「……んぅ」
いつの間にか、寝てたみたい。
ゆっくりとまぶたを持ち上げる。
わたしは電車に乗っていた。
おばあちゃんの家に泊まった帰りだったはず。
たのしくて昨日はあまりよく眠れなかったから、つい居眠りしちゃったらしい。はんせい、しないと。
「いま、なんじ……」
ごしごし。
目を擦る。
そして時計を探した――あった。
時計の読み方はさすがのわたしでもわかる。
勉強のあまり得意じゃない、わたしでも。
わかるから、思わず固まった。
口が、ぱくぱく動きます。
「どうしよう……」
時計の長い針は数字の9を指してます。
おかあさんには、家には7時につくって言ったのに。
二時間も過ぎてる。
うとうとする前は確か5時30分だったから、わたしは、三時間と半分も居眠りしてたことになる。
いくらなんでもうたた寝しすぎた!!
どっ、どっと心臓が脈を打って、背中にいやな汗が流れ出して、息が苦しくなってくる。
目を閉じればおかあさん、おとうさんの怒った顔。
ただでさえ無理を言ってひとりで出かけたのにこんな失敗をしたら、お尻ぺんぺんで済むかどうか。
一週間おやつ抜き、おでかけ禁止、ゲーム禁止、まんが禁止……他にもいろいろおまけがついてくるのが見えるよう。
「……とにかく、おりなきゃ」
帰りたくない。
でも、帰らないことにはどうにもならない。
間違いなくおうちから相当離れちゃってるだろうし、電車を降りて、駅員さんに相談するか、公衆電話でおうちに連絡するかしないと。
知らないばしょで迷子になったらどうするか。
学校の先生が教えてくれたことが、思いがけず役に立ちそう。
出来れば役立てる日は、来ないでほしかったけど。
ごとんごとん。
ぎぃぃぃ、っ。
やけにいやなおとを立てて電車が停まる。
おばあちゃんの家の物置のドアが、こんな音だったような。
そんなことを思いながら、わたしはお金を払って、電車を降りた。
電車はわたしを降ろすとすぐに、何人かのお客さんを乗せて次の駅へと走っていく。
みんな携帯を見るでも本を読むでも誰かと話すでもなく、黙って自分の前だけを見てて。
わたしは、ちょっとぞっとした。
■
この駅は、きさらぎ駅というらしい。
分かってたけど知らない駅。
でも、きれいな名前だと思う。
きさらぎっていうのは、えっと。
何月だったっけ。
師走が12月なことだけは、わかるんだけどな。
「でんわでんわ……」
駅員さんはどこにも見当たらない。
時間が時間だからみんな帰っちゃったのかな。
気持ちはわかる。
わたしだってこんな時間、こんな真っ暗な中でおしごとなんてしたくないもんね。
それはそうと、早く電話を見つけておうちに連絡しないと、わたしはこのまま駅で朝まで待つことになってしまう。
夏だから寒くはないけど、蚊がやだし、へんなひとにさらわれるかもだし。
怒られるのが怖いけどやっぱり、家に帰りたい。
「あった」
緑色の公衆電話。
学校帰り、傘を忘れた時なんかにおうちによくこれで電話するから使い方はわかる。
前にいたずらでお金のかからない緊急電話を用もなく使ったときは、いろんな人にものすごく怒られたっけ。
「じゅうえんだまをいれて……と」
おうちの番号を押して、あとは待つだけ。
その、はずだったんだけど。
「あれっ」
ぽーん、ぽーん、ぽーん、ぽーん。
何度やり直してもまったくかからない。
困ったなと思って、おばあちゃんの家、いとこの家、それでもダメで友達の家なんかにも電話をかけてみる。
それでも、ダメ。どこも出ない。みんなおでかけ? そんなわけないよね。
「んー……」
こうなったらこれしかない。
前はいたずらだったけど、今はちがう。
だからいいよねと、ちょっとどきどきしながら緊急発信のボタンを力いっぱい押してみた。
ぽーん、ぽーん、ぽーん、ぽーん。
やっぱりおなじ。
おまわりさんも、消防署も。
どこも通じない。
みんなねちゃった?
「どうしよう」
交番に直接いってみるしかない?
