藤丸たちは、今森の中の道なき道を歩いていた。本来であれば人が歩くべき道があったのだが、途中沖田の一言により道を逸れていたのである。
「どうかな、沖田君。さっき言っていた視線とやらは、今も感じるかね?」
ダ・ヴィンチにそう問われた沖田は、眉をしかめて後方を見据えていた。
「うーん。申し訳ありません。どうにも後方警戒を強めてからは全く感じられなくなっておりまして。正直、私も自信が無くなってきています」
「こちらでも先輩を中心に索敵を行っていますが、現状では確認とれず……申し訳ありません」
「嬢ちゃんが謝る必要は無い。こちらを追ってる奴が1枚上手なだけだ。大体、勘の良い沖田に気付かれてもすぐに身を隠せるたあ、敵は相当なもんだぞ。そうそう姿を晒すへまはしないだろうよ」
「だが早い段階で気付いてもらえたのは助かったよ。アーチャーのものであったなら、あんな見通しのいい道を進むなんてのは自殺行為だ。今後も何か有ればすぐに言ってくれ。時間のロスは惜しいが、それで命を落としては意味がないからね」
「了解だよ、ダ・ヴィンチちゃん。それが今回は重要だものね」
「その通り、だ。っと、そろそろ村にも着く頃合いだね。どうかな? 何か見えてきたかい」
そうして沖田が後方を、土方と藤丸が前方を注視しながら進むと、ついに木々の隙間から村が垣間見えた。本来であれば、ようやく辿り着いた場所である為、少なからず安堵し気も緩むところであったが、後方からの謎の存在に気を張っていたためか、二人はある違和感に気付き足を止めた。それに合わせるようにマシュとダ・ヴィンチもある事実から声をあげる。
「ダ・ヴィンチちゃん、この反応は……」
「ああ、確認しているとも。全く、この特異点の連中もまた困ることをしてくれるじゃあないか」
「そっちも何か見付かったんだね、マシュ」
「はい、先輩。村の方から魔力反応が確認されました。しかもこれは魔力の残滓ではありません。村内に張られたものの反応です」
「村人の姿が見えねえ上に魔術による罠、か。そっちはどうだ、沖田」
土方の問いに、沖田は力なく首を横に振った。
「この魔力反応が何を意味するかは全力で解析中だ。が、それを待っていては後手に回るだろう。前も後ろも敵だとしたら、待ってはくれまい」
「でしたら、やはり来た道を戻るべきではないでしょうか。気配の正体は以前掴めていませんが、村に入るよりは安全なのではないかと思います」
「私もその意見には賛成したいですね。アーチャーやアサシンの類いだった場合は安全とは言いがたくはありますが、見えている罠に飛び込むよりはマスターの安全性は高い筈です」
マシュと沖田は藤丸の安全を優先し、この場所を離れるべきであると意見を述べる。その一方で、ダ・ヴィンチと土方はまた別の考えのもと話始める。
「藤丸君の事を考える二人の意見は至極当然の帰結だね。だがここでスタート地点に戻ってしまうと、本当に行き詰まってしまうかもしれない」
「確かにな。俺達はなに一つ情報がない。敵は勿論の事、安全と呼べる場所も、次に向かうべき場所も分からねえ。ここで引き下がれば、しらみ潰しにこの特異点を練り歩く、なんて非効率的な事をするしかないわけだ」
「君の言う通りだ。故に、ここはあえてリスクを侵してでも、村に残っている情報を集めるという選択も捨て置けない。……もっとも、これは村に情報があるという前提だがね。もしなければ藤丸君を無意に危険に晒すというリスクしかない」
そこまで言って、ダ・ヴィンチはふーむ、と唸り如何にすべきかを熟考し始めた。その間もマシュが周囲の状態を沖田と共に確認したり、土方が村に入った場合の撤退経路を練るためにマシュやダ・ヴィンチに地形確認を行った。その間も藤丸は考えた。今取るべき選択は何か。そして、
「危険かもしれないけど、皆で村の中を調べよう。少しでも情報を得て、対策を考えていこう」
村内の探索は二手に別れて手短に行われた。詳しく調べ情報を探るのが本来であったが、ダ・ヴィンチ達によりこの村に一切の生命反応が無いと判明した段階で、時間を掛けるべきではないと判断が為されたためである。
