鎖に繋いでおけ


人間になりそこねたのか、怪物になりそこねたのか、少なくとも妹はまともな人間じゃなかった。
結局のところ、妹は生まれる場所を間違えてしまったんだろう。
人間の世界なんざに生まれなければ、少なくとも泣くことは無かったのだろう。
妹のことを思い出すと、いつもあの泣き顔が浮かんでしまう。
いつまでたっても童子のように、美しい顔を醜く歪めて泣くのだ。
あまりにも哀れで、だから俺は――約束したんだ。

もっと強くなると。
怪物よりも強い人間になれば、お前はか弱いただの女になれると。

約束が果たせたか――さあな、今更どうでもいいことだ。

くたばってしまった今でも、夢に見る。

あの人間になり損なった怪物を。
あの怪物になり損なった人間を。

哀れな、哀れな、俺の妹を。


皿に乗った寿司がレーン上を回っている。
レーンは店内に三台あり、そのどれもが座席に隣接している。
女子高生が流されるままになっていた皿をレーンから掬い上げ、寿司を口に運ぶ。
タッチパネルを操作して、子どもがハンバーグの乗った寿司を注文する。
結局のところ、我々の想像する近未来に一番近いものは大衆回転寿司店に近いのかもしれない。
機械に向けて注文し、機械が料理を運び、機械が料理を作ることさえある。
大衆回転寿司店は今日も大賑わいである。

「成程、何かよくわからないが敵と戦っていると」
将軍が、23枚目の皿をテーブルに積み上げる。
玉子に肉、子どもが好むメニューをひとしきりレーンから掬い上げた後は、
気まぐれでアナタの注文したタコを取り上げて、その弾力のある独特の触感と、
デビルフィッシュを殺し、消化しているという恍惚感のままに、タコばかりを食べている。

「君は説明が下手だな」
将軍がガリで寿司の味をリセットし、緑茶で洗い流す。
果たして、どれほど険しい道程だったのだろうか。
この一言を引き出すためだけに、アナタはどれほどの時間を掛けたのだろうか。
アナタが口を開けば、将軍は「待ってくれ、寿司が回っている」と言い、
アナタが現状を説明しようとすれば、将軍は「無粋じゃないか?寿司が僕に食べられたがっている」と言い、
アナタが今の戦いを言葉にしようとすれば、将軍は「デザートまで回っているじゃないか!!」と叫ぶ。
アナタが何かを訪ねようとすれば、将軍は「なんだこの緑色!!!!!!」とのたうち回る。
長く険しい道程であったと、アナタは寿司を食べながら思う。

「だが、そう気に病む必要は無いよ。おあつらえ向きだ、君の言う敵とやらが来る」
将軍はそう言って、座席から立ち上がり、レイピアを構えた。
しかし、その刀身はレイピアの一種だとしても、あまりにも――細い。まるで針の剣である。

自動ドアが開く。
大衆回転寿司店の入り口から、サーヴァントの気配を持った何かが入店する。

「いらっしゃいませ!」
何者かが玄関マットを踏むと同時に、挨拶の自動音声が流れ出す。
「そして、さようなら!」
将軍が跳ぶ。
テーブルの上に跳び乗り、レーンを越えて跳ぶ。
座席を踏み、テーブルの上の皿を踏み砕き、一直線に来訪者の元に。

「なんなんだテメェ!」
来訪者は、真っ直ぐに眼球へと向けられたレイピアを裏拳で弾く。
勢い良く打たれた拳は、レイピアごと将軍の態勢を崩させる。

「悪に名乗る名前はないが、敢えて僕を呼ぶなら将軍と呼んでくれたまえ」
将軍は受け身を取って、ぐるりと地面を転がり、其の勢いのままレジの上に飛び乗った。
レジに詰めていた店員は厨房へと逃げ出し、客は警察を呼び、野次馬が携帯端末機で写真を撮る。
そして、将軍はカメラに向けてピースサインを送る。

来訪者と将軍の距離は3mも無く、レジに乗っている分だけ将軍が高所にいる。
なんという光景だろうか。
大衆回転寿司店内で、平安時代の服装と言った風情の男とバロック期の貴族の服装をした少年が争っている。

「……頼むからシラフだなんて言ってくれるなよ、お前みたいなのは酔ってくれてた方が救われるんだ」
「何時だって僕は正気だとも、なにせ僕は何時だって正しいのだからね」

将軍は笑い、来訪者は冷や汗を流す。

「俺が何をしたって言うんだ……」
来訪者が腰に帯びた刀を抜く。
スラリと伸びた刀身は刃こぼれが多く、どことなく鮫の歯の様な印象すら受ける。
そして、今までに斬ってきた者の血が、脂が、未だに刀身にこびり着いている。
何かを斬る道具と言うには、あまりにも劣悪である。
しかし、何かを殺してきた武器と言うには――あまりにも説得力を帯びている。

「罪は僕が決める、君は有罪だ」
「なあ、友達とかいないのか。どういう人生送ったらそこまで捻くれるんだよ」
「友達ならいるさ、そうだろうマスター」
将軍がアナタに向けて微笑みを送る。
来訪者がアナタに向けて同情の目線を送る。
アナタは最早笑うしか無いので笑う。

「……まあ、アレだな。とりあえず定石に従って、テメェのお友達を殺すけど」
「な……卑怯者!」
「頑張って、守ってくれ。いや、っていうか……」
来訪者と将軍が同時に跳んだ。
空中で来訪者の刀と、将軍のレイピアが交差する。当然の様に、レイピアは折れる。
そもそもレイピアは鍔競り合いをするものではない。
しかし、レイピアが折れた瞬間――将軍の逆手には既に新しいレイピアが握られていた。
下腹部目掛け放たれた将軍のレイピアを、来訪者は蹴りで弾く。

「……お前、一応友達を守る程度の良心があったのか」
「何を言っているんだ、僕ほど友情に篤い人間はいない」

「なあ、マスター」とでも言いたげな視線に、アナタは何も応えることができなかった。
どう見ても、敵と思われる来訪者の方がまともである。
余計なピンチを将軍が招いたのではないか、アナタはそう思わずにはいられなかった。

「「……」」
レーンを挟んで、それぞれテーブルの上に着地した来訪者と将軍。
流れてきた寿司皿を蹴り上げて、将軍は来訪者の視界を寿司で覆わんとする。
来訪者が緑茶を将軍にぶっかけたのは、それと全く同時のタイミングであった。

互いにあまりにも稚拙な小細工であることはわかっている。
しかし、怪物を相手にするならば如何なる小細工も、利用する価値がある。
来訪者は、寿司を掴み口に放り込む。
将軍は、背後に跳びテーブルから降りた。

「ふむ……忌々しいが宝具を使う必要がありそうだ、マスター」
「何なんだお前は本当に……」

不敵な笑みを崩さず、ただ泰然と構える将軍。
困惑しつつも、揺るぎなく相手を殺す構えを取った来訪者。

殺意の間で寿司が回る。

「さて、マスター見せてあげよう、この僕の宝」
将軍の口内が爆発する。否、爆発はしていない、比喩的な表現である。
アナタは、わさびを直接将軍の口内に放り込んだのだ。
将軍は声にならない叫びを上げ、のたうち回る。
来訪者は今が好機とばかりに、将軍の背後に立ったアナタに刀を振るい――素っ首跳ね飛ばす寸前で止めた。

「……お前は、話が通じる奴か?」

アナタは頭を下げて、謝ることしか出来なかった。

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最終更新:2017年06月20日 22:32