第1節:船上にて



果たしてレイシフトは無事に成功したらしい。
うだるような暑さの中、まずは一安心と空を見上げた立香は溜息をついた。
視界に入ったのは、青い空と巨大な入道雲、そして燦々と輝く太陽。
まさに夏を感じさせる記号のオンパレードである。

「あっついでござるなぁ……」
「これくらいで弱音吐くんじゃないよ」

視線を降ろすと、立香から少し離れた場所にティーチとドレイクが立っている。
立香が「二人も無事だったみたいだな」と声をかけると、二人は軽く片手を上げて応えてくれた。

「……今度、半袖の制服とか作ってもらおうかな」

誰に言うでもなくそう呟いた立香は、顔中からあふれ出る汗を腕で拭う。
それから右脚で数回ほど足元を踏むと「なるほどね」と口にしたそのとき、カルデアから通信が入った。

『やぁ、立香君。どうやら無事、レイシフトには成功したようだね』
『移動先が洋上ということでしたので、少し心配だったのですが、ひとまずは安心ですね』

声の主はお馴染みダ・ヴィンチとマシュであった。
二人に対し「ああ。ま、ひとまずは……だけども」と答えた立香は、ティーチ達の近くへと歩を進める。
そしてようやく彼らの傍に辿り着いた立香は、辺りを見渡しながらダ・ヴィンチ達へと訊ねた。

「あのさ、どうもここ……船の甲板っぽいんだけど、もしかして俺達って、今……」
『ああ。お察しの通り、君達は今〝土佐〟の甲板に立っている。運良く、直接乗り込めたようだね』
『更に付け加えますと、現地時間は……海上自衛隊や在日米軍の戦力を壊滅させた後の様ですね……』
「じゃあもう既に最初の被害は出てるってことか」

カルデア側からの解答に対し、立香は小さく舌打ちをする。
内心では、出来ることならば〝土佐〟の浮上前にレイシフトし、ティーチ達の宝具で全てを終わらせたかった……と考えていたからだ。
だが人理修復を成し遂げたとはいえ、所詮自分は魔力も乏しい一般人。既に起こってしまったことは棚上げせざるをえないことも理解している。
血が滲むのではないかと思うほどに拳を握り締めた立香は、苦虫を噛み潰した様な顔で「なら今は悠々と真珠湾行きの最中ってわけか?」と訊ねた。

『ああ、その様だ。そしてその〝土佐〟は時代遅れの型であるはずだというのに、異常にスピードが速い。あまり時間はないよ』

ダ・ヴィンチの言葉に対し、立香は両眼を鋭くしながら「そうか。ありがとう」とだけ答える。
そして肩を落として溜息をつくと、ティーチとドレイクに「と、いうわけらしい」と現状を報告した。
するとそんな立香を励ますように、ドレイクが「ま、楽して敵地に入り込めたんだ。考えようによってはラッキーだよ?」と笑う。
そんな様子を見て、ティーチも思うところがあったのだろう。彼は〝土佐〟の各所に設置されている砲身に手を振ると、

「この船を操っている誰かさんも悔しいでしょうなぁwwwwww悔しいでしょうなぁwwwwwww」

と、全力で煽りだした。まだ顔も名も知らぬ黒幕がこの絵面を見れば、きっと額に青筋を浮かべただろう。
二人の思いやりを感じ取った立香は「二人とも、立て直してくれてありがとう」と言い、多少強引ではあるがどうにか気持ちを切り替えた。
そう、見据えるべきは介入できなかった過去ではない。この先に待ち受けている、希望や絶望がごちゃ混ぜになっているであろう未来なのだから。

「で、どうしますかな? このまま三人で、船内の探索始めちゃう系でいっちゃいますかな?」
「ああ、あまり時間がないらしいし……ドレイクも、それでいいか?」
「そりゃ勿論だよ。さっさと黒幕をお日様の下に引きずり出して、豪快に解決してやろうじゃないか!」
「まぁ、豪快かそうじゃないかは別として……とにかく意見が一致したことだし、早速取りかかろう!」

と、そんなこんなで三人は、この危機的状況下にて改めて一致団結するのだった。


「やぁ、お取り込み中かな?」


するとまるでその瞬間を狙ったかのように、奇妙な闖入者が船内から甲板へと姿を現した。
まさか〝土佐〟を操っている張本人が早速登場か? と、立香は声の主へと視線を向ける。
立っていたのは、アレキサンダー辺りと同じ程度の身長と思われる、色白の子どもであった。
だが、だからといって立香は警戒を解かなかった。理由は単純。その子の手には、闇夜を思わせる真っ黒な長槍が収まっているからだ。
ドレイクも同じく警戒しているらしく、静かに短銃へと手を伸ばしている。いつドンパチを始めても結構、という心の表れだろう。
だが、そんな中、

