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都市、黄金を求めて

「――ほざくかッ!! テスラァァァーーッ!!!」

 人理修復を終えたカルデアの中央管制室に、獅子頭の巨漢の怒声が響き渡った。
 キンキンと広い室内に木霊する声は爆弾でも炸裂したみたいで、思わず俺は反射的に耳を塞いでしまう。
 見れば、他のスタッフ達も同じだった。片手で作業を続行しつつ、もう片方の腕を使って器用に両耳を塞いでいる。
 流石にこの一年間、あらゆる場面にも対応し続けた皆だなあと変に感心していると、獅子の彼の逆鱗に触れた"宿敵"が、やけに通りのいい音で鼻を鳴らした。

「殴られたってやめないぞ、エジソンよ」
「一発とて当たっていないではないか……!」

 憤怒の形相を浮かべながら振るわれるライオン男の拳は、彼自身が言う通り一発としてその宿敵を捉えられない。
 ひらりひらりと嫌味な微笑に顔を歪め、捌いていく。
 端からはどう贔屓目に見ても仮装パーティーにしか見えない絵面だが、侮るなかれ。この二人は共に人類史に名を遺し、英霊の座へと召し上げられた大碩学。人類史を守る為に俺と一緒に戦ってくれた、カルデアのサーヴァント達である。それも、とびきりの有名人。

 彼らの名を知らない現代人など、余程学がないか、そもそも習っていない子供であるかのどちらかだ。
 俺もあまりその辺りの知識があるわけではないけど、この二人のことは知っている。今の自分達の暮らしは、彼らの偉業なくしては有り得ないといっても過言ではない。遠い未来の時代まで、彼らの名と遺した技術は受け継がれていくことだろう。……そんな大偉人達の有様が、今目の前で繰り広げられているこれなのだが。
 獅子の頭持つ発明王、改良と大量生産のエキスパート――トーマス・エジソン。クラスはキャスター。
 神の雷霆を貶めた雷電王、エジソンの宿敵たる男――ニコラ・テスラ。クラスはアーチャー。
 音に聞く天才達も一度顔を合わせればこの通り。無から(ひだね)を生み出して、小学生かあなた達はと呆れたくなるような幼稚な喧嘩を始めてしまう。

「何故解らんのだ凡骨よ。貴様の直流などという遅れた概念では、彼らが直面している問題を解決など出来んのだと」
「笑わせるなミスター・すっとんきょうめ。貴様こそ、いつになったら解るのかな?交流などという胡乱な電気では役者が足りんと」
「あん?」
「やるか?」

 余裕ある態度でエジソンに相対していたテスラも、スイッチが入るとこの通り。
 エジソンがパンチを繰り出し、テスラがバチバチと電気を走らせる。
 ちなみに本人達曰く『手/電気が滑っているだけ』だという。

 ――事の発端は、管制室にあるそこそこ重要らしいマシンの基盤が不調であるとスタッフがぼやいているのが、よりにもよって小競り合い中の天才達の耳に入ってしまったことだった。
 お互い相手の優位に立てるポイントを欲してやまない時にやって来た格好の勝負に、飛び付かない天才達ではない。
 いや実際問題、稀代の天才であるエジソンとテスラに電気分野で力を貸して貰えるなんて、それこそ一生の思い出レベルの光栄なことなのだろうけど……結果はこの通り。
 直流でも交流でも実際作業に取りかかればすぐに解決してしまうだろうに、どちらの種類の電気を使うかで既に五分ほど揉めている。俺も「まあまあ」とか「直してからにしない?」とか宥めているが、俺ではどうも不足らしい。俺、一応マスターなんですけど。聖晶石をそこそこ積んで貴方達召喚したんだけど。トホホ。

 閑話休題。
 天才達のいざこざを止めるには、俺なんて問題にならないくらいの適任がいる。
 彼らが揉め始めるのはいつものことだが、その度仲裁の為にどこからともなく"彼女"がやって来るのもまたテンプレートだ。そう。彼らは基本、三人で一組なのである。そんなことを聞いたら天才二人は目の前の相手を指差して大変に憤慨するだろうが、この個性的な天才共をして頭の上がらない、もうひとりの才人がカルデアには存在するのだ。
 そのサーヴァントの名は……

「――あー! もう、あなた達! またやってるの!?」

「「うっ!!」」

 エレナ・ブラヴァツキー夫人。
 神智学の祖と謳われる、カルデアの中でもダントツに謎の多いサーヴァントだ。ちなみにクラスはキャスターである。
 エジソンやテスラと同じ時代を生きた彼女は、こうして何かと暴走しがちな彼らを叱ったり宥めたりするポジションに居る。生まれ持ったものなのか否かは定かでないが、びっくりするくらい所謂オカン的な立ち位置が板に付いている。
 彼女がオカンならさしずめエジソン達は天才児、だろうか。

「コフィンの不調を二人で直しに行ったと聞いたから、もしやとは思ったけど。
 あたしがこうやって言うの、もう何度目かしら? どうしてあなた達天才児は懲りないの?」
「い、いや。しかしだな、エレナ君。大事なカルデアのシステムに交流など用いては――」
「ふん、相も変わらず電気の安全危険の区別も付かんとは笑わせる。
 我が直流こそこの問題を最もスマートに解決出来る万能のデウス・エクス・マキナである」
「何だと?」
「何か?」

「二人とも、だまらっしゃい?」

「「ハイ」」

 にこっ、という擬音が似合いそうな可愛らしい笑顔で二人を制するエレナの背後に、俺は確かに巨大な力を見た。
 時として微笑みはどんな鬼の形相にも勝る威圧になるのだと、改めてそう理解させられる。
 現に見よ、エジソンもテスラも、すっかり強すぎる我を引っ込めてシュンとしている。
 カルデア広しといえど、この二人をこうもあっさり鎮められるのはエレナ以外には居まい。

「はあ、まったく。あなた達の手に掛かれば、どっちの電気を使っても簡単に済んじゃうでしょうに。
 つまらない喧嘩をしてた時間で、二回分くらいは直せたとあたしは見るわ。ほら、引き受けたんならさっさと直す!!」

 母親に叱り付けられた男子小学生のように粛々と作業へ向かう紳士と獅子の背中は、心なしかいつもより小さく見えた。
 そんな天才達の背中を見てふふんと自信げな笑みを浮かべ、エレナは俺――藤丸立香の方へと顔を向ける。
 史実として伝わっているブラヴァツキー夫人とは似ても似つかない、少女期まっしぐらといった人相。子供時代の姿で召喚されるサーヴァントというのは珍しくないが、彼女の場合、死ぬ瞬間までこの姿のままだったという。ちなみに、エレナ・ブラヴァツキーの享年は五十九歳だ。……うーん、黒髭辺りが飛びつきそうな話。

「ごめんなさいね、マスター。あの通り実力はあるんだけど、いかんせん中身が子供だから」
「いや、見てて結構楽しかったよ。スタッフのみんなも、あの二人はああじゃないと、って思ってるはずさ」

