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落下

03

やあ、御機嫌よう。
あるいは初めまして。
僕の名前は藤丸立香――何処にでもいる普通の男の子だ。

「普通だと? それは謙遜が過ぎるぞ、カルデアの戦士(マスター)。謙遜は日本人の美徳とされているようだが、私からすれば、それは嘘を言っているだけに過ぎない。 貴様が為した人理修復は、人理中を探しても、同じレベルの物が見つからない程の偉業なのだぞ?」

それとも、今から自分の実力を低く見せる事で、私の油断を誘おうとしているのかね?――と。
そんな事を僕の隣にいる赤い軍服を着た男は言うけれども、やはり僕からすれば、実際に人理修復の為に戦ったのは何十人ものサーヴァント達なので、どうにも自分が『人理修復を成し遂げた人物』であるようには思えないのだ。
七つの特異点を舞台とする旅で、僕がした事と言えば、サーヴァントたちと共に行動し、戦闘で彼らに指示を出したくらいなのだから。
それだけ――たったそれだけなのだ。

「私はその『たったそれだけ』を高く評価しているのだがな。何十人ものサーヴァントとコミュニケーションを取り、戦闘において戦略を練り、指示を出す。そんな事、普通の人間に出来るはずがない――ないのだよ」

そう言って、こちらを見つめる赤い彼の赤い瞳は、ナイフで切り裂いたかのように鋭くも、尊敬する人物を見つめるような輝きがあった。
そう、それは――太陽のような輝きである。

「『太陽のような』なぁ――くっくっくっ、今現在の状況と中々にマッチした比喩を選んだじゃあないか、戦士(マスター)

赤い男のその言葉で、僕は今更ながらに思い出す――自分は、何人かのサーヴァントたちと共に、『第二の太陽の出現』という異常が発生した南極大陸へと、やって来ていた事を。
そして、レイシフト中に原因不明の異常が生じた所為でサーヴァントたちとはぐれ、僕一人だけが空中にレイシフトされた事を。
つまり現在――僕は、高度数十メートルから、氷の大地へと落ちていた。

「あはは。全くぅ、こんな一大ハプニングで絶体絶命なイベントを、今の今まで、すっかり頭の片隅に投げてただなんて、我ながら呆れるなあ――はぁ!?」

ここでようやく事態の深刻さを思い出した僕は、慌ててカルデアへと連絡を取ろうとする――なんらかの解決策を見つけてもらう為だ。
だが、通信は当然のように繋がらない。

「無駄だ。いくら空中とは言え、此処は既にあのキャスターの陣地内。あの天文台が貴様を観測出来れど、貴様が天文台と通信を取るのは不可能なのだよ。当然、レイシフトの失敗も、キャスターの仕業だろうな。こと『妨害』に関して、あやつの右に出るものはいないのだから――くっくっく」

赤い男が言う事によれば、どうやらこの一連の出来事は、キャスタークラスのサーヴァントの妨害によるものらしい。
ともあれ、このままだと僕はなんの援助も受けられず、ただただ重力に引かれるままに分厚い氷へと衝突してしまうのだ。
ちくしょう! どうすればいいんだ!?

「そう慌てるな、戦士(マスター)。そんな結末を、私は望んでいない。そうさせないために、私は態々此処にやって来たのさ」

そもそも僕が今の今まで、この危機的状況をすっかり忘れていたのは、ほんの数秒前、空中を落下する僕の隣に突如出現した赤い男の見た目があまりに衝撃的すぎた所為でもあるのだが、それはともかく、彼は、僕を助ける為にやって来たという事なのだろうか?

「うむ、その通りだとも! さぁ、私に掴まれ戦士(マスター)! 大地に着くまで、あともう僅かだぞ!」

赤い男はそう叫ぶと、受け入れるようにして、両腕を広げた。
言われるがままに、僕は彼の肩を両手で掴む。空中は動きにくいが、何とかそうする事が出来た。
一方、赤い男は僕の腰と膝裏に手を回した。
こうして、お姫様だっこのような姿勢が完成した。
そして、それから数秒後、僕を抱えた赤い男は、分厚い氷に着地する。
轟音と共に深いクレーターが形成され、氷の粒が宙を舞う。
不思議なことに、僕には少しも衝撃が伝わらなかった。

「――ふぅ、助かった〜……」
「無事かね?」
「うん。ありがとう……ええっと」

お姫様だっこから降りつつ、感謝の言葉と共に、赤い男の名を呼ぼうとして、僕は気付く。
自分が赤い男の名前を知らない事に。
いや、出会ってからまだ一分も経過してないのだから、それは当たり前なんだろうけれども。
数十メートルの落下に耐える耐久性から、サーヴァントである事は間違いないが、それでも、僕は彼の真名どころかクラスさえ知らないのだ。
言葉が途中で止まった事と表情から、僕のそんな考えを推察したらしい赤い男は、

「ああ、名乗るのがまだだったな。私のクラスはライダー。そして、真名は――」

と其処まで言って、ハッと何かに気づいたように、口を閉じる。

「いけないいけない、危うく真名まで明かしてしまう所だった……。くっくっく。戦士(マスター)よ、もしや、今のも貴様の策の内の一つか? 無知を演じて、相手から情報を引き出そうとしたのかね?」

だがその手には乗らんよ――。
そう言って、またおかしそうに笑う赤い男、改め赤いライダーだが、僕には彼が何を言っているのか分からない。
僕の事を助けてはくれるのに、真名を教えてはくれないのは、何故なのか?

「何故って――聖杯戦争の基礎知識だろう? 『サーヴァントは相手に真名を知られてはならない』」


僕は聖杯戦争に参加した事はないけど、その不文律自体なら、誰か――かつて聖杯戦争に参加したらしいサーヴァントから、カルデアで聞いた覚えがある。
サーヴァントが真名を知られるのは、自分の逸話を知られる事でもあり、即ち、弱点まで知られてしまうのだと。
しかし、それはあくまで聖杯戦争という、互いに敵同士の状況だから成り立つ話であって、こうして助けてくれる仲間同士の間では、そんな事を気にする必要は無いのでは?

「はぁ? 仲間だと? 何を勘違いしている? 私は――」

これまで僕に対して尊敬の念を込めた表情をしていたライダーは、そこで初めて呆れたような顔を見せた。
そして、僕はふと首筋に感じる――冷たい、金属の感触を。
僕が首筋に当たっている物に目を向けるのと、ライダーが次の台詞を言うのは、全く同じであった。

「貴様の敵――貴様の戦争相手なのだぞ?」

僕の首には、ライダーが握る旧日本軍の軍刀の刃が軽く触れていた。

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プロローグ 紅熱失墜大陸 南極 赤化

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最終更新:2017年06月24日 21:34