「ウッ、ウッヒョハーッ! めめめ、めんこい美少女登場でござるぅーッ! 滾る! 滾りますぞぉー!wwwwwww」

ティーチだけは、通常営業であった。立香は内心で「お馬鹿」とツッコミを入れる。
とはいえ、彼がこうなるのも致し方ないだろう。

「し、しかもせ、セクスィーッ! 拙者の紳士的な愛がwwwwww暴発しそうでwwwwwwござるwwwwwwww」

何せ目の前にいる人物は、一目で〝あっ、こいつ魅了スキル持ってるな〟と納得出来る見た目だったのだ。
潮風によってなびくショートの黒髪を見ていると、その一本一本が質の良い絹を思い起こされる。
陳腐な例えになるが、高貴な猫を思わせる切れ長の黒い瞳は、見ているだけで吸い込まれそうだ。しかも睫毛が長いと来た。
これは立香の主観だが、きっとその瑞々しい唇で思わせぶりな言葉を呟かれたら、ほとんどの男は骨抜きにされてしまうだろう。
実際、隣にいるこのオタク海賊野郎が既に危険値へと達している。未だ何もかもが謎である状況下で、この反応はまずすぎる。

『立香君。気をつけたまえよ。君達の前に立っているのはサーヴァントだ。こちらでは霊基反応をしっかりと感知している』
「ああ、やっぱりそうか。ま、当然の流れだよな……!」

ダ・ヴィンチの言葉をしっかりと胸に刻み込み、立香は出方を待つ。
すると相手は、まとっているホルターネックと少し丈の短いスカートに入っていた皺を空いた手で伸ばしてから、

「いきなりで悪いけど質問をさせてくれ。そこの大男とお姉さん……キミ達二人は、一体どのクラスで召喚されたのかな?」

と、柔らかな声色で質問を投げかけてきた。
なるほど、当然の疑問である。訊ねられるのも当然といったところか。

「……っ」

だがここで立香は、正直に答えるべきか迷った。
この〝土佐〟を動かしている者は誰なのか……そのヒントが皆無である今の状況で、安易に情報を与えるべきではないだろうと考えたからだ。
潮風が吹く中、一寸の間が訪れる。すると今度は「何か、やましいことでもあるのかな?」と訊ねられた。
見れば槍の穂先がこちらに向けられている。どうやら答えに迷ってしまったせいで、相手に警戒心を与えてしまったようだ。
立香は心中で「しまった……」と呟くが、もう遅い。だが依然、正しい答え方は見つからぬままである。
一体どうするべきか……立香は悩みに悩む。すると遂に短銃のグリップを握ったドレイクが前に出た。

「いきなり不躾だねぇ、お嬢ちゃん。まずは自分から名乗るのが筋ってもんじゃないのかい?」

ドレイク、いきなりの喧嘩腰である。不躾なのはどちらだ、と立香はヒヤヒヤした。
だが相手も思うところがあったようで、小さく「なるほど……一理あるね。悪かったよ」と答える。
そして「見ての通り、ボクは槍兵。ランサーだ。これでいいかい?」と続けると、ドレイクは「それでいい」と言い、

「アタシとそこの黒髭は、ライダーのサーヴァント! 名前を聞けば泣く子も黙る大海賊さね!」

と、豊満な胸を張ってはっきりと宣言した。
ちなみにティーチは未だに自分の世界から帰ってきていなかった。

「お、おいおい……堂々と名乗っちゃっていいのかよ……」
「どうしたマスター。怖じ気づいちまったのかい?」
「あの子が黒幕だったらどうすんだよ……そうじゃなくても、黒幕の仲間とかだったら……!」
「アタシには、槍使いに船が操れるとは思えないけどね。それにあいつが敵ってんなら、どうせ倒すんだ。今でも後でも問題ないさね」
「変な城を召喚するランサーだっているじゃんよー……!」

あまりにも堂々とした態度を取ったドレイクを、立香は小声でたしなめる。
だが当然ながらドレイクにも相応の考えがあるので、同じく小声で反論をする。
その内容があまりにも力尽くだったため、思わず立香は頭を抱えてしまう。
まるでコメディの一コマを切り取ったかのようである。

「へぇ……ライダー。それに、大海賊ときたか……」

しかしそんなコミカルな雰囲気は長続きしなかった。
何故なら、

「ならば……どちらが黒幕なのか、はっきりさせてもらおうか!」

先程まで落ち着いた雰囲気を醸し出していたランサーが突如として殺意を纏い、その身の丈を越える黒い槍を構えて肉薄してきたからだ!