 何せ、一年間も共に過ごしてきたのだ。
 俺に限らず、スタッフ達も、サーヴァントの人となりは概ね把握している。
 エジソン達の喧嘩は、言ってしまえばカルデアの名物みたいなもの。
 教科書で知識として知るしか出来ない天才達の電流戦争を実際に自分の目で見られる機会をありがたがっている者も多い。確かに、歴史好きには垂涎ものの光景だろう。……少し戦争の意味が直接的過ぎるきらいはあるが。

「そういえば、アガルタの時の傷は大丈夫? 治癒は自分でかけたって言ってたけど、何か後遺症があったりとかない?」
「見くびってもらっちゃ困るわ。あのくらいの傷なんて、このあたしにしてみれば大したものじゃないんだから。
 ……流石にあそこで追撃されてたらマズかったけど、川に落としただけで満足してくれたのは良かったわね。でもそれはそれとして、もしカルデアに召喚されるようなことがあったら、たっぷりお礼をしてあげないと」

 今から半月ほど前のことだ。
 二つ目の亜種特異点――伝承地底世界・アガルタで、エレナはあるサーヴァントによって深手を負わされた。
 しかしそこは電気の子達と同じく天才の名を恣にする彼女。殺された風に見せかけて傷を癒やし、最後の最後に颯爽と現れて、俺達を助けてくれた。
 俺も大丈夫だろうとは思ってたけど、やっぱり心配なものは心配だ。
 思えば面と向かって訊いてはいなかったから、確認の為にも一応こうして聞いてみたわけである。

「ふう。実際に取り組んでみれば、なんてことのない案件だったな」
「全くだ。我が交流の真髄を発揮出来ず、残念だよ」
「本当に早っ!?」

 天才達がシステムの修理に取り組み始めてから、まだ二分も経っていない。
 彼らがカルデアでこうした仕事をしているところはこれまでにも何度か見た覚えがあるが、その度に、天才という呼称の正しさをひしひしと感じる。何が凄いって、大体の場合、彼らの手に掛かった箇所は元々のそれよりも優れた形に修復されているらしいことだ。それでこの所要時間なのだから、カルデアを運営する側のみんなにしてみれば、これほどありがたい存在は居るまい。

「今度からは喧嘩する前に受けた仕事をちゃんとこなすこと。解った?」
「……エレナ君が言うなら仕方あるまい。それで良いな、テスラよ」
「……異論はない。――まあ、貴様が如き凡骨に仕事を委ねるくらいなら、このニコラ・テスラの下へ駆け込んだ方が良いというのは微塵も変わらんがな」
「何だとぉ!?」

 ぎゃーすぎゃーすとまた言い争いを始める天才達だが、二人が今"なんてことのない"と評した仕事のおかげで、スタッフ達の睡眠時間がざっと数時間ほど守られたのだ。今口々に「良かった」「電気はすごい」と喜びを分かち合っている彼らの目には、紳士と獅子の姿はさぞかし輝いて見えているに違いない。

「第一おまえには余裕というものがあまりにも欠けている。
 グラハム・ベル然り、ベンジャミン・フランクリン然り!
 私の知る雷電の碩学達は皆、貴様のように下らん揉め事を良しとしない知性と教養に富んでいたぞ」
「笑止! 私が貴様などとこうしてじゃれ合っているのは、ひとえに君を観察しているのだよテスラ君(・・・・)
 交流などという妙ちくりんな電気を信仰する変態の底はどんなものか、いつも楽しく見させて貰っているぞ」

 アメリカンな笑みを浮かべてテスラを煽り返すエジソンに、紳士の眉がピクリと動いた。
 だが不快げな顔をしたのはほんの一瞬。すぐにその顔は、また自慢げで嫌味なものに変わる。
 いや、それどころか――出来の悪い教え子でも見るみたいな、トーマス・エジソンが無視できない手の表情に。

「な、何がおかしい……!?」
「何、些細なことだよエジソン君(・・・・・)

 顎を上方に突き上げて上から目線になり、テスラは続ける。

「直流ごときでは所詮、"星の開拓者"にはなれないのだと思うと……急に君がいじらしく思えてしまってな?」
「ぬぐあっ!? 貴様……人の気にしていることをッ!!」

 大袈裟に仰け反るエジソンに、勝ち誇った笑みを見せるテスラ。
 視界の端ではエレナが、またこの子達は、と言うような溜息を漏らしている。

 ――と、その時だった。かつかつと、聞き覚えのある足音がし始めたのは。

「それは仕方ないさ。何しろトーマス・エジソンは"開拓者"より"改良者"の側面が強い英霊だからね」
「レオナルド君……!」

 レオナルド・ダ・ヴィンチ。俺やマシュが言う所の、ダ・ヴィンチちゃん。
 自身の描いた名画と全く同一の姿形を取った彼女もまた天才であり、エジソンやテスラに劣らぬ、それどころか勝るほどの知名度を持った大英霊だ。万能の天才という二つ名だけでも、その叡智の桁が常人のそれとはかけ離れていることが窺える。余談だが彼女も、スキル『星の開拓者』を持つ英霊である。

「とはいえ、私的には持っていても良いとは思うけどね。
 その辺りはまだまだ未知数のところがあるし、明らかにするには本腰を入れて調べてみる必要がありそうだけど」
「む……」

 ダ・ヴィンチちゃんに言われては、さしものテスラも無碍には出来ないのか口ごもる様子を見せる。
 エジソンはそんなテスラに、先程彼が自分にやってみせたような見下しの姿勢を取っていた。
 エレナの言葉じゃないけど、こうして見ると本当に"天才児"という感じだ。或いは彼らのように童心を忘れないことこそが、人類の歴史に名を刻む第一歩なのかもしれない。
 この場には居ないけど、バベッジさん辺りもその類だろうし。

「それはともかく、ありがとうね二人とも。何を隠そうたった今、丁度急ぎの用事が入ったんだ。
 君達がシステムを修復・改良してくれなかったら、ちょっとまずい展開になっていたかもしれない」
「おや、それはグッド・タイミングだったな。心配無用、システムは完全に修復されているよ。
 カルデアの機構を全て把握している訳ではないが、コフィンが暴走して不慮の事故――という事態はまずないだろう」

 自信満々に太鼓判を押すエジソンと、それにうんうんと頷くテスラ。
 どんな心配性でも、トーマス・エジソンとニコラ・テスラの二人に万事安全と言われては不安のふの字も残るまい。彼ら二人がかりで修理してミスが残るなら、世界の誰がやってもミスが出る。
 ダ・ヴィンチちゃんもその辺は信用しているみたいで、特にあれこれ訊く様子もない。
 ……それにしても――急を要する用事か。コフィンやそれに纏わるシステムが関わってくるとなると十中八九レイシフト絡みだろうし、そこまで推測出来たなら答えはもう出たも同然だ。人理修復の一年間から今に至るまで、本当に何度も繰り返した"アレ"。アレをやる時が、またしてもやってきたらしい。

