「ごめん」
「いや、私に言われても困るさ」
藤丸が目を覚ますと、そこは和室であった。
敷かれた布団で寝かされていた。
隣を見ればすでに起きていたアサシンと目があった。
布団からもぞもぞと這い出て初めにしたことは謝罪である。
「私も彼女を倒し損ねた」
「……倒したと思った」
「私もだ」
藤丸はあの時敵が壁になり現場を見てはいないが確かにアサシンはアーチャーに致命的な一撃を加えたはずだ。
それがアサシン自身がよくわかっていることだ。
なのにアーチャーは涼しい顔であの女性……市と合流していた。
謎だ。
謎と言えば市が何かつぶやいたときに起きた不調もそうだ。
完全に敵の戦力を見誤った。
「酒呑とノッブどこにいるか知らない?」
「いや、分からん」
「……大丈夫かな」
「あの二人はそう簡単に死なんと思うがね……こほっこほっ」
咳ごむアサシン。
胸を押さえ、額に汗が浮かぶ。
肺から出たような咳であった。
「大丈夫?」
「あぁ、あれを使うとどうにもな。普段はこれほど悪くないんだが」
「普段から体の調子が悪いんだ」
「英霊なのにな。全くお笑いだ」
『もしかしたら彼はそういう経歴を持った英霊なのかもしれないね』
突然の通信にアサシンがびくりと飛び上がる。
藤丸は慣れたことなので涼しい顔だ。
「ダヴィンチちゃん。出てくるの遅くない?」
『いやすまないね。こっちもいろいろあったのさ……』
「あ、ここって現代の京都で言ったらどこらへんか分かる?」
『ん、んー。ちょっと待ってくれたまえよ……うん、大体鴨川の辺りだよ』
「鴨川」
『知ってるかい? 私はあまりそっちの土地勘がないんだけれど』
「うん。大丈夫だよ鴨川ね」
『さて藤丸君。いいニュースと悪いニュースがあるんだけどどっちから聞きたい?』
「悪いニュースからで」
『私たちはそちらへの積極的な干渉は出来ない』
「……いいニュースは」
『そちらで出会った英霊の真名の解析に注力出来る』
藤丸はため息をついて頭を掻いた。
カルデアからのバックアップは大事だ。
ただそれに今まで頼りきりでやってきたわけでもない。
カルデアの支援があまりない状況での活動も一度や二度ではない。
「えっと、原因は?」
『現在解析中なんだけどね。そちらの特異点の状況を確認し続けると機械がオーバーヒートを起こすんだ』
「なにそれ。誰かが妨害してるってこと?」
『多分ね。もしかしたら魔神柱側から何かしているのかもしれない。だから通信や魔神柱の探知は積極的に出来ない』
「……魔神柱がどこにいるか分からないっていうのはちょっとね」
ここで出会った英霊すべてを倒して無理やり引きずり出すとは言えない。
先ほどアーチャー達にハメられ、今こうやってどこかに連れていかれているのだから。
『君の存在の証明は可能だから君自身がそちらで活動する分には問題はない。そこは安心してくれていいよ』
それが分かれば十分と藤丸は頷いた。
現地にいる自分は現地での活動を裏方のカルデアは裏方の状況を何とかするしかない。
機械がオーバーヒートを起こすという物理的な妨害というのは気になるが、こちら側からはどうこうできないだろう。
「今までに会った英霊で魔神柱の反応があったのは?」
『いや、今のところ反応があった英霊はいないよ』
「そう……ありがとう」
『いいとも。さて、そろそろ限界かな。とりあえずいったん切るよ。また後で、機会があれば』
「うん。頑張ってね」
『もちろんだぜ。私は天才だからね』
『先輩、無事をお祈りいたします』
「うん」
通信が終わり、藤丸は自分が寝ていた布団に体を預けた。
天井を見つめ目を細める。
これからどうするか。いや、どうなるか。
「おう、何をしておるかお主ら!」
「ノッブ」
「うちもおるで」
襖を力強く開けて入ってきたのは信長と酒吞童子。
その後ろにはまた申し訳なさそうな顔をした市がいる。
後ろに静かに控える姿は非常におしとやかで大和なでしこといった感じだ。
しかし意識が消える前の事があるのでなんとも言えぬ感情が湧いて来たのも事実であった。
「大丈夫だった? 何かされてない? 怪我とかない?」
「この通りぴんぴんしておるわ!」
「……あの、よろしいでしょうか」
「えっと……市さん、だっけ」
「……市で構いません」
深々と頭を下げる市。黒い髪が床についた。
すらっとした印象の背格好をしている。
