「おまえは人として当たり前の善良さをもつ」
◆向こう側にいる朱い瞳をもつ男は、そんなことを言う。
見覚えがない。率直な所感が顔に出ていたのか、男は面倒そうに顔を振る。
「おれの正体なんてものは今はどうでもいいんだ」
◆そう言われると気になるのも人の性というものだ。
ただ、ただちに問いただして判明することとも思えない。
首を縦に振ると、男は鼻を鳴らして言葉を続けた。
「それでいい。それでこそ、“鏡”だ」
◆聞き慣れない形容に、首をかしげる。
「おまえはいろんなサーヴァントと巡り合い、時に契約を結んできた。その数は尋常じゃあないだろう」
◆確かにその通りだ。ただしそれは、カルデアというバックアップがあって初めて成り立つ契約である。
自分が特別というわけではない。
「そう、おまえは特別じゃあない。単なる善良な一個人だ。だからこそ、おまえは“誰とでも”絆を深められるんだ」
◆――確かに。確かに、率先してサーヴァントと絆を深めようという努力はしている。
ある程度はその努力が報われているという自負もないわけではない。
自分が出来ることを、精一杯やっているだけだ。
◆それに、今は人理の危機という一大事の最中である。サーヴァントたちも、多少の譲歩をしているのだろう。
このような状況下ならば、きっと、誰でもできることなのだ。
「そうかもしれない。仲良くなれるのは決しておまえだけの特権ではないかもしれない。だからこそ、おまえは鏡足りうるのだ」
◆言葉は繰り返される。
「言葉の通りさ、サーヴァントたちはおまえを通して、自分自身を顧みるのさ」
◆そんな風に評価される覚えはなかった。
闇雲に否定したりはしないけれど、なんだかむず痒い。
「いや、それはいい。否定も肯定も必要ない。おまえはこれまで通り懸命に生きていけばいい。それはおれが保障しよう」
◆その言葉が嘘だろうと、特になにがあるわけでもない。
翻って、本当だと信じて損をする話でもない。激励は素直に受け取ろう。
なすべきことは変わらないのだから。
「いま一度、おまえの善良さを映し出せ。派手な争いも長大な諍いも必要ない。これから赴く場所はただそれだけで解決するのだから」
◆なんのことだ。そう思った瞬間、意識が飛んだ。
なにかに引っ張られるように。釣り上げられる魚のような気分だった。
最終更新:2018年03月27日 22:30