「もしかして、また亜種特異点?」
「ご名答だ。アガルタほどじゃないけど、また妙な場所、妙な時代に特異点が見つかってね。
 放っておけば何が起きるか分かったものじゃない。立香くんには苦労を掛けるけど、今から二時間後を目処に、新たに確認された亜種特異点(レムナント)へとレイシフトしてほしい」

 また随分と急な話だが、そんなのはもう慣れっこだ。
 最初から最後まで、思えばほとんど心の準備なしで突っ走ってきた。
 だから今回も俺に恐れや緊張はなく、二つ返事で頷くことが出来た。

「分かったよ、ダ・ヴィンチちゃん。それで、今回の特異点は一体何処なの?」
「よく聞いてくれた。なんとね、海上(・・)だ。1900年の、ね」

 海上――海の、上。
 否応なしに想起させられるのは第三特異点、オケアノスだ。
 あの時は封鎖された海域を舞台に戦ったが、今回もどこかの海を舞台に航海することになるのだろうか。
 それらしい海なんて、俺の歴史知識じゃバミューダ・トライアングルくらいしか思い付かないけど。
 そんなことを考えているとエレナが、「もしかしてバミューダ・トライアングル!?」と興味津々な様子で食い付いた。残念ながら違うとダ・ヴィンチちゃんに苦笑されて、落胆した様子を見せる姿が何とも可愛らしい。

「本来何もない筈の海上に、正体不明の島々が観測された。
 オケアノスのそれとは全く異なった、それこそ海上であるくらいしか共通点のない特異点だ。
 でもね――共通点ではないけど、不思議な近しさはある」
「それは、どういう?」
「位置座標がオケアノスのものにかなり近いんだ。もちろん人間が歩いて移動する距離としてはかなりのものだけど、地図上で見れば近いといって差し支えない」

 何しろ浅学な俺だから、その情報でピンと来るものは何もない。
 だがエレナは違ったようで、今度は高揚ではなく、純粋な知識からダ・ヴィンチちゃんに話しかけた。

「最果てのオケアノスに近い海域にある、存在しない筈の島々――幸福諸島、かしら?」
「私と同じ考えだ。通りの良い呼び名でいうなら、エリュシオン……かな」

 幸福諸島? 俺と、奇しくもエジソンが、同時に首を傾げる。
 テスラはエリュシオンの名でピンと来たのか、興味深そうに顎へ手を当てていた。
 かく言う俺も、エリュシオンという名前自体には聞き覚えがある。とはいってもゲームか何かで耳にした程度で、知識と呼べるものではとてもないのだが。健全な男子であれば一発で惹かれてしまうような格好いい語感だったから、不思議と記憶の中に残っていたようだ。

「ギリシャ神話で合っていたかな、レオナルド女史?」
「そうだね、合っているよ。マシュ、説明を頼めるかい?」

 確認を取るエジソンに頷くと、管制室の入口の方を見てダ・ヴィンチちゃんが"彼女"の名前を呼んだ。
 するとドアが左右に開き、一年の冒険を共にした愛すべき後輩――マシュ・キリエライトがいそいそと駆けてくる。
 人理修復後は特異点には同行せず、カルデアでオペレーター仕事をするのが主となっているマシュだったが、彼女の声は俺にとって結構な精神的支えになってくれる。ダ・ヴィンチちゃんほどうまい誘導はまだ難しいみたいだけど、やっぱり特異点を歩くには、マシュの存在が不可欠なのだと実感させられることが度々あった。
 俺がしみじみとしていると、マシュは「どうしたんですか、先輩?」と小首を傾げる。俺は「なんでもないよ」と苦笑して、彼女に幸福諸島、もといエリュシオンについての説明を求めた。

「エリュシオン、というのは元々、ギリシャ神話に登場する死後の楽園のことを指します。
 オケアノスの近くに位置する、気候温暖で芳香に満ちた島。
 冥界の審判官を務めるラダマンティスという人物が支配しており、神々に愛された英雄達の魂が暮らす、と」
「ふむふむ」
「ただ、恐らく今回観測されたエリュシオンは神話のそれとは全く別なものと推測されます。
 ……というのも、中世ヨーロッパに至るまでの間、エリュシオンは架空の島として世界地図に記載されていたんです。
 大航海時代の探検家達はこぞって『幸福諸島』と訳されたエリュシオンを追い求め、決して辿り着くことのない目的地を目指して旅を重ねた、と、歴史書には記されていますね」

 ……どういうことだ? クエスチョンマークが頭上に踊る俺を横目に、雷電紳士が手を鳴らす。

「ふむ、そういうことか! ラダマンティスの楽園ではなく、あくまで"無知な時代の民々が追い求めた架空の理想郷"という点をクローズアップし、作り出された特異点という訳だ」
「分かりやすい要約ありがとうございます、テスラさん。それで――合ってますよね、ダ・ヴィンチちゃん?」
「ああ。立香くんも分かったかい、今ので?」

 俺は一度脳内の情報を整理し、反芻して、自分なりに噛み砕いてから、やっとそれに頷くことが出来た。
 要はオリジナルの楽園じゃなくて、皆が夢見た未知の島が本当に現実へ出てきたと、そういうことらしい。
 テスラが分かりやすく纏めてくれたおかげで、俺もすっと理解出来て気分はさっぱりだ。
 エジソンはといえば、面白くなさそうな顔をしていた。
 彼自身、テスラの要約で理解出来たところがあるのだろう。おのれ天才めと、目で口ほどに物を言っている。

「例の如くイレギュラーずくめのレイシフトになるのが予想される、常に気は引き締めておくように。
 何しろ贋物の理想郷だ、ないとは思うけど、本物のラダマンティスなんかが待ち受けてる可能性もゼロじゃない。
 万全の戦力を付けて向かわせてあげたいところだが――」

「あたしが行くわ」

 一番最初に名乗りを上げたのはエレナだ。
 何事にも深い探究心をもって臨む彼女にしてみれば、伝説の楽園の名を冠する未知(ブラックボックス)の島はさぞかし魅力的なのだろう。俺自身、北米の一件でエレナ・ブラヴァツキーというサーヴァントの優秀さは知っている。何せ最初は敵として、その後は味方として戦ったんだから。

「アガルタの時はろくに探索も調査も出来なかったしね、あたしも欲求不満なのよ。構わないかしら、ダ・ヴィンチ?」
「良いだろう、ブラヴァツキー夫人。君の知識と発想力を、ぜひ立香くんに貸してやってくれ」
「もちろんよくってよ! ……というわけでよろしくね、マスター?」
「ああ、よろしく。頼りにしてるよ、エレナ」

 ダ・ヴィンチちゃんが言ったように、エレナの持つ知識や理論そのものが未知の特異点では大きな助けになり得る。
 今回みたいな特定の歴史をアーキタイプにしない、真の意味で何が起こるか予想も付かない特異点では、特にだ。
 俺や、ともすればダ・ヴィンチちゃんにも予想出来ない事態や到達出来ない解にも、彼女なら到達してのけるかもしれない。そういう意味でも、エレナはうってつけの人材といえる。そして、同行を志願したのは彼女のみではない。

