暗中。
声がする。
薔薇の香り。
誰かの声がする。
――――誰。
返事はない。
唯、噎せ返る様な香りがする。
声は幽かな光と共にふわりと浮上し、また闇の中へと溶けてゆく。
手を伸ばし、その欠片を、その誰かの形を捉えようとしても。
嗚呼、覚束無い指では儘ならない。
なんて、なんて、眠い。
微睡みの中。
脳髄を犯し尽くす深紅の香。
朦朧とした意識の中。
キミは声だけを聞く。
それは。
「残念です。あぁ、残念だ。こんなものは――――世界の平和には、程遠い」
憐憫、失望を抱く声。
暗転。
それは。
「ええ、ええ、勿論。この刃は貴方のために。この断罪は、貴方の名のもとに」
陶酔、自信を抱く声。
暗転。
それは。
「あぁ、違うんだ、母さん――違うんだ、こんなはずでは――」
悲嘆、後悔を抱く声。
暗転。
それは。
「おにいちゃん、ぼくら、すくわれるよね。そこにいけば、すくわれるんだよね。
おにいちゃんをしんじていれば、しあわせになれるよね」
無垢、希望を抱く声。
暗転。
それは。
「ごめんね、ごめんね。総て、わたしのせい。わたしが産んだせい。
ごめんね、あなたに総て背負わせてしまった。ごめんね、愚かな母で、ごめんね」
懺悔、贖罪を呟く声。
聞き覚えがあるという様な感覚がある。
確かに、知っている声だという思いがある。
あの声の主は誰だっただろう、記憶の糸を辿らせる。
しかし、キミのその歩みを――紅い薔薇が惑わせる。
深い、深い眠りに誘い込む。
絡みつく茨の檻、その揺籃へと。
嗚呼――――声が遠のいてゆく。
再び、暗中。
薔薇の香り。
歌を、聞く。
――――誰の歌だろう。
本能的に悟る。
これは、自分に宛てられた歌だ。
歌声に誘われ、意識は沈んでゆく。
深く、深く。
聞き覚えはない。
聞き覚えはないが、心地良い。
そう、それはまるで、遠い昔に、意識が生まれるよりも前に。
どこかで誰かが、歌っていた様な。
暗転。
さぁ、お眠りなさい。
愛しい子よ。
ただ、お眠りなさい。
苦しみも、悲しみも、全て忘れて。
お眠りなさい。
わたしはあなたのために、いつまでも歌いましょう。
――――ごめんね、ごめんね、赦してね。
最終更新:2017年06月14日 19:56