「塔がこのままだと人類が滅びるそうだな。じゃあ、このままにしよう」
それはならない。フラン・オルタはアーチャーに銃口を向ける。
「キャスターが消滅した以上、ポンペイに彼女の護りはない。大噴火の結果、人類と芸術作品、共に滅びるであろう」
魔神が呑気に喋っている。
「えっと、僕が消滅するまで塔は止まらないんですけど」
どこから現れたか、ランサーが立っていた。
「人間がとか芸術がとか興味ないし、自害する理由もないし、まあどうでもいいかなって」
「だから」
フラン・オルタが『乙女の貞節』の安全装置を外す。重い鉄の音がした。
「殺されろ」
「それはならんね」
アーチャーはコントラバスを身体の支えにして、立っているのがやっとの状態だ。
フラン・オルタとの戦闘は必至だ。しかしこちらには戦える戦力がなく、アーチャーの回復を待つ時間もない。人間と、深手を負って動けないサーヴァントと、戦闘能力のない魔神しかいない。
僕が戦わなければ。
アーチャー、弓を貸してくれ。
「いいぜ」
受け取った弓は、剣や槍などの武具よりずっと軽い。軽く振るとひゅっと風を切る音がした。
「正気か?」
望むところだ。機械の反乱には人類が抵抗しなければ。
フラン・オルタが銃をこちらへ向ける。それから弾が飛び出す寸前に、弓を持ってない方の手で銃口に向けガンドを撃つ。
緑色の閃光はあらぬ方向へ飛んでいった。僕は脚に魔力を込め、相手に向かってダッシュする。続けて撃たれた二撃目のタイミングで横に一身半避ける。
手を伸ばし、弓が銃に届く。突っ込んで、フラン・オルタに届く。
しかし相手はサーヴァント。素人が頑張った程度でなんとかなる相手ではない。
「駄目だ」
強烈な蹴りを浴びせられた。視界が回転して、折角走り詰めた距離がまた広がる。
僕はフラン・オルタに聞こえるよう叫んだ。アーチャー、回復はまだか。
時間制限があるのはこちら側なのである。あと数十分で塔は最下層に到達し、噴火を起こす。フラン・オルタはただそれを待っていればいい。こちらを仕留める必要などないのだ。しかし、僕がアーチャーの回復が間に合うと踏んでいて、それを待っているのだと思わせれば、フラン・オルタにはそれを防ぐ必要がある。アーチャーと戦闘になれば、負ける可能性が出てくるから。
アーチャーの傷はすぐに癒える程度のものではないが、フラン・オルタはそれを知らない。
分の悪い賭けに持ち込むブラフである。
「ならば今ここで纏めて、仕留めよう」
銃床のフィンが激しく回転し、唸りを上げる。
「ゥゥ、わたしを」
宝具だ。それを待っていた。
隙を作ってくれれば、あとは。
「置いて、行け」
最後には人類が勝つと決まっている。大人しく三原則に従っていろ。
「『屠殺の――』」
「焼却式 セーレ」
反転した人造人間は魔力の暴走に任せた爆炎と煙に覆われる。
視界が晴れると、フラン・オルタは跡形もない。
巻き起こしたのは魔神の最後の力だ。
振り返ると、エネルギーを使い切った魔神は既に消滅していた。
暫く静寂が場を支配する。やがて、アーチャーがランサーに呟く。
「宝具は止められないと言ったな」
「はい、僕が死ぬまではですね。あ、えっと、戦いませんよ?」
塔はなおも沈み込み続けている。
「止めたいなら介錯とかしてください。痛くないようにお願いしますね。はやく帰りたいんで」
ランサーが首を突き出す。アーチャーが弓を取り出し、首を落とした。
かくしてポンペイにいるのが僕とアーチャーだけになる。
塔が停止し、上部から建材が崩れ落ちていく。
「セーレはもういないか」
別れの挨拶くらいしておきたかったものだ。
「俺ももうじき消える。サーヴァントになったのは初めてだが、まあ、こんなものだろう」
ポンペイと人類を、人理を守ってくれてありがとう。
「礼はいらんだろ。使い魔なんだから」
いつからか気づかなかったが、白い粉が降る。火山灰だ。
ポンペイ最後の日。今夜、この美術館は土の下に埋もれる。
埋もれてしまえば、この大改築はなかったことになり、都市は元に戻り、歴史通りの滅び方をする。
「まあ、また会ったらよろしく頼む。サーヴァントってそんなもんなんだろ。敵かもしれんけど」
味方なら心強い。
「じゃあ」
アーチャーは消える。音化でも霊体化でもないそれは、金色の光の粒子を撒き散らす。
火山灰が降る。雪のようだと思った。
特異点の元凶がいなくなった以上、やがてカルデアとの通信が復活するだろう。それまで、
一日で滅ぶ街を散歩でもしよう。
ポンペイの街は完全に美術館に改造されているため、元の名残はない。二十一世紀風の建築だ。
暫く歩いた。ここらの建物はアーチャーとミロビちゃんの戦闘の跡で、そこかしこに瓦礫が重なっている。
建物の中に入る。壁には沢山の絵画。今までそれどころではなかったため気にしていなかったが、なんと贅沢な美術館であるだろうか。どちらを見ても有名な作品がある。ルーヴルの比ではない。
不意に目に入ったのはモナ・リザだ。似た人物には会っているが、生で見たのは初めてだ。
万能の天才の大傑作には、それを台無しにするように、真ん中に瓦礫が突き刺さっている。いや、これは半分に割れた便器だ。
どうしてこんなところに、と考え、思い当たった。マルセル・デュシャンの泉。見ていたのは芸術が芸術に刺さった光景だ。
便器を引き抜きながら僕は思う。芸術ってなんだよ。この問いこそがポンピエだ。
閉館時間 大壊滅美術館 ポンペイ END
最終更新:2018年03月01日 06:19