でうす


私が罪といふものの名を知ったのは八つか九つか、幼少のみぎりでありました。
しかし、私が罪といふものの味を知ったのは二十を過ぎてからの事だったのです。

男の頭に槌を振りかざす。それが私の罪の始まり。
飛び散る脳髄。血。骨。
甘美なるかな、罪の味。

男を殺すことで、私の胸はただひたすらに充足感で包まれました。

何人も殺しました。
私は自分の中の女を殺すために、何人もの男を殺しました。
私は自分の中の男を殺すために、何人もの男を殺しました。

私は男にも、女にもなれない。

しかし、アンドロギュヌスになりたいのです。




「海の水が何故、塩辛いか……知っているかい?」と、男は傍にいた女性に尋ねました。
男は旧式の軍服を着込んだヨーロッパ系の中年で、髪の毛を七三分けに撫で付け、そしてその目は――嗚呼。
人間というにはあまりにも猛々しく、しかし獣というにはあまりにも理知的で、悪魔と呼ぶには――あまりにも優しい目をしておりました。
それにしても、なんということでしょう。その男はちょび髭を付けておりました。嗚呼、そうです。ちょび髭です。
男はあまりにも――アドルフ・ヒトラーに似ておりました。
まるで、蘇ったかのように――過去の時代からそっくりそのまま連れてきたかのように、男は、かの独裁者そのもののような顔をして、歩いていたのです。

「……聞いてほしいんですか、なんで海水はしょっぱいんですか?って。悪いけど、興味ないんですよね。」
女は、そんな男にエタノールすらも凍りつくような冷たい視線を送りました。
ブラックフォーマルのドレスを着た、喪服の女性です。
その凍てついた目ですらも、帳消しに出来ないような――美しい、美しい女性でした。
銀の髪は風にさらさらと揺れ、その白い肌は――あるいは、陽の光を長い時間浴びれば、溶けてしまうのではないかと思われるような、
そんな雪のように美しい肌だったのです。

「ジャァァァンヌ、仲良くしようよ。私はね、人類が皆、一つになれると思っているのだよ。んん?」
「アヴェンジャー……って言ってくれませんかね、真名なんてバレたところで困りませんけど、ムカつくんですよ。貴方に真名で呼ばれるのは」
「んん?悲しいなぁ、分かり合えないのはとても悲しい……あッ、悲しいといえば、涙、涙といえばしょっぱい……しょっぱいと言えば……そう、海の水だよねぇ」
(こいつの生まれた時代に魔女狩りがあればよかったのに……)
ジャンヌ――否、彼女の自称に基づきアヴェンジャーと言うべきでしょうか。彼女は頭を抱えました。
ある種の理由で抱く、フランスに対する果てしない憎悪――それを晴らす機会があると、彼女は目の前の男に誘われ、行動を共にしています。
しかし、男は、ひどく適当で――あっちに行っては、温泉に入り、こっちに行っては、蕎麦を啜り、そっちに行っては、土産物屋を冷やかすのです。
彼女たちが今いる青森県はひどく魅力的な場所ですが、男の行動に――アヴェンジャーは、リンゴを食べながらひどく立腹しておりました。

「海の水はね、聖杯から生まれ続ける塩でしょっぱいんだよぉ」
「は?」
「海の底の臼って知ってるぅ?何でも出せる釜とか臼から色々あって塩が出続けるって話なんだけどさぁ。
この話、世界中で語り継がれてるんだねぇ、ヨーロッパでも……ここ、日本でも」
「……アーサー王は日本にも聖杯を探しに来たと言いたいんですか?」
「おいおい、アーサー王が日本に来るわけ無いじゃん。マルコポーロじゃないんだからさ。
万能の願望器っていう話は世界中にありますよってことを言いたいだけですよ、僕はね」
(なんだこいつ)

「僕が言いたいのはさ、日本にも聖杯っぽい話があり、そしてここ青森にはピラミッドっぽいものがあり、キリストの墓っぽいものがあるってこと。
それっぽい……ってのが重要なポイントね」
「つまり……何がしたいわけ?」

「僕を呼んだ聖杯はとってもとっても不完全、恐山の力を借りて英霊を呼び出すのが限界です。だから……作ろうと思うんだよね」
「…………そういうことか」

「エジプトはピラミッド、キリストの墓は、まぁ、そのまんま。くっそちゃちぃけど……」




「キリスト作っちゃおうよ」

BACK TOP NEXT
聖杯戦争開始 幻創神話領域 青森 ぱらいそ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年05月25日 20:56