誠の旗に集いて

藤丸達は再度森の中を掻き分け進んでいた。少し前までとほとんど変わらず、動物達の気配は無く、不気味なまでに静まり返っていた。その中を、沖田は後方を警戒しながら、土方は藤丸の傍に、そして前方を行くのは先の妖魔の群れとの戦闘に乱入した信州のアーチャーを名乗るサーヴァントであった。

「本当に、大丈夫かな……」
「さあな。だが、今は奴が持つであろう情報以外に手掛かりはない。嫌でも従うしかねえだろうさ。勿論、お前が命じるってんなら、俺はやっても構わないがな」

それは無しで、と藤丸が土方に言ったところで、前のアーチャーがくるりと二人の方へ振り返った。そこには戦場で見た凛々しくも鬼気迫る気に満ちた武士の表情は無く、柔和でどこか子供っぽさを感じさせるような笑顔があった。

「お三方は、互いを強く信頼しあっていらっしゃるのですね。羨ましいことです」
「当たり前だ。俺達は同じ誠の旗を掲げた同志なんだからな」
「成程。では暫し休息を取るついでに、お三方で話に花でも咲かせていてくださいませ。この辺りは安全だったと記憶していますが、念の為周囲の見廻りをして参ります」

そう言ってアーチャーは素早く森の中へと消えていった。暫くは葉の擦れる音などがしていたが、それもすぐに止み静寂が彼らを包んでいった。その沈黙を最初に破ったのは、カルデアからの通信、ダ・ヴィンチだった。

「さて、現地のお三方。直接相対してみたあのアーチャーの率直な意見を聞かせてくれたまえ」
「そうですねえ。あの村を離れてからもそうですが、こちらと敵対するという意志が全く感じられないんですよね、あの方」
「沖田さんもそう思われますか。実は私もそう思っていたんです。あの信州のアーチャーさんは、その、あまりにも私達に対して無防備過ぎるように見えます」
「そう思わせる事こそが狙いだった、とか?」
「……難しいところだな。正直、俺も沖田同様、奴から仕掛けてくる気配を感じなかった。まるで俺達は敵じゃねえと本気で信じてるかのように見えたぜ」
「現地二人の目線から見ても、か。しかし、彼は自らのクラスを明かして以降、安全な場所まで案内すると言ったきり何一つ口にはしなかった。無論安全も確保を最優先にしたが為とも取れるが、そこを疑うとするならば……」
「品定めを、していた?」

藤丸の1つの結論に沖田とダ・ヴィンチは首肯を1つ返した。マシュは少し信じられないのか、目を伏せ思い悩んでいるようだ。その中で土方は、静かに藤丸を見つめていた。その目線から藤丸は、その可能性を加味した上での意見を求められているように感じ取った。

「やっぱり、先ずはアーチャーと話をしてみようと思うんだけど、どうかな、皆?」

藤丸のその意見に否を挙げる者はいなかった。それぞれに思うところはあれど、やはり今必要なものは情報。そこに於いて考えは一致していた。

「よかった。皆様からその様に言っていただけるとは、嬉しく思います」

そんな藤丸の意見を何処かに隠れ潜み聞いていたかのように、信州のアーチャーがタイミングよく木上より降りてきた。そして彼は藤丸達の言葉を待たず、参りましょう、とだけ言って再度歩み始めた。

「待った待った。キミ、先ずは話し合おうって結論を聞いていたんじゃなかったのか?」
「はい。ですが我々も時間は惜しい。と言うわけで、我々の拠点への道すがら、情報の交換を致しましょう」
「拠点への案内だあ? お前、何故そこまで俺達を信頼している。それとも、何か企んでやがるのか」
「企むなど、とんでもないことでございます。私があなた方を信じているのは、貴女が居たからです」
「……えっ、私ですか!?」

突然アーチャーにピシリと指を指された沖田は、完全に不意を突かれたからか驚きを隠すこともなく大声を上げた。アーチャーはコクりと頷き、更に話を続けた。

「妖魔に襲われ、行き場を失っていた彼らに対して声をかけた我らが大将、セイバー殿が羽織っておられるものと色以外は全くの同じ。そしてセイバー殿はその羽織と誠の一文字は我々の信念であり、誇りだと語っておりました。だから、妖魔に刃を向ける皆様を信じるのです」
「羽織に……誠って、まさか」
「成程、そういうことか。こいつは随分と、面白くなってきたじゃねえか」