隣のアサシンがぽうっと呆けた顔で市を見つめていることに気付いた。
彼の頭の中を覗けばどのような光景がうつるのであろうか。
藤丸は少し興味がわいたがそれを確かめるすべはない。
「どこにいたの?」
「ん? うちらは旦那はんの隣の部屋におったよ。それでこの人から話あるからついてきぃって」
「……私じゃなくてアーチャー様が、ですけれどね」
「そういえばそんな感じじゃったのう。よし行くぞ。市、案内せよ」
「……あ、はい。どうぞ、お二人も」
拒否する理由もない。
アサシンと藤丸を加えて五人は廊下を歩いていく。
長い長い廊下だ。一歩踏み出すたびに返ってくる感触はカルデアの床と違う。
大きなお屋敷といった感じの内装である。
純日本人日本育ちの藤丸だが一般家庭の生まれだ。
精神的にこちらの方が落ち着く。
「にしても誰もおらんのう」
「……すいません」
「いや別にいいんじゃけど、全然もてなしてほしいとか思ってないんじゃけど」
「そういえばノッブ。市ってことはその……」
「うむ。こやつはわしの妹のお市じゃ。いや、まさかこんなところで会えるとは思わなんだ」
「……私もです姉上様。先ほどは無礼を」
「よい、許す。理由もなんとなくわかったしのう」
「理由?」
「……私ははぐれた英霊としていた所をアーチャー様に拾われました。その恩返しにあの方の仕事のお手伝いをしています」
「そうなんだ」
市はそういう経緯でここにいるらしい。
アーチャーははぐれサーヴァントを抱え込んでいるのだろうか。
しかしだとしたらあの時にもっとサーヴァントを投入していいはずだ。
あの場で援護に駆け付けたのが市だけだったのだから彼女だけなのかもしれない。
「……着きました。ここです……アーチャー様」
「入っていただいて構わないわ」
襖が開かれれば部屋の中央には正座をしたアーチャー。
遊撃衆のメンツはここにはいない。彼女だけだ。
目の前に並べられた四つの座布団は藤丸たちのために用意されたものだろう。
部屋は藤丸たちが寝ていた部屋よりもはるかに広い。
アーチャーの背後にはいかにもといった感じの屏風が置かれており、黒鳥が空に上がっていく様子が描かれていた。
市はアーチャーの後ろに控えた。
どっかと座る信長。手に持った盃を置き滑るように素早く座る酒呑。
恐縮したように正座をするアサシン。そして周りの感じを見てからちょこんと正座をしたのは藤丸だ。
「改めまして、私が遊撃衆の頭領。京のアーチャー。ここは我々遊撃衆の御所にして詰所。いわば拠点よ」
堂々とした様子のアーチャーである。
意識を失う前の藤丸に語り掛けた彼女はもう少しお淑やかだった気がしないでもない。
もしかしたらそれも勘違いなのかもしれないが。
とにかく遊撃衆の拠点という事は敵陣の真っただ中といえるだろう。
暴れるのは得策ではないし、元からそんなことをする気もなかった。
「ひとまず、あなた方の疑問にお答えしましょう。何分、ここにきて日が浅いと思いますので」
質問。質問か。
藤丸はそう言われて首をひねる。
彼の中に何か疑問がなかったわけではないのだが、いざ聞く現場に出くわすと何を聞いたらいいのか分からない。
「なぜあなたは生きているのかを聞いても構わないか」
初めに手を上げたのはアサシンだ。
「残念だけど、あなたの質問には答えないわ」
「なぜだ」
「私はあなたが嫌いだからよ」
「……勝手だなぁ」
「文句があって? 一応言っておくけれど、あなたの債務は全て遊撃衆が肩代わりしたから、これからは私に返済しなさい」
さっと血の気が引いたアサシン。
ふんとアーチャーは鼻を鳴らした。
「えっと、その、市さんが遊撃衆でお世話になったって言うのは聞いたんだけど、他にサーヴァントがここにいたりするの?」
「遊撃衆には私とランサー以外の英霊はいないわ」
「あぁ……そうなんだ」
さらりと市がランサーのクラスであることが知れてしまった。
藤丸の記憶の中には市という人物についての簡単な記録がある。
第六天魔王織田信長の妹にして浅井長政の妻であり、浅井三姉妹の母。
娘の茶々も姉の信長もカルデアにいるあたり、何らかの縁があるのかもしれない
「藤丸。他に聞くことがあるじゃろう。アーチャー、わしらはアサシンからここがこの国の首都にして心臓部と聞いておる」
「えぇ確かに……ここは永久統治首都京都よ」
