アバンタイトル(南米瞋恚大戦)



男の話をしよう。
彼は敗北者である。彼は潜伏者である。
大アルカナでいうところの九番目である。
本来ならば十二番目に例えられてもおかしくないにもかかわらず、だ。

男の話をしよう。
彼には故郷がない。彼には家路がない。
あの〝敗北〟によって、それらは失われてしまった。
……否、正確に言えば、跡形もなく滅ぼされた訳ではないけれども。
例え街が復興されようが、もはやそこは男にとっての故郷とはならぬのだ。
男自身が〝そう思えぬ〟と感じてしまうが故にだ。

故に!
故に男は瞋恚を胸に、心中で叫んでいる!
このままでは済まさぬと! 必ずや故郷を〝再建させて〟帰還すると!

そしてその果てに男は……!

「大統領閣下(マスター)、珈琲をお持ちしました」
「ご苦労」

男は、部屋に現れた大男が呼称する称号を手に入れた。
そう。大統領。大統領閣下。読んで字の如く、一国の長である。
男は胸中の瞋恚の赴くままに雌伏の時を過ごす間に、畑違いであった政治学を独力で修め、その座に納まったのだ。
かつて欧州にて覇を唱え、やがて失墜した〝彼〟の如き地位へと!

だが……男は〝彼〟と同じ道をなぞろうなどとは考えていない。
むしろ〝それだけはごめんだ〟とさえ思っている。
理由など明白。かつて敷かれたレールの上を進んでしまえば、同じ運命を辿ってしまうからだ。
そのことを男はきちんと理解していた。男はそこのところをしっかりと弁えていた。男は実に冷静であったのだ。
故に彼は新たなレールを自力で生み出し、新たな未来を生みださんために、この南米で動き始めたのである。

「いやはや、最初は〝このような黒い豆が茶になるのか〟と驚いておりましたが、慣れれば今やこの通り、淹れるのも容易くなりました」
「その言葉……お前と共に時代を駆け抜けた者達が聞けば、大層驚くであろうな」
「はは、私もそう思いますよ。亜細亜広しといえど、流石にこの様なものに出会うことは終ぞございませんでしたから」

その新たなレールを構成するものの一つが、男に笑いかけながらカップを机へと置くこの大男……キャスターのサーヴァントである。
つまり、男はまず、先の戦争での敗北から学んだ結果……〝真っ当な人間同士の戦争を始める〟ことを真っ先に放棄したのだ。
男は思った。駒が人間であったが故に、先の戦争では敗北を喫したのだと。ならば次は、人間ではなく英雄の影法師を駒にすればよいのだと!
故に彼は手にした聖杯を惜しげもなく、躊躇いもなく使い、果たしてサーヴァントという兵器を手に入れた。
ああ、もはや〝あの組織〟の一員達には足を向けて眠れぬな……と、男は口いっぱいに広がる珈琲の味と香りを楽しみながら、改めて感謝した。
先の大戦中に彼らが魔術や神秘を追い求めたおかげで、あらゆるものを凌駕する凄絶な手駒を召喚出来たのだから。

「本日のお味はいかかでしょう?」

中華の生まれであることを裏付ける、オリエンタルな青いローブを纏ったキャスターが笑顔で訊ねる。
男は椅子に座したまま「実に美味だ。先の言葉通り、すっかり手慣れたようだな。その器用さ、まったく……恐れ入る」と答えた。

「恐悦至極」

キャスターは表情を崩さずに腰を折る。
だがそんな彼が姿勢を戻したときには、その笑みはすっかり消えてしまっていた。
なるほど、看破出来ぬ事態が発生したか……と、男は瞬時に理解する。
故にすかさず「何かあったな?」と訊ねると、キャスターは目を鋭くしてこう答えた。

「はい。我々の軍事行動が、遂にカルデアに補足されました」

男が「介入は必至か」と口にすると、キャスターは「時間の問題かと」と返す。
しかし男は顔色一つ変えなかった。汗の一滴も垂らしていない。まさにその表情、平時のそれである。
理由は一つ。男はキャスターの持つ能力を信頼しているのだ。

「そんな状況でゆったりと珈琲を振る舞うということは、既に手は打ったということか」
「はい。生前の我が偉業、存分に発揮させていただきました」
「そうか。ならば……もう一杯、いただこうか」
「御意」

カップをキャスターに預けた男は、椅子に腰掛けたまま、机に広げたままだった南米大陸の地図へと視線を落とす。
相も変わらず、その表情に焦りはない。堂々としたものだ。まさにカルデアの動きを〝座して待つ〟といった具合か。

