異界・信州 その3

「おらぁ!!」

袈裟斬り、刺突、真一文字。土方が放つ剣閃の一つ一つが、首を、心臓を、胴を捉え、妖魔の数を1体、また1体と確実に減らしていく。その際に撒き散らされる異形の血飛沫を気に留めることなく、ただ前へ、道なき道を斬り開き進み続けようとするその姿は、戦場の鬼と呼ぶに相応しいものであった。その鬼気迫る姿を見ようものならば、一般の兵士であれば恐怖に戦き、知らず知らずの内に道を開けてしまうであろうほどである。
だが、此度の戦場の妖魔達は違った。無惨な肉塊と成り果てたモノを意に介さず、緩まんとする包囲の穴を淡々と埋め、剣で、槍で、牙で土方の前進を阻み続ける。そこに感情、思考は無く、規律正しく指示に従う人形が如く立ちはだかり続けた。
チッ、と舌打ちをしながら土方は後方に一瞬視線を向けた。そこには同様に妖魔を切り払い、藤丸を守り続ける沖田の姿があった。土方同様、否、それ以上の剣捌きによって、1体、また1体と妖魔を切り捨てていく。その姿は頼もしくあると同時に、やはり己への助成を頼むことは出来ない、と土方は思い視線を前へ戻した。直後、後方で鉄がかち合う音が響いた。即ちそれは、今なお敵の狙撃主が藤丸を狙い、沖田がそれを防ぎ続けていることを意味していた。

「ダ・ヴィンチちゃん、何か打開策はない!?」

自身を守る二人をガンド等の魔術でサポートし続ける藤丸が問い掛けた。それに対し、ダ・ヴィンチ厳しい面持ちで答えた。

「敵の数は無限ではなく有限であることは判明したが、如何せん数が多い。沖田君と土方君の二人がかりであれば一転突破は出来るだろうが……」
「敵のアーチャーが先輩を狙う限りそれは困難。しかもどういう仕掛けかは分からないですが、射線は2方向から通ってくる為、敵側に向かっての突破も先輩を危険に晒してしまう」
「つまり、今のままじゃあ手詰まりってわけだ。俺達も使ったやり方だが、実際やられてみると成程、実に効果的なもんだな」
「言ってる場合ですか! というかちょっと余裕そうな感じのしゃべり方してますけど、何かろくでもない事考えてませんか!?」
「応、流石だな沖田……そういうわけだ、藤丸」

不意に名を呼ばれた藤丸が、土方を見た。
足下から赤黒い焔が如く立ち上る気迫、それにより陽炎が起こっているかのように土方の周囲が揺らめく。
藤丸はそれを知っている。如何なる苦境・強敵に相対しようとも決して折れず、より強固な信念と狂気にによって戦い続けられるよう肉体を変異させる、土方の宝具。己有る限り、誠の旗は不滅であるという自負を文字通り体現した修羅の刃を振るうときとそれであった。

「覚悟を決めろ。ちと早いが、ここは正念場。出し惜しみは無しで、一気に駆け抜けるぞ」
「分かった。僕も出来る限りサポートする。だからあまり無茶はしないで」

藤丸は止めなかった。何故なら理解していたから。
土方歳三という英霊は止まらない。一度強く決めた以上は、何を言ってもそのままに走り抜ける男である。ならば、隣に立って己も走るしか他に無い。だから止めないのだ。仮にもし、彼を止められるものが居るとするならば、それこそ彼が心より信頼を寄せる存在、新撰組の局長だけであろう。
土方は振り向かない。だが、藤丸への返答は少し穏やかに、確かな信頼を含んだ柔らかな声で、

「応。お前がする程度の無茶で勘弁してやる」

そう笑うように言いながら、再度突撃を開始した。




狙撃主は考える。最初の一発を防がれたのは何よりも失敗だったと。その後の妖魔の群れによる囲いは上手くいったものの、持久戦に入った時点でカルデアのマスターを始末することは9割方不可能だと。レミントン社製のボルトアクション型ライフルを操作しながら考える。
では、何故自分は今尚カルデアのマスターを狙撃せんと撃ち続けているのか。作戦は失敗に終わった。即時撤退し、次の作戦の為にアサシンの元へ向かうべきだ。
理性的な思考は今の自身の行いが過ちであると理解しながらも、肉体は何かに引き寄せられるかのように引き金を引き続ける。その理由は本能的な感覚で理解していた。

