第1節:南米戦線異状あり



「閣下。ご報告致します。カルデアに動きが見られました」

バルベルデ共和国、その大統領官邸にて。
二杯目の珈琲を淹れたキャスターが、男へとカップを差し出しながら口を開いた。
男は「ほう」と静かに呟くと、続いて「して、貴様の打った〝手〟は……どこまで及んだ?」と訊ねる。
この問いに対し、キャスターは「まずは先に謝罪を。申し訳ありません」と前置きすると、

「可愛らしい猫共は容易く堰き止めました。ですが何らかの要因により……虎が二頭、この地へと」

と、更なる報告を述べた。

「二頭か」
「はい。言い訳のしようもございません」
「否、責めるつもりはない。そもそも相手の戦力は七騎どころの話ではなかったのかもしれんのだ。
 その状況下で取りこぼしをティーゲル二頭で抑えた貴様の力は、むしろ賞賛に値するというもの。感謝する」

正直なところ、男にとってこの報告は少しばかりショックであった。
だが世の中には常に〝不測の事態〟というものが存在していることを、既に男は身をもって思い知らされている。
故に男は、キャスターを罰することも、叱ることもせず、むしろ彼の働きを讃えた。

「……寛大なお言葉、感謝致します」

キャスターは深く深く腰を折り、男へと礼を述べる。
そんな彼に「では、各々のサーヴァントに伝えるがいい。敵が来たとな」と命じた男は、珈琲に口をつけて穏やかに目を細めると、

「慢心なぞ一切せん。全力で狩らせてもらうぞ、無粋なティーゲル共よ」

窓越しに見える熱帯雨林を一瞥し、冷静に――そして冷酷に――言ってのけた。


◇     ◇     ◇


「ダ・ヴィンチちゃん! マシュ! 原因は解ったか!?」
『すみません、先輩! 依然謎のままです! どうしてこんな……っ!?』
「じゃあ〝そっちに残された方〟はどうなってる!? 霊基に異常とかは……」
『そっちは大丈夫だ。コフィンの安全装置が起動したおかげで、サーヴァント達の霊基及び霊核は一切損傷していない』
「そうか……不幸中の幸い、ってやつかな。しっかしそれにしても……いくらなんでも……!」

立香は、共に南米の地を踏むことに〝成功した〟ケツァル・コアトルと燕青に視線を向けると、

「いくらなんでも……異常事態にも程があるって話だろ、これは……!」

片手で髪をガシガシと掻きむしりながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「マスター、一旦落ち着きましょう? 出鼻をくじかれたのは確かだけれど、そう混乱していては諸々の対応に遅れてしまうわよ」
「太陽の姐さんの言う通りだ、マスター。敵地で慌てふためくことほど愚かなことはない。
 ならば、敵がどこに潜んでいるか解らないこの状況ですべきなのは……やはり潜伏かねぇ」
「……そうだな、悪い。こんなとこで喚き立てたのは完全に悪手だった。まずは燕青の言う通り、どこかに身を隠そう」
「それなら……燕青、あなたが寄りかかっているその空き家こそ、まさに丁度いい隠れ家になりそうじゃない? お邪魔させてもらいましょう」

だが二人の忠告によってどうにか我に返った立香は、両手で頬をパンと叩くと、二人を伴ってすぐに空き家へと侵入する。
そして居間と思われる部屋で揃って座り込むと、今起きている奇妙奇天烈な状況を整理することに全集中力を注ぎ込んだ。

「……コフィンに入ったのは、俺とケツァ姉と燕青を含む六人。それは間違いないんだ」

ではまずは、今の状況を確認しよう。
南米大陸を丸ごと支配した国家、バルベルデ共和国。立香達はこれを解体するために、特異点へとレイシフトした。
叛逆の騎士モードレッド、尾張の魔王織田信長、眩い太陽神ケツァル・コアトル、秘術の行使者ジェロニモ、湖の浪子燕青。
この頼れる五騎のサーヴァント達と共に、立香は南米の地を踏む手はずであったのだ。

「だってのに……おかしすぎる……!」

しかしいざ特異点へと到着してみれば、目を疑う事態が発生していた。
なんと五騎のサーヴァントの内、立香と共に転移してきたのはケツァル・コアトルと燕青のみだったのである!
他の三騎……即ち、モードレッド、織田信長、ジェロニモの三名は現場への到達に失敗。現在はカルデアでお留守番状態となっている。
残された方も混乱しているのだろう。マシュとダ・ヴィンチの後ろで喚いているモードレッドと信長の声が、通信越しでもはっきりと聞き取れた。

