「殺したくないというが殺さないといけないだろう」
駐屯所に戻る途中、そういったのはアサシンだ。
藤丸たちはそれぞれの理由をもって清姫を殺したくはないと思っている。
橋姫は自身の経歴などを含めた同調や同情の気持ち。
藤丸はカルデアで出会った清姫との絆の気持ち。
安珍は殺生を好まないという僧侶としての気持ち。
三者三様。しかし願うことは一つ。
「そもそも会話が通じないんだ」
アサシンのいう事ももっともだ。
安珍の持つ過去の因縁。清姫との関係の清算を行いたい。
しかし対話による解決は期待できない。
撃退。それが清算となるのか。安珍の心ひとつでその辺りは調整できてしまうのだが。
「そうだね……私は彼女を退けたいという気持ちがある」
「退けるというのは」
「殺したいんじゃないんだ。もっといえば私を諦めてもらいたい。ただ……彼女の怒りの感情は消えないだろう。だから力なんだ」
安珍の目に嘘偽りの色はない。
言葉の中にある力も強い。
「僧として恥ずべきことだけど、力比べで押し返すしかないんだ」
「安珍……」
「安珍は殺せない。許せはしないが殺せない、それが欲しい」
それは簡単な事ではない。
いうなれば復讐者たる清姫の動力は安珍へ向けていた怒りの感情があるだろう。
力負けした程度で諦められるような精神性をしていないだろう。
実質、殺すよりも難しい。
ただ力強く打てばいいわけではないのだから。
「……難しいな」
「無茶は分かっている」
「それを自分一人でなそうとしていたというのも驚きだ」
「……最悪命を落とすことも視野には入っていたさ」
命は投げ捨てるものではない。
清姫に殺されることは人身御供ではないのだ。
そんな事は安珍も分かっているだろうに。
「そう言えばアサシン。今まで竜の清姫が問題になったことってなかったの?」
「……あるさ。いつからこの京にいたのかは分からないが『被害は確かにあった』」
「……そう」
「正直、遊撃衆があれに手を出していないのはそれが出来るほどの備えがないからだろう」
「じゃああたしは手ぇ出せるほどの備えが出来たら捕まえに来たんか?」
「そうだ」
アサシンの答えに橋姫が頬を膨らませる。
舐められたと感じたのだろうか。心中は察せない。
しかし不満であることは確かだろう。
「だから……安珍の手伝いはあくまで秘密裏にしよう。遊撃衆にバレたら頭領殿になんと言われるか分からん」
アサシンの言葉に全員が頷いた辺りで駐屯所にたどり着いた。
もう日も沈もうかという時間だ。
中に入れば報告があるからとアサシンが別れる。
また後で部屋に集合という事で各々が自分の与えられた部屋に戻っていく。
藤丸が自室に入ろうとした時に声をかけられた。
「なぁあんた」
「?」
振り返った先にいたのは一人の侍だ。黒いもじゃもじゃの髪。腰には刀。
遊撃衆の羽織は着ていないが代わりに不気味な雰囲気を纏っていた。
にこやかに笑っている。
その表情からはこちらに対する敵意は感じられない。
しかし、しかしそれでもこの男の間合いに入るのは勇気がいると思わせる。
常在戦場。ひりつくほどの力。
「……」
「ん? どうかしたかい」
強張っている藤丸の顔を不思議そうに眺めつつ、相手が手を差し出した。
握手、だろうか。
そう認識した時には彼の纏っていた雰囲気は消えていた。
それがまた彼の不気味さの一部のように感じる。
応じない理由もなく、相手の手を握る。否、握らされる。
熱い手だ。まるで火のような熱を持っている。
「俺は京のセイバーだ。アーチャーから話は聞いてる。かるであ、とかいうとこから来たんだってな?」
「はい……そうです……」
「はは。何をそんなに恐れてる」
「え」
「足が震えてるぞ」
思わず視線を落とす。
震えている? いつの間に?
