣味が合うとなれば、私とアンジーちゃんの話題で花咲かせたようにきっと仲良く話すのだろう。
迦南と土星先輩が楽しそうに会話している様子を想像して、少し胸が痛くなった。 「……空を見ていたのは考え事をしていたからですし、多分私の知り合いと貴方は仲良くなったりしないと思います」
「あれ? なんか発言に棘ありません? もしかして何か怒らせちゃいましたか?」
「気のせいでしょう。それより情報提供してくれるんじゃなかったですっけ。昨日の敵について知ってるのであれば、教えてください」
「えぇー? 星の話題で盛り上がりたかったのに! 夕方に見る星とか、綺麗じゃないですか?」
「情報を」
「はいはい。風情がないですね、もう! 分かりましたよ―。昨日貴方が戦った敵、アレは『転校生』と呼ばれる存在です」

転校生。
魔人から進化したと言われる存在……だと聞いたことがある。身体的にも能力的にも魔人と比べ遥かに優れている、と。
確かにそれならば昨夜のあの強さも理解できる。
えげつない程の攻撃力、私の気力を削ぐほどの存在感。それらは転校生だからこそ持ち得たものなのだろう。

「成る程。転校生については聞いたことがあります。……けれどその転校生である彼女がなんで私の前に現れたんですか? いや、そもそも今行われているこの戦いはそもそも何なのですか? なぜ私達“同格”の成長性を持った魔人達が隔離されたようにこの人気のない世界に飛ばされたのですか?」
「んー質問が多いです! そんな一気に聞かれても答えられませんよ! もう!」
「あっ。ごめんなさい……」

沸々と湧き上がった疑問をそのまま迦南にぶつけてしまっていた。反省しなくては。

「えへへ、素直に謝れる人は好きですよ。ポイント一点!」
「えっ、何のポイントですか……?」
「んーと、まずは私達がなんなのかということから説明しなきゃですかねー」

あ、スルーされた。

「クリスさん、自分が少々特殊な魔人だということは、自覚ありますか?」
「……はい。多少は」

私は身体能力の高い魔人であると同時に、更に高い成長性を持っている。
通常の魔人も鍛えれば成長していく可能性はあるだろうが、それはある程度の期間を経てじっくりと成長していくものだろう。
だが私は、昨日の戦闘で格段に成長した。それまでの私とはまったく違うということを感覚で理解していた。
そしてこの高い成長性は私だけでなく、昨日戦った二人の少女や迦南も持っている特性なのだろう。

「クリスさんや私などがどのように特殊であるかに関しては、恐らくクリスさんが考えている通りなので説明は省きます。この閉じた世界に居る転校生以外の私達は……そうですね、『準転校生』とでもいいましょうか。そんな感じの存在です」
「準転校生……私が、私達が転校生に準ずる存在、なのですか?」
「はい。まぁ現段階は、ですけどね。今後の成長によってはもしかしたら転校生を越える程の実力を持つことになるかもしれません」

転校生を越える実力を得る可能性。
昨日転校生に破れた際に、成長すれば転校生と互角に渡り合えるかもしれないと感じたのは、間違いではなかったようだ。

「成る程……でもなんでそんな存在がこの世界に集められたのでしょうか?」
「んー、それは各々人それぞれの理由によるものじゃないですかね。多分巻き込まれたのでなく自主的にやってきた人も居ます。でも、集められたというよりは元々妃芽薗に居た、と言う方が多分正しいですね」
「妃芽薗に居た……? 貴方も妃芽薗学園の学生なのですか?」
「そうですよ。多分今この世界に居る準転校生のほとんどが妃芽薗学園の生徒だと思います」
「なぜそんな、転校生に近い存在が妃芽薗に集まってるのですか……?」
「さぁ……? 高二力フィールドが何か影響してるのかもしれないですね。でも詳しいことはさっぱりわかりません」
「では準転校生が戦っている理由は? 私はよくわからない戦闘衝動に突き動かされて戦ったのですが……」
「それもよくわかりません。貴方が戦闘衝動に駆られたのは、もしかしたら誰かによる精神操作能力かもしれないですね。ただ、準転校生が戦うことになっているのはどう考えても準転校生を鍛える為でしょう。何の為に鍛えるのか、と聞かれたらそれも分かりませんが」
「ふむ……」 一応、現段階で分からないことは全て尋ねることができた。
じっくりと咀嚼するように情報を噛み砕いていく。
と、そこでふと気になることが出てきた。

「……貴方は、迦南さんは、どうしてそんなに情報を知っているのでしょうか?」
「えー、そこ聞いちゃいますか? んー、そうですね。とある組織に所属しているから、とだけ言っておきます」
「組織、ですか。その言い方だと詳しくは教えてくれないんでしょうね」
「ですね。言っちゃったらわたし先輩に怒られちゃいますし。……さて、と」

迦南さんは立ち上がり、伸びをした。
それから砂を払うように軽くホットパンツを叩いて言った。

「暇つぶしのお付き合いありがとうございました。いつの間にか良い夜空になりましたね」

夜になった。
その事実は、戦闘の開始を示していた。

「――では、始めましょうか」

薄暗い景色の中で、コバルトブルーの瞳だけが戦意に燃えて光っていた。

◇◇◇

――夜が来て、また戦闘が始まる。

再び戦闘衝動が全身を駆け巡る。
今まで会話していて、かつ情報提供してくれた相手と戦わなくてはならないことは少し心苦しいが、そうも言っていられない。
私には生き延びて元の日常に戻る目的がある。
迷いを振り払って、臨戦態勢になった。

今回の敵は武器が見当たらない。
今のところ、手の内を隠しているようだ。
迦南さんは同じ準転校生だが、今までの敵より強敵の気配がする――そう考え警戒したのは、実際間違いではなかった。

――この銀髪の少女に、私は苦戦を強いられることになる。

まず最初の動作では、私は精神を集中し、相手は回避に備える態勢を取った。
お互い様子見ということである。

痺れを切らした私は、必殺技である「エナジーフィスト」を放った。
私の戦法は、基本的に昨日と変わっていない。
昨日の調子ならば、大敗を喫したあの少女はともかく、他の同格の存在ならばそこそこ戦えるのではないかという算段からだ。
そして恐らくこの戦法が一番ダメージ効率が高いと思われるという理由も、基本戦法を変えない原因になっていた。

しかし相手も攻性行動をしてくるだろうと見込んでの大技であったが、見込み違いであったようだ。
弾速も決して遅くはないはずのエナジーフィストが回避された。
二度目のエナジーフィストも同じく躱される。
昨日戦った虎の仮面を被った少女といい、私よりも速度の速い敵が多いように感じる。
もっと鍛えて、速度で追いつけるようにもならなくては――そんな事を考えていると、カウンターからの四連撃を食らった。

思い出すのは、転校生の攻撃。
彼女も四連撃で攻撃を放ってきた。
トラウマが私の動きを鈍らせたのか、防御も回避も出来なかった。昨日の戦いで少しは防御に動きを割くことも覚えたはずなのに。

昨夜負けた相手と違う点といえば、威力が昨日の相手より小さいということと、攻撃手段が違うということだろうか。
迦南さんは、十字架を召喚して放ってきた。

十字架。
基督教の象徴であり、人を磔に処す為の刑具でもある。
どのような思いでこの十字架を振るっているのだろうか。
戦意に満ちた表情からは伺い知ることはできない。 私は精神集中を行い、追撃に備える。

続く十字架の四連撃。
計算され尽くされた、美しささえ感じる十字架落としは、四分の一を防御するのが精一杯だった。
咄嗟に放ったエネルギー弾も回避され、気力を削がれる。

次に放ったエナジーフィストはもはや自棄だったが、相手が回避に失敗した為、当てることができた。

そして、エネルギー弾と十字架が数回交差した。
お互いの身体に傷が増えていく。

埒が明かないと思い、密かにエナジーフィストを当てる算段を立てる。
迦南さんは私より動きが速い。
そこは認めよう。
だからこそ、大技であるエナジーフィストを当てる為に行動を起こさねば、削り負けてしまうだろう。

もう一度、エナジーフィストを打ってみる。外れた。

カウンターの十字架が飛んでくるが、うまく防御に成功する。
私は敢えてここで焦って反撃に移らずに精神集中を行った。
必殺技を打つ隙を見極める為だ。
直後、その隙はやってきた。

「あ……」

乱発しすぎたせいだろう。
迦南さんは十字架の召喚に失敗した。
それは戦闘中に於いて、致命的な隙だった。

「――はァッ!!」

裂帛の気合と共に、エナジーフィストを放つ。

大き目のエネルギー弾が腹部に命中し吹き飛んだ迦南さんは、校舎の壁に激突した。

「……あはは。また負けちゃった。これは先輩に怒られちゃう……なぁ……」

そして蹲る様に意識を失った。
少しだけ心苦しく思ったが、まだ私には次の戦いが控えている。
私は後ろ髪を引かれる思いに苛まれながらもその場を離れ、次の対戦相手を探しに行った。

【END】



【無題(かれん)】


「くっ殺せ!」

「貴様なんぞに屈しないぞ!」

「女などとうの昔に捨てた!今更何をされようと私は動じない!」

「ふ、触れるな下賤な輩め!」

「くっ、卑怯者め……!」



―――
――


「んぁああああぁああっ!!!」

「んあっ、あっ、き、きもひいいわけないらろぉっ!!」

「ん、あぁっ、あんっ、んんっ」

「こ、ころしぇっ!こんらくつじょくあじわうくらひならぁ…… ころしてくれぇぇぇっ!!」

「あはぁああっ!あっ、や、やめろぉっ、それは、お願いらだからっ!ああっ!!らめっ、らめらめらめ……」

「ふぎぃぃいっ!わ、わかっちゃう、わがっぢゃうぅ!!しきゅうのなか、チンポでえぐられてるのぉぉんっ!!!」

「んほぉぉぉぉぉぉ!おちんぽしゅごい のぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「イッ、イグッ!んふぅっ、ふぅ、んふぅ…… イ、イッちゃう!もうイッちゃうのぉっ!!」

「うまれりゅぅぅぅぅぅぅ!オークのあかひゃんうまれりゅのぉぉぉぉぉぉ!オークのママになりゅのぉぉぉぉぉぉぉ!あひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「イグッ、イグイグイグイグゥ……」

「んひゃぁあああぁああああああ~~~~~っ!!!」





「お疲れ様でした。ご主人様。」
「それではお身体をスキャンさせて頂きます。」

ピッ、ピッ、ピッ・・・。

「血圧、アドレナリン量、体温、残存精液量より、本日は残り3回ほど射精可能です。」
「本日はプレイを続行なさいますか?」


「それではプレイ内容をお伝えください。」

「園児・・、園児同士ですね。」
「おままごと中にペニスが勃起・・・セックスを理解せずに・・。はい、悪戯ですね。」
「女児が興味津々・・はい、処女モードはお使いになられますか?」
「挿入と射精は・・尻穴へと。」
「詳細希望があれば、都度お申し付け下さい。」

「それでは必要な準備を行いますので、5分ほどお待ちください。」


―――
――




「○○くーん、遊びに来たよ!おままごとしよー!!」


<参考画像>
tp://blog-imgs-65.fc2.com/n/y/a/nyaasokuvip/mugen092260403d.jpg
tp://jingyuan.up.n.seesaa.net/jingyuan/image/2d61e5d9913c2b8f22888dbd8d7372c3-411x640.jpg?d=a0



【覆面の虎 vs 眼鏡の竜】


ピンク色した虎の覆面を被った珍妙な対戦相手の出現に、ウルメは大喜び。
眼鏡の中の大きなツリ目をキラキラと輝かせる。
「はじめまして、雨竜院愛雨です。デストロイゼムオール!(よろしくお願いします!)」

タイガービーナスこと、紅井影虎は寅流の構え。
左手を手刀の形で前に出し、右足は大きく後ろに引く。
右手は胸の前。リストバンドに隠し持ったクナイは、いつでも取り出せる。
相手は銃を持っている。あの傘も武器だ。ならば容赦はしない。タイガービーナスはそう考える。
「故あって本名は明かせない。タイガービーナス、とだけ名乗らせてもらう」

決闘場所は、岬に立つ大灯台の展望スペース。半径5mほどの円形空間だ。
中央には、巨大なライトと回転するレンズ。その光量はすさまじく、本来ならば夜に一般人が立ち入るような場所ではない。
「うわっ、まぶしっ!」
光線の直撃を受けたウルメが小さく叫んだ。

「えっ、今なんて!? まさか……あなた……伝説の『GUN道』を使うの!?」
タイガービーナスが妙なところに食いついた。

「ふぇ? 私が使うのは『ガン・カサ』だけど?」

「あ、ああ、そうか。うん。そうだね。眩しいときに眩しいって言うのはよく考えたら普通だね。ごめん、気にしないで。さあ、勝負を始めましょう」

奇妙な霊感に導かれて、二人はこの灯台にやって来た。
『準転校生』同士の戦い『ホリラン』を行うために。
二人とも、戦う覚悟は出来ている。
タイガービーナス……影虎は守るべき主君のために。ウルメ……愛雨は非日常の戦いを楽しむために。

「寅忍、タイガービーナス……」
「オペレーション……」
「参る!」
「スタート!」

戦闘開始と同時に、タイガービーナスが鋭い足捌きでウルメに迫る。
ウルメは射撃戦距離を取りたい。左右ジグザグのステップで飛び道具に警戒しながら距離を取ろうとする。
中央の大光量ライトを回るように、二人の高速戦闘者が距離を制さんと争う。

「鬼ごっこはあんまり好きじゃないな。寅流・失伝……」
ウルメを追いながら、タイガービーナスは平坦な胸の前で素早く印を切る。
「真・幻影虎陣形!!」
術が完成するとタイガービーナスが数十体に分身した! なんたる奥義!
四方八方から襲いかかるタイガービーナス分身体。狭い灯台の展望室に逃げ場はない!