「では私も出よう。――思えばこのニコラ・テスラ、特異点の修復に同行した経験はない。
 折角この星見台に人理の光として召喚されたのだ。偶には前線へ立ち、至高の雷霆を振るってやらねばなるまい」

 機械に置き換えられた片腕を掲げて不敵に笑う紳士だが、彼が志願した時点で、この先の展開は百パーセント確定している。そう、ニコラ・テスラが行くと決めたなら、この男が黙っていよう筈もない。紳士の痩身をタックルで跳ね除けながら、お待たせ、と言わんばかりに画面を席巻し、いい笑顔で微笑むは獅子頭のキャスター。

「無論、私も行くぞ。未知の地へと向かうには、直流的閃きと直流的タフネス、そして直流的ファンタズムが必要だろう」
「いいや無用だな凡骨。交流的理論に交流的パワー、後は交流的ファンタズムで事足りる。貴様の出る幕などない」

 もう今更の話だが、直流と交流の定義がだいぶ迷子だ。かといって閃きに交流も直流もあるのかだとか、そういう(彼らにしてみれば)初歩的な質問をしてはならないことを俺はよく知っている。過去に何の気なしに突っ込んで、翌日寝不足になるほどの長い講釈を垂れられた苦い記憶が俺にそう教えてくれた。

「なら、尚更二人とも同行でいいじゃない。
 お互いの電気だけで十分なくらい、貴方達の電流はすごいんでしょ?」
「愚問だな」
「すごすぎるぞ?」
「ならそれを二つ合わせれば、単純計算で二倍すごいってわけね。
 はい、決まり。ダ・ヴィンチ、天才二名追加でお願いするわ!」
「「なぬッ!?」」

 ダ・ヴィンチちゃんが、俺の顔を見た。苦笑いしながら、俺の顔を見た。
 「胃薬、持っていくかい?」という万能の人の優しさに、俺は乾いた笑いで頷くしかなかった……。


  ▼  ▼  ▼


 ――それから凡そ二時間後。天才二人の手が事前に加えられていた為か、レイシフトはいつも以上にスムーズに行われた。その快適さたるや、過去随一といってもいい。いきなり上空にほっぽり出された新宿の時に、彼らの手が加わっていなかったことが悔やまれるくらいだ。
 カルデアの無機質な床とは違う石畳を踏み締める感覚はオルレアンやロンドンのそれを思い出させる。
 ……ん? いや待て、石畳? なんで? 俺達は確か、未知の島へとレイシフトした筈じゃなかったか?

「ダ・ヴィンチちゃん、此処は――」
『ん……おや、そこは街かい? おかしいな、そんな反応はなかった筈だけど』

 本来存在しない筈の空間に当然のように街がある。それは、アガルタの時にも経験したことだ。今更驚くようなことでもない。問題は――その街並みが、あまりにもダ・ヴィンチちゃんの言った、1900年という時代にそぐわないものであることだ。見れば天才達も、訝しむような顔でそれを見ている。……どうやら俺の歴史認識がおかしいわけじゃないらしいことに少し安堵しつつ、俺は三人へと話を振った。

「1900年の文明って、こんなもんだっけ?」
「いや、違うな」

 答えたのはエジソンだ。
 此処にいる三人のサーヴァントは、生前から交流のあるいわば同期の英霊達である。彼らが生きた時代はちょうどこの辺りで、故に生粋の二十一世紀生まれの俺が違和感を覚えるような初歩的なことに気付かないわけがない。ましてエジソンとテスラに至っては、文字通り文明の開拓者であるのだから尚更だ。
 この街は、二十世紀初頭のそれにしてはあまりにも……

「……遅れている。此処には、電気の流れを感じない。技術が存在しないどころか、それに連なる叡智の気配もない」

 そう、遅れている。
 俺の感じた違和感を形容するには、その一言だけで事足りる。
 これが中世の街並みだというのなら納得出来るが、1900年のそれにはとてもじゃないが見えない。
 エジソンの言う通り此処には電灯らしいものがなく、本来の1900年に存在した技術や道具も軒並み欠落している。
 まるで、科学による発展が全く成されていないかのように。起こるべき技術革新や産業革命といったものを全て回避して、未来的な発展の余地を丁寧に潰し回って、文明という概念をこの形に固定したかのように。

『……なるほどね。これは何とも特異点らしい特異点だ。
 科学を切り捨てて発展した十九世紀の文明だなんて、まったく常軌を逸してるな』
「雷電は未だ神の手から墜ちず、闇は光にて照らされない、か。気分の良いものではないな。
 先代の碩学達が積み上げた叡智も発見も、此処には一つとて存在しない。冒涜の極致だ」

 歴史の湾曲、時代と知識の積み重ね――そんな本来あるべきものが無為と消えた世界。
 それにテスラは不快感を露わにしており、エジソンも珍しく頷いている。
 エレナは、「専門家のプライドってとこかしら」とくすくす笑っていた。微笑ましそうだ。

「そこのすっとんきょうに同調するのは全く持って癪の極みだが、冒涜的であるというのには私も同感だ」
『ふむ。テスラ氏と同じ理由かな?』
「それもあるが……何より、この街並みからはある感情が伝わってくる。まるで針の筵で寝転んでいるようだ。実に居心地が悪い」
『どんな感情だい?』
「――憎悪、だ」

 獅子の顔が、ゆがむ。

「科学失墜すべしという、色濃く奥深い憎悪に基づいて、この都市は設計……もとい設定(・・)されている。
 大方文明の発展によって割を食った者が仕組んだのだろうが、相当な執念だ。安穏とした道中には、まずなるまい」

 生涯を費やして文明の進化に尽力し続けた科学の英霊であるからこそ、一見平穏な都市の裏に秘められたその感情を感じ取ることが出来るのか。正確なところは俺には分からないが、ただの杞憂というオチはよもやないだろう。変に楽観視して足元を掬われるくらいなら、エジソンの感覚を信じて念入りに進んでいきたい。
 それに、特異点の復元が安穏としたまま幕を下ろしたことなんて今まで一度だってないんだから。
 今回も何かとんでもない裏があって、ゾッとするような展開が待ち受けていると心構えを作っておくべきだ。
 ……それにしても、科学への憎悪――か。科学のせいで住処を追われたとか、そういう過去を持つ英霊に魔神柱が接触したとかだろうか、今回は。或いは文明の発展によって信仰を奪われ、零落した神霊なんかが怒り狂っているのかもしれない。何にせよ、俺達がやるべきことをちゃんとこなさなければ人理が滅茶苦茶になるのは確かみたいだ。

「兎にも角にも、まずは事の深奥に切り込む取っ掛かりが必要ね。何か手はあるのかしら、ダ・ヴィンチ?」
『うーん、そうだな。何処かモデルになった都市があるわけでもなさそうだし、足掛かりらしいものは……』

 モニター越しのダ・ヴィンチちゃんが腕組みをして考え込んでいる、その時だった。
 ……不意に感じる、視線。その方向へ振り返ると、ぽかんと口を開けた六歳くらいの少年がこちらを見ている。
 正確には、俺でもエレナでも、テスラでもなく。この中で一際目立つ、一度見たらまず忘れないような容姿をした男。トーマス・エジソンを凝視していた。

