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  • 坂本龍一「音楽は自由にする」
「当時は「ネーネーズ」もまだなくて、沖縄音楽といえば伝統的な民謡がほとんどでした。それをポップスの土俵に持ち込んだのは、細野さんをのぞけばたぶんぼくが初めてだったと思います。そういうアイディアへの抵抗も強かったと思いますが、でもぼくには、博物館の中の民謡としてではなく、いろいろなものと触れて現在の音楽として変化していくことこそが、生きた音楽としての沖縄音楽に必要なものだ、という考えがありました。そして、自分の音楽がそういう流れにつながる新しい芽を生みだすことに少しは貢献ができたとの自負があります。
バリではいろいろ印象深い体験をしましたが、中でも心に残っているのは、芸能のリーダーみたいな長老が言っていた「バリ島にはプロのミュージシャンは一人もいない」という話。お金をもらって音楽をやるようになると、芸能が廃れるんだそうです。バリのミュージシャンはみんなすごい能力を持っているんですが、お百姓とか大工とか、それぞれに職業を持っていて、音楽で食べているわけではない。すごく自覚的に、音楽を商品化しないようにしているわけです。個人が音楽を消費するようなこともない。そうやって注意深く文化を存続させてきた。
人は非常時には、普段なら切り捨てていたようなレベルの情報もすべて拾うようになります。全方位に過敏になるんです。そうすると、音楽というものはできなくなってしまう。感覚の許容量を超えてしまうんですね。音楽が消えただけでなく、あの騒々しいニューヨークで、音がしなかった。誰もクラクションを鳴らさないし、ジェット機も飛んでいない。ものすごく静かでした。針が落ちただけで人が振り向くぐらいのぴりぴりした感じが、ニューヨーク全体を覆っていた。そんなときにもし誰かがギターなんか弾いたりしたら、殴られかねません。ああ、こういうふうになるんだなと思いました。やがて歌が聴こえて来たのは、諦めからです。テロから3日経って、もう生存者はいないということをみんなが理解したとき、ヴィジルという催しがありました。ろうそくを持って街のあちこちに立って、黙祷をする。音楽が現れたのはそれからでした。喪に服するために、葬送という儀式のために、初めて音楽が必要になる。芸術の根源を見たようでもありました。」
2018.05

  • 野地 秩嘉「一流たちの修行時代」
「例えばクッキングホイルをぐしゃぐしゃにしたものの上にオレンジをひとつ載せたとする。それを正確に描けと言われたらどうしますか。ぐしゃぐしゃになったクッキングホイルには膨大な数の反射面ができて、そこにはオレンジと周囲の風景が映り込みます。それを描くのに効率的な方法はあるのでしょうか。実はひとつもありません。じっと観察して、対象がどういう色をしているのか、どういう形をしているのか、どういう質感を持っているのかをつかんだ上で、愚直に描いていくしかない。ひとつひとつの像を正確に描こうとするしかない。ところが、大半の人はさっと見ただけで、対象をわかった気になってしまう。そして、なんとか手間をかけないで、効率的に描写しようとする。なかには効率的に描いたことを自分の個性だと主張する人もいるでしょう。しかし、それは違う。逃げているにすぎない。そういう人は見ることを放棄している。「銀紙の上のオレンジを描け」という課題が出たら、その通りに描かなくてはならないのです。表現者にとって観察することは何にもまして大切です。千住博(日本画家)」
効率よく済ませることが逃げだという指摘はするどい。大事なことには、逃げずにきちんと手間をかけたい。
2011.03.10

  • ZARD「永遠 君と僕との間に」
 作詞の能力を高めるために、松任谷由実と中島みゆきの歌詞を全部暗記させられたらしい。
 自分の想いをよりふさわしい言葉で伝えられるように引き出しを多く持つということなのだろうが、ものすごい努力。
 そこから絞り込まれるから一語一語に重みが出るのだろう。
「長戸大幸 作詞指導
  口語体で書く、Aメロで情景描写、Bメロで状況説明、サビで願望を言う、サビに曲タイトル
  松任谷由実と中島みゆきの歌詞は全部暗記しろ
 "平成に生きる昭和の女"」
2020.02

  • 本宮ひろ志「天然まんが家」 
 苦悶しながらマンガを描いているのが印象的だった
 構想力がすごいと思った
2007.12

  • 星野道夫「イニュニック」
2014.04

  • 百田尚樹 至高の音楽 クラシック 永遠の名曲
2014.04
最終更新:2022年08月20日 14:37
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