しかし足は震えていない。異常に力が入っているのは分かるが震えてはいないはずだ。
ではなぜセイバーはそんなことを言ったのだろうか。
それとも自分が意識していないだけで本当は震えていたのか。
いや、もしかすると今も震えているのかもしれない。
では震えているのは足だけか? 違う。心が震えているのだ。
「急にそんな……」
「目が泳いでいる」
「そんなこと……な」
「声が震えている」
「え……いや」
「落ち着けよ。俺は妖の類じゃねえんだから」
手を離され、抜けた手が自分の肩に降ろされる。
小さく肩が跳ねた。
足など震えていない。目など泳いでいない。声など震えていない。
嘘ばかり。嘘つき。雰囲気に当てられただけだ。
(セイバーの言ってることは真実じゃない……)
「それにしても安心したよ」
「どういうこと……?」
「いや、聞けば多くの英霊と契を結び世界を救うと聞いていたのでな」
またセイバーが笑う。
薄気味の悪い男だ。ただの笑顔に何か悪い印象を与える才能がある。
「俺も戦場に身を置いていた人間なのでな、若い身で恐ろしき業を背負っているものも見たさ」
「……」
「だがあんたはまだそういう心から業を背負ってねえみたいだ。いいことだ。汚れきってねぇってのは」
褒められているととっていいのだろうか。
「出来るならそのままでいてくれ。汚れ仕事は俺達だけで十分だ」
藤丸の返答を待たずにセイバーは歩いて行った。
ふぅと思わずため息が出た。
息が詰まった。ただの会話でここまで緊張したのも久しい。
どれほどの数の英霊と心を通わせてもそれが通じないものがいる。
巨悪。もしくは凶悪。
そう言った英霊に出会ったことがないわけではない。慣れていない感覚なのだろう。
『藤丸君! よかった、やっとつながった!』
「ダヴィンチちゃん?」
いきなりの通信にまた少し驚いた。
だがダ・ヴィンチの言葉の勢いでそれどころではない。
落ち着いていない。いつもの彼女らしくない。だが、それはそれだけ緊急の場面だという事。
『君、異常はないかい!? 今の状況は?』
「いや……今、京のセイバーっていうのに出会って。それで……」
『さっきこっちに強い反応があったんだ。魔神柱の反応だ』
「うそ……」
『これは事実さ。君の出会った京のセイバーは魔神柱に深く関わりがある。そいつがこの特異点の核かもしれない』
「……」
『それと、君さっき京のセイバー以外に誰がいた?』
「誰もいなかったよ?」
『そうか……おかしいな。複数の霊基の反応があったんだけど……』
◆◆◆◆◆
部屋の中、あぐらをかいて腕を組む。
どうしたものか。
「あんたー?」
「橋姫。どうしたの? あ、ご飯?」
遊撃衆は隊員たちが集まって食事をとるのが基本となっていた。
英霊や藤丸も例外ではない。
もっとも、英霊が食事をする必要は無いし隊員の中には顔を出さない者もいる。
橋姫だって本来は京の街で暴れていた鬼だ。
居心地だって良くないだろう。 それでも藤丸たちと食事をとるのは彼女がただの悪鬼ではないという事だ。
「あーうん、そうやねんけど……アーチャーが部屋に来いって。あたしらはお呼びでないみたいやわ」
そうかと頷き立ち上がる。
アーチャーが自分一人を呼び出すのは珍しい。思えばいつもアサシンが側にいた気がする。
「あんた」
「なに?」
「気ぃつけてな……あの女は人間やけどあたしら側やろうから」
「……ありがとう。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
◆◆◆◆◆
「いらっしゃい藤丸くん」
アーチャーの部屋には彼女以外いなかった。
お市もアサシンも遊撃衆の隊員もいない。
美女とふたりきりとなれば年頃の男子である藤丸の心もときめくかと思われたがそんな事は無かった。
目の前にいるのは永久統治首都京都の厄介事を引き受ける遊撃衆の長。
女性だと侮ってはいけないのはカルデアの面々を見ればわかる。獅子は女が狩りをするのだから。
「座って」
言われるままに座布団に座る。
「二人きりで話がしたかったのよ」
「なんで?」
「その方が都合がいいのよ……今日、竜に会ったんですって?」
「うん……」
「それだけ?」
それだけとは。
何か思うところがあるのか?