「ム? どうしたのかな、少年よ。私の顔に何か付いているか?」

 何か付いているというか、顔が付いているというか。

「――ら、ライオン! ライオンさんだあ!!」
「はっはっは、この威厳溢れる頭部に興味があるのかな? 良いだろう、存分に見ると良いぞ。何なら鬣を触っても構わない」

 ……まあ、そりゃそうなるよねって感じだ。
 幸い周囲に彼以外の人間は居ないらしく、騒ぎにはならなそうなのが救いか。
 いや――これはひょっとして、願ったり叶ったりの展開なんじゃないか?
 俺はふと思い立って、ダ・ヴィンチちゃんに提案してみる。

「ねえダ・ヴィンチちゃん、この子に色々聞いてみるってのはどうかな?」
『そうだなあ、……うん、確かにありかもしれないね。
 子供だからあまり深いことが聞けるかは微妙だけど、街の成り立ちや、此処での常識なんかは聞けるかもしれない。何より不審がられないってのがいい。巻き込まない程度に、情報をちょっと聞かせてもらおうか』

 よし、決まりだな。俺は気のいいおじさんみたいに少年と戯れているエジソンに、さっとその旨を耳打ちする。

「エジソンエジソン、ちょっと」
「ん? ふむふむ……」

 何度か頷くと、エジソンは「名案だ!」と破顔した。
 そして既にふれあいで心を開いた少年に、努めて警戒されないように質問を投げかける。
 頭にぽんと手を置かれて色々聞かれている少年の方も、今のところは何ら不審がる様子を見せていない。

『この辺りは彼の強みだね。今回のメンバーだと、間違いなく子供の心を開くのに向いているのはエジソンだろう』
「まさに適任ね。エジソンの場合見た目が獅子(アレ)ってのもあるけど、やっぱり内面が子供らしい子供なのよ。どこかの誰かさんとは違って」
「私は断じて子供ではない。紳士である」
「はいはい」

 カルデアのマスターを務めるんだから、俺も召喚したり、出会ったりしたサーヴァントのことは暇を見つけて少し調べるようにしている。いつからそうし始めたのは分からないけど、多分人理修復を半ばまで終えた頃だったと思う。
 当然エジソンについても調べたのだったが――何でも彼は子供時代から天才の片鱗を見せていて、小学校の教師が手に負えないと匙を投げた程の奇妙な少年だったらしい。残念なのか、或いは幸いなのか、学校は彼を教え導くことを放棄し、彼の母は不甲斐ない教師達に大変に憤慨してエジソンを学校を辞めさせたという。
 トーマス・エジソンには学歴がない。全て母親の教育と独学で会得した知識だ。そんな彼だから、こうして子供の心を開き、接することには一日の長があるのかもしれない。

 エジソンはごくスムーズに、この街のこと、此処で常識とされていることについてを聞き出してのけた。
 もっとも、それで得られた情報は……衝撃の一言に尽きるものだったが。


  ▼  ▼  ▼


『錬金術、だって……!?』

 ダ・ヴィンチちゃんの驚きの声が聞こえてくる。
 錬金術。卑金属から貴金属を精錬し、不可能を可能にする試み。
 俺でも知っているくらいにはメジャーなワードだ。
 今、この少年はエジソンの問い掛けにこう言った。
 驚くべき、台詞だった。

 みんなどうやって暮らしてるか? ――そんなの、錬金術を使って、だよ。知らないの?

 なんとこの街……エリュシオンでは、現代でいうところの電気やらチャールズ・バベッジが愛した蒸気やら、そういった諸々の機構が全て錬金術とその応用で賄われているというのだ。
 これには天才達も、皆言葉を失っていた。
 俺も同じだ。あまりにも明後日の方向から放り込まれたワードに、一瞬脳裏が漂白されてしまった。

『……そう来たか。パラケルススを召喚しておくべきだったね、立香くん』

 冗談めかして肩を竦めるダ・ヴィンチちゃんに、俺も苦笑いを返すしかない。
 その一方で、テスラは納得が行かないらしい。また自分の顎に手を当てながら、「妙だな」と口を開く。

「錬金術は言ってしまえば、近代科学の祖だ。硫酸、硝酸、塩酸、全て元を辿れば錬金術の施行過程に由来する。
 歴史学者フランシス・イェイツは十六世紀の錬金術を指して、こう言った。この理論と積み重ねがあってこそ、十七世紀の自然科学は誕生し得たのだ、と」
「まあ、確かに広義にはオカルトと呼んでいい分野ではあるし、魔術師の中にも未だに専攻してる連中は少なくないと聞くけど……噛み合わないわね、科学を憎む者の思考と」
『いや、そうでもないよ。時代を遡れば、ね』

 テスラとエレナの会話に、ダ・ヴィンチちゃんが割り込んだ。

『錬金術が近代科学、もとい化学(ばけがく)に変貌したのは十七世紀後半のことだ。
 錬金術師のロバート・ボイルがそれまでの理論と通説を否定して、アントワーヌ・ラヴォアジエが膨大な数の元素と『質量保存の法則』を発表した。この法則は有名だからね、立香くんも知ってるんじゃないかな?』
「確か学校で習ったな……どんな化学反応を起こしても、物質の総質量は変わらないんだよって感じのやつだよね?」
『そうそう、それだ。
 で、これらの出来事をきっかけに錬金術師はオカルトから科学に変わったのさ。逆に言えば、それまでは錬金術は科学ではなかった。所謂、四大元素説だね』

 四大元素?
 聞き覚えはあるような気はするけど、流石に内容までは分からない。
 そんな俺に説明をしてくれたのはエレナだった。
 ――四大元素。古代ギリシャのアリストテレス達が提唱した、万物の性質に纏わる思想。
 全ての物質は火、風、水、土の四元素から成るというもので、とんでもなく長い間支持されていた説なんだそうだ。
 錬金術の発端もこの思想に基づいていて、エジプトからイスラムへ、書物を通じてヨーロッパへ……という流れで発展していったらしい。

「つまり此処の錬金術は、科学じゃなかった頃の四大元素説に基づいたものの可能性が高いってこと?」
『そうなる。まだ仮説だし、実際に見てみないことにはなんとも言えないけどね。
 ただ……それにしても凄いな、錬金術が科学にならなかった世界だなんて。
 でもこれは――罷り通らせてはいけないif(もしも)だ』

 ダ・ヴィンチちゃんは強く、そう断言した。

『四大元素説の否定によって、錬金術は大きく変わり、やがて科学になった。
 そこの部分が狂った挙句、件の説に基づく錬金術が世界中に広まったりしてしまえばどうなるか。
 その先に待つのは置換される支配(リビルディング・シナリオ)――世界そのものの大変革だ。
 人理は当然めちゃめちゃになるし、世界の表から裏側まで、余すところなく全部あらぬ方向に狂ってしまう。
 科学の死が来るんだ。科学という親を失った世界は当然、全く違う子供に育つだろう』