『今、エジソンとテスラの天才コンビに急いで各設備を確認してもらったが、機材は故障していなかった。全て正常に稼働中だ』
「まぁ、機械がぶっ壊れてないっていうんならそれはそれでよかったけど……それじゃ、この状況を引き起こしたのは……」
『そうだね……科学的な視点で結論が出ないならば、魔術サイドからの視点で考えざるをえないのだが……ん? どうしたんだい?』
「ん? ダ・ヴィンチちゃん、どうした?」
『ああ、いや、大丈夫だ。Mr.ジェロニモが〝話したいことがある〟とね。何か解ったのかもしれない……マイクを渡すよ』
「解った」

相変わらず続くモードレッドと信長の叫びを余所に、ダ・ヴィンチが遠ざかっていく音をマイクが拾う。
そして一寸の間が空いた後、ジェロニモの穏やかな声が耳に入った。

『というわけでマスター、私だ。そちらはどうかね? こうして通信が続いていることから察するに、ひとまずは腰を落ち着けられたと見たが』
「大正解。それで、ジェロニモさん? 話したいことっていうのは?」
『勿論、この不完全なレイシフトに関して私が立てた仮説だ。後ろで機嫌を損ねている二人にも後で話すつもりだが、まずはマスター達にとね』
「そういうただでは転ばないところ、大好きだぜジェロニモさん」

後ろで〝ひょっとしてお前が悪いんじゃ!?〟などと、ありもしない罪のなすり付け合いを始めたモードレッドと信長を無視し、立香は応える。
するとダ・ヴィンチが『落ち着け二人とも!』とモードレッド達を叱りつけたのを合図にしたかのように、ジェロニモは語り始めた。

『レイシフトが始まり、特異点へと転送されているなという実感を覚えていた最中に、私は〝何かに弾かれた感覚〟に襲われた』
「弾かれた、感覚……?」
『そうだ。恐らくはその特異点に巣くう何者かが、我々の介入を防ぐために網を張っていたのだろう。
 だがその〝網〟は、キャスターが持つごく普通の陣地作成スキルでは到底生み出せないほど強力であったと、私は強く認識した。
 故にこれは間違いなく魔術的なアプローチかつ、術者の正体は〝何をも寄せ付けない〟という逸話を遺した英霊であると考えられる。
 即ち術者は、その逸話が昇華したスキルか宝具の力によって〝カルデアの介入を阻止する防衛の術〟を編み、我々にぶちかましたのだろう』

さすがはただの山岳戦士として終わらず、精霊との交信などの分野にも精通した英霊だ。説得力が違う。
だがその仮説が正しいならば、些か疑問が残る。というわけで立香は改めて燕青達に見張りを頼んでから、ジェロニモへと質問を投げかけた。

「うーん……じゃあ、その仮説が正解だったとしてだ。俺がレイシフトに成功した理由はどうなる? それに成功者は俺だけじゃない。
 ケツァ姉と燕青だってしっかりとここに到着してるんだ。なら、こうして取りこぼしが起きた要因は何だ? 何が命運を分けたんだ?」
『そうだな……ふむ……』

少しだけ間が生まれたため、我ながら無茶な質問をしたもんだ……と立香は自嘲する。

『ではまず、マスターと現地の二人に問おう。どうかね? そちらはレイシフトの際に、何か違和感や不快感を覚えたりはしなかったかね?』

だがしかし、ジェロニモの応答速度は、立香の予想を遙かに上回っていた。
そんなわけで立香は心中で「凄ぇ……」と呟いた後、正直に「そういうのは感じなかったな」と答えた。
続いてケツァル・コアトルも「とってもスムーズだったわ」と答え、燕青も「ないよぉ?」と口にする。
するとジェロニモは『よろしい。ならば何が分水嶺であったのか……それを推察するのはかなり容易くなった』と言い、

