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決戦前夜、あるいは遅れて来た者の話

 ――あってはならぬ、と怒りを覚えた。

 生まれ変わったその意志に、芽生えた最初の感情は、理不尽な怒りであり、私怨だった。
 なればこそ、此度のこの戦は、かつての大いなる裏切りとも、違った意味を持つのだろう。
 大義もなく、意義もなく、ただ己の恨みのみに準じて、私は彼の者を手に掛けたのだ。

 そうして余計者達を始末し、金の盃を手にした私は、彼らをこの地へと呼び寄せた。
 その日から、ここに始まったのだ――天下分け目の大舞台を、渦巻き揺らす戦争が。






 初めは何の冗談かと思った。
 何たる皮肉かと一人嗤った。
 かつて人理を揺るがす脅威に、滅ぼす側の魔の手として立ち、そして討たれたはずの己が。
 よもや既存の人類史を、見捨てようとしていたはずの己が、今またサーヴァントとして現界し、それを救う側に立つなどと。
 時間神殿にも足を運ばず、故に王に連れ添うこともかなわず。斯様な薄情者などに、こんな役回りが巡るというのは、滑稽な話だと我ながらに思った。

「それで、貴様は何をしている。何ゆえに仇を取ることもせず、斯様に逃げ隠れし震えているのだ」

 そんな矢先に出会ったのが、目の前の若い男だった。
 年若く逝った己よりも、更に歳下に見える、少年とすら形容できる男だ。
 彼もまた己と同じように、鎧を身に纏っていた武者だ。武者、ではあったのだが、しかしながら、彼の姿は戦場にはなかった。

「だって……だって、しょうがないじゃないか!」

 ああ、そうだ。
 またこういう手合いに出会っていたのだ。鉢合わせてしまっていたのだ、己は。
 何とも運がないのだろう。何とも気に食わぬ巡り合わせだろう。
 王の力となることがかなわず、半ばで果てた己には、これが似合いの罰だというのか。

「そりゃあ僕だって太閤の子だ! 義理ではあっても、尽くす義務がある! そうでなくても、家康公にも、恩義というものは感じていたとも!」
「いずれかを選ぶのならそれもよかろう。己が忠を立てるのならば、どちらを裏切ろうが勝手だ。だが、貴様の選択はどうだ。貴様はどちらを――何を選んだ」
「だからしょうがないって言っているだろう! あれは……あんなのは、人じゃない! 人ならざる化け物なんかを相手に、仇討ちなんてできるものか!」

 そうだ。この男は敗走者だ。
 男には忠義を示すべき、血族と恩人の二つがあった。その二つがぶつからんとした時、彼はどちらに付き従うかと、悩み選ぶ必要に迫られたのだ。
 しかし、どちらも選べなかった。男が選ぶべき両者は、全くどちらにも属さない、突然の三つ目によってくびり殺された。
 そして男は尻尾を巻いた。血族の仇も、恩人の仇も、どちらも取ることを選ばず、どちらもを裏切って逃げ出したのだ。
 小早川秀秋なる男――この特異点で初めて出会った、情けない青瓢箪のようなこの男は。

「――はは。人にあらざる化け物ときたか。しかしながらそこな男も、その化け物の類であるようだが?」

 そして、ちょうどその時だった。
 蹄を鳴らす音と共に、からからと笑う女の声が、背後から発せられたのは。

「ひぃっ!?」

 小早川が身を縮める。内心でため息をつきながらも、己は振り返りその姿を見る。
 馬に跨るその者もまた、女だてらに鎧を纏う、異国のもののふであるようだった。
 さながら焼けた赤銅か――朱色に染まりしその姿は、ところどころで柔肌を晒し、女の肢体をアピールしている。
 特に下品に実った胸の、その谷間などは見ていられない。たとえ敬愛する王であっても、そこだけはせめて隠してほしいと、恐れ多くも諌めたというのに。
 粗野な妹ですらもしていなかった、破廉恥な装いをてらいもなく纏う、その女騎馬武者の顔は――不敵に牙をむき、笑っていた。