 影響を受けるのは何も科学者だけではない。科学に命を救われた人、科学にほんのちょっとでも触れた人、科学に纏わる仕事をしていた人、科学に滅ぼされた人――全て、全て、凡そ科学文明に生きた人間は全員、とんでもない歴史改変の煽りを受ける羽目になる。
 俺は思わず、うわあという声を漏らした。過去に回った特異点にだって一つも無視していいものはなかったが、今回も例に漏れずそういうタイプのものらしい。
 魔神王ゲーティアの人理焼却を阻止してから結構な時が経つというのに、未だ、世界はしばしば滅亡の危機に瀕している。そしてそれを止めるのが、カルデアのマスターである俺の仕事だ。

「難事だな。一筋縄では行きそうにないが……それはそうと、礼はせねばなるまい。
 貴重な情報をありがとう、少年。ほんのお礼に、君に錬金術などよりもっと素晴らしい力を見せてあげよう」
「ええっ、なにそれ! 見せて見せて、ライオンさん!!」
「フフ。ではよく見ていたまえ。これはな、"直流"というのだ」

 パチンとエジソンが指を鳴らせば、俺やカルデアの面々、本来の歴史を辿った世界の住人ならば見慣れている、文明の象徴たる眩い光が散った。電気。このエリュシオンには存在しない、人類の努力と叡智の結晶。もちろん直流。
 それを見た少年は、目をぱちくりとさせている。
 そして、直流ばかりにいい格好をされるのが気に入らない男が一人。すっと前へ進み出れば、自分の機腕を前へ突き出し――エジソンのそれよりも心なしか派手な電流を飛ばしてみせた。もちろん交流。

「そんな直流などという型番遅れの電気より、我が美しい"交流"を見ると良い。目にも教育にも優しく、おまけに安全だ」
「はっはっはっはっは。何やら鳥の囀りが聞こえるな、少年よ。鳩でも鳴いているのかな?」
「笑止。鳩の素晴らしさも解らぬその品格の無さ、やはりそんな頭になるだけのことはある」
「その言葉そっくりそのまま返してやるぞテスラァー。
 所詮、貴様のようなすっとんきょうにはこの威厳溢れるフォルムの良さは解らんのだとな!」

 文字通り電気を散らしながら一昔前のヤンキー映画よろしくガンを飛ばし合う二名をよそに、口と目をぽかんと開けて驚いていた少年は、「す、す」と何やら言いかけていた。
 やがて驚きは笑顔に変わり、口角泡を飛ばす勢いで彼は叫ぶ。

「すっ――――げえええええええええええっ! なにそれ!? "ちょくりゅう"? "こうりゅう"? "でんき"?
 よく解んないけどすっげーーーっ!! みんなにも見せてやりたいんだけど、それどうやるの!?」

 これは、かつて人の手に落ちた雷電というものを見た人間達が示しただろう反応を、いろいろな事情や立場のあれこれを抜きにして、思い切り感情的に表現した形なのかもしれないと俺は思った。
 エリュシオンには電気がない。科学がない。雷の存在程度は認識しているのかもしれないが、人がそれを扱いこなすなんて信じられない筈だ。だからこそ、少年は天才達の見せた電気に子供らしい新鮮な驚きと喜びを見せる。それを見たエジソン達も、心なしかご機嫌そうだ。
 当たり前だが、元の歴史では電気の存在があって当然のものに変わってしまった為、純粋に"人が電気を使える"ことに対し驚いてくれる人間はほぼ絶無である。最新科学技術の結晶みたいなものであるカルデアなんて尚更だ。そんな事情もあって、天才達をして一周回って真新しい光景だったのだろう。

『……流石にそんな悠長な真似はしてられないが、時間の問題さえなければ、エリュシオンそのものに技術革新を叩き込んで無理矢理軌道修正するなんて荒業も可能だったかもしれないね、これは。
 考えてみれば当たり前だ。何せ君が連れて行ったのはトーマス・エジソンとニコラ・テスラ。たとえどんな時代だろうと、この二人が居れば文明は変わる。改めて思うけど、本当に天才という言葉が相応しい英霊達だ』

 しみじみと言うダ・ヴィンチちゃんに、俺も頷いた。
 教科書でしか知ることのなかった彼らだが、こうして実際にその活躍を見ると、本当に偉大な英霊なんだと実感する。
 召喚の難易度だって決して低くない。彼らを呼べた幸運に、俺も感謝すべきなのだろう。――それと、なんだか思ったよりあっさり街の中身に切り込んでいけそうな気がする。子供と大人の違いはあれど、それこそ今ダ・ヴィンチちゃんが言ったみたいに、電気の力を知らしめながら進んでいけば自ずとこの特異点を作り出した何者かに対抗する手札が整うのではないかと、俺はそう思った。
 思い立ったが吉日だ。いざ口にせんとする俺だったが、俺の考えを見透かしたみたいに、エレナがそれを遮る。

 その顔は――この微笑ましい光景にはとてもそぐわない、硬い表情を湛えていた。

「残念だけどそうも行かないみたいね、マスター」
「え?」
「――来るわ(・・・)

 その意味を俺が理解するよりも早く、事態は急展開を迎えた。

 轟、と大気が唸り声にも似た怪音を響かせるや否や、石畳が捲り上げられ、不可視の破壊が俺達それぞれへと向かってくる。逃げないと、と思った時には、エレナに手を引かれていた。エジソンは少年を抱えてその場を飛び退き、テスラは己の雷霆でそれを相殺する。
 テスラの顔には、僅かながら驚きの色彩が浮かんでいた。
 ……どうやら都合の悪いことに、今しがた彼が殺した攻撃は、近代のプロメテウスたるニコラ・テスラをしても驚くほどの威力を秘めたそれであったらしい。
 エレナのおかげで不意打ちを回避出来た俺は、攻撃の飛んできた方向に急いで目を向ける。するとそこには、見覚えのある――けど確実に俺の知るものとは違う、十数名の鎧人が在った。

「ッ、粛清騎士……!?」
『いや、違う! 似ているけど全くの別物だ、彼らはどうやら錬金術を使うらしい!!』
「確定だろうな。先の小癪な不意打ちは、どうやらあれらの武器から発射されたもののようだ。
 我が雷には及ばねど、即席であの威力はなかなかに侮れん。気を付けろよマスター、夫人。凡骨はいいとして」

 キャメロットで見た粛清騎士の武芸を、錬金術の方面に傾けたといったところだろうか。
 どちらにせよ、厄介な敵であることは変わらない。
 順風満帆な旅路は、早くもケチが付いたことになる。

「わあ、錬金騎士団(アルケミックナイツ)だ!」
「何? ま、待て! 少年!!」

 エジソンに地面に下ろされた少年は、騎士達を見るや否や、ヒーローショーの主役に駆け寄るが如く彼らの方へと止める間もなく走り出してしまった。
 当然エジソンもそれを引き戻そうとするが、騎士の一人が再度錬金術による攻撃を行ったことでその道は阻まれる。
 ……まずい。俺には、この先に起こる展開が予想できてしまった。それはエレナも同じなようで、彼女は「大丈夫」とでもいうように俺にウインクしてくれる。
 既にその手は騎士達へと向けられ、すぐにでも攻撃出来る体勢が整っていた。事態は急を要する。無辜の少年が殺される結末を避けるべく、エレナがその書から魔光を迸らせんとした……その時であった。

