其の壱:かくして役者は舞台に揃う

目を開けると、そこには広大な平原が広がっていた。
風にたなびき大きな雲がちぎれ飛んでいく青空。
遠目に見える山々。
緑に溢れた大地。

カルデアではない。
かといって僕の故郷でもない。
それでもどこかで見たことがあるような、そんな気がする。
ふと、視界に草原を駆ける何かを捉えた。

「……牛?」

四本足、頭に2本の短い角。ずんぐりとした体型、肩のあたりから頭までを覆うもこっとした体毛。あれは間違いなく牛だ。正確には牛の仲間だった筈だ。
なんて言ったか、昔見ていた動物番組の記憶を掘り起こす。

「バイソン。たしか、バイソンだ」

ヨーロッパとアメリカにいるって話だったけど、あのモコモコとした毛皮はたしかアメリカバイソンって種類だった筈。
ああ、そうだ。五つめの特異点の時は生で見たじゃないか。マシュが 『凄いです先輩!バッファローです!アメリカバイソンです!初めて見ましたけどとても大きいんですね!』ってはしゃいでたなぁ。
……ん?

「ってことは、ここってアメリカ?」

何故? どうして? Why?
自分の身に降りかかった異常事態に頭が混乱する。
ここに来るまで何をしていた? トレーニングを終えてシャワーを浴びて眠った。そこまでは覚えている。
つまり寝ている間にレイシフトをしたか、寝て起きてレイシフトするまでの間の記憶がすっぱり抜け落ちているかのどちらだろうか。

「マシュ! ダ・ヴィンチちゃん! 聞こえる!?」

通信を試みるもウンともスンとも反応しない。
困ったぞ。これじゃ自分がどんな状況なのかもわからないじゃないか。
もしもこんなところで敵に襲われでもしたらと考えると気が気じゃない。

「……これは、驚いた」

うわぁ!?
後ろから聞こえた聞いたことない男の人の声に、反射的に振り返る。
そこにいたのはインディアンだ。
アメリカで会ったジェロニモよりももっと年は上に見える。
黄色に染めた鹿の皮の服に、羽根飾り。なんていうか威厳のありそうな格好のおじさんだ。
そしてそのおじさんの横には小さな女の子。肌も髪も真っ白でもこもこのファーをつけたディ○ニーの映画で見たようなインディアンドレスを纏った女の子だ。親子、ではないだろう。
とにかく、そのインディアンのおじさんと白い女の子が興味深そうに僕を見ていた。

「えっと、その、どうもコンニチワ」

とりあえず、会釈しながら挨拶をしてみる。変に刺激をするよりはいいだろうと思ったけど、日本式の挨拶ってこっちの人に伝わるんだろうか、と挨拶した後になって思い至ってしまう。
あ、インディアンのおじさんと女の子がキョトンとした顔してるよ。
テレビかなんかで手をあげて「ハオ」って挨拶してたような記憶があるし、まずかったかもしれない。
どうしよう、段々不安になってきた。

「ああ、こんにちわ。異国の少年よ」

悶々と僕が悩んでいるとキョトンとしていたおじさんが皺の刻まれた顔を僅かに綻ばせて挨拶を返してくれた。
良かった。通じていたらしい。心の中でフーッと安堵の溜め息を吐く。

「ところで君は、どうしてここにいるのだろうか」

口許がひきつったのが自分でも分かる。
うん、それ聞かれるよね。明らかに場違いな格好でリュックとかもなしに平原のど真ん中にいたんだから、聞かれない方がおかしいよね。

「そのー、信じて貰えるかは分からないんですけど、僕も気付いたらここにいたとしか」

おじさんの表情を伺いながら、ありのままを告げる。
変に取り繕ったってかえって怪しまれるだけだろうし、同じ怪しまれるにしても本当の事を言うべきだろう。
ふむ、と一言呟くとおじさんは顎に手を添えながらしげしげと僕を見つめてくる。
どうにも、居心地が悪い。
視線を逸らすと女の子と目が合った。笑顔を浮かべて手を振ってみせると、彼女はすっとおじさんの後ろに隠れてしまった。うん、なかなか傷つくな、これ。
しばらくなんともいえない沈黙が続いていたけど、おじさんが納得のいったように一度頷き、顎に添えていた手を離した。