ウルメの眼鏡が光る。
「そこだっ!」
タン! 分身が放つ蹴りを横飛び回避しながら、ソフトエアガン・マカロフPMから能力弾を発射する。
能力によって誘導されたBB弾は、狙いあやまたずタイガービーナス本体の喉元に命中!
「乾けっ! チョーキング干物ショット!」
「ぐうっ……」
ネガ雨乞いエナジーが作用し、タイガービーナスの喉から水分を奪う。
奪われた水分は天地逆の雨となって天井を打つ。
ウルメはなぜ本体を正確に狙撃できたのか?
それは、灯台の巨大ランプが作り出す影の濃度が、本体のみ濃かったからだ。

先制を決めたウルメは距離を取る。
「ぐぅ……逃がさないっ!」
タイガービーナスはよろめきながらも更に印を組む。
幻影の群れが猛然とウルメに襲いかかる。避けきれない!
「ゴボォッ!」
腹部にいい蹴りを貰ってウルメが呻く。
そして、無数のタイガービーナスの幻影は消え去った。

体勢を崩したウルメに、タイガービーナスは追撃する。
猛獣のような踏み込みから、神速のタイガー・飛び蹴り!
ウルメは体勢を取り戻すことを断念。そのままバランスを失って転倒しつつ飛び蹴りを回避!
「なっ!?」
飛び蹴りが空を切り、タイガービーナスは致命的な隙を晒す。
タタン! 隙を逃さず倒れた体勢からマカロフ2連射! しかし2発ともタイガービーナスを逸れた。
……いや違う! 2発の弾丸は灯台のガラス窓に当たり、反射して再びタイガービーナスを襲う。うち1発が命中!
ザアッ。逆さまの雨が降り、タイガービーナスから更に水分が奪われた。

「跳弾かっ!」
タイガービーナスが、窓の方に一瞬目を向けてウルメから視線を逸らした。
好機! 床で一回転したウルメは立ち上がりながら、素早くタイガービーナスに向かってダッシュ。距離を詰める。
「トライ・ペゾヘドロン!」
至近距離から必殺技を放つ! 「くうっ!」
僅かな隙を付かれたタイガービーナスだが、回避できないタイミングではない。
(接近戦……傘で来るか!?)
タイガービーナスは、ウルメが構えた傘の動きに警戒。

「ドッソイオラーッ!」
ウルメはスモトリヤクザめいたシャウトと共に、前蹴りを放った。
暗黒相撲奥義・ヤクザキックだ!
「アバーッ!?」
想定外の角度から放たれた攻撃にタイガービーナスは対応できず、もろに喰らってしまう。
吹き飛び、ガラス窓に叩き付けられる。
ガラス窓に蜘蛛の巣状のひび割れ。

(『トライ』ペゾなんとか……なるほど、三択攻撃ってわけね……)
タイガービーナスは、傑作映画ファントム・ルージュで主人公が使っていた技を思い起こす。
グーが相撲。接近戦用。
チョキが傘。中距離戦用。
パーが拳銃。遠距離戦用。
相手の裏をかき、心の隙間から大ダメージを叩き込む技。

必殺技を決めたウルメは、大きく優位に立った。
タイガービーナスは鋭い蹴りを何度も叩き込んだが、ウルメは的確にチョーキング干物ショットで反撃し、真綿で首を締めるようにタイガービーナスの水分を奪って行く。
このままでは、タイガービーナスは緩やかに敗北に向かって行くだろう。
だが、タイガービーナスは確信していた。
相手のトドメの一撃は、さっきの三択攻撃だ。
それさえ読みきれれば……勝機はある!

「トライ……」
来た! ウルメが距離を詰める。至近距離! 相撲か!?
(至近距離から出すのは相撲が最も効果的。でも、いつも相撲では相手に読まれて返される。だからここは……)
「ペゾヘドロン!」
タン! 至近距離からの銃撃!
「とうっ!」
タイガービーナスが読み勝った! ウルメの右、傘を持つ手の方向に跳躍して飛び越える!
銃撃が外れる。完全に外れた状態からは『リフメア』による誘導ではリカバリー不可!

「なああっ!? 避けられたっ!?」
ウルメは動揺する。タイガービーナスは印を組む。ウルメは荒れる呼吸を整えようと試みながら振り向く。

パキリ。その時。

ウルメの眼鏡のツルと、リムを結合している留め金が、激しい戦闘に耐えきれず破断した。
眼鏡が外れ、床に落ちる。
ウルメの視界がぼやける。
そして、ウルメの精神状態は、非日常の殺し合いを楽しんでいたあの頃に戻る。
ウルメは、武傘を天地逆に構えた。
首刈りパラソル、モード『メア』。

タイガービーナスは素早く印を組んで秘術を完成させようとするが、眼鏡が外れて雑念が取り払われたウルメの方が速い!
ヒュンっ! 水平に振るわれた傘の持ち手が、タイガービーナスの喉を捉えた。
「んぐっ!」
タイガービーナスの喉から呻き声が漏れる。
武傘の持ち手カバーが外されず、死神の鎌が覆われていたのはタイガービーナスにとって幸運だった。
刃が露出していたら、この一撃でタイガービーナスの首は切り落とされていたかもしれない。
だが、安心するのは早い。矢達メアに戻ったウルメの殺意は……高い!

「ハキョクドーッ!」
モンゴリアン・シャウトと共に、敵の喉を捉えた自分の武傘にウルメは全体重を乗せたショルダーチャージを掛けた。
モンゴリアン相撲最終奥義の殺人応用!
蒙古破極道の破壊力の全てが、武傘を介して梃子の原理で増幅され相手の喉に集中する!
二人は灯台のガラス窓に激突!
先ほど生じた蜘蛛の巣状のヒビがさらに広がり……分厚いガラス窓が割れた! …………

臨海学校を楽しんでいた紅井美鳥は、悪い胸騒ぎがして宿泊施設を抜け出し、夜の海岸を歩いていた。
何か、良くないことが起きる。取り返しのつかない、何かが。
美鳥は気付いた。灯台の光がおかしい。
何者かが灯具の前にいて遮ってるように、不安定な光りかたをしている。
嫌な予感が更に高まる。
美鳥は灯台に向けて、早足で歩き出した。

ガシャァーン!
窓ガラスの割れる激しい音。
飛び散ったガラスが、ランプの光でキラキラと光る。
その中に、もつれ合って落ちて行くふたつの人影。
美鳥は見た。そのうちの一人は、見覚えのあるピンクの虎覆面をつけている。
美鳥は、全力で走りだした。

……落下地点に美鳥が到達した時には、もう一人の人影は既に立ち去っていた。
灯台の下に倒れていたのは、果たして虎覆面の少女、タイガービーナスであった。
タイガービーナスは、身動きひとつしない。

美鳥はタイガービーナスのことを、それほど良く知ってる訳ではなかったが、なぜだか物凄く胸が苦しい。
まるで、永年の友を失ってしまったような、そんな胸の痛み。
美鳥の瞳に、涙が滲む。
ふらふらと、倒れたタイガービーナスに近付き、しゃがみこみ、そっと手を握る。

(……まだ脈がある!)
美鳥はタイガービーナスの胸に手を当てる。
心臓が動いてる。息をしている。……まだ生きてる!!
美鳥はポーチから電話を取り出した。
アンテナ1本。かろうじて圏内。
そして、震える指で『りんかいのしおり』に記載されている医療センターの番号を入力した。

(おわり)




里見晶SS 『剣鬼 #1』


 2019年、冬のある日。
 晶が目を覚ますと、ひんやりとした硬いコンクリート壁を背中に感じた。
 日が落ちかけた住宅街に、寂しそうに作られた公園。右目がしみるように痛み、視界が真っ赤に染め上げられている。手で触れると、ぬる、という水っぽい感触。自分の頭から出血しているのだと気が付くのに、しばし時間がかかった。
(どうしたんだっけー……)
 地面に散らばるクレープとチーズケーキ。ロゥ・イズ・ジェリコという、最近人気の洋菓子店で、クレープは晶が、チーズケーキは美咲が買ったものだ。晶は、旬のフルーツがふんだんに使われ、甘いクリームが目いっぱい詰められたクレープは、見た目だけでもおいしそうではしゃいでいた記憶がある。
(ああ、そうだー。今日は美咲先輩と一緒に帰る約束をしたんだー。帰り道で、おいしいケーキ屋さんに寄っていこう、って言ってー……。それで、この公園で食べてー……)
 残った左目で辺りを見回すと、美咲が腹部を蹴り飛ばされる姿が見えた。腹を抱えて呻いている。どうやら死んではいないようだ。
 美咲を蹴り飛ばしたのは、全身黒装束にひょっとこの面。背中に、「世界を征服しちゃい隊」と書かれた、全然忍んでいない忍者のような5人の男たち。
 そのうちの一人が、晶に近づく。よくも美咲先輩を。そう思うも、脳震盪でも起こしているのか、激しい怒りに呼応するかのような頭痛に襲われ、殴り飛ばしてやりたくても拳に力が入らない。
 晶を取り囲む男達。一人はズタ袋、一人は麻縄を、駐車していた白いライトバンから取り出した。
「貴様に恨みはないが、お前の祖父を殺すため、人質になってもらうぞ」
(ああ、またおじいに巻き込まれたのかー……)
 晶の祖父、“剣鬼”里見権蔵の命を狙う者は多い。そして、権蔵と共に暮らす自分は、人質としてその巻き添えを食らうことは一度や二度ではなかった。ここまで見事にやられたのは初めてだったが。
 晶は、男たちに心から同情した。
「道端でお昼寝とは、ずいぶんいい趣味してんじゃねえか。晶」
 突然響いた野太い声。公園の入り口から、カランコロンと下駄を鳴らして近づいてくるのは、黒色着物の上半身をはだけて袴を履く、白髪白髭の巨漢。
 身長は2メートルを超え、腕は丸太のように太い。衰えを感じさせない老人の手には、美しくも妖しい光を放つ日本刀が一振り握られていた。
 数少ない里見無人流剣術継承者、“剣鬼”こと里見権蔵は、散歩をするかのように無造作に、晶たちの目の前に現れた。
 突然の標的の来訪に黒装束の男たちは一瞬ひるんだが、すぐに懐から拳銃を取り出し、権蔵に向けて構えた。晶のそばにいた男は、腰から剣を抜き、晶の首元に剣を当てる。
「貴様、里見権蔵だな。動くなよ。お前の孫娘の命が惜しけれビャッ」
 言い終わる前に、ひょっとこの面と、男の額に穴が開いた。権蔵が無造作に蹴り飛ばした小石で、頭を撃ち抜かれたのだ。膝から崩れ落ちる男を、茫然と見つめる周りの男たち。それは、おそらく0.1秒に満たないほどの、わずかな時間だったはずだ。
 それは、権蔵にとって十分にもほどがある時間だった。
「てめえ!」
 黒装束の男たちが、一斉に銃を撃った。しかし、権蔵はそこにはいない。既に、銃を持つ男の懐に飛び込んでいた権蔵は、手に持つ日本刀で男を袈裟切りに斬って捨て、その勢いのまま後方にいた男に流麗な足さばきで飛び込み、左足から右肩にかけて切り上げる。これで3人。
 残り2人の男たちが、近い間合いでは歯が立たないと感じたのか、拳銃を捨てて腰から日本刀を抜いた。否、抜いたのは1人。1人は、日本刀にかけた右手ごと体を横一文字に切って捨てられた。残り1人。
「イヤァーッ!」
 黒装束の男は、権蔵に渾身の真直斬りを放つ。それに対して権蔵は、同じく真直に切り返した。同時に放たれる斬撃。しかし、男が放った斬撃は空を切り、権蔵の手に持つ刀の切っ先が、男の頭を真っ二つに割っていた、
 里見無人流剣術、『重ね』。敵が出した剣撃と同一の剣撃を放ち、相手の攻撃の軌道を僅かに逸らすことで、一方的に攻撃を当てる神業である。



