■小泉純一郎は、じつに美しいキャットウォークであの階段を下りてきた。
 昨年、私は安部晋三を一秒で見切った。
 そして、革命家エンゾ・早川は、
 当面、福田康夫に政権をあずけておくことをよしとする。
 もちろん私が選挙なんぞに赴くことはないが
 (革命家が選挙いったらおかしいでしょう)
 根拠のない義務感から諸君が選挙に行くというのなら、
 これからは階段をおりる足元や首から背中にかけてのカタチなど、
 よくよくそういうところをガン見しておくことだ。
[体型大全 P87]
■政治から離れて、初めて農業は開放される。自由になれる。
 その環境を守ることだけが政治の役割である。
 心配しなくても、おまえらがまじめにその役割を果たしてさえいれば、
 票くらいはくれてやるよ。
 少なくとも私の革命がはじまるまでは。
[らくだのこぶ~ P191]
※結局選挙に行くのか行かないのかはっきりしません。
 こういう風に矛盾が出るのは信念なんて持っていないからです。
※革命家が選挙に行ってもなんらおかしくありません。
 選挙という穏便な手段で国を変えられるならその方が良いからです。
 多くの革命家は選挙に行かなかったのではなく、行けなかったが正解でしょう。 
 むしろ行かないことのほうが革命家としては怠慢であり罪悪といえます。
※エンゾに一秒で見切られた安部晋三は39歳で政界入りしましたが、
 エンゾ早川41歳はいつになったら一般大衆の前に出て行動を起こすんでしょうか!?
 自称天才のエンゾが革命家を志してから既に20年の月日が流れたなら、
 本業である自転車業界の売り上げ至上主義を正すくらいは出来ていないとマズいんじゃないでしょうか。
※なお、2015年出版の「まちがいだらけ~」の文庫版では
 『自転車業界はいよいよ悪くなっている』と書かれており、
 未だに自転車業界の革命すら出来ていないようです。
※エンゾが1秒で見切った安部晋三は歴代最長の長期政権でしたが
 エンゾはこれに対してなにも行動を起こしていません
 (写真で見る限り安部氏は背中が真っ直ぐなので猫背に改宗したわけでもありません)。

※現在において革命とは言論の自由や結社の自由、人権、普通選挙権等が無い国の人間が
 最終手段として仕方なしに起こすものであって
 (なので革命家の多くは逮捕歴があります)
 これらが認められている日本では革命を起こす意味がありません。


■2002年。私は現在の店舗に居を移すとともに、
 「汗と涙は流すけど決して血は流さない革命本部」というのを立ち上げた。
 つまり、エイド・ステーションは自転車店であると同時に革命本部でもあるのである。
 したがって、エイドステーションで自転車を買うということは、
 とりもなおさず当該革命本部の構成員になるということである。
 もし、さまざまな理由でそれをよしとしないのであれば、
 自転車はどこかよそのお店で買わなければならない。
 わが革命本部の構成員になるということは、
 私が組んであげた自転車に乗るという、
 通常ありえない程の稀有な恩恵に浴することが出来るかわりに、
 何かを差し出さなければならないということである。
[らくだのこぶ~ P182]
※自転車屋が自転車を客に売るという当たり前のことをここまで恩着せがましく言う人は
 通常ありえないほど稀有です。
 それに、自転車を買うなら国家転覆を手伝えと言うのは滅茶苦茶な話です。


■「そして、私は自分のロードバイクにライトも、ベルも、リフレクターもつけていない。 
 もしも君たちがそれらのダサい品々をつけることが必要だと考えるなら、つけてりゃいいじゃん。 
  道路交通法だか条例だかをもちだしていろいろいってるけど、 
  ふだんは人の殺人計画や誹謗中傷をせっせとかきこんでる人たちが、 
  なんで急に遵法精神すぐれた善良な市民になっちゃっているの? おかしいでしょ? 
 そもそも私は革命家である。現体制を打倒することをめざしているわけである。 
 そもそも革命家がこれから打倒しようとしている 
 悪しき体制がつくった法律をまともに遵守していちゃまずいでしょ。」 
[まちがいだらけ~ p60]
※革命家として実際に活動していると取れる数少ない行動がコレです。
 交通法規を無視するだけがー唯一の活動という革命家というのは、確かに新しいですね。
※言っている事は一見格好いいですが
 実際に現体制を打倒するための活動をしているかというと、とてもそうは見えません。
 それに、安全に走ろうと思うなら革命家だろうと交通法規を守るのは当たり前のことです。
※実際には悪しき現体制と戦ってなどいない人間が
 「自分は革命家だからまともに法律を守らない」と
 自らの違法行為を正当化するのなら、それは只のならず者です。