「我が自慢の英霊七騎に、脇を固める無限の兵士……止められるものなら止めてみたまえ、カルデアの諸君」

そのとき、開いていた窓から強めの風が入ってくる。
黒いスーツの上に羽織った白衣が、さながらマントのように揺れた。


◇     ◇     ◇


「バルベルデという国を知っているかい?」

空のように、もしくは海のように青いカルデア中央室にて、レオナルド・ダ・ヴィンチが問いかける。
この質問に対し、マシュ・キリエライトは「いいえ」と首を横に振った。
一方で、彼女の隣に立っていた藤丸立香は、短くこう答えた。

「コマンドーで見た」

彼の言葉に対し、ダ・ヴィンチは「なるほど。大人気だよね、あの作品は」と返す。
突然のアラートで中央室に呼びだされたかと思いきや、何故いきなり映画の中の国について質問されなければならないのか。
一瞬、そのような疑問が立香の脳をかすめたが……口にするのは止した。
何故なら彼は、ダ・ヴィンチが次に放つであろう言葉を予測したからだ。

「まさか今度の特異点はそのバルベルデですよ、って話?」
「大正解だ、立香君。我々は、フィクションの中にしか存在しないはずのバルベルデ共和国が実際に興った……という事象を観測した」
「まぁ、話の流れ的にはやっぱそうなるよな。それで、西暦と場所は?」
「西暦1995年、平成7年だね。場所はずばり、南米大陸……その全土だ」
「…………は?」

だが相手から引き出した言葉が纏う重みは、立香が予測していた範疇を遥かに超えていた。
思わぬ規模の回答に対し、ついつい立香は「南米全土だぁ……?」と小さく呟いてしまう。
続いて隣のマシュへと視線を向けると、彼女の喉からゴクリという音が聞こえた。
そんな二人の様子を見かねたか、ダ・ヴィンチは「あー……立香君は〝コマンドーで見た〟と言ったね?」と、優しげな声で言い、更に続けた。

「元々〝バルベルデ〟という国家は、いくつかのハリウッド映画に登場する架空の国でね。コマンドーの他にも様々な作品に登場している。
 一種のクロスオーバー要素、というものさ。そんなバルベルデは作品ごとにいくつか矛盾する点はあるものの、一定のお約束を有している。
 最も大事にされているのは〝中南米かその近辺に位置し、政情が不安定で、社会的格差が激しい、ろくでもない国家である〟という部分かな」

優しげな声色のまま、ダ・ヴィンチは映画作品におけるバルベルデの設定を語る。

「コマンドー以外のハリウッド作品では、プレデターやダイ・ハード2、ジュラシック・アタックにも登場している。
 だがプレデターでは国の位置が他の作品と矛盾していて、ダイ・ハード2に至っては劇中の登場人物の生まれがバルベルデというだけだ。
 この様にバルベルデという国は様々な一面を覗かせているわけだが、そもそもこんな国を設定したのは、中南米の国に配慮した結果らしく……」
「ごめんダ・ヴィンチちゃん、やっと落ち着いた。ありがとう……特異点の説明に入ってくれ」
「……本当に強い子だ。責任は、いきなりハードな情報からぶちこんでしまった私の方にあるから気にしないでくれ」

その間、特異点の規模に対しておののいていた立香の心はようやく正常な状態に戻ってくれた。
故に彼は、映画での設定談義に花を咲かせてくれていたダ・ヴィンチに礼を言うと、敢えて話を遮り……続ける。

「バルベルデのことは勉強になった。暇があれば他の映画も見てみるよ。でも一つ疑問がある。マシュも同じことを考えてるはずだ。だろ?」
「はい、恐らくは。なので質問です。映画でのバルベルデは中南米の一国に過ぎないはず……なのに何故、そこまで巨大になったのですか?」
「そう……俺もそこが気になってるんだ。映画に出てくる架空の国一つが、五番目の特異点レベルのデカさを誇ってるなんて……普通じゃない。
 ああ、いや、普通じゃないからこそ特異点なんだけど、そうじゃなくて……つまり特異点のバルベルデは、映画通りの国じゃないってことか?」

立香とマシュの質問に対し、ダ・ヴィンチは「いいところに気がついたね」と首肯した。

「ああ、そうだ。つまりこのバルベルデは、いくつかのハリウッド映画の流れを汲んだバルベルデがそのまま現れたわけじゃない。
 凄まじい速度で領土を広げ、瞬く間に南米大陸を統一する程の実力を持った……ただ同じ名を冠しただけの恐ろしい軍事国家だ。
 故に各作品で描写された弱点など一切通用しないだろう。今回は、そんな壮絶な鉄火場へとレイシフトしてもらうことになる……!」