里見晶SS『剣鬼 #2』


 動くものがいなくなった、住宅街の小さな公園。刀についた血を拭い、腰の鞘にしまう権蔵は、一切の興奮もなく落ち着いている。軽い運動をした後のように一息ついた後、壁にもたれている晶の頭を鷲掴みにして、立ち上がらせる。
「いつまで寝てんだ、起きろや」
「おじい……、あいつらがボク狙ってること、知ってたでしょー」
「ンなこと、どうでもいいんだよ。俺は、てめえに用事があってわざわざ迎えに来てやったんだ。さっさと自分の脚で立て。礼儀知らずが」
 にやにやと笑い、晶から手を離す権蔵。支えを無くして地面に倒れ伏した晶が、自分の頭を右手で押さえながら、やっとの思いで立ち上がる。この悪辣爺に何を言っても無駄だ。ボクが死にかける姿を、本気で楽しんでやがる。
 目の端では、美咲先輩も若干苦しそうではあるが、立ち上がっている様子が見える。大した怪我はないらしい。本当に良かった。
「晶。俺は、ナマズが喰いてえ。アマゾンに行くぞ」
 晶が立ったのを確認した権蔵は、およそ晶の理解の範疇を超えた言葉を放った。
「……なんでアマゾンー?」
「ナマズといえばアマゾンだろ。ほれ、人食いの」
「カンディルのことだよねー! それー!」
 カンディルとは、現地民にはピラニアより恐れられているアマゾンの人食いナマズのことである。獲物の穴という穴から侵入し、内臓を食い破って激痛を与える魚で、200人以上が食い殺された事件もある。
「最近アマゾンで活動していた、世界を征服しちゃい隊とかいう組織がぶっ潰れたせいで、生物兵器として飼育していた30メートル級に成長したやつが、アマゾン川に逃げ出したらしい。これは楽しそうだと思ってな」
 晶は、先ほど襲ってきたやつらの格好を思い出す。あれ、お礼参りか。組織をぶっ潰したの、絶対この人だ。
「俺は火を焚いてるから、てめえはカンディルを狩りな。いやあ、楽しみだな」
「いやだー!」
 晶は逃げ出そうとするが、権蔵は回り込み、晶の髪の毛を掴んで逃がさない。そのまま、先ほど黒装束の男たちが取り出した麻縄とズタ袋を使って、晶の四肢を拘束する。権蔵が、抵抗する晶をライトバンに詰め込もうとしたところで、権蔵の背後まで近づいた美咲が声をかけた。
「あの!」
 権蔵は、特に美咲を見向きもしない。権蔵の背中に向けて、美咲はぺこりと頭を下げた。
 美咲の心は、正義の心に燃えていた。命を救ってくれたことはありがたい。家庭の問題に首を突っ込むべきではないこともわかる。だが、限度がある。
「助けていただいて、ありがとうございます。でも、そういう暴力行為はやめてあげてください。晶がかわいそうです」
 言い終わるか否か、美咲の頭の上を、権蔵の刀が一閃した。
 美咲の栗色の美しい長髪が、パラパラと落ちる。美咲は、へなへなと腰を抜かした。
 美咲は、決して気が弱い方ではない。むしろ気丈な方で、どんな悪漢が相手でも、自身の正義のためならば立ち向かっていける女だ。
 だが、今の権蔵の眼。これから捕食する虫けらを見る爬虫類のような、冷たい目。地獄の窯の底から溢れ出るようなどす黒い殺気に当てられ、美咲は指一本動かせなくなった。
 権蔵は、刀を上段に構える。その先にいる美咲は、自分の意思では涙が止められないほどの恐怖を味わっていた。
「おじい! やめて!」
 晶がたまらず叫んだ。権蔵は、心底楽しそうに、嗤う。
「晶、こいつはてめえのお友達だな。文化祭でお世話になった、美咲先輩ちゃん、とか言ったかな」
 晶の顔色が青ざめる。ボクは、おじいに学校の話をしたことはなかったはずなのに。
「なんで知ってるの! 美咲先輩に、手を出さないで」
「そいつは、てめえの態度次第だなあ」
「わかった、逃げない! 嫌がらないで行くから、もうやめて!」
「カカカッ! そうかいそうかい。爺思いの孫をもって、俺は幸せだぜ」
 瞬間、権蔵の殺気が消え、刀を収めた。先ほどの男たちが乗ってきたライトバンの運転席に乗り、エンジンをかける。
 美咲は、声を出すことすらできない。これまでも、いろいろ無茶はしてきたつもりだった。だが、これほど純粋に漆黒に塗れた殺意を見たのは、生まれて初めてだった。
 晶は美咲に駆け寄り、一言「ごめんなさい」と声をかけ、ギュッと抱きしめた後、ライトバンの助手席に乗った。
 走り出す車の中で、晶は思案する。助かったからよかったものの、おじいが来なかったら、ボクは自分も美咲先輩も守り切れなかった。おじいは、人間としては最低だ。だが、強い。ボクよりも圧倒的に。
 ボクの実力では、守れないことはあまりにも多い。もっと、強くならなくちゃ。
 晶の瞼の奥には、あまりにも圧倒的な剣を振る、権蔵の姿が焼き付いていた。



里見晶SS 『決別の刻 #1』


 片田舎の田園を切り開いて作られた新興住宅地。碁盤のようにマス目で区切られ、家屋が立ち並ぶその中に、突然切り取られてしまったかのような、巨大な庭が存在する。ここには、家が建てられていたのだが、隣家の住人が買い取り、現在は庭として使われているのだ。
 庭の真ん中には、黒色着物の上半身をはだけて袴を履く白髪白髭の巨漢、里見無人流剣術継承者、“剣鬼”こと里見権蔵が、日本刀を手に持ち立っていた。
 剣を振る広い庭が欲しいと思ったら、すぐさま“不慮の事故”で持ち主がいなくなった隣家を買い取り、自ら刀を振るって家屋を解体する、御年70を超える厄介な爺である。
 今まさに鍛錬を終えた権蔵は、刀を腰に据えた鞘にしまい、じっとりとかいた汗をウサギが描かれたハンドタオルで拭う。
「よう、どうした。学校行くんじゃねえのか」
 縁側で権蔵を睨み付けながら正座をしていた晶に声をかけたのは、ようやくその時である。晶は、権蔵が鍛錬を始める前に声をかけ、無視されてから約1時間、微動だにせず待ち続けていたのだ。
 だが、晶に一切の動揺はない。権蔵が鍛錬をしている間、こちらをちらっちら見ながらにやにやとこぼれる笑みをこらえているのが見えていたからだ。登校前に声をかけられたことが、晶にとってはむしろ意外だったくらいだ。
 晶は、眉間に皺を寄せて、まっすぐに言い放った。
「おじい。ボクに、里見無人流剣術を教えてほしい」
 晶の瞳にこもる強靭な意志を、権蔵は軽くいなすかのように、下卑た薄笑いを浮かべた。
「おやおや、俺の慈悲と愛に満ちた剣術指導から逃げ回っていたてめえが、どういう風の吹き回しだ?」
 晶は苦虫を噛み潰す。よく言ったものだ。嫌がらせに毛が生えたような指導しかしてないくせに。
 晶は、しっかりとした剣術修行をしたことがない。暇な時や気が向いたときに、組手と称して晶をぼこぼこにしたり、真剣1振だけを持たせて野生動物の群れに放り込んだりするくらいだ。何度死にかけたかわからない。剣術指導とはとても言えないだろう。
「死線に身を置き、技術を得るのが剣術だ」
と権蔵が言い放ったときの、厭らしい笑みを忘れられない。実際、晶が今身に着けている技術は、生き残るために権蔵の動きから盗んだものだ。それでもかなりの強さを身に着けているという意味では、間違っていないのかもしれない。しかし、基礎的な訓練や、技はほとんど知らない晶には、さらに強くなるために何をしたらいいのかよくわからない。上を目指すためには、指導者が必要だった。
 晶は権蔵が大嫌いだ。こんな性根の悪い祖父から指導を受けるなんて、たまったものではない。だが、今頼れるのは権蔵しかいない。
 権蔵の悪鬼のごとき強さが、今の自分には必要なのだ。
「守りたいものが出来たんだ。だから、強くなりたい。」
 権蔵から、笑みが消えた。晶は、間髪入れずに、言葉を続ける。
「力なき正義は無能なり。正義なき力は無能なり。ボクは、みんなのために剣を振れる人間になりたい。そのために、今よりもっと強くなりたいんだ」
 権蔵は、思案気に目を瞑り、右手を顎に当てた。
 晶が自分の膝に乗せた手には、自然と力がこもる。心臓はバクバクと胸を叩き、破裂しそうなほどだ。正直言って、怖い。だが、初めて手に入れた信念は、逃げ出すことを許してくれない。正義を守れる力を手に入れるために、決して目を背けない。
 固唾を飲んで権蔵の一言を待つ晶の耳に、クツクツと押し殺すような笑いが漏れた。見ると、権蔵の肩が小さく揺れ始める。突然、権蔵が顔を上げた。その顔は、喜色満面と言うにふさわしい大爆笑であった。
「カーカカカカカッ! 正義なき力は無能なり、か。だったら、この場にその有能とやらをつれてこい。無能の俺が、一太刀の下に腹掻っ捌いてくれよう!」
 顔自体は笑顔だが、権蔵の目は本気だ。晶は、嫌悪感を隠さず目を細める。
「晶よお。人はな、斬ったら死ぬんだ。始めて知ったか? 驚いたか?」
 突然声を潜め、幼子に囁きかけるように優しく話す。
「んでな、これも新発見だ。人はな、死んだら死にっぱなしだ。ビックリだな」
「何が言いたいのさ」
 少なくとも、自分の一世一代の決断をバカにされていることはわかる。
 一切の遠慮なく怒気を露にする晶に、またカカカッと権蔵は笑った。手拭いを懐にしまい、ゆっくりと晶に歩みを進める。
「正義だなんだと嘯いても、なんも変わらねえ。里見無人流は、殺人のための技術だ。てめえは、その事を理解しているのか? 人を斬ったことがないてめえが、正義のために人を殺せるのか?」
 にたりにたりと舌なめずりをしながら、晶の顔を覗き込む権蔵。晶は不快感に目を背けたくなるが、それでもなお背筋を伸ばし、美しい正座を保つ。



里見晶SS 『決別の刻 #2』


「…可能な限り避けたいけど、そうしなければいけないときは、殺すよ。覚悟は、出来てる」
 言い終わるや否や、権蔵の頬が膨らみ、爆笑が響き渡った。
「カーカカカカカッ! 未通女(おぼこ)が床上手にでもなったつもりか! 知るとやるとじゃ大違いだとわからんのか? 井の中の蛙でも、今のてめえよりは視野が広かろう!」
 権蔵は腹を抱えて地べたに仰向けに倒れこみ、バタバタと足を踏み鳴らす。全身全霊をもって馬鹿にしている。晶は真っ赤になって唇をかむ。
「おじい! ボクは本気だ! その気になれば今だって……!」
 訴えるように叫ぶ晶。その瞬間、権蔵が跳ね起きた。直立し、晶を睨み付けるその顔から、すでに笑みは消えている。思わず、晶の血の気が引いた。震えが止まらない。圧倒的な捕食者に牙を立てられる寸前の小動物のとは、こんな気持ちだろうか。
「てめえのような半端者が、めったなことを口にするもんじゃねえな」
 権蔵が、腰に刺した刀に右手を添えた。
「なんなら、俺が今すぐ殺人の方法を教えてやろうか」
 巨大な殺気が晶を包み込む。今すぐ逃げ出したい思いに駆られる。涙が流れそうになる。腰が抜けそうになる。だが、それでもなお、晶は顔を上げ、権蔵から目をそらさなかった。
「脅しても無駄だ。ボク、知ってるよ。おじいは、ボクを傷つけても、殺さない」
 晶は、今まで権蔵から受けた仕打ちを思い返す。痛めつけられた。傷つけられた。何度死にそうなったかわからない。それでも、晶は死ななかった。なぜならば、そうなる前に必ず権蔵は助けてくれたからだ。馬鹿弱虫畜生にも劣るゴミカスなどと罵りながらも、決して晶を見捨てはしなかった。
 おじいは、決してボクを殺さない。それなら、話は簡単だ。信念のためなら、どんな痛みだって耐えられるんだから。
「ボクには、おじいの強さが必要なんだ」
 涙目になり、体の震えをこらえながらも、晶は最後まで権蔵と正対し続けた。
「……カカッ」
 乾いた笑いが、権蔵から漏れた。張りつめた緊張感が消える。権蔵は、刀から手を離し、ぼりぼりと頭を掻く。
「児戯は児戯なりによく研磨したと思っていたが、所詮は女か」
 権蔵はあくびをしながら草履を脱ぎ捨て、縁側に座る晶を無視するかのように脇を通り過ぎる。晶は慌てて後を追おうとするが、腰が抜けてしまっているので、うまく動けない。
「てめえは剣を捨てろ」
 権蔵は晶に目もくれず台所まで歩き、牛乳をコップに注ぎながら無造作に言う。うまく動けない晶は、上半身だけ権蔵に向けながら、夢中で叫んだ。
「おじい! ボクは!」
「黙れ。稚魚でありながら餌を選り好みし、己の成長を阻害するボケに教えることなどない。戦場に出れば、てめえは必ず死ぬ。子を成し、安穏と生きていくのが似合いだ」
 権蔵は、晶を一瞥した。目は口程に物を言う。晶は、権蔵が自分に対して何一つの興味を持っていないことに気が付いた。初めて向けられた無機質な眼差しに、晶は、権蔵から剣術を教わることが不可能になったことを理解した。