「キミ達が大海賊というならば、あの非道な行いも頷けるというもの! 終わりにさせてもらうぞ、ライダーッ!」

ランサーが最初に狙いを定めたのは、ティーチであった。当然だ。彼は自分の世界から戻って来ていないのだから隙だらけである。
しかし萌えの対象であった相手の態度がいきなり変貌したおかげだろう。さすがのティーチも我を取り戻したらしく、

「うへぇーっ!? なにゆえでござるか!? ま、まさかさっきまでのは夢? 拙者の白昼夢!? マイ・ドリームぅ!?」

などと情けない声を出しながら刺突を避けた。しかし、脚が絡まったせいで無様にも尻餅をついてしまう。
ティーチ危うし! しかしここでドレイクが短銃の弾を容赦なく放ったことで、ランサーはティーチへの追撃を諦めたようだった。
だがそうなると、次に狙われるのは当然ドレイクであろう。予想通り、ランサーは「面白い!」と叫んでドレイクに接近する。
当然ドレイクは迎撃の構えを取る。今度は渾身の二丁拳銃スタイルだ。

「やるねぇ、アンタ!」

しかし銃弾の雨は時に避けられ、時には槍によって弾かれてしまう。
そして遂に間合いを詰めたランサーは先程ティーチにしたように、顔面に向けて容赦なく突きを放つ!

「気に入った! アタシの船に乗せたくなっちまったよ!」
「水軍の長にかける言葉じゃないな!」

ドレイクは即座に短銃をホルダーへとしまい、勢いのままに両手でカトラスを抜くと、強引に槍の軌道を逸らした!
ランサーの姿勢が崩れる。ランサーにカトラスの刃が迫る。勝ったか!? 立香は固唾を呑んで見守り続ける。
しかし執念とは恐ろしいもの。ランサーは柄の先でドレイクの脛を思い切り叩き、意趣返しの如くカトラスの軌道を無理矢理逸らしたのだ。
その手があったか、とでも言うようにドレイクが笑う。だが立香からしてみれば、とてもじゃないが笑っていられる状況ではない。

「取った!」

一足先に立ち上がったランサーが、甲板に身体を打ち付けたドレイクの顔面目がけて槍を振り下ろす。
そうしたやりとりを見ていた立香は歯を食いしばると、せめて囮にでもなれれば御の字だと思いながら、ランサーの元へと走った。

「いや、何二人の世界に入り込んでんの? 拙者、空気? エア船長なの?」

のだが、立香の無謀な行動は一発の銃声によって取りやめとなった。
見ればすっかり姿勢を立て直していたティーチが、煙を吐く短銃をランサーに向けていたのである。
ランサーの横髪が数本、ぱらりと落ちる。
ティーチ以外の全員の動きが、見事に停止していた。

「いやー、拙者の中のスケバンが〝顔はやばいよボディにしなボディに〟って囁いてきたんですがね。
 でもこんな可愛い子の土手っ腹に穴開けちゃうのも勿体ないかなって、拙者思っちゃいましてな。
 じゃあどうするかってなると、ほら、髪は女の命っていうでござるから。んんwwwそれ以外あり得ないwwwwwと思った黒髭なのでしたー」
「ボクの、髪だけを狙った、というのか……男海賊……ッ!」
「相手が緑おじさんだったら完全に急所狙ってたでござるけども、それはまた別の世界線の話なのでよろしくおなーしゃー」

ジト目でそう語るティーチを睨み付けたランサーの額から、一筋の汗が落ちる。
そしてその間にドレイクは「あ、チャンス」と呟いてカトラスを短銃に持ち替え、倒れたままランサーの顔へと照準を合わせる。

「アタシはいいけど、ランサー、アンタはどうする? 続けるなら、準備は出来てるけどね」
「えー? 拙者もうシリアスゲージが限界なのでやめたいんでござるけど! ござるけど!」

流石にこうなってしまえば厳しいと判断したのだろう。ランサーは両肩を落とし、大きく溜息をついた。
そして「冥土の土産に教えてくれ……」と言って槍をドレイクの眼前から離すと、

「この船を動かしているのは、どっちだ? 二人はライダーで、海賊なんだろう? せめてどちらの宝具だったのかは知りたいな……」

と、苦虫を噛み潰したような表情で訊ねてきた。


「「「は?」」」


困惑のあまりに、間抜けな声を出してしまう立香とドレイクとティーチ。
するとそんな三人を見たランサーは、

「……え?」

何かおかしいこと言った? とでも言いたげに、目を丸くするのだった。


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最終更新:2017年05月29日 23:11