「怖かったろう、怪我はないかい?」

「……え?」

 俺達全員が予想したのは、騎士が無情に少年へ向けて錬金術を発動し、幼い体が粉々になる無惨な光景だ。
 しかし、そうはならなかった。
 てっきり蛮行に出るとばかり思った騎士は少年と目線を合わせ、その頭にぽんと手を置き、俺達の攻撃の射線に入らないように自分の身体の陰に隠す配慮まで見せたのだ。

「此処は危ない。あっちの方に逃げて、早くお家まで走って帰りなさい。いいね?」
「えー、でもあの人達、悪い人じゃないよ? 電気っていうすごい力を見せてくれたライオンさんとその仲間達だよ?」
「……じゃあ、私達がお話を聞いておく。君はとにかく帰るんだ」
「はーい」

 ……少年は渋々騎士に従って、俺達に手を振りながら路地の向こうへと消えていった。
 残された俺達に、騎士達は再び濃密な敵意を向け、武器を構える。
 警察みたいなもの、なのだろうか。それも粛清騎士のようにやたらめったら粛清の刃を振るうのではなく、きちんと民の安寧と幸福を重んじて動ける、そうした存在らしい。
 なら、俺達としても敵対する理由はない。だがそれはあくまで心情の問題。現実は、そう簡単には進まない。

「錬金騎士団だ。『アルス・マグナ』の命により、貴様らを捕縛、連行する」
「ちょ、ちょっと待って。話が全く見えないんだけど。
 そもそも錬金騎士団って何? 俺達別に悪いことはしてない筈だよ?」
「愚かなり」

 錬金騎士団。
 アルス・マグナ。
 突然の急転と新たな単語にこんがらがる俺を、先頭に立った隊のリーダー格らしい騎士が小さく笑った。

「"知らぬこと"こそ、貴様らが市井にのさばらせてはならぬ罪人である証だ。
 我らが錬金都市・エリュシオンの平穏を脅かす曲者め。
 不遜なる己を恥じる理性が少しでもあるのなら、速やかに膝を突いて降伏せよ。誠意を斟酌し、無傷で連行してやる」

 どっちが不遜だよと心の中で毒づくが、どうやら言いくるめの通用する相手ではなさそうだ。
 この辺りは粛清騎士と変わらないなあと、ちょっと達観したような感想すら抱いてしまう。
 まあ降伏さえすれば無傷に留めてくれるという辺り、やっぱりあっちに比べて幾らか良心的のようだが。

『……話が読めてきた。どうやら立香くん達がレイシフトしてきたのを、速攻で察知した誰かが居るようだね』
「やっぱりそうだよね、これ。キャスターかな」
『多分ね。それもかなり位の高い奴だと思う。何にせよ、交戦は避けられなそうだ。
 それと、警戒の度合いを高める必要もあるかな。こういう襲撃が今後いつ襲ってくるか解らない、そのくらいの心構えでいるのが賢明だろう』
「……胃が痛いな、全く」

 早くも胃薬の出番が来そうなのが、なかなかどうして笑えない話だ。
 肩を竦める俺が侵入者達の元締めであることも知っているのか、騎士達は一斉に武器を俺へと向けてくる。
 突き刺すような緊張感。ごくりと生唾を飲み込む俺に、さっきと同じ騎士が問うた。

「最終勧告だ。痛い目を見たくなければ降伏せよ。
 我らの任務は侵入者の連行だが、生死は最悪無視しても構わないと補足されている」

 もちろん、答えは決まってる。

「悪いけど、お断りだよ。
 俺達はこれでも、街一個なんかとは比べ物にならないくらい大きな世界の命運を背負ってるんだ」
「そうか。ならば――」

 騎士の鎧が擦れる音。武器の先端に埋め込まれた宝石らしき綺羅びやかな石が、オーロラのように美しい色に感光する。
 交渉は決裂し、勧告は蹴飛ばされた。ならばもう、騎士達を止めるものは何もないというわけだ。

「我ら理想郷を守護する錬金騎士。
 真紅の薔薇と黄金理論の旗の下、遍く外敵を掃討する……!!」

 すっかりこの一年で感じ慣れた殺意という感情が押し寄せてくる。それに怖気を感じないといえば嘘になるが、しかし不安は微塵もない。何故って、そんなのは簡単な理由だ。今更改めて語るまでもあるのかというくらい、簡単な理由。

「やれるか、三人共」

 そう――俺はカルデアのマスター(・・・・・・・・・)だ。
 無力な凡人だけど、一人ではない。
 こんなにも頼れるサーヴァントを連れたマスターが負ける死ぬと怖がっていては、それこそ自分なんかの召喚に応じてくれた彼らに失礼というものだろう。
 俺の問い掛けに、当然彼らは即答した。

「錬金都市とやらがどの程度か、推し測る指標程度にはなるだろう。足を引っ張るなよ、凡骨」
「だァァまれこの高級志向め。貴様の方こそ、精々我が直流の美しさに見惚れるんじゃないぞ?」
「はあ、こんな時だってのにあなた達は……ま、いいわ。さっさと片付けちゃうからそこで見ててね、マスター!」


  ▼  ▼  ▼


 結論から言うと、消化試合だった。

「何だ、口ほどにもない」

 カルデアが誇る三人の天才には傷一つない。
 エジソンが殴り飛ばし、エレナが翻弄して、テスラが見事に全員を蹴散らした。
 戦闘が幕開けてから一分と掛からず、錬金騎士達の鎮圧に成功したわけである。
 ……解ってはいたけど、流石の実力だ。
 とはいえ、勝利を誇ってばかりもいられない。今の戦いで得たものを、きちんと纏めておかないと。

「ダ・ヴィンチちゃん、何か解ったことはある?」
『そうだね、大体予想通りみたいだ。
 錬金騎士達の行使する錬金術は四大元素説に基づいた、実にオーソドックスな代物だったよ。
 武器の先っぽに埋め込んだ高純度結晶を用いて錬成を行い、物理的な破壊力を伴った現象として発現させていたわけだね。ただ、その辺りの一兵卒が使ってくるにしてはかなり強力な部類の力だ。今回は真っ向勝負だったからこうまで簡単に終わったけど、やっぱり油断は禁物かな』

 天才達にのされてしまった騎士達は漏れなく意識を失っているようだし、あの様子では仮に叩き起こしたとして、有用な情報を吐いてくれるとはとても思えない。今はとりあえず、エリュシオンには錬金騎士団という警察的な組織が存在するということだけ頭の中に叩き込んでおくとしよう。
 ダ・ヴィンチちゃんも今言ったように、今回うまく行ったのはサーヴァントと技術の有無はどうあれ人間の真っ向勝負だったからというのが大きいのだ。不意打ちでサーヴァント級の火力を持つ錬金術を撃ち込まれたら、特に人間である俺なんてひとたまりもない。下手をしなくても、大概の場合で即死だ。
 錬金騎士は決して侮れない。あと、勲章は落とさない。――良し。覚えた。

