5節 女の山2

「暇だなぁアーチャー」
「私は暇じゃないわ」

向き合うように座るのは京のアーチャーと京のセイバー。
アーチャーの後ろに控えているのはランサー。
京の三騎士のそろい踏みである。

「そろそろ欲しいな。新しい力が……はぐれサーヴァント二基では我が目標には程遠い」
「そ。でも残念だけどはぐれサーヴァントの情報は入ってないわ」
「……もうこの際ランサーでもいいか」
「ダメよ。返さないし、渡さない。要らないと言ったのは貴方だし」

にやにやと笑うセイバーに軽蔑の目が向けられる。
ランサーは顔を伏せており、その表情はうかがい知れない。
しかしいい顔をしていないのは間違いないだろう。

「我らの結束は固いと思っていたのだがな」
「あくまで契約よ。それ以上はないわ。生贄は自分で探しなさい」
「……はは。まぁ、それでいい。ところでカルデアの坊主は」
「山菜取りよ」
「少々危ないのではないか。あの山は」
「貴方がそうしろといったのよ」

アーチャーが視線を外に向ける。
雲一つない晴れの空。

(無事で帰りなさい。でないとこちらも困るのよ)

◆◆◆◆◆

白い竜。這う。這う。滑るが如く。
その肌は土を焼き、口から吐き出す息は焔となって草木を焼き払う。
体当たり、炎の息。単純ながらそれゆえに強力。
対するは美貌の坊主安珍、カルデアのマスター藤丸。
恐ろしい力量差。攻撃をかわすのに精いっぱいである。

『藤丸君! そっちはどうなってる!?』
「清姫がいる! でもずっと竜だ。バーサーカーの宝具の時よりずっと長い!」
『もうわかっていると思うけれど、君の前にいるのはカルデアの清姫じゃない!』

安珍が念仏を唱えれば、それらが宙に浮かぶ光の文字となって竜の体に打ち込まれる。
だがその一撃は竜の肌に傷をつけることは出来ず。
せいぜい意識をそちらに向けてやる程度。

『霊基パターンはアヴェンジャー! 復讐者のクラスだ!』

復讐者。さしずめ京のアヴェンジャーといったところか。

「まさかそこまで安珍に復讐したいとはなぁ!」
『いや、それはどうかな……とにかく霊力がバーサーカーの時の比じゃない!』
「こっちは安珍しかいない。一旦退くしか……」

勝つにはまだ足りない。
命を張れば何か出来るかもしれないが、まだ命の張りどころではない。
一歩を前ではなく後ろに踏み出さなければならないのは明らかだ。

「清姫……」

これまで出会ってきたものの中にはカルデアの英霊と同じ名を持つ者もいた。
理解している。自分のよく知る彼女と目の前の竜は違うと。
それでもどこか期待している部分がある。
いつもの彼女の姿で笑いかけてくれるのではないかなどと考えてしまう。
捨てなければいけない可能性だ。割り切らないとならぬ。

「安珍! 退こう! アサシンや橋姫と合流しないといけない!」
「それは出来ないかな」
「あぁ!?」

藤丸は我が耳を疑った。
今、目の前の坊主は何と言ったか。出来ないと言ったのか。

「言ったろう? 私は彼女を探していたんだ。呪いを解くために私は戦わないといけない」
「……!」
「死んでもいいさ。死ぬのは怖いけど一度は殺された身だからね」

やけになっているわけではない。
本気で言っているのが分かる。
このまま戦えば彼は殺されるだろう。安珍の命は見過ごせない。
彼が死ぬのを望んでいるのでいなければ、彼を助けたいと藤丸は思う。
竜が体をねじってとぐろを巻く。
続いてとぐろを解くように尾が振られ、土ぼこりと共に白の一撃が迫る。
飛びのいて避けたが視界が土で覆われてしまう。
周りを這う音と土ぼこりが包む。
速い。
その速度、獣となんら遜色なく。
だが獣よりもいく分猛々しい性質を持つ。

「藤丸さん。君だけでも逃げるといい」
「それは出来ない」
「君は私を嫌っているものだと思ってた。好きなのかい?」
「嫌いじゃない。清姫の事はあるけど、だからと言ってここで死んで欲しくないんだ!」
「そうか……」
「……安珍!」

