アバンタイトル(土佐)



「おやおや、これはこれは……怖いな、久方ぶりに恐怖を覚えたよ」

カルデア中央管制室にて。
スタッフ達が慌ただしく動き回る中、レオナルド・ダ・ヴィンチは、蒼き天体を模した装置及び各種モニターへと何度も視線を往復させながら呟いた。
額から冷汗が滲み、頬を伝って顎から落ちる。だが気にしている暇などない。何故なら彼らは、未曾有の大惨事を観測してしまったのだから。

「お待たせしました! マシュ・キリエライト、緊急召集に応え参上しました!」
「同じく藤丸立香、到着。ちょっと遅くなって悪い、ダ・ヴィンチちゃん」

しかしそれでも冷静にスタッフへと指示をしていたダ・ヴィンチは、ここで遂に待ち人の声を聞いたことで、ようやく安堵の溜息をついた。
待ち人の正体など、言わずもがなだ。
一人はいつも真っ直ぐな瞳で未来を見据える黒髪の少年、藤丸立香。
一人はそのサーヴァントとして契約した繊細な少女、マシュ・キリエライト。
人理修復の立役者。文字通り〝世界を救った〟大いなる者達である。

「いきなりすまないね、二人とも」
「いえ、お構いなく! 丁度、途中で放置していた本も読み終わったところでしたし」
「それに、俺とダ・ヴィンチちゃんの仲だしねぇ。で、一体どうしたの?」

だがそんな彼らに再び重荷を背負わせることになるとは。まったく、相も変わらず自分達は情けない大人だ。
ダ・ヴィンチはそう心中で独りごちると、一つ咳払いをして冷静さを強引に呼び覚まし、二人に説明を始めた。

「では結論から言おう。つい先程、亜種特異点が観測された。時代は西暦2014年の夏。舞台は蒼い蒼い太平洋だ」
「2014年!?」
「そうだ、立香君。奇しくもこのグランドオーダーが開始される丁度一年前の事象を、近未来観測レンズ・シバが観測したわけだ」
「わたし達の旅が始まる丁度一年前……なのは、まぁいいでしょう。ですが、まず特異点としてはあまりにも年代が近すぎませんか?」
「ああ、それにはこの天才ダ・ヴィンチちゃんも驚いたよ。だけどね、喉をゴクリと鳴らすのはこれからなんだよ、二人とも」

飄々とした口ぶりに似合わぬ険しい表情を浮かべ、ダ・ヴィンチは立香達をじっと見つめる。
そして一寸の間に耐えられなくなったらしい立香に「何が、起きた?」と訊ねられると、ダ・ヴィンチは眉間に皺を寄せて言った。

「シバが、第三次世界大戦の勃発を観測した」

あまりにも素っ頓狂な――としか言いようのない――言葉に圧倒されたのか、立香とマシュは口を半開きにしてしばし静止した。

「2014年に、第三次世界大戦、ですか……?」

先に我を取り戻したのはマシュであったらしい。彼女はダ・ヴィンチにこう訊ねると、震える手で眼鏡の位置を直す。
するとそれに続いて静止状態から解放された立香が「ごめん、理解が追いつかないんだけど……」と半笑いで呟く。
そんな二人を、ダ・ヴィンチは嗤わなかった。これが正常な反応だろうと思っていたからだ。
ダ・ヴィンチは、続ける。

「全ては、2014年に高知県の沖の島西方約10海里地点にて、突如謎の戦艦が出現したことが引き金となった。
 戦艦の名は〝土佐〟。かつての大戦時に軍縮によって開発中止、及び標的艦として自沈したはずの加賀型高速戦艦だ。
 復活した〝土佐〟は海上自衛隊や在日米軍等の戦力を薙ぎ倒してアメリカの海域へと突撃すると、真珠湾を攻撃。世界を敵に回した」
「ちょっと待った」

