◆先ほどの自分が釣り上げられた魚だとするならば、こうして地面に寝転がっている自分はまな板の鯉なのだろうか。
いや、むざむざと手綱を握らせることもなかろう。
仰向けのままぼんやりと曇天を見つめてから三秒、意を決して立ち上がる。
◆なんだったのだろう、さっきの男は。などと疑問は尽きないが、立ち尽くすわけにもいかない。
今の自分にできる対抗手段を探していこう。
信頼するサーヴァントも見当たらなければ、カルデアからのバックアップも期待できない。
◆少し痩せ細った木々の真ん中に自分はいた。
いずれもさみしそうに枯れている。そのため、空も不自由なく眺められた。
空は変わらず黒く濁り、太陽の日差しもうかがえない。
薄暗闇の空はどこまでも続いている。
ふと、視線を下ろすと、遠くにうっすらと煉瓦造りの家々が見えた。
周囲を見渡すも、他にめぼしいものはない。
当面の目的はあの街でよさそうだ。
ひんやりとした風が頬を撫でる。
あの街で、少しは暖をとれればいいのだけれど。
◆枯れ木の森を抜けると、視界が一層ひらけた。
草木もない乾いた土が平坦に続いている。
詳しいわけではないけれど、きっと農作物も満足に育たないだろう。
そんな所感さえ抱かせる死した土地だった。
鳥が鳴く。甲高い声。こんな土地でも、生物はいるらしい。
なんだか不思議だった。
そんな感想でいいのかと思いつつも、しかしそんな感想が出てきてしまったのだから、しょうがないじゃないか。
そう一人で結論づけた。
◆森を抜けてしばらく歩いていると、街の方から人が現れた。男のように見える。
ただそれ以前に、人というよりは天使のようだ。背中には翼があった。
天使は羽ばたいて飛ぶらしい。
◆ただ、翼というにはあまりにも異質である。
ばさりばさりと羽ばたいているし、その動きにはおかしなところは見受けられない。
それでいて、異質。――そう、質感が、なんだか妙だった。違和感の正体はなんだろう。じっくり観察するには、彼の姿は遠い。
「…………」
◆ばさりばさりと羽ばたかせ、地面から三メートルほど離れたところに滞空している。
止まっているのになんだか忙しない。
ただ、こちらを睥睨する面差しからは、のっぴきならない現状が汲み取れる。
敵だ。確信する。
こちらには味方がいない。
すべきは一択。逃げる。しかし、逃げられない。
隙だらけの背中を見せるわけにはいかなかった。
◆こちとらさすがに人理修復を遂げた身だ。
彼は空色のシャツにベージュ色のパンツと、やたらと現代的な身なりをしているが、背中に宿した黒い翼は幻なんかではないと察せられる。
彼はサーヴァント、あるいはそれに準ずるほどの魔力を秘めた何者かだ。
長らくの沈黙を経て、いかようにも染められそうな白髪をかきあげながら、男は問う。
「間違いない。あんたがカルデアのマスターだな」
◆この期に及んで答えないという選択肢はないだろう。
しかし、はいその通りですって答えても、多分殺されるのだろう。予感は確信であり、事実でもあった。
最終更新:2018年03月27日 22:31