次の一撃は背後からだった。
強烈な炎。
青く輝く美しい炎。
我らが身を焼かんとする致命の一撃。
避けられるか。否、断じて否。
広がる火を防ぐものがあろうか。

「よっしゃああああ!」

視界の端から飛び込む影。
安珍と藤丸の頭上を回転するように跳んできたそれは人の形をしていた。
両の手が彼らの服を掴む。
引っ張られる勢いのままに地面に放り投げられる。
衝撃。土の感触。
二人とは少し遅れて着地する人影。それは京のバーサーカー、橋姫。

「橋姫!」
「旦那の危機に飛び込むんも良妻の役目やな?」

にっと笑った笑顔に恐ろしい鬼の姿はない。
尽くされている安心を感じてしまう。
橋姫は笑顔を消し、鋭い目つきを目の前の竜に向ける。
近い背景を持つ二人。だが二人の立ち位置は明確に分けられた。

「で、ヤバい状況っちゅうんは分かる。あれは?」
「清姫」
「ああー! あれが清姫ちゃん? 会いたかったわー! 人の姿のあんたに、やけど」
「ちょっと手に負えるか分からない。だからいったん逃げたいんだ」
「うんうん。任しとき。どこまで出来るか分からんけど」

次の事を橋姫が言い切る前に竜が動く。
口から火球を一つ吹き出し、突進。
火球をかわせば体をくねらせて大きく曲がる。
巨体によるドリフト。大きさでも損なわれない敏捷性と小回りの良さ。
清姫の宝具で見られる竜と同じ力。
だから恐ろしさ、霊力ともに彼女を凌駕する。

「ふんぬ!」

橋姫が迫る白い肌を両手で防ぐ。
彼女の手から焼ける音と共に煙が上がっている。
爪を立てるようにしっかりと掴み、そのまま竜を持ち上げて叩きつける。
小柄な体躯に金剛力。鬼となった女の腕力は人の想像を軽々と超えていく。
竜がのたうてばそれだけで木をなぎ倒すが、暴れる竜を全身の力で抑え込む。

「アサシン!」
「分かっているとも!」

何もない場所から声がする。
空間が揺らめき、そこから現れたのは京のアサシン。
右手で抑え込まれた竜の腹に触れた。
アサシンの接触を確認した橋姫は、竜を持ち上げ放り投げる。
空中で舞う竜の身体。
まるで宙で受け身をとるが如く体勢を整えたが、浮いたまま軌道が変わる。

「くそ、すまない! スカッシュ!」

竜の腹が爆ぜる。
飛び散る血の赤が炎の赤に混じり蒸発する。
火を扱う竜でも流石にこの衝撃はこたえるらしく、悲鳴のような声を上げる。
その姿に心が痛むが、そうも言ってられないのが現実である。

「次だ、橋姫!」

竜が倒した木の一つに触れる。
それだけでよかった。
指一本触れるだけで、アサシンはそれを爆弾に変える。
大木を動かす力などアサシンにはない。
だが鬼であれば話は別。
まるで綿の如く軽々と木を持ち上げる。
竜が顔を上げたところに投げつけられる木。
そしてそれもまたアサシンの武器となっている。
太い木が内側から爆ぜ、竜の顔を襲う。
竜の吐き出す青い炎とは違う真っ赤な炎。
目に、鼻に、角に、顔全体に襲い来る木片と熱。
目くらましとしては十分すぎる成果。

「続いてこちらだ!」

今度は拳で地面を叩く。
そしてそのまま四人は山道を駆け降りる。
当然、竜が追う。だがそんなことは分かり切ったこと。
故にそれへの対抗策は即座に講じられている。
アサシンが先ほど触れた大地を爆破した。
土が盛り上がるように膨らむと、先ほど同様熱と衝撃が吹き出す。
赤々と燃える火が見える。
竜の巨体が仇となる。大まかな位置でもしっかりと当たる。

「このまま一気に下りるぞ!」
「うん!」
「私は……!」
「うだうだぬかしなや」

駆け降りる。
地を蹴り、木を避けまっすぐに走る。
エーテルの肉体と常人ならざる能力を持つ英霊。
藤丸も常人ならざる胆力と鍛え方をされてきたがやはり差と言うのはある。
やっとの思いで山から下りた時には体を地面に投げ出していた。
張り裂けそうな心臓。久方ぶりの全力疾走だ。
緊張の糸が切れると共に疲労感も襲ってくる。