マシュが、震える手をぎゅっと握り締める。

「というわけで、改めてオーダーを発表する。今回は謎の国家バルベルデを、その思惑ごと解体させることだ!」

それを見た立香も、自分が無意識に拳を作っていることに気付いた。

「オッケー……! ちなみにダ・ヴィンチちゃん、今回の戦力は?」
「全て君に任せる。自分の魔力と相談して、共にレイシフトするサーヴァントを選んでくれ」
「なるほど。よくある〝自分だけの○○を作ろう〟形式ね……やってやろうじゃんか」
「マシュはいつものように定位置へ。立香君のことは心配だろうが、ここは勇気を振り絞って彼を送り出す気概を……」
「いえ、もう大丈夫です。では先輩! このマシュ・キリエライト、精一杯サポートに励みます! ですので、どうか……ご武運を!」
「ありがとう、マシュ。それじゃ……ちょっくら楽しい仲間をポポポポンと集めてきますかねっと!」

その拳を開いた片手に打ち付けると、立香は中央室を後にした。

「南米の国一つを解体させる、か……なら、まずは……」

国一つを相手にするために必要な戦力を、カルデアで整えるために。


◇     ◇     ◇


それからしばしの時を経て、立香は中央室へと戻って来た。
即ちそれは軍事国家との戦いに相応しいであろうサーヴァントを誘い終えたことを意味する。

「ごめんな。やっぱり急に呼び出すよりも、説明してからの方がいいと思ってさ」

少しばかり時間がかかってしまったため、立香はまずマシュ達に謝罪する。
するとモニターを注視していたダ・ヴィンチが振り返り、立香が集めたサーヴァント達を見てこう漏らした。

「……五騎も連れてきたのか。君の魔力量では、かなりギリギリだろう? 少し無茶なんじゃないか?」

立香の魔力量を考え、心配してくれているのだろう。立香はすぐにそう察する。
故に彼は不敵な笑みを浮かべると、

「ギリギリも無茶も承知の上だ。それでも、国を一つぶっ潰すなら、このメンバーがベストだって確信した。だから……これで行く」

こう、言ってのけた。

「ですが、先輩! 常にギリギリとなると、危機に陥った際に立て直しが利かなくなります! 流石に考え直すべきでは……」
「あー、まったくもって正論だな。でも、マシュやダ・ヴィンチちゃんは俺が危機に陥らないよう、いつも頑張ってくれてるじゃんか。
 通信越しだから伝わってない、なんて思ってるなら大間違いだぞ? 俺はちゃんと解ってる。いつもいつもありがとう、って思ってる。
 だから俺は、そんなマシュ達を信じて、ギリギリの線を渡ってやろうって決めたんだ。だからさ、マシュ……ここは可愛く応援してくれよ」
「か、可愛くって……こんな状況下で呑気すぎますっ!」
「かもなー。ってなわけで、ダ・ヴィンチちゃん……俺のギリギリに、付き合ってくれるか?」
「……戦力について全て君に一任する、と言ったその口で拒絶するわけにはいかないな。いいよ。そこまで言うなら、頼んだぜ」

ダ・ヴィンチからの許しが出た。
それを喜ばしく思ったあまりに、立香はマシュが頬を赤く染めていることにも気付かずに「よしっ!」と小さくガッツポーズを取った。
そして両腕を大きく広げると「さぁさ! それじゃあ藤丸立香セレクション、頼れるサーヴァント達のご紹介だ!」と大声で宣言する。
特異点の脅威を前に狂ったわけではない。敢えてこのように剛気な振る舞いを見せることで、恐怖や緊張を心中から追い出そうとしているのだ。
万能故にダ・ヴィンチも気付いているのだろう。今日の君は何かおかしくないか? などという問いを投げかけてくることはなかった。

「まずはモードレッド! 一つの国と〝終わりへと向かう物語〟をきっちり畳んだ騎士だ!」
「ったく! 急ぎの用事だっつーから来てみりゃ前置きが長ぇんだよ……ってぼやいてても仕方ねぇ。上等だ。きっちりばっちりやってやらぁ!」

まずは叛逆の騎士モードレッドが一歩前に進み、クラレントを抜いて愚痴る。
そんな彼女に微笑みかけながら、ダ・ヴィンチは「なるほど。国を終焉に導く者としては、これ以上無い人選だ」と感想を述べた。