10 :里見晶:2015/08/03(月) 00:13:24
里見晶SS 『決別の刻 #3』


 数分、数十分経っただろうか。もう、下半身は動く。晶はのそのそと立ち上がり、通学用のカバンを手に持った。
 権蔵は、リビングでタバコを吸いながら高校野球を見ていた。テレビには、炎天下の中バットで殴り合うさわやかな高校球児たちが映されている。ガハガハと笑いながらテレビを見る権蔵は、晶が起き上がったことも、近づいてきたことも、まるっきりどうでもいいかのようだった。
 権蔵は、晶が何度も逃げても、どれほど嫌がっても、暇つぶしがてらの剣術修行から決して逃がさなかった。晶は、この状況をずっと望んでいたのだ。それなのに、胸が痛い。涙が出そうだ。
 なんで、おじいはこっちを見ないのさ。
「……学校に行く」
 晶が後ろから声をかけると、権蔵はちらりと晶に顔を向け、すぐに視線をテレビに戻した。
「ああ、まだいたのか。勉学に励めよ」
 その、見るからにどうでもよさそうな素気のない態度に、今まで晶が権蔵に感じていた、恐れや畏敬とはまた別次元の感情が、晶の心中を支配した。
 イラつく。
「……前々から思ってたんだけど、洗濯物干すときボクの部屋通らないでよね」
「はあ? てめえの部屋のベランダが一番陽当たりが…」
「年頃の女の子の部屋に、勝手に入っていいわけないでしょ! バカ!」
 スパァン! と小気味良い音がした。晶が、手に持つ鞄をフルスイングして、権蔵の頭をはたいたのだ。目を丸くする権蔵と、権蔵よりも目を丸く見開く晶。
 何してんだ、ボク。
「ご、ごめんっ!」
 逃げるように玄関へ走り、外に出ていく晶を、権蔵は黙って見送った。生まれて初めて孫娘から受けた打撃痕をさすり、ソファーに体を沈み込ませながら、一人つぶやいた。
「カカカッ! …そいつは、そりゃそうだな」
 嬉しそうな、寂しそうな顔で笑いながら、権蔵はまだ半分も吸っていないタバコをもみ消した。



里見晶SS 『決別の刻 #3』



 数分、数十分経っただろうか。もう、下半身は動く。晶はのそのそと立ち上がり、通学用のカバンを手に持った。
 権蔵は、リビングでタバコを吸いながら高校野球を見ていた。テレビには、炎天下の中バットで殴り合うさわやかな高校球児たちが映されている。ガハガハと笑いながらテレビを見る権蔵は、晶が起き上がったことも、近づいてきたことも、まるっきりどうでもいいかのようだった。
 権蔵は、晶が何度も逃げても、どれほど嫌がっても、暇つぶしがてらの剣術修行から決して逃がさなかった。晶は、この状況をずっと望んでいたのだ。それなのに、胸が痛い。涙が出そうだ。
 なんで、おじいはこっちを見ないのさ。
「……学校に行く」
 晶が後ろから声をかけると、権蔵はちらりと晶に顔を向け、すぐに視線をテレビに戻した。
「ああ、まだいたのか。勉学に励めよ」
 その、見るからにどうでもよさそうな素気のない態度に、今まで晶が権蔵に感じていた、恐れや畏敬とはまた別次元の感情が、晶の心中を支配した。
 イラつく。
「……前々から思ってたんだけど、洗濯物干すときボクの部屋通らないでよね」
「はあ? てめえの部屋のベランダが一番陽当たりが…」
「年頃の女の子の部屋に、勝手に入っていいわけないでしょ! バカ!」
 スパァン! と小気味良い音がした。晶が、手に持つ鞄をフルスイングして、権蔵の頭をはたいたのだ。目を丸くする権蔵と、権蔵よりも目を丸く見開く晶。
 何してんだ、ボク。
「ご、ごめんっ!」
 逃げるように玄関へ走り、外に出ていく晶を、権蔵は黙って見送った。生まれて初めて孫娘から受けた打撃痕をさすり、ソファーに体を沈み込ませながら、一人つぶやいた。
「カカカッ! …そいつは、そりゃそうだな」
 嬉しそうな、寂しそうな顔で笑いながら、権蔵はまだ半分も吸っていないタバコをもみ消した。



【仔狐クリスと大敗】


準転校生同士の争いが始まって4日目の昼間。

「…………」

私は木陰で休みながら、ぼーっと虚空を見つめていた。

今心の中のほとんどを占めているのは只々『辛い』という思い。
それは、網膜が剥離した片眼の痛みによるものではなく。
それは、全身を殴打された痛みによるものでもなく。

その辛さは、敗北したというその事実からくる精神的な痛みによるものだ。

苦しい。悲しい。悔しい。
そうした辛いという感情の亜種が心に渦巻き、奔流となってこの身を蝕む。

準転校生戦が始まって以来、負けたのが今回初めてという訳ではない。
確かに最初の夜の転校生戦で辛酸を舐めたのも辛かった。
二日目の夜の準転校生に惨敗したのも辛かった。
けれど、今回の辛さは簡単に消化できず残留するタイプの辛さであり、そしてその痛みも圧倒的に強かった。

どうして同じ敗北という事実に対する辛さに差がでるのか。
少し、心を落ち着けるためにも整理をしてみようと思う。

まず最初に思いつくのは、他の二回の敗北による精神的ダメージがそこまで辛いものではなかったということだ。

一回目の敗北は2回勝利した後、上位存在である転校生に敗北した。

初の戦闘経験で2回も勝利し舞い上がっていた心を挫くかのようにボコボコにされた訳だが、『負けた相手が転校生という上位存在であった』という事実が敗北のショックを和らげていたのかもしれない。
人間、勝ち目が無い戦いには存外簡単に諦めがつくものだ。
『相手が自分より強かったから仕方がない』、という言い訳が初日の敗北では出来たのだ。

更に言うなれば、敗北の中でも希望を見出だせた。
それは相手が既に完成しきった存在だということ、そして私がまだ未熟で経験の少ない存在だということ、その二つの事実によって希望が見出だせた。
つまり、『この後、修練を重ねていけばいずれこの相手に勝てるのではないか』と思うことが出来たということだ。

二日目の敗北は一度勝利した後に、準転校生に敗北した。

この時の相手は同格であり、上位存在ではない為一日目の様に負けた理由を相手が悪かったとすることはできなかった。
けれど二日目に関しては、一戦目で迦南さんと戦ってかなり疲弊していた為、状況が悪かったという点で諦めがついたのだ。

二日目に関して、敗北に対する辛さがそこまででなかった理由をもう一つ挙げるとすれば、これまた希望があったということが理由になり得るだろう。
二日目は一日目と同じ戦法を使用していた。
相手がどういう戦法をとるか、どの戦法をとるのが自分にとって一番有利かということを何も考えずに戦っていた。
だから、二日目の敗北の時点で、改良の余地があった。
それ故にショックが和らいだのだろうと思われる。

ところが三日目の夜は何も言い訳ができなかった。

敵は同格の準転校生。相手が悪かったという言い訳はできない。相手も自分と同じように成長する存在である為、成長による勝利は断定できない。
更に最初の敵と邂逅してそのまま負けた。この事実が示すのは、私は疲弊もせず傷も負わず、万全の調子で戦えたということであり、状況が悪かったという言い訳はできなかった。

そして何より辛さに影響しているのが、今回は前の二日間とは違い、勝利するために事前準備の段階で努力したことだと思う。

私は三日目の昼間、戦法の練り直しを行った。
遭遇した対戦相手の傾向からして、動きの速い準転校生が多いことに気づいた。
二日目の夜の第一回戦で迦南さんに対して苦戦したのも、それが原因だ。
相手に攻撃をなかなか当てられなかったのだ。

ならば、答えは簡単。
相手が回避不可能な攻撃を中心に繰り出せばいい。
そう考えた私は自分が放つエネルギー弾を何度も撃って試し、今まで撃っていた直線軌道とは違う性質のエネルギー弾を放てないかやってみた。
その結果、放てるようになったのが、対象を追尾するエネルギー弾だ。
この追尾弾は通常弾より威力は低いが、動きの速い相手に対しては非常に有効だ。

この追尾弾ともう一つ、昼間に練習した右腕の大きなガントレットによる絞め技も戦闘に取り入れることにした。
追尾弾は精神力を消費するので、追尾弾ばかりを撃っていたら精神的に疲労してしまう。それを回避するための絞め技だ。

そして大技のエナジーフィストも、回避される可能性はあるがもし当たればかなりのダメージを期待できるという理由で使用することにした。

これでかなり勝率は上がる。
技の開発に努力したことに加えて、そう思い込んでいたことが今の辛さに影響しているのだろう。

奥歯を割れそうな程に強く噛みしめる。
あぁ、思い出す度にこの身を引き裂いてしまいたい程だ。
勝てると思い調子に乗っていた自分が恥ずかしい。

今後は自身の腕前に期待しないようにしよう。
そしてストイックな精神性で戦うのだ。

そう、強く強く誓いながら、私は次の戦闘に備えた。

【END】


圧迫面接?


面接官「特技は圧迫面接とありますが?」
陸道 「はい。圧迫面接です。」
面接官「圧迫面接とは何のことですか?」
陸道 「面接です。」
面接官「え、面接?」
陸道 「はい。面接です。就活生を超巨大プレス機で押しつぶします。」
面接官「・・・で、その圧迫面接は当社において働くうえで何のメリットがあるとお考えですか?」
陸道 「はい。一芸すら無い面接対象者が襲って来ても押しつぶせます。」
面接官「いや、当社には襲ってくるような面接対象者はいません。それに人に危害を加えるのは犯罪ですよね。」
陸道 「でも、FS0に勝てますよ。」
面接官「いや、勝つとかそういう問題じゃなくてですね・・・」
陸道 「敵全員に遠距離通常攻撃するんですよ。」
面接官「ふざけないでください。それに遠距離通常攻撃って何ですか。だいたい・・・」
陸道 「遠距離通常攻撃です。それ以外の遠距離通常攻撃 とも書きます。それ以外の遠距離通常攻撃 というのは・・・」
面接官「聞いてません。帰って下さい。」
陸道 「あれあれ?怒らせていいんですか?使いますよ。圧迫面接 。」
面接官「いいですよ。使って下さい。圧迫面接 とやらを。それで満足したら帰って下さい。」
陸道 「運がよかったな。アピールポイントがあるみたいだ。」
面接官「帰れよ。」


《χ=?》




妃芽薗学園の裏山、奥深く。
険しい道のりを超え、深い森に分け入り、広大な湖の中央に浮かぶ島に辿りつくことのできる者は少ない。
まして、学園に通う女子中高生の中に、わざわざ汗とか何とかにまみれながら冒険をしたがる物好きはめったにいないだろう。
しかし、何事にも例外は存在する。
迷宮探索同好会。ワクワクを探求する冒険者の集い。
その中でもとりわけ例外な存在――【不定】は、島に切り立つ岩山に開いた洞窟の、奥深くに「いた」。

その容貌には目も口も見あたらず、あろうことか髪も皮膚もなく、鋼線を編みこんだワイヤーの塊である。
両腕と両脚さながらに四本の束が枝わかれするシルエットは、遠目には人と見間違えるが、近づいてみればすぐにそうではないと判る。
見あげるほど背が高く細長く、くねくねゆらゆらと体をゆらすそれを見た者は……恐怖に慄くか、芸術と称えるか、あるいは害するか。いずれにせよ、およそ人間に対する反応をとることはできない。
しかし、未知を愛する迷宮探索同好会の面々は、最初は珍しがって色々触ったり嘗めたりしていたが、すぐに慣れ、普通のクラスメートと変わらず【不定】に接していた。
そのことを【不定】がどう思っているのか、それを私たちが知ることはできない。
判るのは、「彼女」が今も迷宮探索同好会に所属していること、それだけ。

金属がこすれてきしむような音をたてながら揺れる【不定】は、自分の領域に踏み入る者の存在を感じた。
侵入者は珍しいが、皆無ではない。
いつも通りすぐに帰っていくだろう、そう思いかけた。
しかし、すぐに【不定】は悟る。
今日の侵入者が、自分よりも遥かに常識を逸脱した存在であることを。


短めの黒髪をキャスケット帽で隠し、カッターシャツの上に黒いカーディガンを羽織る。
チェックのスカートに黒のニーハイ。一見すると普通の小柄な少女。
しかし、顔と腕は包帯でぐるぐる巻きにされており、隙間から覗く瞳は血色。
何より異質なのが、目の前の女からは……魂のにおいが、しなかった。