その結果、この村は何かの襲撃を受け全滅したのではなく皆どこかへ移ったことが判明した。必要最低限に持ち出された家財道具と食料品、痛々しい血痕の後などが見当たらないことがそれを裏付けた。
「収穫、というには少なすぎる情報だったかな。もしそうなら、ごめんね、ダ・ヴィンチちゃん」
「いやいや、謝る必要はないぞ藤丸君。非常に大雑把ではあるが、今後我々が探すべきものは定まったんだからね」
そんなダ・ヴィンチの言葉に藤丸だけでなくマシュも『えっ?』と聞き返した。そんな二人の反応に、沖田はくすり、と笑みを溢し、土方は呆れたように溜め息をついた。
「いいかい二人とも。ここにいた村人は、自らの意思でこの村を放棄したんだ。それも全てを持っての夜逃げじゃない。この先必要になる物だけを持って、だ。それが何を意味するか分かるかい?」
「えっと、目前に敵が迫っていたから、でしょうか?」
「違う。それなら家の中は相応に荒れて然るべきだ。だがな嬢ちゃん、ここはそうじゃなかった。村全体が、放棄することを『そうすべき行為』であると意見を纏め、指示に従った結果の跡なのさ」
「それって、つまり……」
「その通りですマスター! この特異点には、間違いなくこの時代に生きる人々の味方がいるのです!」
最後に力強く結論を述べる沖田。その言葉はここまでずっと緊張と沈痛な面持ちだった藤丸とマシュを喜びの表情に変えた。二人だけではない。説明をしていたダ・ヴィンチと土方も、僅かとはいえ射し込んだ光明に安堵していたのが声に表れていた。この特異点でようやく掴んだ情報が、人類の味方が存在し、共に戦える可能性を秘めているという、大きな物なのだ。
「そうと決まれば早々にここを離れようか。魔力に関しての解析がまだだが、何が起こるか分からないしね。……腑に落ちない魔力ではあるんだけどね」
「そうなんですか?」
「強化系の魔術に酷似している、というところまでは見えているんだがねー。それが何でこんな規模なので張られているのかが見当つかないんだよ。ま、そこら辺はどこかへ移動した村の住人にでも聞けばいいさ」
だからこそそれは、完璧なタイミングで放たれた一撃だった。
藤丸達の後方から聞こえた炸裂音。それはこの時代には存在しない、火薬を用いた独特の音、発砲音だった。その音に驚き振り向いた藤丸の目はある物を捉えた。
それは螺旋を描く銃弾。ビリーが用いるような物ではなく、細く、針のような形状の―――いわゆるライフル弾が、寸分の狂いもなく藤丸の眉間へと吸い込まれる。筈だった。
「はああああああ!!」
寸前で、今度は銀光が煌めく。それは沖田が放った一閃であり、その刃もまた寸分の狂いもなく銃弾を切り落として見せた。突然の事態に硬直していた藤丸に、詰め寄った沖田が顔を中心に確かめながら問いかける。
「怪我は有りませんよね、マスター! いえ、あの弾は間違いなく叩っ斬ってやりましたので問題ないと思いますが。咄嗟の行動だったので加減も何もなくてですね、こう、真空波的な何かで斬っちゃってないかとですね?」
「そっち!? いやまあ、怪我は特にないけど……」
「ぼけっとしてんじゃねえぞ藤丸! 構えろ、次が来てるぞ!」
怒声を飛ばした土方は、ホルスターの火縄銃を引き抜き、引き金を引いた。だがその方向は銃弾の主へ対してではなく、家の戸に向けて放たれた。その瞬間家の中より人とは全く違うおぞましい断末魔が響き、直後その正体は倒れる戸と共に表れた。全体的に痩せ細りながらも、異様に膨れた腹を持ち、死者のように青白い肌をした異形。頭部に生えた2本の角は、藤丸も知る餓鬼そのものであった。
「ダ・ヴィンチちゃん! 何が起こったの!」
「―――すまない、一瞬思考が停止していた。取り急ぎ結論を述べるとだがね」
「こんな……でも、何がどうして」
マシュの悲痛な声が聞こえる中、ダ・ヴィンチは確認した事実を伝えた。
「鬼や骸骨兵、いわゆる妖魔と呼ばれるものの出現と同時に、魔力反応が完全に消失―――我々は見事に敵の罠にかかり、囲まれていしまっている」
最終更新:2017年11月05日 10:02