アーチャーの話に驚きの表情を浮かべる沖田と、不敵に笑む土方。それも当然であろう。沖田のダンダラ模様の羽織に誠の一字とあれば、そこにいる者は新撰組、若しくは新撰組をよく知るもの以外に他ならない。思いもよらぬ同志との再開の可能性に彼らが反応を示す事は火を見るより明らかであろう。早速の思わぬ情報である。

「成程成程。そういうことならまあ納得だ。ちなみに、そのセイバーの真名は知っているかい? それと、もしそこまで信頼してくれているのなら、キミの真名を教えてくれないかい?」
「ダ・ヴィンチちゃん!? 先程アーチャーさんが明かせないと説明されていたにも関わらず再度聞くのですか!?」

マシュの力強い反論が挟まるも、アーチャーは暫し沈黙し熟考した後にこう答えた。

「……あなた方の信頼を得るためには、必要不可欠、と言うことでしょうか」
「必要ではないね。無論、有ればよりキミの事を信頼できるかもしれない。だが現時点でキミは我々にとって、この特異点に於ける唯一無二の味方だとは信じている。言うなれば、この質問は、あー、何て言ったらいいかな?」

適切な言葉選びに少し苦戦しているダ・ヴィンチに変わり、藤丸が二の句を次いだ。

「お互いの自己紹介みたいなものだと思ってくれると嬉しいよ。」

成程、と頷いたアーチャーは、歩みを止め藤丸へと向き直った。そのままじっと藤丸の目を真剣に見つめながら、彼は自らの真名を明かした。

「信州のアーチャー、真名を宗高。那須与一宗高と申すものにございます。御身の名をば聞かせていただきたい」
「カルデアの藤丸立香です」
「藤丸立香殿、ですな。その名、確かに刻み付けました。此度の戦、共に参りましょう」





 【真名判明】
信州のアーチャー
『那須与一宗高』





「さて、直に我々の拠点へと到着いたしますが、何か他に知りたいことは有りませんか? と言っても、流石にこれ以上は確実なことは申し上げられませんので、無い方が私としては喜ばしいのですが」
「いや、これだけの事が聞けただけでも充分な収穫だ。包み隠さず明かしてくれてありがとう」
ダ・ヴィンチの言葉に少し照れ臭そうな反応を示しつつ、与一は藤丸達の案内のため前を歩き続けた。藤丸達は拠点につく残りわずかな時間で、その情報を整理することにした。

「先ずこの特異点に起こっていることだ。妖魔が蔓延ってしまっている原因は、聖杯を手にしたサーヴァント、ロクジョーと呼称される者とそれに従うサーヴァントによるものである。しかもこの地域を何らかの方法で隔離しているとの事だ。特異点発見が遅れたのはこれが原因かもしれないね」
「サーヴァントの内クラスが判明しているのは、最初に先輩達を襲ったアーチャー。それと非常に大きな体が特徴のライダー。残りはクラスは分かりませんが、幻覚のようなもので此方を惑わす術を持っているサーヴァントが居るようですね」
「一方で人の側にて戦っているのは、与一さんと新撰組の旗を掲げるセイバー。それと盗賊団のように群れを形成しているアサシンが居るみたいですね。まあこのアサシンは与一さん達に手を出していないだけで、虎視眈々と聖杯を狙う汚い奴かも知れませんが」
「んで、セイバーは真名を明かさなかったが、呼びやすいように『オオクボ』と名乗っている、か」
「ロクジョーと言うのは、素直に受け取るなら六条御息所が妥当なところかな。中々怖い人物が出てきたじゃないか」
「六条御息所。紫式部が書き記したと言われる物語『光源氏物語』に登場する女性ですね。光源氏に恋をするもそれを内に秘め続けた結果、生き霊となり光源氏の女性に仇なしていった人物だったと記憶しています」
「抑制された嫉妬心が生んだ悲劇、というやつだね。そういった心をストレートに表現する清姫とは、有る意味逆の存在かな?」
「ですが、彼女は紫式部の物語の登場人物。つまりは架空の人物。それが、英霊として存在できるんでしょうか?」
「沖田さん、多分それはホームズと同じことだと思うよ。物語だと思っていたことが、実は事実、或いは事実を元にしたものだったとか」
「ああ……言われてみればそうでしたね」
「信じ難いことではありますが、前例がある以上、私達は受け入れるしかないと思います」
「後は、オオクボを名乗る新撰組のセイバーについて、だ。これに関しては、土方くんが覚えがあるみたいだったね」
「ああ、俺の予想が当たってりゃあ、間違いなくあの人だろうさ。誠の旗を掲げるのも頷ける」
「その上で、どうだろう。セイバーに我々は受け入れてもらえるだろうか」

