街の外れでパンパンと破裂音がする。音の主は鉄砲。それを操る主は遊撃衆の者達である。
乱れぬ隊列でもって藤丸達を狙う遊撃衆。
信長はいくつもの銃を生み出してはそれに対応していく。
酒呑童子は敵の懐に飛び込みその隊列を崩し、その金剛力で敵を吹き飛ばした。
酒呑童子の吐息、言葉に含まれた甘い酒気が遊撃衆を鈍らせる。
普段は藤丸に調整するようにと言われてはいるが、戦場においてそんな約束は羽よりも軽く扱われる。
彼女達と契約を結んだマスターである藤丸はアサシンとともに後方にいた。しかしそこも安全という訳では無い。
信長達の攻撃を免れた者や近くの建物の影から現れた遊撃衆は直接藤丸を狙いに来る。
「大丈夫? アサシン」
「大丈夫だ。今のところは」
アサシンが石を掴んで投げればそれが爆発し遊撃衆を襲う。
破裂し石の弾丸が遊撃衆の肌を裂き肉へと食い込む。
怯んだ遊撃衆を力任せにぶん殴り、時にかわし、藤丸達は逃走のタイミングを伺っていた。
「次から次へとキリがないのう!」
「いまいち手応えもあらへんしなぁ」
確実に敵を倒しているが敵が減っているという実感ははっきりと言ってなかった。
どこからか現れる遊撃衆。このままこちらだけが消耗していけばジリ貧だ。
「やはり……藤丸君。私に考えがある。ただ少し君が危険になるが大丈夫か」
「それしかないなら、やるしかない」
「……いいかい? 私がアーチャーを狙う。ただ君から離れることになる」
「じゃあ僕は安全なところに移動した方がいいね」
「その通り。ただ、こいつらの包囲網を抜けるのは難しい。だから君と一緒に来たあのアーチャーの少女の所に行くといい」
信長だ。藤丸は彼女との距離を確認する。
全力で走ればそう時間はかからないだろう。
しかしそれまでの間に遊撃衆が邪魔立てをしないとは限らない。
いや、確実に彼の行く手を阻むであろうことは明らかだ。
酒呑童子や織田信長は強力な英霊である。
ただの兵隊では彼女達に敵わない。だが藤丸はどうか。
人理修復をなし人類を救った男だが遊撃衆の者と正面から闘って勝てるのだろうか。
捕まってはいけない。一撃を喰らってはいけない。
一気に駆け抜けるしかない。
覚悟は決まっている。行くしかない。
「分かった。準備は出来てるよ」
「では頼んだ。私は私の出来ることをする」
藤丸は駆け出した。
まっすぐだ。ただまっすぐに走る。
信長の姿が大きくなる。近づいている。
「私も行くか……」
アサシンは駆け出した。
まっすぐだ。ただまっすぐに走る。
京のアーチャーの姿が大きくなる。近づいている。
「……宝具疑似展開。我が姿、我が名、我が人生、誰も知らず……全て弾ける泡の如く」
アサシンがつぶやく。
徐々に彼の姿が揺れる。彼自身がというよりは彼の像が揺れているのだ。
まるで陽炎のように揺らめき空気と溶けあい、やがてその姿は完全に見えなくなってしまった。
彼を見失った遊撃衆の間をすり抜け京のアーチャーに接近していく。
アサシンの心臓が早鐘を打つ。
手が震える。歯に異常なまでに力が入っているのが分かる。
緊張。
(大丈夫だ。触れればそれで私たちの勝ちが決定するのだから……!)