「報告はアサシンがしてると思うけど……」
「そうね。でもあなたから見た今日の事が聞きたいのよ」
「……」
恐らくアサシンは竜が清姫だということを話していないはずだ。
話すべきなのだろうか。脳内で一瞬の判断が下される。
「あの竜は清姫だった」
「カルデアの英霊の?」
「違う。清姫は思い込みの強いところがあるけど……普通の女の子だよ」
「そうです……分かったわ。良かった、アサシンは竜に会ったとしか言ってないから。これで備えられるかもしれないわね」
反復されるのはアサシンの言葉。
備えがあれば遊撃衆は憂いなく攻め込むかもしれない。それは何とかしなければならない。
「清姫を殺すの」
「嫌なの? あなたのいるカルデアの清姫とは違うんでしょう? 今までそう言う経験はなかったのかしら」
「あったけど……でもそれは仕方のない事で、辛い事だった」
あの日見た反逆の騎士の姿が思い出される。他にもいくらかの人物の顔も浮かぶ。
同じ顔。同じ声。されど違う存在。心が痛まなかったといえば嘘になる。
「……今回もそうやって飲み込めない?」
「頭領殿。食事を持ってきた」
アサシンの声だ。戸を開けて部屋の中に入ってくる。後ろには遊撃衆の隊員。
手には食事。アーチャーの藤丸の前に置かれる。
「ありがとう。アサシン下がっていいわよ」
「え……」
「下がりなさい」
「はい……」
肩を落として退室していく。
ゴリラのような無骨な見た目をしている男だが何だか物悲しい背中だ。
「さて、食べましょう」
「いいの?」
「目の前に食事があるのに食べないという選択肢があるの?」
言外に食えという圧を感じる。生まれた時代が時代なので食については厳しいのかもしれない。
特に頭領だからといって食事の内容が豪華というわけでもないようだ。
「……なんでアーチャーは皆と食べないの?」
「なんでって……別に隊員と食べる時もあるわ。だけど中には恐縮する者もいるから、気を回してるだけよ」
少し意外だった。すっぱりと決断をして物事を進めていくアーチャーだ。
連携の確認だとかそういうものの方を優先する仕事人間のような存在だと思っていた。
「いい連携はいい士気から生まれると思うけれど?」
見透かされたようだ。気まずくて視線をそらしてしまう。
「あの竜を殺したくないのよね?」
「……うん。でもアサシンも言ってたけどそれは難しいことだから」
「えぇ。私たちははぐれ英霊を捕まえるのも仕事だけど、あの竜は例外かもしれないわ」
橋姫は遊撃衆に捕まえられた英霊だ。
もし藤丸と出会っていなかったらどうなっていたか定かではないが、本来は遊撃衆に身柄を拘束されていただろう。
暴れる彼女も捕獲は難しそうだが、清姫ほどではないだろう。
「助けたいの?」
「助けたいっていうより……向き合いたい。それで何になるかは分からないけど」
「それはカルデアにいる彼女を思い出すからかしら」
「ううん……だって清姫は思い込みが激しいタイプだけど、普通の女の子だから。ずっと化け物扱いは辛いじゃない」
藤丸の言葉に答えは帰ってこなかった。食事を口に運ぶアーチャー。
何となく彼女の反応が気になって藤丸は箸が止まっている。
「ふふっ」
アーチャーが笑った。
優しい笑みだ。年頃の女性のような美しさがある。
「藤丸くん。遊撃衆だって戦うのには準備がいるのよ。そうね。早くても一週間はかかるわ。あの規模だと山の中に隊員を配置するのも手間がかかるし……」
意図を計りかねる。
彼女が優しく笑いかけながら紡いでいく言葉に気を付けながら耳を傾ける。
「対英霊の作戦はどんな仕事より優先しないといけないわね。かといって貴方は実働だから準備期間はすることがないし」
「僕は準備の間……」
「そうね。他の仕事で疲弊されても困るから、待機してなさい」
遊撃衆が作戦の準備を完了するまで自分は自由の身だ。
だからしたい事があるのならそれまでにするしかない。
短くて一週間。自分たちは少数だ。配置などを考えなくてもいい。大掛かりな仕掛けも出来ない。