最後のダ・ヴィンチの問い掛けに、土方は低く唸った。その表情は珍しく眉根が下がった、悩むときのそれであった。と、その時、前を歩いていた与一が拠点の入り口まで辿り着いたことを藤丸達に伝えてきた。いよいよか、と気を引き締める藤丸の姿に、土方はふっと笑いながら答えた。

「頑固で強情でな、隊士連中から不評を買うこともあったが、今の藤丸みたいに芯持って話す奴を無下にはしない優しい人でもある。だから、心配するんじゃねえ」


与一が案内した拠点は多くの人が集まっていた。簡素ではあるが木材で作られた長屋風の家々。食料確保のための畑に鍛練のための簡素な道場風の建物に、拠点の端に当たる場所には櫓を設け、周囲の監視を怠らぬように見張りは二人、拠点の出入口も同様に二人居るのが確認できた。村を妖魔に襲われた人々を集めて作られたものとは思えぬほどに、よく作られた場所であった。

「見張り御苦労様。何か変化は有りましたか?」
「いえ、今は特に変わったところは有りません」
「結構。私はこれから新しい仲間をオオクボさんに紹介しに行きますので、引き続きお願いします」
「はっ!」

与一は見張りに声を掛けて藤丸達を中へと案内した。

「思っていた以上に、しっかり作っているんですね」
「それは勿論。皆、生きるのに必死ですから、その為に必要であり作れるものであれば、何だって作りますよ」
「これら全て、ですか? 元から有ったもの利用したとかではないのですか」
「私達が妖魔へ抵抗を開始した時には、そんな余裕は有りませんでした。全てが1からの始まりです。その中で時折襲い来る妖魔の群れに抵抗していましたので、本当に毎日が綱を渡るが如しです」
「……すまない。謝ってどうなるわけでもないだろうが、我々が少しでも早く発見できていれば」
「良いのですダ・ヴィンチ殿。それもまた天命。こうして来てくれただけで、我々は報われます」

そう言って笑いかける与一の姿に、藤丸は何も言うことができなかった。ただ拳を強く握り締めながら、少しでも早くこの特異点の解決しなくてはならない、と心に強く思うことしか出来ない己を歯痒く感じるばかりである。
拠点内のちょうど中程に、他の家とはまた違った建物が有り、与一はそこで足を止めた。ここが件のセイバーが居る場所、新撰組の屯所ということなのだろう。与一は戸に手を掛け、迷い無く普段通りといった風に開け、中のセイバーに声を掛けた。

「アーチャー、只今戻りました。オオクボさん、少々お話が有るのですが宜しいでしょうか?」
「うむ、ご苦労。して、話とは如何様なものか」

与一の隙間から藤丸はオオクボの姿を見た。地図、恐らくはここら一帯の簡単な物であろう、を開き眉根をしかめながら座している男。やや角張った輪郭の顔に眉根同様に口元も一文字に引き伸ばされ、とても気難しそうな第一印象を受ける表情であった。髪は纏めて後ろで結っているようである。服は継上下であろうか。その上には黒を基調とした、沖田と同じダンダラ模様の入った羽織を纏っていた。藤丸がそんな姿を確認したのと同じタイミングで、沖田と土方も確認したのだろう。与一が中に入っていくのと同時に、沖田が脇をすり抜けるようにしてオオクボと呼ばれた人物の前に歩みでた。そして、

「あなたは、近藤さん、ですよね……うん間違いない、やっぱり近藤さんじゃないですか!」
「沖田ぁ!!」

興奮気味に語りかける沖田に対し、土方が怒声を張り上げた。突然の事に与一は驚き、オオクボは目を丸くして固まり、至近距離で土方の怒声を耳にした藤丸は耳を押さえていた。土方は沖田の元へ向かい、首根っこを掴み上げ、その状態で頭を下げた。

「いきなりの無礼な振舞い、誠に申し訳有りません。後で俺の方からきつめに躾ておきますので、今回は許してもらえないでしょうか」
「イダダダダダ!! ちょっと土方さん、力緩めて! 沖田さんもげちゃいますから!」
「ああっ!?」
「いや、もうよい。別に不快にも思っておらんから、離してやりなさい」
「……オオクボさんがそう仰るなら」