手を伸ばす。
ア―チャーまでの距離が縮まる。
後、数寸。直に彼は仕事を終えることが出来る。
――――はずであった。
「アサシン。いるんでしょう?」
「!」
「あなたのやり口は知っていると言ったはずよ。私を誰だと心得ているのかしら」
「……」
見えていない。アーチャーはアサシンの存在を確信した口ぶりだがアサシンがどこにいるかは把握できていないはずだ。
アサシンが消えて遊撃衆の面々が彼を認知できなくなったのと同じように、彼女もアサシンが見えていない。
それはアサシン自身が良く理解している。
ハッタリだ。彼女は嘘をついている。
見えるはずがない。分かるはずがない。疑似宝具という切り札。真名を知らぬ彼が持つ切り札。
理解している。把握している。その性質を知っている。
「……私は騙されない」
「!」
アーチャーが動いた。
持った銃を横薙ぎに振りアサシンに攻撃を加えたのだ。
しかしアサシンはしゃがみこんでその攻撃をかわした。
アーチャーが銃を構えるよりも早くアサシンの手のひらが彼女の腹に触れる。
「取ったァ!」
「……あら」
「動くな。動くなよ。あなたは知っている。私の疑似宝具の効果を。王手を取ったのは私だ」
アサシンの姿が現れる。
突然現れた彼に遊撃衆は慌てたように銃を構えるがアーチャーがそれを制した。
「今すぐ下がっていただきたい。私は別に殺生がしたいわけじゃない」
「嫌よ。私たちの目的はあなたたちの捕縛。後退ではないもの」
「あなたらしくない。私たちを見逃してくれればその身の安全は保障する」
汗一つ流さず自然のままのアーチャー。
追い詰めたはずのアサシンの方が追い詰められた表情であった。
彼の宝具はすでに彼女の心臓を掴んでいる。
生殺与奪を握っているはずなのだ。
しかしアーチャーの余裕が不安をあおる。
「ねぇ。押しなさいよ」
「……」
「馬鹿ね。そういう甘さが命取りになるわ。交渉なんてして何になるのかしら。そういう時は迷わず発動してしまうのよ」
「……くそっ!」
アサシンが彼女に触れた手を握る。
それとタイミングを同じくしてアーチャーの腹が爆ぜた。
「ふ……ふふ……アサシン。わた……し……の……か……」
彼女の着物が盛り上がったと思えば赤い塊が飛び出しあたりに散らばる。
残った着物の生地は赤く染まり、アーチャーは自分からぶちまけられたモノを静かに見ていた。
口から零れる赤い血。彼女の体は揺れて、静かに倒れた。
「と、頭領!?」
「頭領ーー!」
遊撃衆がアーチャーの元へと殺到する。
アサシンや藤丸たちなどに目もくれない。
一直線にアーチャーに駆け寄れば彼らの塊でアーチャーの姿は見えなくなった。
「……今だ! 逃げるぞ! 彼女が死んだかは分からないがとにかく深手を与えた!」
アサシンの叫びに頷き、各人が戦闘領域からの離脱を試みる。
何度か振り返るアサシン。物悲しそうな顔をしている彼の着物を引っ張り藤丸たちは逃げた。
「アサシン、前」
「ん? どうした藤丸君」
人だ。一人の女性がいる。
長い黒髪を持つ女性が申し訳なさそうな表情で立っている。
「待て藤丸! あやつをわしは知っておる!」
「……今こそ時は極まれり」
小さく聞き取りにくい女性の声。
次に彼らが感じたのは息苦しさだった。
まるで周囲の酸素が薄くなっているかのような息苦しさ。
続いて理由の分からない不安感が襲ってくる。
「なんじゃあ、この気持ちの悪さは……」
「悪酔いにしてはいき過ぎやわ」
「体……重い……」
明らかな心身の不調。
気付けば藤丸たちは膝を折り、その場から動けなくなっていた。
申し訳なさそうに彼らを見下ろす女性の視線を感じながら。
「遅かったわね」
「……すいません」
「別にいいのよ。あなたが来てくれたからこそ私の任務は達成されたんですもの」
霞む視界。吐き気。動悸。息切れ。焦燥感。不安感。
倦怠感。頭痛。耳鳴り。関節痛。幻覚。
頭を内側からひっかきまわされるような不快。
それらになんとか耐えながら声のする方向を向いた。
「嘘だろう……」
そこにいたのはアーチャーだ。
先ほど腸をぶちまけ地に倒れたはずのアーチャーがいるのである。
藤丸達はそれを疑問に思ったがじきにその疑問は謎の不調により塗りつぶされた。
「なぜ……なぜお主がそこにいるのじゃ……」
「ノッブ……?」
「なぜじゃ……市……」
「ごめんなさい。姉上様……」
地に伏すように頭を下げる市。
アーチャーはつかつかと藤丸に歩み寄り、耳打ちする。
「異邦からのマスター、藤丸。これよりあなた達を確保します」
「……」
「ですが、あなた達の命は奪いません。身柄の拘束はさせていただきますが、それも我らが御所に着くまで」
「どういう……こと?」
「詳細は後でお話します。これまでの無礼をお詫びするとともに、あなた達のしばらくの安全を保障します」
その言葉を最後に藤丸達の意識は途絶えた。
最終更新:2017年07月14日 01:28