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毛沢東 革命の三原則 若いこと、貧しいこと、無名であること
+無知であること(見城徹)
日々生きる我々にとって、重い言葉;
「君がなんとなく生きた今日は、昨日死んでいった人たちがどうしても生きたかった大切な明日だ アメリカ先住民」
努力について;
「僕はよく女子プロゴルファーに言います。「その年、一番苦しい努力をした人が、その年の賞金嬢王になると考えた方がいい」と。「あなたが35位なら、あなたの苦しい努力は35番目だったんだ」と。「結果が全ての世界なんだから、そう考えるしかないよね」と。」
「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし 酒井雄哉(ゆうさい)大阿闍梨が高倉健に贈った言葉」
2019.02
目指すものを見定めるには;
「売れるコンテンツの条件は、オリジナリティがあること、極端であること、明解であること、癒着があること」
「人は自分が期待するほど、自分のことを見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない」
「 僕は常々言っているのだが、感想こそ人間関係の最初の一歩である。結局、相手と関係を切り結ぼうと思ったら、その人のやっている仕事に対して、感想を言わなければ駄目なのだ。しかも「よかったですよ」「面白かった」程度では感想とは言えない。その感想が、仕事をしている本人も気づいていないことを気づかせたり、次の仕事の示唆となるような刺激を与えたりしなければいけない。だからこそ「言葉」は武器なのだ。豊富な読書体験を経なければ、武器となる言葉は獲得できない。人を動かすには、一にも二にも頭がちぎれるほど考えて、言葉を選択するしかないのだ。
表現とは結局自己救済なのだから、自己救済の必要がない中途半端に生きている人のもとには優れた表現は生まれない。ミドルは何も生み出さない。想像力は、圧倒的に持つ者と、圧倒的に持たざる者の頭のなかにこそ生まれるのである。
もし人間が死ななかったら、我々が抱えているほとんどの悩みは雲散霧消する。仕事でうまくいかなくても、受験に失敗しても、恋愛が成就しなくても、次のチャンスは無限にやってくる。しかしそれと引き換えに、今を全力で生きることもなくなり、何かを果たそうとするモチベーションも、達成による歓喜や感動もなくなる。ただ単にフラットな日常が流れていくだけだ。それが人間の生と言えるだろうか。
僕のところにはいろんな若者が会いに来るが、「社会や人の役に立つのが夢だ。だから起業したい」と言う人がいる。結果が一つも出ていないで語るそんな言葉は豚の餌にでもなればいい。悪戦苦闘して匍匐(ほふく)前進している人たちは決してそんな言葉を口にしない。何かを目指す者は「地獄」と「悪夢」を身をもって生きたらいい。結果はそこからしか出てこない。
夢や希望を語るのは簡単だ。語り始めたら、自分が薄っぺらになる。野心も同じだ。自己満足でしかない。そんなものは捨てたらいい。そんなものと無関係に生きようとしたとき、人は匍匐前進の一歩を踏み出している。日々を自己検証しながら圧倒的努力で生きる。やがて結果が積み上がる。目指していたものに手が届く。実現する。そのとき、静かに噛み締めるように、これが自分の夢だったと語ればいい。
僕が親しくしている起業家たちは、会社を成長させる過程で、夢や希望をむやみに語らず、圧倒的努力で現実と格闘していた。
同時に「成功」という言葉も第きらいだ。「成功」とはプロセスとして、そのときの一つの結果にすぎない。「成功」かどうかは自分の死の瞬間に自分で決めるものだ。それまでは全部途中経過だ。貧しくても惨めに見えてもいい、自分が最期の瞬間、微かにでも笑えるならその人の人生は「成功」なのだ。「僕は成功したい」と言う人に対しては「君は成功をどういう概念で捉えているのか。何が成功なのか、君の言葉でちゃんと説明してごらん」と言うと、大体の人は答えられない。
言葉はそれほどまでに重いものである。夢や希望や成功という言葉を使えるだけ、自分は考え抜いているか。そのことを問い直し、もし考え抜いていないと思ったら、思考する言葉を手に入れてほしい。それは読書を通じて手に入れられるはずだ。
(「ベルリン・天使の詩」)社会の中で何も実践していないときは、人間は「天使」だ。しかしいざ、現実の生を生きようとしたときに、さまざまな困難や危険にさらされる。葛藤し苦悩し、血を流さずにはいられなくなる。つまり「天使」ではいられなくなるのだ。実践者になるということは、血を流したり、返り血を浴びたりしながら、清濁併せ呑むことを意味する。人間は、認識者から実践者になることで真に成熟し、人生を行き始めることができる。
生きて行くということは矛盾や葛藤を抱えて、それをどうにかしてねじ伏せるということだ。」
自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つがなければ、人間は進歩しない。
自己検証 自分の思考や行動を客観的に見直し、修正すること。
自己嫌悪 自意識過剰さや自己顕示欲を恥じ、自分の狡さや狭量さ、怠惰さに苛立つこと。
自己否定 自己満足を排し、成長していない自分や、自分が拠って立つ場所を否定し、新たな自分を手に入れること。
ヒュー・ロフティング ドリトル先生シリーズ
ジョイ・アダムソン 野生のエルザ シリーズ
植山周一郎 サンドイッチ・ハイスクール
五味川純平 人間の條件
高橋和巳 邪宗門
吉本隆明 転移のための十篇
ホセ・トレス カシアス・クレイ モハメド・アリの人生
ヘミングウェイ 勝者には何もやるな
五木寛之 さらばモスクワ愚連隊
百田尚樹 影法師
東野圭吾 白夜行
宮部みゆき 火車
北方健三 楊家将、血涙
高村薫 リヴィエラを撃て
恩田陸 蜜蜂と遠雷
沢木耕太郎 深夜特急
小田実 何でも見てやろう
佐藤優 十五の夏
旅とは、貨幣と言語が通用しない場所に行くこと
映画 ベルリン・天使の詩
2019.02
出版という「いかがわしい」行為に真摯に打ち込んでいる様子がわかる
「人間の条件」五味川純平
「人は皆,両極を持っていると思うんです.悪魔のように繊細で天使のようにしたたかに.(中略)悪魔と天使が一つの心に巣食い,引き裂かれるような痛みを感じなければ作家に共感することもできないでしょうし,この世の光と影のグラデーションを感じ分けることもできない.
その人がセクシーだな,この人素敵だな,と感じさせるのは,その人の心がどれぐらい運動しているかに比例すると思う.心が運動することによって生まれる風や熱があるから,引き寄せられてしまうと思うんですよ.
多くの編集者は,出会いたいと思う人に会うことはできると思う.しかし,出会うだけでは意味がない.その対象に自分や自分の考えに興味を持たせることができるかどうかが重要になるわけです.編集者が仕事をしたい相手の心にフックする言葉を持たなければ,運もただ通り過ぎていってしまうんです.」
2007.08
2018.11
幼児遺棄事件を題材にした小説。
子どもを殺すことは決して許されることではないが、単純に悪で切り捨てずに内面をえぐっている。
誰にでもある心の弱さに行きついている。
人物が章毎に切り替わっているが、マンガだったらもっと同時並行に読めたのかも知れない。表現方法として。
読後感の重い本だった。
2020.02
最終更新:2022年08月20日 14:38