「はぁ……はぁ……おぇ……ごほっ、ごほっ!」

藤丸の次に……場合によっては藤丸より苦しそうなのがアサシンだ。
膝を折り、二つ三つ咳こめば口から血の赤。

「はっ……あ、んん……だい、じょうぶ?」
「いけるとも……はぁ……うぅ……」

ひとまずは安全だろう。
息をゆっくりと整えていく。

「災難だった……山の竜に出会うとは……」
「あれは清姫だよ」
「なに? あぁ……君が前言っていた英霊だな? あの竜を我々は山の竜と呼んでいる」
「そのまんまや」
「そう。そのまんま。だがそれが分かりやすくていい。あれと山で会ったら逃げる。それがこの街の共通認識だ」

単純な英霊一基では心許ないという戦闘力だ。
単騎で渡り合えるのはよほどの格をもつ英霊ぐらいであろう。
ただの竜だが単純故の強みを持つ。
最も、竜退治の逸話を持つ英霊にいくらか心当たりはあるが。
ただしカルデアからの積極的な支援は望めない。
アヴェンジャーの清姫と出遭った時、何とかこちらに情報を寄越そうと通信をくれた。
この特異点の観測を行うことでカルデアにいくらかの負荷がかかる。
それは機械の熱暴走となって現れる。
まるでこの地に結界を張っているが如くだ。

「……」
「妙な事は考えるなよ安珍」

黙して三人から離れようとした安珍をアサシンが制する。
しかし覇気のない声だった。

「私は私の因縁と決着をつけなければならない」
「なんでそんなことにこだわる」
「過去の清算だ。清らかな身でなければ悟りなど開けようはずもない」
「そんな気持ちで竜の前に立つのか?」
「ああ……死んでもいい。彼女を退けることが出来れば、憂いなくまた修行の道に戻れる」

過去の清算。憂いを断つ。
それこそが京のキャスター、安珍の望みなのだろう。
はぐれサーヴァント。
清姫との縁にて呼び出された男がこの京の町を歩く目的がそこにあるのか。

「私の迂闊さで一人の少女を歪ませ狂わせたなら、その責任をとりたいんだ」
「責任って結婚したったらええんちゃうん?」
「それは無理だね!」
「それは止めて!」

否定する安珍。嫌がる藤丸。
同時に声を上げた過去と現代の二人の安珍は方針が違うらしい。

「私のやることに皆さんを巻き込むのは心が痛む。だから私一人で」
「いや勝てるわけないやん。現状をよう見いよあんた」
「……それはそうだけど」

バチンと安珍の横腹が橋姫によって蹴られた。
思わず声を上げその場にうずくまってしまう。

「命捨てるんは感心せんし。ま、竜退治なりなんなりは追々や。といってもあたしはあの子ぉ殺したくはないんやけど」
「僕もだよ」
「殺生は好まない……私だって同じだな」
「私は……いや、いい」

ひとまず一行は駐屯所に戻ることにした。

「ところで山菜は?」
「あ」

◆◆◆◆◆

「アサシン達が帰った?」
「ほう。竜に遭ったかと思ったがね」
「遭ったうえで帰ってきたみたいね」
「……それはいいな。実にいい」

不気味な笑みだ。
セイバーは立ち上がるとそのまま歩き出す。

「どこに行くの?」
「カルデアの坊主の顔を見てこようと思ってな」
「! ……なんで?」
「お前に教えてどうする。なに、竜から逃げおおせる男の顔を見ておこうと思ってな」
「……そう」
「安心せい。計画に支障が出るようなことはせんよ。すべては順調にだ」

セイバーを見送るアーチャー。
大きくため息を吐いた。
セイバーが近くにもいなくなったのを確認してからランサーに耳打ちをした。

「信長、いま訓練所にいるからそこに行って伝えてきて。『あと一時間ほど訓練を延長しなさい。報酬は明日一日の休暇で支払う』ってね」
「はい……分かりました」
「お願いね」

ランサーも部屋を出る。
一人残った部屋で腕を組んで思案顔。
足を崩し豪快にあぐらをかくと、普段以上に着物が着崩される。

(……計画は順調に進められる。そのはず。アサシン、あなたが上手くやれれば)

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最終更新:2018年03月21日 03:21