「時にマスターよ。この騎士共、何か妙な単語を口にしていたな?
 アルス――そう、アルス・マグナとか何とか。これについて君はどう見る?」
「うーん、そうだなあ……」

 アルス・マグナ。それはエジソンの言う通り、錬金騎士の部隊長が口にしていたワードだ。
 アルス・マグナの命によって俺達を捕縛するとか、確かそんなことを言っていた気がする。

「文脈通りに受け取るなら、こいつらの上司か何かだよね。
 ……もしかして、この特異点を作った黒幕連中だったりして。それは流石に考え過ぎかな?」




「――いや、全く考え過ぎではないぞ少年。まさに"その通り"。百点満点中九十点は与えられる良回答だ」




 不意に、音がした。
 誰かが柏手を叩く音だった。
 それは、俺達の背後方向から聞こえていた。
 バッと身を翻す勢いで振り向くと、そこには先程まで確かに存在しなかった筈の――二人組の姿があった。大柄な男と、対照的に小さな少女。男の方と目が合った瞬間、俺は全身を上から押さえつけられるようなプレッシャーを感じた。今までにも何度か経験したことのある……"王"や"皇帝"と相対した時のそれに酷似した圧迫感だ。

『! 気を付けろ立香くん、サーヴァントだ!!』
「やれやれ、次から次へと忙しいわね……!」

 エレナが軽口を叩きつつも、再び臨戦態勢へと入る。
 そんな彼女を咎めるでも煽るでもなく、大柄な男は口許を嫌味のない笑みに吊り上げた。

 男の印象は、遜色なく言えば、"一度見たら忘れない見た目"だ。オールバックの金髪は金塊から色素を直接抽出したみたいに眩しく、筋骨隆々とした肉体はカルデアの英傑達のそれに匹敵する。左腕に巻き付けているのは、あれは星条旗だろうか。そして背中にはどうやら楽器らしい、長槍ほどの大きさがある仰々しい物体を背負っている。
 隅から隅まで個性で塗りたくったみたいな、ごてごてとした男。俗っぽさに溢れているのに、何故か全く侮ろうという気を相対した者に起こさせない。例えるなら、そう。アメリカンコミックのヒーローが本を抜け出して現実に出現したよう、と形容するのが一番近いのかもしれない。

「初めまして。私はこの都市を統括する英霊院、『アルス・マグナ』に所属するランサーの英霊だ。
 藤丸立香少年――で、合っていたかな、キャスター?」
「合ってる」
「そうかそうか、それは良かった! 何分年を取ると人命を覚えるのが難しくなってくるものでね、気を悪くしないでくれたまえ、藤丸少年!!」

 一方、少女――キャスターの方は、これまた奇妙な装いをしていた。
 どこからどう見ても童女であるにも関わらず男物、それも大人用のスーツに身を包み、袖やら丈やらをぶかぶかと余らせている。頬には何か塗り潰したみたいな汚れが付いていて、髪色はかなりきれいなプラチナブロンドだ。
 だが……何より目を引くのは、その両目だろう。
 全てに絶望した、暗い瞳をしていた。永遠の深淵か、人の手が入らない深海を思わせる深蒼の眼。
 ランサーの方が目にうるさいほどの"光"だとすれば、彼女は間違いなく"闇"だ。誰もが、等しくそう理解出来よう。

「……テスラよ」
「貴様も気付いたか、エジソン」

 臨戦態勢を崩さないエレナと違って、エジソンとテスラは、いつになく真剣な面で現れたランサーを見ていた。
 そして、最初に口を開いたのはこの通りエジソンの方。
 獅子の口から発せられた声には、形容し難い感情が籠もっている。
 返すテスラは淡々としていたが、その瞳はエジソン同様にランサーへと注がれたままだ。啀み合い、煽り合うでもなく、星条旗を装備した槍兵を凝視する。……瞳の中に微かな落胆、失望の色が見えるのは気のせいだろうか。

「さて。問いたいことも聞きたいことも様々有るだろうが――ハハハハハハ!! 流石にこのナリと武器では、君達"天才"共に真名は隠し切れないか!!
 いやはや、予想はしていたがあまりの即バレっぷりにフロリダ的驚きだ。
 アルモニカは置いてこいというキミの忠告に従うべきだったな、キャスター。だがしかし、これは私にとって欠かせない武器である。なんたって結構なこじつけでランサーに分類されている身だからな。実際に槍であるかどうかは別として、象徴は持ち歩かんといかんだろう。色々と」
「……うるさい。静かにして、あと諦めるのが早すぎだから。
 バレたならバレたでもうちょっと、はぐらかすとかの努力を見せなさい」
「いやあ。何せこの性格だからなあ、小難しいことを考えると余計ボロが出るんだよなァ」
「もうこんなのと組みたくない……」

 モニターにちらりと目を向けると――どうやらダ・ヴィンチちゃんも、彼の真名には気付いているらしい。
 アルモニカ……アルモニカ? そんな名前の楽器、あったろうか。
 少なくとも現代ではあまりメジャーな楽器ではないのだろうけど、今のランサーの口振りから察するに、"アルモニカ=英霊X"の式が成り立つくらいには、あの楽器とランサーの結びつきは深いらしい。

「――既存科学と文明の淘汰。
 何とも愚かしい計画だ。何とも嘆かわしい考えだ。
 それと同時に、思った。このエリュシオンでは、徹底的に科学が萠芽する余地が潰されている」

 テスラは、語る。

「これは無知な者の管理では有り得ない。
 エリュシオンは科学に造詣の深い、恐らくは"専門家"が設計したものである。
 私はそう推測していたし、恐らくそこの凡骨もそうだろう」
「それで? 続けろよ、テスラ君」
「一体何処の天才がこんな馬鹿な真似を目論んだのか、私は疑問だった。
 だが……そうか。よりにもよって貴方が噛んでいたとは、実に嘆かわしい」

 くつくつと、ランサーは嗤う。
 暗い目をしたキャスターが、頬の汚れをカリ、と掻いた。

「――雷電の神。星の開拓者にして、アメリカ合衆国の父。(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 偉大なる人間性と頭脳で、後に続く文明発展の基盤を作り上げた大碩学」

 ――星の、開拓者。不可能を不可能のまま可能にした、人類由来の超越者。

 その真名を、ニコラ・テスラが口にする。


「――ベンジャミン・フランクリン。貴方ほどの男が、何故に文明を殺すのか」


 その問いに、ランサー……ベンジャミン・フランクリンは、笑って答えた。


「ヒトはやり過ぎたからだよ、ニコラ・テスラ」


 ……腕に巻かれた星条旗はすっかり皺が寄って、素手では直せないほどの折れ目が刻み込まれていた。



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最終更新:2017年07月17日 22:24