『瞳のMatrixが物体を感知』『無色領域 -X Field-への侵入を認識』『仮想頭脳 -Virtual Brain-に情報を転送』
『人間・魔人と断定』『転校生判定シークエンスを開始』『negative.一般魔人の範疇』『排除シークエンスへ移行』
『Logical Designを起動』『人工細胞 -Artificial Cell-を活性化』『掌のMatrixをトランスフォーム』『WOZ-041「雷神」を起動』『背部/脚部のMatrixをトランスフォーム』『WOZ-043「飛燕」を起動』『攻撃プログラムを構成』『成功確率を計算・・・成功確率99.988%』『問題ない』『攻撃プログラムの実行を開始』

少女、xの口から洩れる言語は超高速で、【不定】はもちろん通常の人間に認識することはできない。
瞬間、爆発音が洞窟を満たす。
岩壁が揺れる。
紫の光が閃く。
飛び散る火花。
【不定】を構成する鋼線は裁断され、四肢切断の様相を呈していた。

『攻撃プログラムは問題なく終了』『攻撃の命中を確認』『人工細胞 -Artificial Cell-を沈静化』『生存確認シークエンスを開始』『仮想頭脳 -Virtual Brain-に情報を転送』『Alive.排除に失敗』『ニンジャアクション -幻影を開始?』『対象に抵抗意思/行動なし』『無色領域 -X Field-の侵害可能性を計算・・・確率2.269%』『攻撃の必要なし』『警告:再度の侵入が確認された場合・・・確実な排除を実行する』『対象への注目を終了』『移動シークエンスを開始』

【不定】はまだ生存していた。
高い柔軟性ゆえか、金属の体ゆえか。
機械音を一瞬発し、「彼女」の目の前からxが立ち去る。
その背中をどのような思いで見送っているのか、それを私たちが知ることはできない。



[了]


《不機嫌なイタミ》




イタミの身なりはすごく汚い。
しわくちゃの喪服はフケまみれだし、トレードマークの魔女めいた長髪は一度も洗ったことがない。
だが、彼女は美化委員に所属している。
理由は、潔癖症だから。
自分以外が汚いのは嫌なのだ。
しかし当然と言えば当然であるが、潔癖症の美化委員は彼女だけではない。
汚いイタミをどうにかしたいと思っている委員は多かった。

「悼美さん! 今日こそキレイにしてあげますからね!」

なかでも美化委員長の彼女はとりわけ潔癖症……というより、キレイ好きだった。
汚れているものを見ると、掃除したくてたまらなくなるのだ。
汚・即・潔がモットーである。

「それでも美化委員ですか? ダメです。美化委員たるもの、常に率先して清潔であらねばなりません!」

美化委員長として、あろうことか委員の中に汚い人がいるなんて到底許容できない。
しかし彼女は、臭いものに蓋はしない。
イタミを排除するのではなく、己の全力をもって絶対にキレイにすると、心に誓っていた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

左手にブラシ、右手にはボディーソープ。頭には鉢巻がわりのタオル。
いつでも丸洗い始められますよと言わんばかりの格好に、イタミはうんざりしていた。
自分でキレイにするのも嫌なのに、他人に洗われるなんてもってのほかだ。

「もう、まったくどこに隠れてるのかしら……?」

空き教室の教卓の陰に隠れてやり過ごす。
どうやら撒けたらしい。
血管に薬物を注入。運動の後はリフレッシュが必要だよおーーーーあーーああーーーーーーー
…………あ?
トビかけていた彼女は、廊下の外から聞こえる話し声を耳にした。

「おーおー、今日も頑張ってるね。委員長サン」
「アイツに関わるなんて、よーやるよ」
「ま、仕事熱心な委員長とはお似合いでしょ」
「汚れ、許すまじー! ってね」
「クサいものどうし仲良くしてろってカンジ」
「キャハハハハ」

美化委員の他の生徒たちだった。
仕事熱心すぎる委員長は、やる気のない人にとっては嘲りの対象でしかない。

「あ~~~オマエラ、ホンット最高だな~~ヒヒヒ」

イタミが廊下に出ると、陰口を叩いていた生徒たちはギョッとして彼女を見据えた。
ある者は心底疎ましそうに、ある者はバツが悪そうに、言葉を吐き捨てる。

「は? 何?」
「あーごめん聞こえてたか」
「ほら委員長探してるよ? 早く行ってあげたら」

イタミの喪服には何かの白い粉や飛び跳ねない虫がびっしりたくさん染み着いており、生地の黒が見えるのはほんのちょっとしかない。臭いも強烈だ。
眉を顰めたり鼻をつまんだりと、あからさまな態度をとりながら距離をとる生徒たち。
イタミはそれらを気にも留めず、ゆらゆら、にやにやしながら喋り続ける。

「イイよイイヨ~~~オマエラの考えてること、私には全部マルっとスリっとラリっとお見通しだァ~~~~……ホントクズだな」

共感能力の高い彼女には、目前の生徒たちの考えていることが手に取るようにわかった。
侮蔑、嫌悪、後悔、拒絶。
全部、彼女の大好きな、感情。

「あ? 黙れ」
「意味ワカンナイんですけど」
「キモっ」

馬鹿にしている対象から馬鹿にされることほど腹立たしいことはない。
激昂する生徒たち。
それを見ているイタミはいよいよ表情を愉悦に歪めながら、歌うように弔辞を述べた。


「死のうね、生きている意味がないね」



「やっと見つけましたよ! さあ観念しなさい!」

夕暮れが近づいている。
校舎を出ようとした昇降口で、イタミは委員長に見つかってしまった。
まだ諦めていなかったらしい。

「私の鼻はごまかせませんよ。どこに隠れてもムダです」
「あん? 犬かオマエは。あーーあーもーーーまったく何考えてんだか」

ネガティブな感情ばかりを読み取るイタミは、ポジティブな感情をいっさい理解することができない。
悪意の全くない委員長の考えていることは、イタミには全然判らないのだ。
だから委員長と過ごす時間はぶっちゃけしんどいしイライラする。
だから早く逃げたい逃げようれっつらごー。

「もう、なんなんですか……って、コラ! 待ちなさーい!!」

ふらふらと歩くイタミの歩幅は異常に大きく、全力の帰りたいという意思が感じられた。
慌てて追いかける委員長。
彼女の仕事が果たされる日は来るのだろうか……?
とりあえず水に触れる機会が多くて洗いやすそうな臨海学校に狙いを定める委員長であった。



[了]


美化委員 #1


「あ~あ~あ~あ~もったいな、もったいな、」カメレオンみたく銅像にひっついてる、ぼさぼさ髪が独り言をいってる。「腕固っ! 君の腕は固い! 世界の広さを感じる。なにごとも、ほ~ほけきょ、善き哉と。薬があ」
 放課後の中庭に、メリケン顔の銅像がある。
 汚らしい女性が銅像の伸びた腕に注射器を刺そうとして、当然のように失敗していた。バリバリ割れてる。銅像の下に、注射器の破片が累積している。
(わお。すごい不良だ)
 その様子をうかがってた小柄な女の子が思い切って大声を出す。
「コラーそこの変な人! 危険なドラッグは非常に危ない! やめなさい!」
「このおっちゃんが一発くれって、ガ~ルズビ~アンビシャスって、少女よイエスウィキャンなので。でも全然鋼すぎ、ささんない。死んでんちゃう。119に~119に~、あ~」
「それは銅像ですよ!」
「あ~、それ、どうりで、あ~、ひょっとして私ラリってる? 突然ですがここでクイズで~す、クイズでしょ~か!? 突然でしょ~か!? 問題でしょ~か!?」
 ラリ女・イタミが、銅像にひっつきながらギャハハと笑う。
 プッツンきて、小柄な女の子が大声で言う。
「大・問・題・です! 薬物はあなたを犯罪者にする!」
 イタミは一瞬の間をおいて大爆笑。
「正解~~! 当選者には世界一周のトリップ体験できる超強力カクテル一年分を、お、お、」
 イタミは注射器を取り出す拍子に滑り落ち、注射器の破片にしたたか強く打ちつけられた。
「大丈夫ですか!?」
「あー、平気平気。いまキてるし、魔人だし」
 駆け寄る女の子。むっくり立ち上がり、ぴゅーぴゅー液体出しながらダウナーなトーンで言う。
「結構針刺さっちゃたかな。破片ー。掃除しなきゃね私掃除大好き日本一きれい好きだし美化委員だし」
(どこが綺麗好きなんだめっちゃ汚い身なりで裸足だしふけとか土まみれだし、って、美化委員?)
「あの、私も美化委員ですけど、あの、お会いしたことありましたっけ」
「名前は?」
「倉谷。倉谷風です」
「あー、倉谷。あー、あー」イタミは石のような物を噛み、転がってる針のおれた注射器に吐き出し、ぐりぐりやって注入した。「あ~、あ~、一年分は、あ~、あ~、あ~~」きゅるきゅるした目で倉谷を見る。「一年分ってことは一年生?」
「え、あ、はい」
「あ~、あ~、じゃ、じゃ、それじゃ、あ~、心残り~」
 それだけ言い残してイタミは眠った。爆睡。


『一歩 #1』


 妃芽薗学園の砂が吹き荒れる校庭に、地面から出て来たかのように茶室がぽんっと組み上げられた。
 明らかに野外に似つかわしくないその茶室は、野球部用グラウンドのちょうどホームベース上に鎮座している。その周りを取り囲むのは、練習試合のためにやってきた希望崎学園女子ソフトボール部と、妃芽薗学園ソフトボール部の部員たち。
「頑張れ頑張れ! 妃芽薗!」
「負けるな負けるな! 妃芽薗!」
 そんなこと言われても。
 折内こころと草野珠の超強力応援隊(隊員2名)により、ソフトボール部の面々は心の底から炎が燃え上がっているものの、中の様子も伺えず、異様に頑丈な茶室を前に、さすがに困り顔しかできない。
 さらに、その茶室の上でアコギを引きながらフォークソングを口ずさむ少女など出てきたら、もうどうしたらいいのか皆目見当もつかなかった。

 茶室「隠世庵」の中で、セーラー服を着て正座をしている晶は、目の前で静かに座る少女に、少々気圧されていた。和服を着た黒髪ポニーテールの少女、千本桜明菜の凛としつつも艶やかな色気が溢れる姿には、自分にはない“女らしさ”を感じさせる。ちょっと、うらやましい。
 二人の間で正座する、これもまた和服の少女、見るからにのんびりとした空気を醸し出す百端一茶は、ゆったりとした動作で茶をたて、千本桜と晶の前に置いた。
「まあ、お話はいろいろあるんでしょうけど、まずはお茶をどうぞ」
 のほほんとした、人の好さがにじみ出る微笑み。その笑顔に、思わず晶の顔も綻んだ。
「ありがとう、一茶さん。里見さんも、まずは一口どうぞ」
「は、はいー。いただきますー」
 晶はゆっくりと器を傾け、一口飲む。
 うまい!
 たまらずぐいっと、一気に流し込む。口の中に広がるふわふわとした苦みと、喉越しの良さがたまらない。
「お、おかわりいいですかー!」
 思わず器を突き出す晶。千本桜と百端は、きょとんとした後、顔を見合わせてくすくすと笑う。顔を真っ赤にする晶に、百端は嫌な顔の一つもせず、もう一杯茶をたててくれた。
「入学した時とずいぶん雰囲気が変わりましたね。里見さん」
 感慨深そうに、千本桜が言う。晶は入学当時、藤堂美咲と出会う前は、誰に対しても警戒心を持ち、怯えるように人を避けていた。
 今千本桜の目の前にいる少女は、明るい笑顔とコロコロ変わる表情が愛らしい、元気なかわいい女の子だ。
「美咲先輩のおかげですかね」
 千本桜が、晶が最も尊敬する人の名を出すと、晶はなんだか緊張感が解けていくような気がした。
「あ、そうですよねー。お知り合いでしたねー」
「ええ。私は2年生の時から武道系の部活には顔が広かったですし、美咲先輩も有名人でしたからね。喧嘩っ早くて男らしい、空手部の人と」
 晶が思わず噴き出した。確かに、間違ってはいない。
「あなたも有名でしたよ。文化祭で、剣道部を手玉にとった、度の部活にも入っていない剣豪」
「あー、いや、その節はご迷惑をおかけしました……」
「気にしないでください。もともと、ゴリ剣は何とかしないといけないと思っていたんです。ほぼ、チンピラの集まりになっていましたから」
 醜い連中でしたわ。ぽそっと呟いた千本桜の謎の凄味に、晶は一瞬背筋が凍る。