「サーヴァントであることを見抜くか。貴公は、此奴とは違うようだな」
「違うも何も、貴様と同じよ。何の因果か宿縁か、全うした命を再び授かり、戦場へと駆り出された益荒男が一――ライダーとやらのサーヴァント、だそうだ」
「益荒男、ときたか。容易く女を捨てたものだ」
「姫にはあらず、将たるが故にな。可憐と讃えられるのも、それはそれで気分はよいが、しかしわしにはそちらこそが合う」

 一言、二言交わすだけで分かる。
 見下げ果てた装いであっても、その覇気の裏に滾らせた膂力は、決して侮れたものではないと。
 姫にはあらず、将たれば――その言葉は偽りなく、真だ。肩を並べた同胞たちと、同じ戦う者の気骨が、その裏からありありと感じられる。
 金の瞳をぎらつかせ、不敵に笑うこの女からは。
 大きな二本角を甲からせり出し、目元をバイザーか何かのような、虎柄の面当てで覆った、赤き鎧の女武者からは。

「して、貴様はここで何をしている。戦に臨んで現れたにしては、辺鄙なところに留まっているようだが?」
「何分、降り立ったばかりでな。しかしこの場で私の意図が、戦に臨むことでなく、止めることにあると言ったなら……貴公は、どうする」

 眉間をひそめ、目を細めて、言った。言葉の意図を察知したのか、背後の小早川が悲鳴を上げた。
 恐らくはぐれ者ではない。此奴こそはこの戦争の、真なる参加者(サーヴァント)であるのだろう。
 であれば、戦いを避けることは、可能か。あるいは果し合いになったとして、この身が食い下がることはかなうか。
 この肉の塊を目の当たりにした、一頭の虎を思わせるような、鎧の女の器量は、いかほどか。

「……それもまた良し。気に入った」

 返答は、満面の喜色だ。
 にっかと笑みを浮かべながら、女は己の問いかけを、是なりと認めて受け止めた。

「なればこそ、輩として轡を並べ、共に戦うことも叶おう。貴様、名は何という」

 この女のことはほとんど知らない。だが、腹芸を使う類ではないと、それだけは察することができる。
 細かな意図までは推し量れないが、同じく戦いを止める意図があると、そう語ったのは真実だ。それだけは直感することができた。
 であればこそ、このふざけた事態に向き合うための、その手札として使うことも叶うだろう。
 王以外の、それも下品な装いの女と、手を取り合うことの苦痛を思うと、先行きに暗いものは見えてきたのだが。

「――円卓の騎士が一、アグラヴェイン。此度はセイバーのサーヴァントとして、人理存亡の危急に駆り出された者だ」

 鉄の男。堅き手の者。
 女嫌いでもあるけれども、それでもここで決裂させて、早くも血を流すよりはいい。
 黒き鎧の傷知らずの騎士――偉大なる英国(グレート・ブリテン)の守護騎士は、自らの名を口にした。
 熱砂の大地を戦い終えて、未知の島国へと降り立った。この地こそ、このアグラヴェインが背負わされた、新たな戦場であるのだと、受け止めたことの証であった。

「オグラ、ベインか。かか、また愉快な響きよな!」
「……悪意がないというのなら、妙な呼び方は控えてもらいたいところだ」

 もっとも、大笑する鎧の女に対して、不安がないかと言われると、それはまた嘘になるのだが。






 日ノ本の只中に、関ヶ原あり。
 かつて東西に分かたれた、徳川・石田両雄が、その後の興亡を刃にかけて、しのぎを削った決戦場なり。

 されど天下分け目の戦は、開戦の前に打ち切りを迎えた。
 家康も、そして三成もまた、既に歴史から消え失せた。人ならざる魔――そう称された、何者かの悪辣な手によって、双方首を断たれていたのだ。

 故にこれより開かれるのは、人の支配を決する戦にあらず。
 この世ならざる超常達が、この世の存亡こそを担保に、覇権を争い合う乱戦である。
 乱れ立つ夢があればこそ、互いの刃が重なり吼える。一対ならぬ七つ巴なれば、重なる叫びも十重二十重と。

 英霊達の魂を宿した、七騎のサーヴァント達が、率いる、七つの軍勢の大決戦。
 なればこそ、この地に幕開けるものは、聖杯戦争を超えた戦争――すなわち、聖杯大戦争である。

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最終更新:2017年06月03日 20:24