「まあ、そういう事もあるのだろう。君の夢は殊更に他所へ繋がりやすいようだ」
「……夢?」

おじさんの"夢"という言葉受けて、この現状について1つの可能性が浮かんでくる。
そうだ、なんで気づかなかったんだ。こういう状況を僕は何回か経験していたじゃないか。

「もしかして、僕が見ている夢を通じてここに来ちゃったんでしょうか?」

僕の問いにおじさんは頷く事で肯定してくれた。
ロンドンの特異点の後に迷い混んだ監獄搭や、何人かのサーヴァントの内面世界に夢を通じて入り込んでしまった事を思い出す。
確かにそれならここに来るまでの記憶が寝る前までしかない筈だし、カルデアとも連絡が取れない訳だ。
となると、目の前のおじさんはもしかして、いや、もしかしなくても。

「それじゃあ、あなたはサーヴァントなんですか?」
「その通り。真名は明かさぬがキャスターのサーヴァントだ」

その言葉を聞いて僅かに身構える。
今の僕が置かれた状況は召喚に応じたサーヴァントの内面の世界の時よりも、監獄搭の時に近い。
縁も所縁も殆どない場所で、一緒にいるのは名前も出自も分からない見知らぬサーヴァント。
このキャスターが僕に友好的なサーヴァントである保証はまったく無い。
ごくり、と緊張から唾を飲み込んだ。

「そこまで警戒しないでくれたまえ。私は彼女のいるこの神聖な場に争いを持ち込むつもりなどないのだ」

僕が警戒した事に気づいたのか、キャスターは微笑みながら、傍らの女の子の頭にぽんと手を乗せ、優しく撫でた。女の子が気持ち良さそうに目を細めている。
キャスターの言葉を信じるかどうか、まだ疑いを持つべきなんだろうけども、仲睦まじい親子の様な二人を見ていると、自分の中にあった警戒心がみるみるうち薄れていくのを感じる。
敵か味方かはわからないけれど、このキャスターが傍らの女の子を大切に思っている事は理解できた。
だから一先ずはキャスターの言葉を信じてみることにする。

「すいません、突然のことで混乱してしまって」
「戦いに身を置く戦士であれば当然の反応だ。気にすることはない」
「ありがとうございます。それで、ここは一体どこなんでしょうか? 出来れば僕はカル……家に帰りたいんですが」

話のわかりそうな人であることに安心感を覚えながら本題を切り出す。
なんにしろここに長居する訳にもいかない。
人理修復は終わったけども、まだまだカルデアを取り巻く環境は不穏なんだ。ここに時間の概念があるのかは分からないけど、早く帰るに越した事はないだろう。

「ここはワカン・タンカ。君たちの言葉に直すならば"大いなる神秘"の一端だ。私と君は夢を通じてここにアクセスしているのだよ」

大いなる神秘!
よく分からないけど字面だけでも何か凄そうなところだ!
このキャスターも夢を通じてって言ってたし、なんというか、こう、霊的なアレソレが凄いとか、そんな感じのものに違いない。

「しかし、帰りたいと言われても私は用が済めば自然と眠りから覚めて現世に戻っていたからな。帰り方を聞かれたところで君の期待に応えられるかと言えば……む?」

キャスターから絶望的な返事を聞かされていた最中、白い女の子がクイクイ、とキャスターの服の袖を引っ張ってきた。
僕とキャスター視線が自分に集まったことを確認すると、彼女は1つの方角を指差した。一本の大きな木が見える。

「もしかして、あっちの方に行けば帰れるのかな?」

目線を合わせるように屈んで尋ねると、女の子はコクリ、と頷いてくれた。
何故、この子がキャスターも知らないここの出方を知っているんだろう。
そういえばキャスターの事は少しは分かったけど、この子の事は謎のままだった事を思い出す。
キャスターと違って現地(?)の子なんだろうか。

「彼女がその方角に歩いていけば出られると言っているのであればそれは真実だ。良かったな、少年」
「え、ええ。ありがとうございます。それじゃあ僕はこれで」
「ああ、気を付けて帰るといい」