あのカルデアのマスターは、撃たねばならない。でなければ、きっと救われない。

狙撃主は、藤丸立花を殺さなければならない。どれだけ思考しようとも、蝕み続ける心の奥底の感情が撤退を赦さず、今尚狙い続けているのである。
英霊となった今、弾薬は気にする必要は無くなった。弾丸を叩き斬る剣士は邪魔ではあるが、それも長くは続くまい。故に必ずこの弾丸は彼を救い出すことが出来るだろう。そう考え続けた。
そうして狙い続けていたが故に、狙撃主はいち早く気付いてしまった。彼等が通ってきた道合から、敵対するアーチャーが飛び出し弓をつがえて彼等の助力をする姿を。

「ああ、やっぱり、今回は失敗だったな」

引き金を引きながら、自嘲気味に呟いた。




ダ・ヴィンチがサーヴァント反応を感知しその方角を指し示すのと、矢が妖魔の群れを射ぬいたのはほぼ同時であった。土方により大きく乱された隊列を整えるためか、弓を手に持っていた骸骨兵をアーチャーは矢継ぎ早に仕留めていた。
藤丸が見たその姿は、赤地の錦で、おくみや、袖の端をいろどった直垂を着て、萌黄色の糸でおどした籠手や肩当て等最低限身を守る程度に身に付けた二十歳よりも手前に見える中性的な顔立ちの青年であった。髪はそれなりに長いのだろうが後頭部付近で纏め上げている。手には滋藤の弓を持ち背中には切斑の矢筒を背負い、腰には鞘の金具が銀色の太刀を携えた、やや軽装気味ではあるが如何にもな武士姿であった。唯一奇異な点を挙げるならば、左右の腕の長さが違っている程度であろう。
その青年は次の矢を手に持ちながら藤丸達へ声を上げた。

「お三方、及ばずながら助成致します! 次に私が放つ一射の後、此方へ一気呵成に向かってください! 突然の事とは存じますが、どうか今は私を信じていただきたい!」

突然の申し出であった。眼前で敵対する妖魔を射ぬいた姿を考えれば、味方と断言は出来ぬものの敵ではないとは言えるかもしれない。だが、過去の経験がそう判断することを躊躇わせ、応じる事への抵抗を生み出し、思考を停止させた。そんな中誰よりも早く、土方だけは変わずに前へと斬り進め始めた。己には関係のない事、今すべき最優先へと歩を進めるその姿に、藤丸も意を決して沖田に指示を出した。

「アーチャーの言葉を信じよう。沖田さん! 彼が矢を放ったら土方さんと一緒にお願い!」
「委細承知!」

アーチャーはその様子を見て、直ぐ様手に矢を持ち、藤丸達の後方に広がる木々を見た。日の光も届かぬ暗闇の中に潜む者を探し、ただひたすらに睨み続けた。その木々の隙間の奥、自然の中に巧妙に隠されていた筒状の細い人工物を捉えた。アーチャーはそれを狙うべき的と定め目を閉じ小さく呟いた。

「南無八幡大菩薩、我国の神明、日光権現宇都宮、那須温泉大明神、願くはあの筒射させてたばせ給へ。これを射そんずる物ならば、弓きり折り自害して、人に二たび面をむかふべからず」

神々への祈りを捧げ、矢をつがえ強く引き絞る。するとつがえられた矢は魔力を纏い、その姿を一本の鏑矢へと変化させた。アーチャーは更にそれを強く引き絞り、ひょうと放った。矢は藤丸達の頭上を飛び森の中へと吸い込まれていく。その折発せられた鏑矢の音を合図に、すかさず沖田は転進し、土方と並ぶ。

「遅えぞ、沖田」
「言いましたね。じゃあ次からは交代しましょう。同じ様に返しますので」
「ほざけ。――新撰組、突撃!!」

鬼の副長・土方歳三と一番隊隊長・沖田総司による突撃に、藤丸を直接狙わんと襲い来る妖魔を正確無比に射ぬくアーチャー。最早彼等をそこに押し留める事は叶わず、次第に妖魔達も積極的に彼等の前に立ち塞がることを止めた。無傷とは言い難いものの、誰一人欠けず、この窮地を脱する事に成功したのであった。

