其の零:夢、未だ潰えず

「ああ、とても残念だ」

血濡れの玉座の間に6つの人影があった。
きらびやかであったろう空間は死の臭いに満ちている。
恐怖にひきつった顔のまま事切れた文官がいた。
悔しさを滲ませ絶命した武官がいた。
絶望に顔を歪ませて倒れ伏す女官がいた。

――首をはねられ赤い床に沈む元皇帝だったものがいた。

「お前ではあの国を滅ぼせない。お前では我らの遺志を果たせない」

血に濡れた剣を片手に皇帝を殺した黒い甲冑の人物が言葉を紡ぐ。
顔を覆う兜によって表情は読み取れないが、言葉から感じ取れる感情は失望と怒り。
マントをはためかせ、その人物は玉座とそこにある死体に背を向ける。
それはまるで過去と決別するかのようだった。

「故に果たされなかった遺志を再び我らが受け継ごう。我が名は"漢中王"、蜀漢の創設よりありし悲願を果たす者である。新生せし五虎の将と共にそれを為す者である」

朗々と甲冑の人物、"漢中王"は告げる。
その名は、この国を作りあげた男が名乗った称号。
それに異を唱える者はここに存在しない。

「アーチャー」

アーチャーと呼ばれた人物が被っていたフードとマスクを外す。
明るい茶髪が特徴的な中性的な顔立ちの少女が姿を現す。

「キャスター」

黄色の民族衣装に身を包み鷲の羽根飾りを頭につけた巌の様な男が薄っすらと目を開く。
キャスターと呼ばれた男は"漢中王"へと顔を向けると一度だけ頷いて見せた。

「セイバー」

青く輝く軽鎧を纏った男性、セイバーが"漢中王"に応える様に手に持ったクレイモアを掲げる。
無精ひげの残る口元が微かに吊り上がった。

「ライダー」

ライダー、日輪の描かれた赤い手甲を身に纏った武者鎧の男が不敵な笑みを浮かべる。
刀に着いた血を払い鞘へと戻すと、チン、と澄んだ音が空間に響いた。

「ランサー」

風切り音と共にランサーが手にした大斧を一度だけ旋回させる。
流れるようなプラチナブロンドと、純白のマントに彩られた美しい女戦士だった。

肌の色から背格好、身に着けているものまで多種多様。
どこから見ても漢の人間ではない。
彼ら、彼女らこそが"漢中王"と彼の持つ聖杯によってこの地に集いし5人の英霊。
本来の歴史に反旗を翻す事を良しとし、"漢中王"に付き従うと決めた敵対者達。

「そして甦るがいい、道半ばで倒れし報国の戦士達よ」

ぞるり、と"漢中王"の周囲の空間が黒く染まる。
まずそこから姿を現したのは"蜀"の一字が書かれた戦旗だった。
そこから続くように、戦旗を持った兵士達が、槍や剣を手にした兵士達が、嘶く戦馬が、甲冑を身に纏った将が、まるで幽鬼の様に緩慢な動作で姿を現していく。
いや、実際に幽鬼ないしは近しい存在なのだろう。
兵士にも将にも戦馬にも、その顔には生気というものがなかった。
虚ろな表情を浮かべ、ぞろぞろと列を成して亡者の群れが宮殿の外へ向けて歩いていく。
5人の英霊は、その光景をただ黙って眺めている。

「我らが誅すは仇敵である。即ち曹魏、即ちいずれここに来るであろう一人の男」

"漢中王"が宣言する。怒りと憎悪を向ける先は蜀を滅ぼした国、そして■■■■■を滅ぼした男。
"漢中王"には確信があった。あの男ではあれば必ずここに来るだろうと。
無念を晴らさねばならない。
そう考えるだけで、"漢中王"の拳は強く、強く握りしめられていく。

「――これより、最後の北伐を開始する」

反逆の狼煙が上がる。
時に264年1月、蜀を併呑した筈の魏は漢中王なる人物によって反旗を翻した蜀の手により瞬く間にその領地を奪われていく。

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--- 最終北伐戦域 漢中 其の壱:かくして役者は舞台に揃う

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最終更新:2017年11月13日 23:55