『一歩 #2』


 妃芽薗学園はマンモス校だ。剣道部は人気で、1つでは部員が収まりきらなかったため、第弐、第参と分割されていった。その末席に位置する第伍剣道部。通称ゴリ剣は、女性をゴリラにする能力を持っていた先代部長「ゴリラ・モンキーチンパン」を筆頭とした、剣道という形に捉われない剣道を目指した剣道部だ。聞こえはいいが、実質力が有り余った不良の巣窟になっていたらしく、生徒会も近々廃部に向けて動き出す直前だったと、晶は文化祭が終わった直後に聞いた。
「あなたと美咲先輩のおかげで、ゴリ剣を潰すいい機会になったんですよ。生徒会は、あなたたちに感謝しています。そこまで追い詰められる前に、申告してほしかったとは思いますけどね」
「す、すみませんー……」
「まあまあ、明菜先輩。結果良ければすべて良し、じゃあありませんか」
 若干空気がピリついた中、百端が空気を読んでいるのかあえて読んでいないのか、変わらずおっとりとした変わらない口調で和菓子を出した。一口食べた晶は、思わず騒ぎそうになるのをこらえる。これもまた、うますぎる。
 そんな晶の様子に、千本桜は思わず顔を綻ばした。
「それで、今日は私に謝罪するために、お話がしたかったというわけじゃないでしょう?」
 千本桜が、本題を振る。にやにやしながら舌の上の甘味を堪能していた晶は、慌てて真顔を作ろうとするが、口角が上がるのを抑えきれない。
 ぐにぐにと頬を揉みはじめた晶を見て、千本桜と百端が同時に顔を伏せて肩を震わせた。
「ご、ごめんなさいー……。えっと」
 照れくさそうに髪の毛を払い、晶が姿勢を正した。先ほどまでとは打って変わって、強い意志を秘めた視線を千本桜に向ける。
「千本桜先輩。ボクに、剣術を教えていただけませんか」
 千本桜は、怪訝な顔になるのを隠そうともしなかった。

「ウッホウッホウホ!(里見晶と千本桜明菜は、あの茶室の中にいるんだね!)」
「ゴリッゴリゴリゴリッゴリッ(ええ! 間違いありませんぜ)」
「ウホオオオオオ!(文化祭の時の屈辱! 今こそ晴らすときよ! 行くわよてめえら!)」
「ウッキー! ウキウキ!(今行かないとまた忘れちまいますからね! ヒャッハー!)」
「WUHOOOOUUUU!」
 雄叫び! ドラミング! 砂煙を巻き上げながら進む、ゴリラの大群! 大軍を率いるのは、文化祭で晶に完敗したゴリラっぽい女子、語莉羅ゴリラだ!
 先代部長の魔人能力により身も心もゴリラと化した彼女は、部活を潰された恨みも、敗北の怒りも、三歩歩けば忘れてしまうゴリラ頭となり下がった。本日、ふと晶と千本桜のことを思い出したゴリラは、その勢いのまま晶へ復讐を果たしに来たのだった!
 たまらず逃げるソフトボール部達。茶室に飛びつくゴリラ達は、さながら現代に舞い降りたミニチュアキングコング! 茶室を殴り、噛み、タックルをかますゴリラ達に、もはや剣道の概念などない!
「ウッキャキャヒギャアア!(ゴリラ先輩! この茶室壊れねえっすよ!)」
「ウッホホウホウホウッホッホ!(ンなわけねえだろ! 気張って殴れやあ!)」
 茶室の周りで響き渡る嬌声の中、静かな呟きが誰の耳にも届かず、響いた。
「……音が、聞こえない」
 呟いたのは、茶室の天井でアコースティックギターを弾きながら、「Like a Rolling Stone」を歌っていた、帽子をかぶった少女、綾崎楓だ。楓は演奏を止め、茶室の天井から、『ドキッ! ゴリラだらけの運動大会』状態になったグラウンドに舞い降り、ゴリラの集団に向き直った。
『「あっ、ちょっと通ります!」』
 それは、一瞬だった。
 瞬く間に、付近は血の海と化した。倒れ伏すゴリラ達の中一人立つのは、血に濡れたアコギを右手に持つ楓。その目には涙が溜まる。
「人は、転がる石のようなものだ……!」
 楓は、グラウンドの倉庫を背にして、血に濡れたアコギを抱え込んだ。愛用のピックを右手に携え、ギターをかき鳴らす。
 涙を流しながら、吼えるように歌う楓。ナンバーはもちろん、アコギにぴったりなこの曲。
『SLAYER』の、『ANGEL OF DEATH』!

「ん? なんだか聞き覚えのあるメロディーですね……」
 百道桃は、妃芽薗学園から響き渡る、魂が揺さぶられるような歌を聴き、軽音楽部だった昔のことを思い出した。
 しかし、そのことは今回の話にはあまり関係がない!

『一歩 #3』


 厳しい目を晶に向ける千本桜。決して、歓迎していない。それは伝わる。しかし、晶にも引くわけにはいかない事情がある。
「……一つ、申し上げさせていただきます」
「はい。お願いします」
 晶は、唾を飲みこんだ。おじいに感じた絶対的な恐怖とは違い、自分が礼を失しているという自覚があるからこそ、生まれる緊張感だ。
「あなたのお爺様が里見権蔵様ですよね。はっきり言って、私はまだ剣術を研鑽中の身。里見無人流を収める貴方に、音に聞こえる強さを持つ権蔵様を差し置いて、指導するような立場にありません」
 当然、その話だろう。晶は、身内の恥をさらす覚悟を決めた。千本桜先輩は、無碍に断るでなく、きちんと理由を示して、真摯に断ろうとしてくれている。こちらも、自分の理由を包み隠さず、全て話すべきだと晶は感じた。
「お恥ずかしい話ですが、ボクは祖父から里見無人流剣術を教わったことがありません。祖父は、気難しく、指導者には決してふさわしくない人格の持ち主です。ボクの今の剣術は、祖父から盗んだまがい物にすぎません。だから、千本桜先輩から、ちゃんとした剣術を教わりたいんです」
 ぴくっ、と千本桜の眉が上がる。百端は、何を考えているのか、ニコニコと笑顔を絶やさない。
「……なぜ、私なのでしょう」
 千本桜は、険しい表情を崩さず、言う。晶は、即座に返答した。
「あなたが、この学園で最も、剣術家として強い人だからです」
 千本桜の表情が、一瞬緩んだ。晶は姿勢を崩さず、視線を逸らさない。すると突然、百端が声を上げて、くすくすと笑い出した。
「つまり、晶さんは明菜先輩のファンなんですね」
「はい! そうです! ボク、先輩が前から強くて格好いいな、凄いなと思ってました!」
 むずがゆそうな顔をする千本桜の肩を、百端がポンポンと叩いた。
「受ければいいじゃないですか。どうせ、断る気ないんでしょう?」
「ま、まあ……」
「晶さんね。明菜先輩ってば、晶さんからお話があるって言われたとき、あの里見権蔵さんの孫娘さんと二人きりなんて恥ずかしいから、私にそばにいてって」
「えー、オホン! 一茶さん。あまり口が過ぎるのは」
「明菜先輩、意外とミーハー」
「里見さん!」
「は、はい!」
 晶は、突然自分に向けられた鋭い言葉に、霧散していた緊張感を引き締めなおした。千本桜も真剣な眼差しを晶に向けるが、いかんせん頬は赤く染まっている。百端は、くすくす笑いが止まらない。
「私にはあなたの家庭環境はわかりませんが、少なからず里見無人流剣術の技を身に着けているあなたに、私が教えを授けるというのは分不相応と思います」
「……はい」
 断られる、か。
 晶は落胆する。千本桜先輩のいうことはよくわかる。仕方がないことなのだが、今の自分を超える強さを持つ剣術家など、千本桜先輩をおいて他にいない。完全に暗礁に乗り上げてしまった格好だ。
 気落ちする晶に、千本桜はさらに言葉を続ける。
「けれど私も、あなたが身に着けている里見無人流剣術の技には非常に興味があります。あなたと共に研鑽を積むことは、私にとってもマイナスではありません」
「はい。……はい?」
 晶が顔を上げると、千本桜はにこりと笑っていた。
「共に剣術の道を志す同志として、技術を高め合うお友達になりましょう。晶さん」
「は……、はい! ありがとうございますー!」
 晶は、ぱっと明かりが差す顔を隠そうともせず、全力で深々と頭を下げた。
「でも、私の指導は厳しいですからね。覚悟してくださいよ」
「はい、わかっています!」
「……明菜先輩。最初からこの流れ決めてたで」
「それでは、これにて閉会としましょう!」
 千本桜がぐいっ、と茶を飲み干すと同時に、もてなしを終了した隠世庵は消滅した。
 晶は、こみ上げる喜びが止まらなかった。この学校に編入した当時は、人を遠ざけ、誰とも関わらず、誰とも話さない日々を過ごしていた。その自分が、信念のために人と関わり、自分から関係性を作った。
 ボクは、変わっている。変わることができている。美咲先輩に変えてもらって、美咲先輩にくっついて回っていた自分が、少なからず一人で歩けている。そう感じられることが、何よりも嬉しかった。
 美咲先輩は、今のボクを見て、なんて言ってくれるだろう。
 ほくそ笑む晶たちがグラウンドに戻った瞬間見たものは、血の海の中倒れ伏すゴリラ達だったのであるが、まあそれも、どうでもいい話ではあった。


『タイガービーナス 昏睡の真実』


<<前回までの大雑把なあらすじ>>

クソ作品による全人類洗脳を目論む悪の教団、虎十字団の陰謀に立ち向かう少女、紅井影虎!
虎十字団の次なる狙いが妃芽薗学園にあることを知った彼女は学園の平和と親友、紅井美鳥を守るため、何故の転校生タイガービーナスとして学園に潜入した!
彼女は虎十字団との戦いの一方、転校生同士が戦い、日夜己の身を鍛える妃芽薗学園の特別合宿にも参加していた!
だが厳しい戦いの日々の中、々心身ともに徐々に疲れが溜まっていき……。

虎十字団第三の刺客、死霊の盆踊り軍団との死闘を制し、タイガービーナスは学園の裏手で一息ついていた。

「ううっ、辛い……。激しい戦闘ばかりで体中が辛い……」

虎覆面の力により、かつてと同様の力を得たものの、肉体の方がまだその力に追いついていなかった。
激しく息を切らすタイガービーナス。
蓄積された疲労と夏の暑さとが相まって、全身が汗でぐっしょりと濡れていた。

「こんな戦い、いつまで続くの……」

虎覆面を外し、虎柄のハンカチを取り出してタイガービーナス……否、紅井影虎は額から出た汗を拭う。
その時、聞き覚えのある声がその耳に届いた。

「この声は……美鳥?」

影虎は声がした方向へと耳を寄せる。
声は妃芽薗学園剣道場の方角からであった。
影虎は周囲に人がいないことを確認しつつ、道場へと近づき小窓から中の様子を窺った。

「やああっ!!」

そこでは美鳥が剣道着姿で竹刀を振るって稽古に励んでいた。

「ふふっ、まだまだへっぴり腰ですね、美鳥さん」

美鳥が向かう先には涼しげな顔で竹刀を受ける一人の少女。
端正な顔立ちで、影虎や美鳥より一回り程背が大きく、頼りがいのある先輩、といった風貌である。
桜色の着物に身を包んでいたが、着物の上からでも分かるほど、非常に整ったプロポーションをしており、未だ似合わぬタイガービーナスの衣装である影虎と比較するとその差は歴然だ。

「ううっ……まだまだです!」

美鳥は勢い良く何度も少女へと向かっていく。
少女もまた、そんな美鳥の剣を快く何度も受け止める。
二人の姿はとても楽しげだ。

(そんな……何故美鳥が学校で武道の稽古を!)