だがここで立香がストップをかけた。

「ちょっと、待ってほしい」

そして「つまり、今回の俺の役割は……起きてしまってる大戦を止めるってことか? 第五特異点の、あのときみたいに」とダ・ヴィンチに問う。

「あの東西戦争を越える規模の大戦争を、止めなくちゃいけないのか?」

この問いに対して、ダ・ヴィンチは首肯しなかった。
そして立香達の不安を抑えるためにすぐさま「いいや、違う」と答えると、

「今回の任務は、第三次世界大戦を起こさないようにするのが目的だ。
 即ち〝土佐〟が浮上した時間にレイシフトし、移動する〝土佐〟を止める。君と、我々の力でね」

立香の瞳をじっと見つめて、しっかりと答えた。

「なるほど……そもそもの〝戦争の引き金〟さえ止めればいいわけか……」
「そう。さすがに私も、世界中がドンパチで忙しい中に連れていくほど薄情な英霊ではないよ。
 それに、ほら……今回は戦艦が相手というわけで、おあつらえ向きの英霊二人に手伝ってもらうことにしてる」

更にダ・ヴィンチは、右の掌で管制室の隅を差す。

「まったく、タイミングが悪いでござるなー。これならさっさと艦これの演習回しておくべきだったでござるよ」
「ワガママ言うんじゃないよ。それに楽しみじゃないか。アタシらの船が未来の船にどこまで戦えるか、興味あるだろ?」
「あーあー、相変わらずBBAは脳筋で困る」
「言ったなこの野郎。太陽じゃなくてアンタの意識を落としてやろうか」

そこにいたのは、

「おお、黒髭じゃん! それにドレイクも!」
「話は聞いてますぞ。いやぁ災難ですなぁ、相変わらず」
「暴走戦艦を叩くんだって!? こりゃ楽しみだねぇ!」

船に関しては超一流、エドワード・ティーチとフランシス・ドレイクの海賊船長二人組であった。

「餅は餅屋と言うだろう? なら船には船だ。これ以上の仲間はいないと思うけれどね?」
「よっしゃ! これなら、これならいけそうな気がする! ナイス人選だ、ダ・ヴィンチちゃん!」

すると、なんと頼もしいことだろう。立香は目の前の恐怖に真っ向から立ち向かうように、強い声で宣言してくれた。
マシュも彼の言葉に影響されたのだろう。眼鏡越しに立香を見つめながら「そ、そうです! その意気です!」と両手に拳を作っている。

「しかし立香君。水を差すようだけど気をつけたまえよ。これは招集前に発覚したことなんだが、
 戦艦〝土佐〟内部から、強力な霊基反応が確認されている。今の君なら、この意味は分かるね?」
「つまり……その〝土佐〟を操っている黒幕がいるか、もしくは……〝土佐〟自体が誰かの宝具かもしれない?」
「合格。百点満点だ。実際、現時点で我々スタッフはそのどちらかで間違いないだろうという結論を出している。
 誰かの宝具なのか……もしくはバーサーカークラスのランスロット卿のように、どんなモノも自分の得物にしてしまう英霊がいるか……」
「もしくは魔神柱絡みか……ま、理由がどうあれ、やることは一つだな」
「頼もしいね……悪かった。君がそこまで言ってくれるのなら、我々大人がこれ以上ビクビクするのはお終いとしよう!」

士気は充分。そう判断したダ・ヴィンチが「さぁ、始めよう!」と高らかに声を上げると、立香とマシュが定位置につく。
それに続くように、ティーチとドレイクもレイシフトの準備に移った。

「先輩! バックアップはお任せ下さい! 絶対にやり遂げて見せますから!」
「ああ! 頼んだ、マシュ! ダ・ヴィンチちゃんも!」

世界を救った少年が、仲間と共に再び救世への旅路を歩き出す。
それを見届けるダ・ヴィンチの耳朶を、レイシフト開始を告げる館内音声が叩いた。


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無し 新生禍殃戦艦 土佐 第1節:船上にて

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最終更新:2017年05月28日 21:44