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「やあ、ようこそカルデアへ」
アナタは聞き覚えのあるような声を聞いて、目を覚ました。
声の主を見る、白衣を着た年齢不詳の男。額にはヒッピーのようなヘッドバンドを巻いている。
年寄りと言うほど老いてはいないし、子どもと言うほど若くもない。ただ、それだけだ。
髪は自然が弄ぶままに無造作に空間へとその毛を伸ばし、アナタを見るその目はどことなく子供じみた好奇心が宿っているように思える。
アナタは目の前の男に尋ねようとする。
貴方は誰なのか、何故自分はここにいるのか。
しかし、口は開かない。
誰かの夢を見ているように、ただ起こるべきことに従うように、
アナタの意思とは無関係に、身体が動く。
「こんにちは、えっと……」
「ああ、名前ね。アムネスティ……まぁ、本名は別にあるんだけどね。
とりあえず、Dr.アムネスティって周りに呼ばれてるし、自分でもこの名前が気に入っているんでね、そう呼んでくれると嬉しいな」
「そうですか、よろしくアムネスティ博士」
「ああ、よろしく■■■■君」
アナタはアムネスティと名乗る男に、手を差し出し、緩やかに握手を行った。
果たして、今自分はどこにいるのだろうか。
自分の身体を動かす人間もわかっていないのだろうか、軽く言葉を交わした後、アナタはアムネスティに着いて行く。
「まあ、聞いていると思うんだけど……ハハッ、眉唾モノだよね。
2012年に世界が滅亡しないように、四つの時代を巡って、世界を救おう……だなんてね」
「自分も未だに信じられないですよ、アンケートに答えただけで世界救いに行くことになるだなんて」
「ハハハ、ごめんね、まぁ、世界を救いに行くって言っても、君は補欠みたいなものだからのんびりカルデア観光してくれればいいからさ」
「観光……?そりゃ、この施設、そこそこ大きいですけど……世界って救うまでに結構時間かかるんじゃないんですか?」
「ところがどっこい、結構楽しいものがあるのさ、例えば……平こ」
「先輩、Dr.アムネスティ、探しましたよ」
背後から、声が聴こえる。
アナタは後ろを振り返ることが出来ない。
「おや、マシュ……もう、こんな時間か。
しまったしまった、オルガマリーに怒られてしまう」
話は後だ、そろそろ行こう。とアムネスティの声が聴こえる。
アナタは身体を動かすことが出来ない。
振り返れば、会えるはずの――会いたかったはずの誰かの姿を見ることが出来ない。
アナタはようやく認識する。
これは夢だ。夢だから――アナタの身体は自由にならない。
アナタの夢のはずなのに、他の誰かが主役であるかのように――アナタに夢の支配権は存在しない。
せめて、名前を呼ぼうと。
アナタは力を込める。
叫びたい。
名前を呼びたい。
強く、大きな声で。
アナタは――
◆
「……何なんだ、君は」
気がつくと、アナタは現実に戻っていた。
青森の狭いビジネスホテルの一室、
必要最低限の設備だけが備え付けられた部屋のシングルベッドでアナタは目覚める。
しかし、そんなビジネスホテルの部屋に似つかわしくないモノが一つ存在する。
バロック期の貴族の服装をした中性的な少年だ。
隅の椅子に座って、何かしらの冊子を読んでいた様だが、今はアナタの方を向いている。
服飾は全体的に黒く、黒くないモノは彼の白肌と首元を覆い隠す幅広いレースの襟、そしてブーツぐらいだ。
「さっきから、僕の名前を呼んで……いざ起きたと思えば、特に何も言わない。
無礼だ、君は本当に無礼だ。許せない……僕を馬鹿にしているのか?
ふざけるな、僕は将軍だぞ、とても偉いのだ、誰も僕を馬鹿にすることは出来ない。
いや、良い……どうでも良い。僕は紳士だ。赦してやろう。」
意味がわからない。
それがアナタの率直な気持ちであった。
突然同室にいるかと思えば、理由もわからないまま怒り、理由もわからないままに許されている。
だが、時代に似つかわしくない服装、どこか狂気じみた雰囲気、そして――会ったからこそ言える直感。
ジャンヌのそれであり、ソニー・ビーンのそれであり、ジャンヌを殺したサーヴァントのそれ。
言語化しにくい感覚が、アナタに結論付けさせる。
目の前の少年はサーヴァントだ。
アナタは問う。
「そう、その通りだ。僕は、君に呼ばれた。
何故だ、何故君のような庶民が僕を召喚することが出来た?
全くわからない、だが……強いて言うなら」
目の前のサーヴァントは令呪が刻み込まれたアナタの腕を掴み、食い入るように覗き込んでいる。
消えたはずの令呪は一画だけ、元の姿に戻っている。
「そうだ、令呪だ……いや、違う。なんなんだ、令呪以外の力。
聖晶石では無いな……そこまでの力は無い。
まぁ、良い……呼ばれた以上はしょうがない」
アナタは問う。
「そうだ、その通りだ。
だが、敢えてこちらからも質問させてもらおう。
君が、僕のマスターか?」
アナタは応える。
「良いだろう、僕は君の剣となり、戦おう。
クラスはセイバーだが、クラス名で呼ばれるのは気に食わない。
将軍と呼んでくれ、マスター」
◆
「……どうしたんだ、アンタうなされてたぞ、飲み過ぎかい?」
「いや、何でもない」
青森のとある飲み屋街、裏路地でビル壁を背に眠っていた男がいる。
狩衣の下に単衣を着た、如何にも平安時代の服装と言った風情の男だ。
彫りの深い顔立ちをした目つきの鋭い男である。
単衣の下からでも、その肉体そのものが一種の武器であるかのように鍛えられていることが確認できる。
声を掛けた老齢の店員は、初め酔客と思い声を掛けたが、
成る程――酔っているわけでは無いらしい、流石に店を背にして眠られるのは面倒だが、
これならば、すぐにこの場から立ち去ってもらえるだろう。
「妹の夢を見たもんでな」
「ふうん、まぁそれより……こんなところで寝てちゃ、風邪引くよ……家帰りな」
「家、家ね……」
男は少々、考え込むと――意を決したように、老齢の店員に話しかけた。
「源って家、近くにないか」
最終更新:2017年06月20日 22:31