プロローグ

00

         
例えば―――其れは"善を成す犯罪(戦争)"。


01


あたり一面の地表が氷で覆われ、真白になっている中で、その男は実に目立っていた。
まずは服装そのもの。
パッと見の印象では『軍服』と言い表わせる格好だが、より詳細に見てみると、それが歪である事がよくわかる。
帽子にナチスの鉤十字(ハーケンクロイツ)の紋章が付いているかと思いきや、胸元にはアメリカ将校のバッヂが刺されており、かと思えば腰には日本刀が提げられている。
世界中の軍人の衣装からパーツの一部を集めて作り上げた、不出来なパッチワーク――男の服装を見た100人中100人が、その様な感想を抱くだろう。
奇妙奇天烈この上ない。
さらに加えて、男の服装の色も、また異常であった。
赤い――身体中のいたる部分が、ありとあらゆる部分が、どこもかしこが、赤い。
赤すぎるのだ。
一日中赤色のペンキに漬けていても、ここまで赤く染まる事はあるまい。
遠くから男の姿を観測すれば、きっと、白のキャンバスを背景に人型の血が立っている様に見えるだろう。
赤すぎる軍服の男は、ナイフで切り裂いたかのように鋭い眼――これも、例に違わず赤い瞳である――を斜め上空へと向けた。
そこには、光り輝ける球体があった。
直径一メートルほどの大きさであるが、それは強烈な光を放っており、また、数千度に達する熱も持っている。
宛ら、小型の太陽のようだ――否。それは事実、小型の太陽であった。擬似太陽と言っても良い。
天空に位置する小さな擬似太陽を見上げつつ、赤い男は口角を吊り上げた。

「そういえば――かの人類悪も膨大な熱量を以って人理焼却を試みたらしいな」

ふと思い出したように語る男。彼の見た目は二十代中頃にしか見えぬのに対し、その声は老人のように低く嗄れたものであった。
くっくっくっ、と男は実におかしそうに――犯しそうに笑う。

「私とあいつ、全く異なる目的を持った別人が、空中から放たれる甚大な熱という同様の手段で事を起こすとは………くくくっ、何だかおかしなものよ」

まあ、彼と私では使う熱量が全然違うのだがな――と、男は言う。

「魔神王の所業は『人理焼却』と呼ぶらしいな。ならば、私が今からやろうとしているのは『人理沈没』と言った所か?」
「ええ、そうなりますね」

赤い男の言葉へ、突如返答の声が現れた。
男は声のした方向へと振り向く。
そこには一人の少女が立っていた。
美しい――実に美しい少女である。
鴉の濡れ羽、あるいは黒龍の鱗のように黒い長髪の女は、頭上で輝く擬似太陽よりも眩しい美の光を放っていた。
しかも、それほどまでの美少女が纏っている服装は、あろう事か体のラインを100パーセント見せ付ける衣装――水着だ。
より正確に言うと、スクール水着である。
一般的な紺色のものよりも更に黒色の強いスクール水着――その上から申し訳程度に和服を一枚羽織っている少女は、しかしその格好を恥じる素振りも寒がる素振りも見せず、ただただ物憂げな表情で、赤い男へ言葉を告げたのだ。
黒と赤――色は真逆の二人だが、白き氷の大地に立つには似つかわしくない服装をしているという点では同じである。
男は、少女の姿を認めると、

「何か用かね?」

と言った。
まさか、この少女が自分の発言へレスポンスを出す為だけにこの場に現れたはずがない、と彼は考えたのだ。
男からの問いに、少女は答える。

「報告です。バーサーカーが召喚されました」
「おお! それは喜ばしい事じゃあないか! ならば何故そんな物憂げな表情を浮かべるのだ、アサシンよ!」
「別に私がこんな顔をしているのは元からですが……召喚されたバーサーカーが、ええっと、その、なんというか、バーサーカーらしくないのです」
「ほぉう? と、言うと?」
「戦意がないと言いますか……召喚された彼……彼女? に対して我々の目的を教えても、参加の意思を見せてくれないのです――そもそも、バーサーカーなので会話が成り立っていない可能性もありますが……」
「くっくっくっ、なんだ、その程度の事か」

言って、男は腰に下げた日本刀へと手を掛けた。

「であるならば、私が直々にバーサーカーと会って、叩き斬り、戦士(なかま)とすれば良いだけの事よ。そいつもここに呼ばれた以上は私が求める戦士の一人なのだからな――アサシン、バーサーカーの元まで案内を頼めるか?」
「了解しました。こちらです」

スク水美少女の案内に従い、氷の大地を歩き進む男。
彼の足元の氷は、天空に座す閃光の塊が放つ熱の影響でじわりじわりと解けつつあった。

「あともう少し経てば、ここはかの天文台から探知され、七つの戦地を越え、終局の戦場にて勝利を収めた戦士(マスター)がやって来るだろう。勿論それで良い――それで良いのだ。その時こそ、真の目的が果たされる。私はそれを待ち望むぞ――くっくっくっ」

寒気を切り裂くように闊歩しつつ、男はそのような呟きを漏らした。

02

『南極大陸』
位置――南極
面積――1400万平方キロメートル
人口――0人
公用語――なし
属性――凍結
戦争発生回数――0回

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紅熱失墜大陸 南極 落下


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最終更新:2017年06月24日 21:32