※その一方でこんな一文がある。
「ときがくれば、国家のために命を差しださなければならない。
 私は本気でそう考えていた。もちろんその考えは、いまでもかわりはしない」
 革命家なら国家(悪しき体制)のためではなく、
 民衆のためにこそ命を投げ出すべきなのではないでしょうか。
 エンゾの本気の度合いが知れますね。

 ロードバイクバイブルにはこんな文章もある。
「道路交通法を守ることは、自分が事故の被害者にも、加害者にもならないためにも重要なことなのだ。」
 エンゾ本人は革命家なので道交法を守らなくてもいいが、読者は遵守すべきらしい。
 無茶苦茶である。


■ 明治維新前後に靴という履物が持ちこまれるに到り、日本人独特の身体の使い方は根底から破壊されてしまった。
 私は靴という履物のことを"馬鹿でも速く歩ける魔法の履物"と呼んでいるが、恐らくはじめてこの履物をはいた人びとは
 下駄や草履をはいている人びとよりも速く歩けることに驚き、そしてさぞかし優越感にひたったことであろう。
 その優越感こそが、結局、明治維新を失敗に導き、以降のわが国を長い混迷の時代へ誘うことになろうとは、
 当時の"志士"たちは想像もしていなかっただろう。
 その意味で私は常々、坂本龍馬こそこの日本を堕落させたA級戦犯だと思っているし、
 坂本龍馬を尊敬しているという政治家をいっさい信用しないことに決めている。
[ロードバイクバイブル改訂版 P21]
※日本と西洋の文化交流は種子島の鉄砲伝来(1543年)から始まっており、
 明治維新の始まる1870年代までは大分時間がある
 (江戸時代の鎖国中もオランダと貿易があったのは日本人なら常識ですよね!?)ため 
 最初に西洋靴を履いたのが坂本竜馬である可能性はゼロに近いと言わざるを得ません。
 (ジョン万二郎は漂流してから帰国するまで、ずっと草鞋か裸足だったんでしょうか?)
 たまたまNHKで坂本竜馬が主役のドラマを放映しているのを見て
 ケチをつけたくなっただけと思われます。
※「靴を履いたおかげで他の人間より早く歩ける」という訳の解らない優越感で失敗するような革命なら
 はじめから成功の見込みなどなかったでしょうね。 
 というか坂本竜馬は明治維新直前に死んでいるし、彼が西洋靴を広めた訳でもありません。
※エンゾが自分たちを「幸せな自転車乗り」と呼んだり、
 高学歴の人びとを「ニセモノのインテリ」と見下しているのを見ていると
 「エンゾ早川の革命は幸せな自転車乗りという優越感を持っていたせいで失敗した」
 という未来を暗示しているようですね。

※ちなみに坂本竜馬はアスペルガー症候群だったという説があり、
 これが本当ならエンゾは思わぬところでアスペルガー仲間に足を引っ張られたことになる。

※江戸時代の人々は健脚だったという記録がある
 電車も車も自転車もないので当然だが、一日30~50キロの距離を歩いたそうだ。
 そんな人々が高価(当時)でムレる(革靴は通気性が悪く高温多湿の日本では水虫の原因になり易い)
 西洋靴を有難がるだろうか!?
 西洋靴が広まったのは維新後に西洋文化の模倣をしたことと、
 交通網の発達で歩き回らずに済むようになった(蒸れないで済む)影響が大きいのではないだろうか。

※しかし、ロードバイクは欧米人の乗り方を真似しようとする(乗車テクニック編参照)。
 日本人にとって一番よい歩きかたを提唱するのなら
 日本人にとって一番よいロードバイクの乗り方を提唱するのが自然な筈です。

■僕の場合、あきらかに通風の原因はストレスだから、(中略)
 そのつぎの大発作は、きっと知っている人もいると思うけど、呼びもしないのにイベントにやってきた
 大阪府警の元警察官の人に、インターネット上でもの凄く批判的な書き込みをされたこと。
 (中略) 僕にとって、それは「脅迫」以外の何ものでもなくて、ホントに恐ろしかった。
[ロードバイク秘伝の書~ P.7~8]
※インターネット上の記事ひとつで通風になってしまうような
 脆い精神力の人間に革命家が務まるとは到底思えないのですが・・・・。






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最終更新:2021年03月29日 22:01