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我ら望むは永遠なりて、彼らに授けし無限の慈愛。
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とある国の話をしよう。
そこは、国境に囲まれたうちにあり、黒き海に面していた。
幾度とない戦火と隷属、奮起を繰り返し、現在まで続いている国だ。
だから、此度の出来事は非常に申し訳なく思う。
なんでって、まあ、僕らが好き勝手しているからなんだけれども。
慣れてるとは言え、全然関係ないものたちが押しかけてくるのはクソとしか言い様がないよね。
地元に知らない文化圏の人たちがわんさか押しかけてきたら僕も困るもん、帰って欲しい。
平にご容赦を、と偉大なる領主たちに頭を下げて僕は言う。
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「私たちはあなた達に永遠を施しにきた『医者』なのです」
フードを目深に被った、蛇が絡まる杖を持つ青年は穏やかに述べた。
ローブとも白衣とも言えるそれには、硝子の注射器がくくりつけられ満月を弾いている。
月明かりの下、永遠の夜のいただきで青年は詠唱のような、説得のような言葉を響かせた。
「もう戦いなんてしなくていい、死んだり何だり怯えたりする必要はない」
あとに滑るように入りこんだのは、竪琴を爪弾く青年。
黒壇の長髪に夜空の月と等しい金色の瞳。
美麗な色男、と言った風貌でしかし女の怒りを買うような感慨のない表情を浮かべている。
吟遊詩人、と表現するのが適当だろうか。
彼の奏でる音は群衆を集め、フードの青年の言葉を清聴させていた。
「私は……ええと、何が良いかな、キャスターくん」
「え、自分のクラスでいいんじゃないですか」
突然ぼそぼそと相談を始めるも、聴衆はうっとりと音色に頭を溶かされているようだ。
「そっか、エー、とじゃあ私は」
しばし逡巡。
「ねえ、クラスっていっぱいいない……?」
「なんで急にかぶりの心配するんですか……」
もはや片手間で竪琴は爪弾かれるも聴衆の脳はアイスクリーム以下だ。もうこれは一生聴いてるレベル。
「だって彼の彼女もアヴェンジャーじゃないか、やだよー、僕無個性なの」
「ええ……じゃあご自身の出身地でどうぞ、僕はギリシャのキャスターとかでいいです」
「謙虚だね……」
こほん、と咳払い。
フードの青年は蛇が巻きついた杖を掲げ、朗々と夜のトランシルヴァニアに宣言する。
「私はエピダウロスのアヴェンジャー、貴方達から病と死を退ける、ただ一人の医者です」
聴衆の目が輝く。竪琴は一層、言葉を補助するように続けられた。
夢のように戯言のように、真実と虚偽と、欺瞞と愛を語るのだ。
「さあ――私の病院へどうぞ」
フードの下で蛇のような金色の瞳が輝く。
僅かに覗いた、夜闇の黒髪と深い笑み。
今宵回帰譚が始まる。
死はあらず生は飽和し、人々は還り続けるのだ。
最終更新:2017年07月04日 14:51