悪いことしてないのに交番だなんて、なんだかヘンな感じだけど。
でもそんなに都合よく交番が見つかるとも思えないし、結構時間をかけて歩き回らなきゃならなそう。
こんなことなら、おばあちゃんが持たせてくれたおみやげのあめ玉、もっと残しておくんだったな。もう、二個しかないや。
いきなり舐めちゃうのもなんだし、本当に疲れたときまで取っておこう。
ポッケの中の飴の感触を確かめながら、わたしは交番目指して歩き出した。
そのときだ。
「あ――あのっ」
「!?」
どこかから声がした。
女の子の声だ。
たぶん、わたしと同じくらいの。
心臓が飛び出そうなくらい驚きながら声の方を向くと……よかった、おばけじゃないみたい。
水色の髪をわたしとは逆のワンサイドアップにした、すごくかわいい顔の女の子。
でも、こんな時間にひとりで何をしてるんだろう……この子も迷子なのかな。
「あなたもまいごなの?」
「うん。きみも?」
「そうなの」
こくんと女の子は頷く。
やっぱりそうらしい。
最初はちょっとびっくりしたけど、お仲間がいるなら心細さもちょっと薄れる。
「わたし、でんしゃでねすごしちゃって……
きがついたらこんなとこまでのってきちゃったの。
おかあさんもおとうさんもしんぱいしてるだろうから、おまわりさんのとこにいくつもり」
「でんしゃで? そうなんだ……ぼくは――よくわかんないんだよね。
きがついたらここにいた、っていうのはおなじなんだけど」
「どうしてまいごになっちゃったか、わからないの?」
「なの」
「たいへんだね。いっしょにおまわりさんさがして、おうちかえろ? えっと……」
おなまえは?
わたしは女の子に聞いてみる。
すると女の子は少し考えて、言った。
「ひーちゃん」
「ひーちゃん? あだな?」
「うん。ほんとのなまえ、あんまりすきじゃないの」
「へ~……」
変わった子なのかな。
自分のお名前が好きじゃないなんて、へんなの。
わたしは思わずつぶやいてしまう。
もちろん面と向かって言ったら感じ悪いから、心のなかで、だけど。
とと、わたしも名乗らないと。
「わたしは――りっか。ふじまるりっか。しょうがっこうの、3ねんせいだよ」
「おんなじ!」
藤丸立香。それがわたしの名前。
9歳。それがわたしの歳。
学年に直すと、小学3年生。
そう言うと女の子……ひーちゃんが目をきらきらさせて声をあげた。
同い年らしい。つまり、同じ3年生。
年は近いだろうなと思ってたけど、いざ実際にそうだと分かると、わたしの方もちょっと気分が盛り上がってくる。
「わたしたち、おともだちになれそうだね!」
「えへへ。そうだね、りっか」
ひーちゃんはわたしよりも大変だ。
なんでって、この子はわたしと違ってどこから来たのかもわからないみたいだから。
迷子仲間として、お友達として、助けてあげなきゃいけない。
困っている人にはよくしてあげろって、先生もよく言ってたし。
「ひーちゃんはこの……えっと。
きさらぎちょう……? ってところのことはなにかしってる?」
「ううん、ぜんぜん」
「だよねえ」
う~ん。
やっぱり一から探さなきゃダメみたい、交番。
コンビニとかに入って、店員さんに道でも教えてもらうのが一番早そうかな。
「よし! じゃあいこっか、ひーちゃん!
あのね、わたしおもいついたんだけどね。
コンビニにはいって、おみせのひとにこうばんまでのみちをおしえてもらえばいいんだよ!」
「こんびに……そっか、たしかにあそこならどうにかなりそうだね」
「でしょ!」
さあ、夜はどんどん深まっていく。
ひーちゃんの手を、わたしは握りしめた。
夏休みの、ちょっとした冒険だ。
そう思えばこの状況も、なんだか楽しくなってくる。
やっぱりひとりじゃないってのは大きいなあと、わたしが実感していると。
「あれ」
ひーちゃんがふと、前の方を指差した。
「あのこもまいごかな?」
ずいぶん迷子がいる日だなあ。
「どこ?」
「あれあれ」
「んー、……あ! みえたみえた。あのこ、か、あ……?」
見えた。
セーラー服を着た、背の低い女の子だ。
セーラー服ってことはわたしたちより年上なんだろうけど、それにしてはやけに背が低い。
いくらなんでもわたしたちより背が低いって、なんだかおかしくない?
「……ねえ、ひーちゃん」
おかしいからよく見てみた。
すると、すぐにわかる。
どうも、背が低いわけじゃないらしい。
「……うん。りっか」
ただ足がないだけだ。
「にげよっか」
「にげよう!」
わたしたちはウサギみたいに走って逃げ出した。
お互いの手をぎゅっと握り締めて、必死に走る。
その後ろから音がする。
てけてけ。てけてけ。てけてけ。てけてけ。
てけてけ。てけてけ。てけてけ。てけてけ。
振り向くと、すぐそこまでセーラー服の子が迫ってきていた。
その手にあるのは、人間くらいなら簡単に真っ二つに出来てしまいそうな、大きな鎌。
女の子の顔は人とは思えないほど血の気がなくて、血走った目は限界まで見開いて、口は顎が外れたみたいに大きく開いている。
そんな口で、女の子はいった。
わたしと、ひーちゃんに。
憎たらしくてたまらないというような、二度と聞きたくないくらいこわい声で。
足、ちょうだい。
最終更新:2017年12月29日 20:45