「誰がこの国を治めておる」
珍しく真面目な調子であった。
いつものぐだぐだした空気とは違う。
一人の武将として天下を獲ろうとした信長ゆえなのだろうか。
「まぁなんともいえん街並みじゃが見どころはありそうじゃ。誰が作った?」
「表向きは帝がしているわ」
表向きであれば当然裏がある。
「真にこの国を治めているのは私達遊撃衆。そしてもう一人の英霊」
「二人で国を治めておるのか」
「私達が警備、そしてもう一人が政を司っているの」
「なんじゃ、お主ら小間使いか」
「ひどいことを言うのね。分担しているだけよ」
信長の挑発じみた言葉をさらりと受け流した。
アーチャーは冷静だ。
その心は穏やかで静かに藤丸や信長を見つめている。
「じゃあ、うちも質問ええやろか。はっきり言うてうちらはこれからどうなるんかっちゅうことなんやけど」
「そ、そうだ。それが大事だ。なぁ、藤丸君」
「ん。そうだね」
「……ここにあなた方を呼んだ理由はそれについてよ」
意識を失う前の耳打ち。
アーチャーは藤丸たちのしばらくの安全を保障すると言った。
それは護送するまでの間ということなのだろうか。
ここでの話の結果によっては大変なことになりそうだ。
「単刀直入に言って、あなた方に遊撃衆の一員になってもらいたいの」
「は?」
「この京都は私達の統治によって安定してきているけれど、まだ安心安全の街じゃない。
そこにいる借金大王だけでなく、この土地柄と私達英霊の召喚のせいで引っ張られてきたのか現れた妖怪変化」
問題はまだ山のように残っている。
アーチャーは真面目にそう言った。
「借金はまぁ民間の依頼なのだけど、妖怪なんかの人外の対応はお上からの依頼。無視は出来ない」
遊撃衆は依頼を受けて問題を解決する。
その遊撃衆にとって最大の依頼であり問題は人外の対応。
「人間のやることはたかが知れているのだけど、化け物は違う。私とランサーだけでは手が回らない時だってあるわ」
「その人手を足すためにわしらを使いたいと、いうわけじゃな?」
「えぇ。名のある英霊であるあなた達が仲間になってくれれば、私達はより迅速に依頼を達成できる」
アーチャーの頼みは予想外のことだったが、敵対した自分達を生かす理由はそれぐらいではないかとも思える。
我々を排除したいのならば意識を失ったあの時に鉛玉を頭にぶち込めばよかった。
「承諾も拒否も好きにしてくれたらいいわ」
アーチャーはこう言っているがこの交渉は恐らく通る前提の交渉であろうと藤丸は考えていた。
彼女の態度や雰囲気は拒否を許ストは思えない。
拒否をしてならばここで死んでもらうと言われてもおかしくない。
一戦交えたあとだからこそ分かることだが、数的に見れば先程よりも幾分マシではあるものの英霊二人が相手。
なおかつ遊撃衆がどこかに隠れていないという保証もない。
アーチャーは致命的な傷を負ってもそれを治し立ち上がれる能力を持っている。
市は未知数だがあの時の不調が彼女なせいであれば、問題が起きた時にはすぐにでもそれを使うはず。
敵地の中央。先程のようにやれば出来るなどという気持ちで乗り越えられる場所でもない。
「大丈夫よ。私達は腐っても天下の両翼を担っているの。無益な殺生も人の道に反することはしない。
無差別に妖怪を殺したいわけじゃない。ただ、人に害をなしたものを退けるのは仕方のない事なのよ」
「……分かった。けど、約束して欲しいことがある」
「何かしら。お金とかはきちんと支払うけれど?」
「天下を統一してるもう一人の英霊に合わせて欲しい」
天下の両翼。もう片方。
その英霊はこの異常な状態の京都に深く関係がある英霊のはずだ。
そことの接触を約束させる。もう片翼である遊撃衆の頭領であれば可能だろう。
藤丸はただ彼女の元につく事を選ばなかった。
「……構わないわよ。ただし、それ相応の実績を残してもらうわ」
「それぐらいなら、やってみせる」
「そ。でも実績の目安がないといけないわね……そうね、京都にははぐれた英霊がいるのだけれどそいつらを捕縛してもらおうかしら」
「……分かった」
これこの場において彼らの契約は締結した。
特異な京の街、そこを治める遊撃衆。
上手く懐に潜り込めたか、それともただ彼女の手のひらの上で踊らされるのか。
どちらに転ぶか、その答えはまだ誰も知らない。
最終更新:2017年07月14日 01:27