そう言って土方は沖田を離した。涙目になりながら首もとをさする様子から、どうやらかなり力を入れて掴んでいたようである。そうして痛がる沖田のジト目を何でもないことのように受け流し、土方は話始める。

「始めまして、セイバー。アーチャーから大久保と名乗っていると聞いています。俺は内藤隼人と言うものです。どうぞ、よろしく」

土方の謎の自己紹介の直後、場は誰も口を開くことはなく静まり返ってしまった。藤丸、マシュ、与一は何故偽名を名乗ったのかが理解できず、沖田は意図を理解したようだが先の件もあり変わらずジト目で土方を睨み、ダ・ヴィンチは一人笑いを堪えていた。
そんな静寂を破ったのは、他でもない偽名を告げられたセイバーの大笑であった。それにつられるようにダ・ヴィンチも笑いだし、沖田は呆れたような表情を見せ、土方はにやりと笑って見せていた。他の三人はただただ首をかしげるばかりである。そうして笑ったあとに、セイバーは告げた。

「分かった、ワシの敗けだ土方。全て理解した上で被せられるのは、流石に堪えるのう」
「そういう意図だと思って合わせてみましたが、違ったみたいですね」
「うむ。だが外の者達と話をしているときは、ワシの事は大久保で頼む」
「承知」
「沖田も、良いな」
「近藤さんがそう言うのでしたら、勿論承知です」
「助かる。いやしかしなんだ、アーチャーよ、これは頼もしい連中を連れてきたではないか」
「え? あ、ええ、はい」

何が起こったのか全く着いていけていなかった与一は、突然呼び掛けられた事に取り敢えず返答するので精一杯であった。
その後セイバーは藤丸の方を向き、姿勢と服を正して問いかけた。

「少年よ。お主が二人のマスターと見受ける。名を聞かせてもらえぬか?」
「藤丸立香です」
「藤丸立香か……良い名だ。ワシはセイバーのサーヴァント、新撰組局長、近藤勇と申す。と、名を互いに明かした直後では有るが、単刀直入に藤丸殿にお願い申し上げる。彼の妖魔が群れを誅し、この地の平穏のため、力を貸してはくれぬか」





「カルデアのマスターは、無事セイバー達と合流を果たしてしまったか。これはよろしくない結果だ」

森の中より望遠鏡を覗きながら、イギリス軍服に身を包んだ男が呟く。その傍には、藤丸達を奇襲したアーチャーの姿も有った。

「この結果は全て僕が招いた事だ。もしこれが後の計画に支障が出るというのなら言ってほしい。僕は何だってして見せるよ」
「……心配はいらない。戦場で何が起こるかなど全てを予想することは出来ない。仮に出来たとしても、その全てへの対応策を行使するには我々は足りないものが多い。敵方のアーチャーの妨害が有った時点で、この結果を免れることは困難だったさ」
「であれば、次の行動も決まっているのだろう、アサシン」

二人の背後から声を掛けたのは、巨躯の男であった。二人の倍近い、或いはそれ以上の体躯に、勇ましいまでの筋骨隆々とした体に古代ペルシアの鎧兜を身に付けた大男であった。見るものが見れば腰を抜かすであろう男に対しアサシンは怖じ気づくこと無く朗々と答える。

「勿論考えているとも。これ以上彼らの戦力を拡大させるわけにはいかない」
「……あのアサシンの首を取る、というところか?」
「正解だ。丁度キャスターも死だとか死体が足りないともぼやいていたしね。彼らには退場してもらうとしよう」
「誰が行くんだい。よければ僕も行きたいんだが」
「心配は無用だ。今回は、私と、ライダーと、アーチャーの三人で向かう。主戦を張ってもらうのは、勿論ライダー、君に頼もう」
「分かった」

ライダーは完結に返事を返し、何処かへと去っていった。アーチャーは自身も向かうと聞いた時点で、ライフルの整備を開始していた。アサシンは溜め息を吐きながら望遠鏡を覗き、何かを呟きながら再度藤丸達を観察し始める。それはまるで自分に言い聞かせているかのようでもあった。

「全ては、ロクジョーの為に」


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異界・信州 その3 山間妖魔戦線 信州

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最終更新:2018年03月11日 23:36