色々と不思議に思うことはあるけれど、まあ、帰れると言うのなら信じてみよう。
改めて二人にお辞儀をして、僕は目印に丁度いい木の方向へ向かって歩き出す。
歩いていく内に変化は如実に表れた。
光だ。光が広がっていく。とても眩しい光を受けて、このまま進めば帰れるのだとどこか確信めいた感覚と共に歩みを進めていく。

「少年よ」

後ろからキャスターに声をかけられ振り向く。
周囲一体が光に包まれてキャスターの姿もよく見えない。
一瞬、真っ白なバイソンの姿を見た気がした。

「ここで君と私が出会ったことは偶然ではないだろう。近々、私は君と再び出会う事になる」

再び出会う。その言葉に何か不穏なものを感じて問いただそうとした瞬間、浮遊感が僕を襲う。
上へ、上へと引っ張られていく感覚。
何が起こっているのかはわからないけど、この場から遠ざかっているのだという不思議な自覚があった。
キャスターの声はなおも響いてくる。

「君という人間、君のなした偉業に敬意を評し、私は君の敵であることをここに宣言する。さらばだカルデアのマスター、人類史の希望となった者」

キャスターは僕がカルデアのマスターだと知っていた。僕が何をしたのか知ったうえで僕の敵であると宣言した。それは明確な宣戦布告だった。
そう遠くない内に新たな特異点が発生する。それは確信に近い予感。
ダ・ヴィンチちゃん達に知らせなければ。そんな事を考えながら僕の意識はホワイトアウトした。


「以上が、私の見た啓示(ビジョン)とあの場所で経験した事だ」

漢中は成都。軍議を執り行う一室において、机を挟み二人の男が向かいあっていた。
"漢中王"を名乗る漆黒の甲冑の人物と、五虎将のキャスター
キャスターは夢を通じて得た啓示の内容と、大いなる神秘の一端にて遭遇したカルデアのマスターの事を包み隠さず"漢中王"へと伝えた。

「夢を通じてあの男に出会うとは、な。どうやら貴殿の力は本物らしい」
「この宮殿にいたあんな詐欺師の女と一緒くたにされるのは心外だな」
「フッ、その様な意図は無かったが、不快にさせてしまったのであれば謝ろう」

憮然としたキャスターの返答。
彼のいう詐欺師の女とは宦官によって招聘され、数日前まではこの国を治めていた二代目の蜀漢皇帝・劉禅に出鱈目な託宣を行っていた女の事だ。
その女も劉禅や宦官ともども、"漢中王"によって剣の錆とされている。
キャスターとして呼ばれた所以である彼の呪術師としての力量を、そんなペテンと比較されたと受け取ったのか彼の眉間に僅かに皺が寄る。
その様に"漢中王"はくぐもった笑い声をあげつつも謝罪のを述べた。
名目上の関係は王とそれに使える臣下という間柄である筈だが、漢中王と彼の行うやり取りは同格の相手ととり交わすものに近い。

「対峙する王と10人の戦士の啓示、そして夢で出会ったカルデアのマスター。決戦はそう遠くない内にやってくるだろう」
「既にあの男が来た時の為の手は打っている。ぬかりはないさ」
「ならば私から言うべき事は何もないな。それで、私が儀式をやっている間、戦況はどうなったかね?」

キャスターが大いなる神秘と交信し、啓示を得るまでに費やした日数は4日間。
その間キャスターは儀式に没入していた為に外部との連絡は全て遮断していたのだ。
他の4騎がそれぞれ割り当てられた役割の為に動いている事までは把握していたが、その戦況がどうなっていたかまでは今しがた大いなる神秘からの帰還を果たした彼の耳には入ってきていない。
"漢中王"が傍らの兵士に合図を出す。亡者の兵士はそれに従い一枚の地図を机に広げた。

「漢中までの奪還は完了。雍州の半分がセイバーとライダーの手で、涼州もランサーによって併呑された」
「ふむ。順調、と判断していいのかな」
「順調だったさ。ここまではな」

トン、と地図に指を乗せながら含んだ物言いをする"漢中王"に、キャスターは視線でもってその続きを促す。
過去形、という事は既に侵攻は順調にいかなくなったいう事なのだろう。