そんな光景を見て影虎は大きな衝撃を受ける。
昔、美鳥に武術の稽古を付けるのは護衛役である自分の仕事であった。
いつの頃だったか、美鳥が強くなりたいと望み、自分はそれに応え、彼女に寅流武術の基礎を教えた。
それは影虎にとって、幼い日の大切な思い出の一つであった。
だが、寅流が無くなり、影虎自身が武術から距離を置いたことによって、自然とその関係は消滅していたのだが……。

「あううっ!」

幾度かの切り返し稽古の後、美鳥が尻餅をつく。
思わず駆け寄ろうと思う気持ちをぐっと抑える影虎。
そんな美鳥に少女が手を差し伸べる。

「すみません……千本桜先輩」
「いえ……私も少し激しくし過ぎましたね。少し休憩にしましょうか、美鳥さん」
「はいっ!」

少女の言葉に満面の笑みで応える美鳥。
その様子を何とも言えぬ気持ちで見守る影虎。

――今の影虎はまだ知る由も無いが、今美鳥と一対一で剣を交(か)わしていた少女の名は千本桜 明菜(せんぼんざくら あきな)。
容姿端麗、文武両道、学園中の生徒から憧れられる妃芽薗学園三年生、剣道部の部長であった。

「一つ、聞いてよいでしょうか、美鳥さん」

それから明菜と美鳥は剣道場の隅で二人して並んで座り、冷たい麦茶と明菜お手製の桜餅を食べながら休憩していた
影虎が血走った目で窓の外から見つめる中、明菜が美鳥へ語り掛ける。

「ええ、なんでも聞いてくださいませ。千本桜先輩」

「いえ……そういえば何故美鳥さんが剣道の稽古をしたいのか、はっきりした理由を聞いたことが無いな、と思いまして。剣道部でもない貴方が何故?」

「ああ……そうでしたわね。すみません、部員でもないのに無理矢理にこんなことを頼んでしまって」

「いいえ、強く正しい想いがあれば、私はそれに応えたいと思います。貴方からは純粋にそれを感じました。だからこそ気になったのです。その想いがどこから来たものか……。差し障りが無ければ教えてくれませんか?」

「分かりました……。私が強くなりたいのは……私の大切な人のためです」

「大切な人?」

「はい。彼女は私と……私の家のために幼少の頃からとても辛い思いをしてきました。彼女はとても強い人でした。でもその強さが私には同時にとても悲しかったのです……私のためにいつも無理をして懸命に頑張っていた彼女が。だから、少しでも彼女の想いを分かち合いたいと、私は小さい時に強くなりたいと願ったのです」

「そう……それが貴方が強さを願う理由……」

「いえ、今は少し違います」

「……?」

「色々あったのですが、彼女は今では無理に強くなる必要は無くなりました。今は……ふふっ、昔の事なんて想像もつかないぐらい明るくなってくれて……」

「それでは、もう貴方が強くなる理由は無いのでは?」

「いえ、だから今度は私が彼女がいなくても生きていけるような……逆に彼女を守れるような強さが欲しい、と思いまして。また武道の稽古がしたい、と思ったのもそのための方法の一つです」

「なるほど……よく分かりました。素晴らしい心がけです、美鳥さん。その彼女が少し羨ましく思えますね」

「そんな……、すみません、ただの私の我儘に付きあわせてしまって……」

「とんでもない。私で良ければ喜んで力をお貸しします」

道場の窓から注ぐ陽光が、二人の少女を美しく照らす。
影虎はじっとその様子を見つめていた。
その目には、いつしか一筋の涙が零れていた。
だが……。
「ですが……」

不意に、美鳥の表情が曇る。

「どうしました? 美鳥さん?」

「いえ……ただ最近、少し困っているのです。彼女、とても明るくなったのはいいんですが、おかしなものに憑り付かれる様になってしまって……」

「おかしなもの、ですか」

「はい。私には理解不能な……おぞましいもの、醜いものを持ち込んできて私に見せるようになったのです」

「それは由々しき事態ですね」

「私も何とか彼女を理解したいと思うのです。ですが、彼女が抱えている闇はあまりに深くて……、どれだけ心を強く持ってそれを受け入れようとしても、私にはまだ拒絶しか生まれません」

美鳥は苦悩の表情を浮かべ、顔を伏せる。
そんな美鳥の頭に、明菜が優しく手を置いた。
美鳥がはっと顔を上げる。

「美鳥さん……貴方の大切な人の抱えている闇がどれ程のものか……私には分かりません。ですがこれだけは断言できます。いかに彼女が醜くあろうと、貴方の心さえ清く正しくあれば良いのだと」

「千本桜先輩……」

「私の人生も……醜き者との戦いの連続でした……」

明菜は立ち上がり、道場の窓から外を見つめる。
影虎は慌てて道場の影へ身を隠す。

「この剣道部もそうです。今では想像もつかないでしょうが、この剣道場は心身ともに汚れきった者達が集まる、妃芽薗学園で最も醜い場所でした」

「そんな……」

「私はその汚れを祓おうと敢えてこの剣道部へ身を投じました。戦いは長かったです。私一人の力では及ばず、彼女たちの暴虐から守れずに取りこぼされてしまった人もいます」

明菜の表情が曇る。
美鳥は真摯な表情でそれを見守る。

「ですが、諦めずに正しい心で立ち向かうことで、少しずつこの剣道部に巣食っていた闇を浄化することができました。醜き者達も今では多くが改心し、正しく稽古に打ち込んでくれています。残念ながら理解しあえなかった者達もいますが……今では桜の木となってこの剣道部を見守ってくれているでしょう」

明菜の目は、何処か遠くを見ているようであった。
やがて、美鳥の方を振り返る。

「正直、醜い物が受け入れられないという貴方の気持ちは痛切に理解できます。私自信、正直そのようなものがこの世からなくなってほしい、と願う気持ちはないとは言えないでしょう」

「先輩……」

「しかし、例え世界がだれだけ醜き物に塗れていようと、それに流されぬ強い心があれば良い、と思います。美鳥さん、貴方の大切な方がどうあれ、それによって貴方自身が持つその美しい物を愛する心を決して忘れてはいけません」

明菜は優しく、かつ力強く美鳥へと語り掛ける。
美鳥はじっとその言葉に耳を傾ける。

「大丈夫。きっと貴方の大切な人も、いつか貴方の想いに気づいてくれます」

「先輩……ありがとうございます」

美鳥の目が明菜への憧憬へ染まっていく。
窓の外にいる影虎はわなわなとした様でそれを見つめていた。
手はガクガクと震え、先程まで汗を拭っていたハンカチを握る手に力が籠る。

「ところで……美鳥さん、あなたは美しいものへの理解が深いようですね?」

「ええ、どうでしょう……。芸術や文化にはそれなりに興味はありますが……」

「ちょうど良いですね。今度、学園の近くで開かれる能楽のチケットが2枚あるのです。よろしければ一緒にいかがです、美鳥さん?」
「そんな! 私と一緒で良いのですか?」

「もちろんです! 貴方だからこそ、というべきでしょうね。より美しいものに触れることで、貴方のお友達を襲う邪(よこしま)な物をいかにして取り除くかを共に考えることができるかもしれません」

「先輩……わたくしのためにそこまで……」

「少し、話が長くなってしまいましたね……。私はこの後、風紀委員の会合もあります。すみませんが、稽古はまた今度ですね」

「いえ、ありがとうございました! 今日は私のために」

「一緒に能を見に行くのを楽しみにしていますよ。美鳥さん」

「はい!」

そうして千本桜 明菜はゆっくりと道場の外へ出た。

「千本桜先輩……」

そんな明菜を美鳥はぼおっとした表情で見送った。
その顔は目に見えて紅潮している。
外から見ていた影虎はいつしかその手に握ったハンカチを自らの口元へと運んでいた。
キイイイ……という音を立て、今にも切り裂かんかの勢いでハンカチを噛みしめる影虎。
染み込んだ汗と血の匂いが口中に広がっていく。

「いや~辛いね~悲しいね~」

「!?」

いつの間にか、影虎の近くに寄り添う一つの影があった。
ボサボサの髪の毛と充血した目、全身から不潔な匂いを漂わせる一人の少女。
妃芽薗学園三年、不気味なイタミである。

「あの娘、剣道部の部長でね~。学園の中でも屈指の人気者。美人だし~人格者だし~、性格も素晴らしいし~」

「うう……」

「いや~、あんたにはひとつも勝ってるところがないね~。このままじゃ好きな娘を盗られちゃうね~」

「うううう……」

「辛いね~? 生きている意味が無いね~?」

「うわああああああああっっ!!」

紅井影虎は涙を流しながらその場を走り去った。

「死んだ方がマシだよね~……って、チッ、途中で逃げられたか……」

不気味なイタミは手に持った注射針を見つめて舌打ちする。
この不気味なイタミという少女、他者に対する共感能力が高い。ただし、それはネガティブな感情に対してのみであるが。
そんな彼女が、剣道場の外で強烈な負の波動を撒き散らしている紅井影虎を見逃す筈が無かった。
彼女の魔人能力、『生前葬』はそんな人間に寄り添い、「死のうね、生きている意味が無いね」と語り掛けると相手の魂を抜くことができることができる能力である。その後、その魂が爆発して広がり、その人間があたかも死んだもののように周囲に扱われる。
残念ながら、能力が完全にかかる前に影虎が逃げ出してしまったため、今回は不発に終わってしまったが……。

「あ~悲しい、悲しい」

不気味なイタミは注射器を自分の腕に突きさし、ゲラゲラと笑いながら大いに嘆いた。
しかし、彼女の目論見は半分成功していた。

既に自分の知らぬ学園での美鳥の姿を見て大きな精神的ショックを受けていた紅井影虎ことタイガービーナスは、この不気味なイタミの追い打ちによって魂が半分抜け出たような状態となり、その後の転校生同士の合宿において心ここにあらずの状態で戦い、哀れ昏睡することとなったのである……。


<<タイガービーナス、復活篇に続く?>>


※ホリラン2Tアフター


面接会場にキュッキュッ、と金属をこする音が響くのを聞きながら、陸道舞靡はため息をついた。
今日の面接対象者は全部で30人以上、先ほどで20人目だったか。
陸道の腕につけられた超巨大プレス機を掃除する下級面接官を横目で見ながら、彼女は先ほど面接した受験生を思い出そうとする。
代わり映えのしないアピールポイント、特徴のない経歴、ちょっと圧迫したらすぐに潰れてしまった。
もう顔も思い出せない。記憶のそこからひねり出そうにも、出てくるのはため息だけだ。
これがまだ10人以上も続くと思うと気が重いが、仕事故に投げ出すこともできない。

「陸道さん、プレス機のメンテ、終わりました」
「ああ、ご苦労。あと、次の人の履歴書も出しておいてね」
「はい」

下級面接官が取り出した履歴書を、陸道は一瞥もせず机に放置する。どうせ対して期待も出来ない、目を通すだけ無駄というものだ。

「それでは、次の方どうぞ」

可能な限りおざなりになる気持ちを隠し、次の面接対象者を呼ぶ。
コンコンコン、とドアがノックされ、失礼します、と面接対象者が入ってきました。

「妃芽薗学園高等部一年十組、部活は陸上部兼天文部、委員会は体育委員会に所属してます、十星迦南です。よろしくお願いします!」

瞬間、部屋の空気が塗り替わった。
これまでの受験者とは違う明らかに内臓が陥没した満身創痍の様相であるにもかかわらず、
この銀髪を血に染めた碧眼少女からなお感じられる、煌びやかで底知れない雰囲気に、陸道は思わず息を呑んだ。
口の端に笑みが溢れる。この女の力を試したい。圧迫したい。それを押し返すところが見たい。

「それでは、面接を開始させていただきます」

超巨大プレス機の蒸気シリンダーに煙を吐き出させながら、陸道と十星迦南の圧迫面接が始まった。

――――

ふぅ、と呼気が口から漏れだす。シリンダーの蒸気よりも熱量がこもっているように感じるのも、無理は無いだろう。

「予想外だったな。まさかあんなズタボロの奴が圧迫されても普通に耐えるとは。
多少口調におかしな部分があったような気もするが、まあ、それは面接なんだからそうもなるだろう」

違和感を覚えて腕に手を向ける。万全のメンテナンスをされていた超巨大プレス機がガクガクと震えていた。

「恐怖……いや、期待か。まさか私があんな、恐れを知らない乙女のようなキラキラした瞳をした奴にな……!」

手元の履歴書に目を落とし、合格の判をプレスする。
一次面接はこれで突破だ。あいつが最終的に採用されるか、それとも不採用か。それは陸道の知るところではない。だが…… 

「ふふ……どうやらこれから、面白くなりそうだ」

抑えきれない熱い蒸気が、再び、口とシリンダーから漏れだした。


[了]


桜の剣華の遠い日~剣鬼と巡りて心抜かれる~




「ウホホホーイ、尻毛まで愛してくれよGIRLっっ!!」

とある路地の一角で私はいつものように邪妖と対峙していた
綺麗な月夜を破って下種な雄叫びが空気を汚す
けがらわしい、猛然と突っ込んでくる男はまるでゴリラのように肥大化し
その両腕は毛に覆われ、唾や汚物をまき散らしながら刀を構える私へと迫った
間合いは約二十歩、だが魔人ならその距離ですら一歩で踏み込んでくる
相手が踏み込むのに合わせて、腰に帯びた刀の鍔を指ではじく
このような輩に遠慮は無用!!

「一撃で葬って差し上げます」

自ら口をついた宣言と共に辺りが一変する
我が身を守るように現れたのは血色の花、それは我が身を守る盾でありそして……

「刃となる」

全力で突っ込んできたゴリラの胸を刺突する
突きは最小限、こちらからは差し込まず勢いに任せる
まるで豆腐か何かに包丁を入れるかのように、刃が相手の心を突き
そして払う

「さようなら」

一線……二の太刀がゴリラの脳天から股下までを一刀の元に切り捨てる
血霞が私をつつむ、何度味わっても嫌になる
宙を舞う花びらをそっとつかむ
黒い黒い花びら

「何故、人はこんなにも醜くくなってしまうのでしょう」
「そりゃあ、おめぇそういうものなんだよ、人間ってやつは」
答えの帰らないはずの自問自答に返事が返ってきたことで
はっと、意識を思考の海から引き戻され、慌てて構えを取る
カランコロンと下駄の音が始めて耳をつく、いったいいつから見られていた?