『恐らくマスターが防衛機構をすり抜けられたのは、君の戦力……即ちサーヴァントを剥ぎ取り、容易く討ち取らんとするためだったのだろう。
 そしてケツァル・コアトルの降臨を許してしまったのは、彼女の持つ圧倒的な神性と、南米での知名度による補正が絡んだがためと、私は見た』
「あー、なんか凄くそれっぽい。要は俺を丸腰にして一方的にボコる計画だったのかもってことか……背筋が凍る話だな……」
「私が里帰り出来た理由も頷けるものがあるわ。憶測だというのに、なんて凄い説得力! 一緒に来られなかったのが本当に残念デース……」
「おっとぉ、それじゃあシャーマンの旦那。この神様でも何でもない無頼漢がレイシフトした理屈は、どう説明してくれるのかねぇ?」
『君がサーヴァントとなるまでの道程は極めて特殊だったと聞いている。形のない〝伝説〟が人の姿を成した……それが君という存在だろう?
 そんな特例に特例を重ねたサーヴァントを相手取れる結界など存在するのか……私は、無いと思う。だから君は今、そこにいるのかもしれない』
「ありゃりゃ、こりゃ参ったねぇ。目の付け所が実にシャープだ。姐さんじゃないが、この説得力には素直に拍手ってやつかね」

すらすらと、筋の通った推論を述べた。

『では言いたいことも全て言い終えたのでね……後は後ろで騒いでいる二人に聞かせることとしよう』
「ありがとな、ジェロニモさん」

こうして見事な推理を披露したジェロニモは早々にモニター前から立ち去ると、居場所をダ・ヴィンチとチェンジ。
先程までジェロニモが座っていた座席に、今度はいつも通りにダ・ヴィンチが腰掛けた。

『……というわけでダ・ヴィンチちゃん、復・活・だ! 彼が頭を働かせると私の仕事が減るものだから、嬉しいやら悲しいやらだぜ』
「本当、レイシフトを妨害されたのはマジで悔しいな。もしこれで燕青までレイシフト失敗してたら、俺もう泣いてたかもしんない」
『ははは……しかし私も、君のようにおどけて平静を保っているが……正直なところ、焦りを通り越して恐怖すら感じているよ。
 このフィニス・カルデアが誇る超高度技術の一つに対し、狙って支障を引き起こせる英霊が存在している……だなんて、考えたくもない』
「ああ、同感。まさかこうもあからさまに戦力を削いでくるなんて……それもうお前、BBかよって話だろ……」

燕青と同じ〝文武両道枠〟に納まっていた一人が欠けてしまったことの深刻さを改めて痛感した立香は、肩をすくめて乾いた笑みを浮かべる。
だがこのまま嘆いていても仕方がないし、何も進展しない。
ガチの神様ともう一人の文武両道系サーヴァントが謎の力に弾かれずにレイシフトしてくれたことを、強引にでも前向きに受け取るべきだ。

「まぁでも、こうなったものはしょうがない。一緒に来られた二人におんぶ抱っこで駆け抜けていくよ。絵面は情けないけども」
『いや、それでいい。むしろ、それがいい。こちらもいつも以上に目を光らせておくから、少しでも危機感を覚えたらすぐに頼ってくれ』
「了解。それじゃケツァ姉、燕青……とんでもない計算違いが起きたけど、改めてよろしくな!」
「ええ、こちらこそ!」
「よろしくだ、マスター。俺も精々、出来る範囲のことはやってやるさ」

英霊達の言葉を受け、立香は改めて気を引き締めた。
そうだ。異常事態など、各特異点で散々見てきたではないか。それを何を今更……と、自分に言い聞かせ、立ち上がる。

「行こう、二人とも。外がどんな状況になってるか、カルデア側にも報告しなきゃだしな」

続いて二人の英霊も立ち上がり、大きく深呼吸をしながら、既に屋外に向かって歩き出した立香をゆるりと追う。
そして二人が自身の後ろに待機してくれたことを確認した立香は、ゆっくりとドアを開き、十数分ぶりに屋外へと身を出した。
……すると、その直後。

「黄色人種の少年一名及びサーヴァントを確認。後者の数は二騎」
「大統領閣下が提示した殺害対象の特徴とほぼ一致。排除します」

褐色のシャツと黒い半ズボンを纏った、白人の――そして確実に立香よりも幼いと断言出来る――少年少女二人組が、突如前方から接近してきた。
腰には黒いマチェットを提げており、手には軽機関銃が握られている。人形の様な見目麗しいルックスとは、あまりにギャップが強い。

「……いやいやいや、嘘だろ?」

などといった具合に現状を把握したときには既に、銃口は立香の顔面へと向けられており、

『先輩っ!』

マシュの叫びが通信越しに耳朶を叩いた瞬間……命を奪う際に発されるとはとても思えないほどに乾ききった音が、辺りに響き渡った。


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最終更新:2018年12月07日 22:32