「雍州の戦場が停滞を始めた。魏の側にサーヴァントが加勢したらしい」
「離反したアサシン、かね?」

キャスターの問いかけに"漢中王"は頷きながら肯定する。
本来、"漢中王"が召喚したサーヴァントは6騎。だが、呼び出して早々に不測の自体が発生した。召喚されたライダーとアサシン、そこに何らかの因縁があったのだ。
ライダーの存在を看過できぬと襲い掛かるアサシンに対し"漢中王"と他のサーヴァントは止めに入ったが、ライダーの殺害が現状不可能だと判断したアサシンは「あの家系に連なる者に与するならば、汝らは吾の敵ぞ」という言葉を残してその場を離脱し行方を晦ませた。
そのアサシンが今、蜀を迎え撃つ魏に加勢している。
だが、それは"漢中王"と五虎将のサーヴァントが予見していた事でもあった。ライダーの殺害を望むアサシンが取る手としては妥当な手段ではあったろう。

「加えて槍を扱うサーヴァントの姿もあったそうだ」
「連鎖召喚されたはぐれか。現在確認されているだけで7騎のサーヴァントがこの地に存在している」
「貴殿の啓示を考えれば、加えて更に3騎と"王"が存在する事になる。魏、あるいはカルデアのマスターにつかれれば少々面倒だ。
警邏を指揮しているアーチャーの元に向かえ。彼女と貴殿とではぐれサーヴァント及びカルデアのマスターの対処をお願いしよう」
「承知した」

今後の方針を話終えると、キャスターと"漢中王"は部屋を後にする。
カルデアにこの特異点が感知され、藤丸立香がこの地を訪れるまで残りわずか。


戦の音が響く。
命を取り合う兵士達の中に、二つの影があった。
右腕をすっぽり覆う金属製の手甲で覆い、投げ槍(ピルム)を手に指示を飛ばす槍兵。
背から一対の鉤爪のような異形の足を伸ばした短髪の女性。
対峙するは赤い武者鎧を身に纏った騎兵とクレイモアを構えた剣兵。
英雄達が激突する。

一人の青年が町を駆ける。
この大陸において彼の見た目は些か以上に特異だった。
黄色人種には馴染みのない、金色の髪に白い肌。
西部劇から抜け出してきたかのような服装。
そして、腰のホルスターに吊られたリボルバーの拳銃。
警邏の兵士の怒号が響くが逃げ足は銃士の方が上だ。
不意に建物の屋根を影が舞う。
気配を察知した銃士が視線を向けと、緑のフードを被った少女と目があった。
既に構えられた弓は銃士へと放たれようとしている。
銃士が腰へと腕を伸ばす。
町中に、一発の銃声が響き渡った。

男が一人、山間の崖から眼下を見下ろしていた。
褐色の肌の一部を染料で染めた不思議な男だった。彼もまた、この国の人間の風貌ではない。
傍らにふよふよと浮かぶ丸い何かと一頭の馬を伴い、眼下の山道を進む一団を見下ろす。
白銀の槍兵と彼女に率いられた女性のみで構成された兵士達。遠目からでも彼女らの戦意が漲っているのは見て取れた。
しばらくして一度だけ嘆息をすると、馬に乗り込み駆け出した。
どこへ向かうのかは彼以外にはわからない。

町に立てかけられた偏(立て札)を一人の男が無言で見ていた。
なんの変哲もない。どこにでもいる様な村人だ。
彼はこの偏の内容を脳裏に刻み付けると言わんばかりに、ひたすら目を走らせていた。
しばらくして男はその場を後にする。
遠くから軍鼓が響き、男がその方向へと目を向ける。
その先に蜀の旗を掲げた一団の姿があった。恐らく戦場へと向かうのだろう。
それを見た男の表情に一瞬だけ悲哀が宿った。

そして、一人の少年がこの古の中華へとやってくる。
藤丸立香。
数多の特異点を駆け抜けた人類最後のマスターだった者。

夢の啓示にありし10人の戦士と2人の王。
その全てがこの地に出揃う。

開戦を告げる銅鑼の音は今ようやく響き渡った。



BACK TOP NEXT
其の零:夢、未だ潰えず 最終北伐戦域 漢中 其の弐:反逆の幕開け

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年11月14日 00:00