目を開けると知らない天井だった。
カルデアのものじゃない。
僕の実家のものでももちろんない。
巌窟王と過ごしたシャトー・ディフの陰気なそれでも。
下総のおたまさんの部屋のように落ち着くそれでもない。
ただただ殺風景で、義務的で、無機質。そんな天井が僕の目覚めを受け止める。
「……はて」
僕ほどになると今更動じない。
欠伸混じりに伸びをして、首を鳴らしながら考える。
今回は何に巻き込まれた? 此処はどこか、そんな疑問はどうせ僕の頭では解明不能なので無視する。
大事なのは何が原因かだ。
どこかの良からぬサーヴァントの目論見なのか、魔神柱の生き残り絡みなのか。
もし後者だとしたらマジで何体生き延びてるんだよあいつら。往生際が悪いにも程あるだろ。
全員僕の召喚したキアラさんに一本ずつ摘まれていってほしい。ゼパルも仲間が増えてきっと喜ぶぞ。
起床したベッドから足だけ下ろして、起こした上体で周囲を見回す。
「病院か」
どうやら、此処は病院のようだ。
こういう場所はナイチンゲール辺りと訪れたかった。
夜の病院ほど一人で挑みたくないロケーションもそうない。
にしても、歴史上そんなに有名な病院なんてあるんだろうか。
僕もこの二年間でだいぶ歴史に詳しくなったと自負してるけど、流石にちょっとピンと来ない。
マシュかダ・ヴィンチちゃんの解説がほしいところだが、こういう場合、まずカルデアの援護は期待できないので無い物ねだりはしないでおく。
どうやらこの病院自体が、隔絶された一つの特異点となっているらしい。
まあ、慣れた趣向ではある。
問題は、何のために、誰が此処を拵えたのかということになってくるが――
「分かるわけないよな」
それが分かれば苦労はしない。
だから、それを知るために進まなければならないのだ。
僕はベッドから立ち上がると、手ぶらのまま廊下へと出た。
廊下の景色も無味無臭といった有様だったが、しかし。
僕を出迎えるモノは、あった。
ゴーストの群れだ。
これまた、今までの旅で飽きるほど見てきた敵。
サーヴァント連れだと特に苦労もしない相手なのだが、今の僕にとっては逃げるしか勝ち筋のない上位者だ。
着ている服は戦闘服。ガンドを撃てばそれなりの効果はありそうだけど、一体を止めるだけじゃどうにもならなそうだ。
さて、仕方ない。逃げるか。
僕は一も二もなく踵を返して、駆け出そうとする。
その時だ。
「待って!」
女の子の声がした。
どこかで聞いたような声だ。
えっ、と振り返るとそこには爽快な光景が広がっていた。
僕を追いかけんとアホ面で急いでいたゴースト共の体が横一直線に割断され、白い粉に変わってぼろぼろ崩れ落ちていく。
完全に奴らの原型と敵性反応がなくなった時、僕の視界の先には白い少女がいた。
「……よかったあ、聞こえてくれて。
もしあたしの声が小さくて聞こえなかったら、どうしようかと思った」
白と水色のドレス、白磁の肌。
そして、砂糖菓子でできた身の丈ほどもある大剣を持った少女。
武器を持った見た目はとてもアンバランスで、まったく様になってはいない。
そんなところも含めて一から十まで少女らしい少女だった。
箱入り娘のお嬢様を思うがままに仮装させて家から放り出したみたい。そんな印象を僕は受ける。
「あたしはセイバー【ナーサリー・ライム】。お兄ちゃんの冒険をお助けする、サーヴァントなのよ!」
真名判明
砂糖菓子のセイバー 真名 ナーサリー・ライム
けれど彼女が口にした真名に僕はおったまげた。
ナーサリー・ライムといえば、ロンドンの特異点で戦った【魔本】じゃないか。
あの本、こんな女の子の見た目を取ることも出来たのか。
あの時は敵として倒しちゃったけど、最初からこの姿でいてくれたなら少しは対話の余地も生まれたかもしれないな。
「ロンドンでは悪かったね」
「? ロンドンがどうかしたの?」
「? いや、覚えてないならいい」
なんだ、覚えてないのか。
別に覚えていてほしい出会いと顛末でもないからいいが、少し驚いた。
それよりと、僕はセイバーのナーサリー・ライムに聞く。
「それで、僕は何をすればいい? 急ぎの用事があるわけじゃないが、後輩をあまり心配させたくはないからな。早めに帰りたい」
何度こういうことがあっても毎度新鮮にリアクションしてくれるのが僕の後輩だ。
男として、そろそろ彼女に気付かれる前に何事もなかったように解決するくらいの甲斐性は見せないところである。
僕の質問にナーサリー・ライムはくるりと回った。
いや、なんだその動作は。いるか? いるんだろうな。
「此処は病院なの。いろんなサーヴァントたちがね、心に痛みを抱えているの」
「なるほど」
「あたしの仕事はそういうみんなの痛いところを砂糖菓子みたいに優しく壊して、みんなを退院させること。
でもそのためにはお兄ちゃん、マスターとしてのあなたの力が必要なの。協力してくれる?」
「しないって言ったら帰れなそうだしな」
しゃあない、カルデアのマスターの業務の一環と思おう。
幸いにして、趣向自体はありきたりでシンプルだ。
心の病んだサーヴァントから痛みを取り除く……要するに倒して、最終的には病院の患者をいなくすればいい。
さしずめ少しばかり暴力的なカウンセラーか。
いいね、やってやろうじゃん。
「ありがとう! お兄ちゃんは優しいね!」
「よく言われるよ。優しすぎだとも言われる」
慣れた調子でそう返して、僕とナーサリー・ライムは夜の病院を二人、歩き始めた。
英霊病棟……はてさて、最初の患者は誰が待っているのやら。
最終更新:2018年05月04日 18:12