「だろ? そんで次はノッブ……いや、織田信長! 目には目を、侵略には侵略をって寸法だ!」
「ふはははは! ま、でも日の本制覇する前に謀反されちゃったんだけどね、ワシ! はーはっはっは! ま、是非もないよネ!」

次に前に出たのは、火縄銃を担いだ第六天魔王・織田信長だ。
マシュは彼女の笑い声を聞きながら「侵略には侵略を……なるほど、ハンムラビ法典のシステムですか」と呟く。
するとダ・ヴィンチが「まぁ、あの〝目には目を〟で始まる文章は、復讐を推奨しているわけではないけれどね」と、謎の補足を入れた。

「続いては一時期は太陽神でもあったって話のケツァル・コアトル! 場所が南米って話なら〝ケツァ姉〟を呼ばなきゃ嘘だよな!」
「まったくもってその通りデース! 地元を荒らす不逞の輩には、それなりの罰を与えなければね!」

一歩踏み出したケツァル・コアトルは、今や久しくなった〝あの悪い表情〟を浮かべながら、自身の得物を高く掲げる。
マシュもダ・ヴィンチもこの人選ならぬ〝神選〟には納得のようで、無言で二回ほど頷いた。

「そして四人目はジェロニモさん! こんな聡明なレジスタンスが傍にいてくれたら、もうそれだけで安心出来るってもんだ!」
「それは買いかぶりの極みとは思うがね……だが、選ばれたからには必ずや、大地に再び安らぎを与えよう」

前に出たジェロニモが静かな声でそう宣言すると、ダ・ヴィンチが「ほう」と声を上げる。
この言葉に対し、ジェロニモが「何かね?」と訊ねると、続いて「いや、参謀役としてもばっちりだと思ってね」という言葉が返ってきた。

「で、最後だ……最後は、燕青! 水滸伝って、ざっくり言うと〝乱れた国を救う話〟だろ? ならもう、お願いするしかないよな!」
「実に安直な気もするがねぇ……まぁ、頼られるのは悪くない。仲間の数は108人とはいかないが、天巧星燕青……いざ参ろうじゃないか」

音もなく一歩前進した燕青へと視線を向けたマシュは「なるほど。優れた参謀役を更に据えるだけでなく、原典での活躍にも着目しましたか」と呟く。
その感想に対し、燕青は「へぇ。お嬢ちゃんの目には俺がそう映ってるのか。こんな無頼漢が。そっかそっか」と笑みを零した。

「ってわけで、騎士に大名に神様に戦士に侠客と、生き様も立場も様々……だけど考え得る中で最高のチームを結成したつもりだ。
 だから改めて……マシュとダ・ヴィンチちゃん、そしてスタッフの皆さん……いつもありがとう。今回も、よろしくお願いします」

こうしてサーヴァント全員の紹介を終えた立香は、深く腰を折った。
先程までのテンションはどこへやら。表情も声色も纏う雰囲気も、全てが真剣そのものだ。
英霊達も思うところがあったのだろう。思い思いの言葉で、スタッフ達に〝よろしく頼む〟といった旨の言葉をかけた。

「……よし。ではスタッフ全員、覚悟は出来たね? これよりオーダーを開始! 立香君と英霊達を全力でサポートする!」
「了解です、ダ・ヴィンチちゃん! それでは先輩とサーヴァントの皆さんは、すぐにレイシフトの準備をお願いします!」
「ああ……それじゃあ行こう、皆!」
「おう! 相手がでかいからって縮こまるんじゃねぇぞ、マスター!」
「さぁ戦じゃ戦! 侮りの極みに達した国など、消えぬ炎で蹂躙してやるわ!」
「よりにもよってこの私の領域を侵したこと、必ずや後悔させてあげましょう! さぁ、闘争よ!」
「嘆きの声を上げる大地を、悪しき者達から解放させる……その為ならば、私は何度でも武器を取ろう……!」
「さぁて、救国の時間だ。無頼漢らしく残酷にいこうじゃないか。二度と馬鹿な考えを起こされないようにな!」

そして彼らは、特異点と化した南米大陸に身を投じるために、コフィンに搭乗する。
やがて準備完了を意味するアナウンスが流れると、立香達は激動の1995年へと転移するのであった。


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無し 南米瞋恚大戦 ダス・ドゥリッテス・ライヒ 第1節:南米戦線異状あり

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最終更新:2017年11月03日 01:46