「よぉ」

挨拶されただけ、たったそれだけだった
だがそういった男が一瞬、そうほんの一瞬私には鬼に見えた
黒色の着物から覗く肌は血の色に、白髪の頭が天を彩る銀のように
そしてその瞳は私の全てを見透かし、自尊心や思いなどを踏みにじりあざ笑うかのような
そんな目が……私を穿った

「どうした、死ぬぞお前」
「えっ?」

呆けた、そうとしか言えなかった
相手に飲まれた、魔人となってからこのような経験一回もなかったのに
気が付けば目の前にすでに人の命を奪う銀の光が向けられている
ダメだとわかっているのに、見事さと刀の美しさに口から感嘆ともいえるため息が漏れ
緊張した筋肉が弛緩していくのがわかる

「おいおい、ちったぁシャンとしろよ。俺の散歩を徒労に終わらせるな」
「あ……あなたは?」
「あぁ? 誰がお話しましょっていった?」

次の瞬間、銀の刃が閃く
ハラリと、なんの抵抗もなく自分の着衣の真ん中が斬られる
抑えの帯が落ち、肌が外気に触れたのを感じる
血は……出てはいなかった

「次、呆けたら乳でも揉むか」
「……っ!?」

先ほどと同じように何とも言えない感覚が私を襲う
飲まれてはダメだ、なんとしなければ
瞬時に、目の前に立つ男の顔を自らがもっとも嫌う存在
私の父だと思いこむ。汚い、けがらわしい、醜い
嫌悪感を口の中で吐き捨て気持ちを無理やり奮い立たせる
だが、抑えきれない恐怖はわずかに私の足を揺らす

「かっ、やれば出来るじゃねぇか」

飛び退りながら、息を整える
男は追ってこない、完全に見逃された形だ
屈辱だったが、ここまでされれば悔しさすら湧いてはこない

「さて、お前はさっきから醜けぇだの、汚ねぇだののたまってたが」
「……」
「そんなもんがなんになる」

突然の言葉に私は反応できなかった
いや、反応している暇などない
そちらに意識を裂けば間違いなく、あの男は私の肌に手をかけるだろう

「俺にもお前みたいな餓鬼がいる。そいつも正義がなんだ力がなんだとのたまいやがる。だが、そんな言葉がなんになる」
「意味は……ないと」
「ねぇ、てめぇが切った奴がきたねぇなら。てめぇはそんな奴らよりもきたねぇ」
「私が……」

汚い?

「そうだろ、別に正義がどうの悪がどうのじゃぁねぇ。人を斬り悪を斬り魔を斬ったところで人斬りは人斬りだ」

悩んできた悩みの確信を突かれ、意識が揺らぐ
ダメだと思っても刀が震え、相手が倒すべき相手だと認識し続けられない

「けっ」
「はっ!?」

もう一度、後方へと飛ぶ
一瞬早く到達したその一線が私のブラジャーを斬り飛ばした

「だからよぉ、それじゃぁ駄目だぜ」
「はぁはぁ……」
二太刀振られるだけで意識も何も根こそぎ引き抜かれそうだった
いや、私はすでに魂まで抜かれてしまったのではないだろうか

「そこまで拘るお前の『綺麗』ってやつを見せてみろよ」

まるで操られるかのように身体が刀妖血界の構えを取った
何度も練習した私の魔人能力
ふわりと花弁が宙を舞い始める

「はっ、行くぜ」

もう恐怖も不安もなかった。ただただ男に命ぜられるまま技を打つことだけを考える
男はまるで本当に散歩かの何かのように無防備に近づいてくる
花弁が男に触れる
だが……

「……変わらない?」

真っ直ぐ歩いてくる男は花弁に確かに触れている。だが、花弁は淡い色を失わず風に流れている
打つべき筋が見つからない、相手がいるのにその姿を捉えられない
相手は正義ではない、相手は綺麗ではない、相手は……
ゆっくりと、目の前に男が辿り着く

「打たねぇのか?」
「……うっ、打てません」

もし、打ちかかっていたらどうなっていただろうか……
間違いなく、斬られていただろう

「……そうかよ」

その一言で私の手から刀が零れ落ちた
そんな私にもう興味がないとでもいうかのように男は背を向ける
何か言わなければ、何か……
去りゆく後ろ姿に私は……

「わっ、私は……汚い……ですか……」

背を向けられたことでようやく緊張から解き放たれ自分の口から声が出る
だが、その言葉は不明瞭で……

「あ?」
「私は汚いですか?」
「……そんなもん、俺が決めることじゃねぇ」

身勝手な言葉だ

「てめぇがてめぇで決めろ。言っとくが俺はどんなに人斬って薄汚れてようと自分が汚ねぇと思ったことはねぇ」
「……」
「刀で斬るってのはもっとその先にあるんだよ、綺麗汚ねぇだの考えてるうちはてめぇはまだ先には進めんよ」

ゆっくりと頭が垂れる、グルグルと男の言葉が頭を回るがそれを理解することはまだ私にはできそうになかった
だが、どうでもよさそうなそんな言葉の声色は優しかった
頭にそっと上から着物がかぶせられる。どこか懐かしい道場の木目の匂いと男性の匂いがゆっくりと私をつつむ

「まっ、掴めるまでやってみろ。死んだらそこで終わりだがな」

カカッと笑いながら男は歩き出す

「『切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 踏み込みいかば あとは極楽』」

歌うような男の声と
カランコロンと下駄が鳴る
それをただ呆然と私は見送る
ただ、その後ろ姿に私の胸が高鳴り
頬が赤くなったのを感じながら



――私は……すべてを奪われたのだ


《心許ないプレッシャー》




陸道舞靡は困っていた。
今日も退屈な面接に終始するかと思っていたが、午後に来た生徒たちは骨のある者が多く、圧迫面接を耐えることに成功していた。
それは大いに歓迎するべきことなのだが、無理なプレスが続いたので、両腕の機械に負荷がかかっている。
煙を吐いているし熱いし、どう考えても危険だ。

「明日も予定で一杯だというのに。……やむをえんな」

下級面接官にプレス機を取り外させる。
今から修理を呼べばギリギリ間に合うかというところか。
体が久方ぶりに軽い。
しかし心は反比例するように重い。
プレス機は自分のアイデンティティと言っても過言ではない。
それを身につけていないなんて、サークルの副部長しか経験していない就活生のように不安になってしまう。

「代わりに何かないか……?」

辺りを見ると、思いのほか物が転がっている。
プレス機のメンテナンスや汚れた床を掃除するための色々だ。
ちょっと試してみる。

「ドライバー。頭のネジを回してやるよ。違うな」
「赤ペン。お前はバツ! お前はバツ! お前もバツ!! 違うな」
「パソコン。貴方のネット上の発言は記録しております。違うな。」
「デッキブラシ。不安になるときもあるけど、私は元気です? 違うな」
「チェーンソー。キヒヒ! ザコはキル! 違うな」
「火炎放射器。ヒャッハー! ヘタレ就活生は消毒だー! 違うな」

まったく馴染まない。違和感しかない。
周囲の人からすれば普段の姿も違和感の塊なのだが、それを指摘できる人はいなかった。

「やはりプレス機でなければ……む、これは!?」

面接会場の窓から外を見下ろすと、目に入ってきたもの。
慌てて外に飛び出し階段を駆け降りる。
はやる心を抑えられない。
空いた腕に機械を接続するッ!

「ロードローラーだッ! ぶっつぶれろォォォ! ……………………………………………………違うか」

どうしてもプレス機の感触が忘れられない。
他の機械ではダメなんだ。あれが私の志望理由〈いきざま〉なんだ。
けれど、ロードローラーもよかった……。
名残惜しそうにロードローラーを外す。

ときめいて子どものように紅潮した彼女の顔を見て、笑いをこらえていた下級面接官はピンヒールの先でプレスされた。
真っ青になって作業に戻る下級面接官たち。
人事部たるもの、威厳がなくてはならない――浮ついた振る舞いを恥じる陸道。
プレス機はやく帰ってきてこないかと、面接の連絡を待つ就活生のようにそわそわしてしまう。
今夜はなかなか眠れなさそうだ。



[了]


瓶花とエンプレスの事情・潜伏編



『血の踊り場事件』発生まであと僅かに迫ったある日――
それでも臨海学校は続いていた。

何人かの生徒が見あたらないことに、誰も気付かないまま。

~~~

「ううー……痛い……」

臨海学校会場から離れた、とある入り江の奥にある洞窟。
瓶ヶ森瓶花が、苦痛に顔を歪ませながら潜んでいた。

妃芽薗学園制服のあちこちには汚れと傷、そして血の跡。
そして左足は――青黒く腫れ上がっている。骨折は疑いようもない。
拾った流木で申し訳程度の添え木こそしているが、まともに立ち上がることも難しい状態である。

(すまないね、瓶花ちゃん)

痛みに耐える瓶花に、何者かが囁く。瓶花にしか聞こえない、心の声で。

「……すまないと思うなら、こんなときにだけ私に替わらないでくださいよ、女帝さま」

その声の主に対し、瓶花は僅かな畏怖と多くの困惑、そして少々の怒りをもって返す。
頭上のガラスの冠を睨もうとするが、睨みたくても頭の上では睨みようがない。

(……仕方ないだろう。私に宿る中二力が雲散霧消する寸前だったんだから)

瓶花の複雑な心境を知って知らずか、声の主――アキビン・エンプレスは悪びれる様子もなく淡々と答えた。

あのビーチコーミングの直後。二人は突如として、襲われるに至った。
相手は――瓶花にとっては見知った相手。同学年の、風紀副委員長である。
瓶花にとっては驚きを隠せなかった――その動揺が、僅かに不覚を誘ったかは定かではないが、ともあれ。
瓶花ことエンプレスは敗れ、その際左足を大きく怪我するのみならず
身体の支配権を保てぬほどにダメージを受け、瓶花に一時的に身体を返すこととなった。
左足骨折の重傷の痛みを味わうハメになった瓶花にとっては、喜ばしいどころか迷惑この上なかったが……

「それにしても、なぜ十七夜月さんが……」

(さあね。ただ、同じように……他にも何人か、戦ってる連中がいるようだね。
 ……その中に騒ぎの黒幕がいるかもしれない)

襲われたことに対し、未だに動揺が収まらない瓶花。
対照的に、無機物特有のドライさで現状把握に努めるエンプレス。

「黒幕、ですか……まさか、十七夜月さん?」

(まだ何とも言えないね。『瓶底望遠鏡』は相変わらずボンヤリとしか視えないし)

「……今からでも、この戦いを止められないのでしょうか」

(無理だね。ついでに、その延長線上にある惨劇も、もう止められない。
 ……強いて言うなら。少しでも力を蓄えて、その惨劇を早期終息させるために
 積極的に介入していくしか、ないだろうね)

「……」

他の人間を一顧だにしないエンプレスに、瓶花はやるせなさを抱く。

わかっている。私はあくまで、能力の縁で気まぐれに生かされているだけだ。
ましてや、瓶になんら関係のない他の皆を彼女が顧みるはずがない。
だからこうして割り切っているのだ。

(……まあね。だが、私とてそこまで非情ではないよ)

「!」

内心を見透かされたことに、瓶花がまたも驚き――びくり、と身体を震わせる。
その衝撃で左足が一際強く痛む。

「っ!痛、あっ……!!」

(……驚かせてすまないね。だが瓶花ちゃん、私と君は今一心同体なのだから
 君の内心は私に筒抜けなことくらい、想像がつくと思うのだけどねえ)

「……その割に、女帝さまの考えは私に読めませんでしたけど」

(当たり前だよ。いくら衰弱していようがその位は出来る)

「理不尽ですよう……」

(ともあれ。……我らアキビンは元を正せば、人が生み出した“瓶”があったからこそ
 この世に生まれ出でることのできた存在だからね。
 全く顧みないなんてことは、ないのだよ)

普段の慇懃さが嘘のように、どこか謙虚な女帝の言葉に
瓶花は思わず恥じ入り、呟く。
そんなことをするまでもなく、感情が伝わることも忘れて。

「……  ……すみません」

(謝ることじゃあないよ、瓶花ちゃん。
 私が遍く全てのアキビンを女帝として慈しむのと同じく、
 人である君が同級生や後輩を大事に思わぬはずがないのだからね)

瓶花が、ボトルメールを拾い上げて以来――初めて。
一人と一本は、心を交わし合った。

(……少し落ち着いたら、また戦いになる。
 その時は、また身体を借りるよ、瓶花ちゃん)

「ええ。……でも、なるべく怪我はしないで下さいね」

二人の側で、小さな瓶から生えた一輪の白い花が揺れた。

~~~

その翌日。
今度は右足を骨折する怪我を負い敗れるハメになることを、瓶花は知らない。
近々、こんな会話をすることも。

「ごめんね、ここまでは『瓶底望遠鏡』で見えてたんだけど。
 言ったら凹むかなーって思ってね。だから機嫌治してくれないかな、瓶花ちゃん」

(……先に足を治してくださいっ!)

最終更新:2015年08月11日 22:52