であるが故にフットワークは軽い。もちろん気を遣わないといけないが。
「……ありがとう。アーチャー」
「なんの事かしら。私はあなたに当然の休暇を与えただけだもの。それをどう使おうとそれは自由よ」
何だか少し気が楽になった。
藤丸の箸が進む。何だか先ほどよりもおいしく感じられる気がした。
◆◆◆◆◆
食事を終え、膳が下げられる。
部屋に戻ろうとしたがアーチャーに呼び止められ、たわいもないことを話していた。
こちらに来てどうかだとか、身の回りのことだとか。
そんな事を話していた。
「ねぇアーチャー」
「ん? なあに?」
「……セイバーについて聞きたい」
記憶の奥にそのことは入れておく予定だった。
目の前の清姫の事に集中するにはセイバーとの遭遇はいったん忘れる必要がある。
そう考えていた。逃げの一手だったのかもしれない。あの化生じみた男の問題を後に回そうとしていたのだろうか。
アーチャーとの会話でなんだか話したくなったのは事実だ。
セイバーとアーチャーは繋がっている。
市やアサシンはどうかは分からないが、橋姫や安珍は面識がないだろう。
前に進むためにはアーチャーの協力が必要だ。
「ダメよ」
アーチャーはそう否定した。それから藤丸がそうかと言おうとした唇に人差し指を当てる。
そのまま耳元でささやく。
「私とあいつは今契約してるから……不用意に情報を教えるのはまずいの」
「う、うん……」
「だけどあなたがそれを求めてくれたことは純粋に嬉しいわ。だって、そのためにあなたをここに呼んだんだもの」
「そのために……?」
「私は私でやりたいことがあるの。それにはあなたが必要」
「?」
「契約しましょう。これは遊撃衆全体の話じゃなく、私とあなたの契約。私」
「それって危険なんじゃないの?」
セイバーからすれば自分に探りを入れる人間に肩入れをするという形だ。
契約というものが大義名分として通るとも信じきれない。
あの男の前で隙を見せるのは危険に思えた。
「多少の危険は背負うわ。それが出来なくて何になるというのかしら」
「……そこまでしてしたいことなの?」
「えぇ。あの男をひと泡吹かせたいのよ」
楽しそうにアーチャーは囁いた。
本当に楽しそうな声色で普段の冷静な雰囲気からは少し外れていた。
「さて契約と行きましょう」
アーチャーが離れる。藤丸と向き合って座っている。
背筋を伸ばし正座している。
「藤丸立花。カルデアからの兵。貴方への敬意と共に私の身の上を明かし、それを契約の証とします」
「身の上……」
「契約するのに自分の身分を明かさないのは失礼でしょ? 契約は共に立つこと。共に立つことは一時的に命を預けることよ」
「……わかった」
「我が真名は八咫烏の旗を背負いし雑賀衆、その頭領たる『雑賀孫一』以後のお見知りおきを」
雑賀孫一。鉄砲傭兵集団雑賀衆の頭領。かつて「雑賀衆を味方にすれば必ず勝ち、敵にすれば必ず負ける」と言われた集団。
鉄砲を扱う遊撃衆。名前こそ変えはしたもののその戦術は変わらない。
「いいの? 本当に。真名まで明かしちゃって……孫一が求める仕事を完璧に出来るかもわからないのに」
「しつこいわね。いいわよ。そうね、あなたに惚れた……ってことにするわ。雑賀孫一である前に一人の女として肩入れしたい男がいたってことにしておきましょう」
「惚れ……!」
これ以上の女難は避けたい。
そういうつもりは自分には一切ないのだ。そのはずだ。
「あら。ウブね。なんだったら惚れたという事実でも一応ここで作っておきましょうか?」
「いい! いいです……!」
「それは遠慮? それとも誰かへの配慮?」
「ちが……そういえば契約の内容って?」
「これから決めてあげる。セイバーの情報と引き換えになにをするかを……ね?」
つまり自分は白紙の契約書に判をしてしまったに近いらしい。
契約を反故には出来ないだろう。
いまいち釈然とせず、藤丸はため息をついた。
最終更新:2018年05月18日 03:04