暫くの間、土方と沖田が藤丸と共に前へと駆け、アーチャーは後方から追手がないか確認をするため殿を務めていた。しかし、その後一切の追撃は無く、特異点最初の地点へと戻りつくまでに他の妖魔とも交戦することは無かった。

「何だろう。どうにも腑に落ちない。すごくモヤモヤして気分が大変よろしくないぞ」
「腑に落ちないって、追撃も何も無かったこと?」

沖田と共に土方の手当てをしていた藤丸が、ダ・ヴィンチの呟きに反応した。藤丸自身も、その後何も無かったという点は気にかかっていたためだ。それに対して答えたのはアーチャーであった。しかしその回答も極めて曖昧なものであった。

「最近の妖魔の軍はあのようなものです。突如嵐のように襲い来るかと思えば、全てを奪うことはせずふっと引き上げていくのです」
「何故その様な事を……何か考えがあっての事なのでしょうか?」
「さて、私には皆目見当がつきませぬゆえ。何より我らは人々を彼等の脅威から護るので手一杯。他の事へは中々手が回らずでして」
「待った。話の腰を折るようで申し訳ないが、今の君の発言に我々が質問をし無くてはならないものが有るのだが、いいかな?」
「構いませぬ。私に答えられるものであれば、何でもお訊きください」

青年はダ・ヴィンチの問いに快く応じた。恐らくは自身に対する不信・疑念の類いを拭い去らせるためであろう。何でもござれ、と言わんばかりの満面の笑みを藤丸達に見せていた。
ダ・ヴィンチはしばし熟考した後に、まず始めに彼の名を、真名について質問をした。その事を想定はしていたのであろう。青年は驚きこそしなかったものの、少し困った表情を見せながらこう答えた。

「確かに、それを明かせば貴方方の信を得られるやも知れません。ですが、どうかご容赦を。真名もまた英霊の命、そうそう明かす訳にはいきませぬ。ですので、私目の事は信州のアーチャーとでもお呼びください」




藤丸達が去り、数の減った妖魔達の群れへと歩み寄る者があった。ボーイスカウトの制服に身を包んだ白人男性であった。手には一本の矢と、銃身の中程までが縦に裂けたレミントン社製ボルトアクション型ライフルがあった。そう、藤丸達を狙い続けた狙撃主である。
男は、誰からも好かれそうな爽やかな笑顔と共に群れていた妖魔達へ指示を出した。

「ご苦労様。君達はもう戻っても大丈夫だ。大したことはないけど、ここの処理は僕が済ませておくよ。ああ、大変心苦しくは有るんだけど、アサシンに作戦は失敗したとも伝えておいてくれ」

妖魔の群れは誰一人声を発すること無く、その指示通りに村を後にした。それを全て見送ってから、男は妖魔の残骸――殆ど消えてしまっているが――の元へ歩を進め、切り落とされた弾丸を拾い眺めた。何か感想を述べるでもなく、ただただ全ての弾丸を検分していった。そうした後に、藤丸達が去っていった方を見つめる。そこには無論誰もおらず、風が木々を揺らす音だけが彼を包んだ。

「君はその若さで、人理修復という大役を見事こなしてみせた」

そう口にした男の顔は、歪んでいた。藤丸を想う、同情、哀れみ、慈愛、憤怒、様々な感情が入り交じり、形容しがたいものとなっていた。その目には涙が溜まっている。

「そうまでして、守る価値はあったのかい? 仮にあったとして、君はその行いに相応しい何かを得られるているのかい?」

零れ落ちそうになった涙を空いた手で拭いながら、男は妖魔達が去っていった方角へと歩き始めた。その足取りに迷いはなく、彼の決意の固さを雄弁に語っていた。

「この世は生きるに値しない。だから必ず、君も救ってみせよう」

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異界・信州 その2 山間妖魔戦線 信州 誠の旗に集いて

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最終更新:2018年03月11日 23:37