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現実に於て

こういう展開は初めてだなあ。藤丸立香はぼんやりと仰向けでひとりごちた。

ひとりごちるといってもそっとこころの中でだけ。それを聞く人間も人間でないものもここにはいないし、ひとりごちるとはつまりは独り言なのでこころで言おうが口に出そうがどちらでも構わないのだ。白い光を灯した魚がスルスルと藤丸の腕の間を通って後ろ頭をかすめていく。
修学旅行で沖縄へ行った時に、違うクラスの友人が体験学習としてダイビングをしたのだと自慢して来たことを何となく思い出した。
藤丸のクラスはといえば、アンディラガマという名前の戦時中に防空壕として使用された洞穴で当時の悲しい辛い出来事を聞かされながらそこを歩いたというあまり高校生には嬉しくない湿っぽいものがそれであったし、霊感があると吹聴していた女子が折り返し地点で痙攣しながら倒れたので、前にいた自分が負ぶって帰ったことくらいしか覚えていない。
カルデアでしたことをその頃にしていたら、またそれに触れた感触は違ったのだろうか。そんな風に考えるけれど、生憎修学旅行なんて高校までの三度しか体験できないことだったし、その中でも沖縄は一度だけ。帰って沖縄に旅行に行ったとして、確実に自分はシュノーケルと水かきを装備して焼けた肌と白い歯のインストラクターとともに青い海へと繰り出すだろうと藤丸は確信している。
だって、マシュも連れてくつもりだし。マシュも絶対喜んでくれるし。マシュの一度しか見てないあの白い水着もっかい見たいし。水着スゲー可愛かったし。めちゃくちゃ可愛かったし。そしたら水着着てもらいたいし。海じゃんそしたら。マシュと海で遊びたいじゃん二人で。なんかやばい島でイノシシに言われて施設建設するとかそういうのナシで。女神様のいる島で洞窟に向かうとかナシで。隕蹄鉄集めるのに上陸とかも却下。あっでも船長の船は良かった。あれは沖縄でも体験できないな。今のこれも多分経験できないけど。
取り止めがない思考がボヤボヤと辺りを漂っているうちに、肺の方から何かが逆流して来たような感覚を覚えた。それはそうだろう。多分肺がつぶれているし、つぶれていたら血くらい出る。最初にここに飛ばされたときにぐしゃりボキボキとあばらが折れるような音が激痛とともに身体の中でしていたからこれは確実だ。お陰で空気を大量に吐いてしまった。どこか他人事のように思いながら、目を開けているのか閉じているのかも茫洋としてしまう暗闇をじっと見る。さて、どうするか。

端的に説明して仕舞えば、藤丸は今海の底へいた。

光も届かない水の中は時々通る光る魚以外に見られるものはなかったので退屈していたし、あちこち死ぬほど痛いなとは思えど何故か死にはしなかったし気絶もしなかった。海水の中で目を開けるのも辛くない。もう慣れてしまった身体と思考で、最終的に藤丸は「よし、帰ったら俺らのドクターを張り倒そう。八つ当たりだけど」と強く決めたけれど、決めたとしてそこから先何ができるのか。指の一本すら重くて動かせない。なるほど水はまとめて乗せるとこんなに暗くてこんなに重いんだ。別の部分に気づきを得てから途方に暮れた。こんなんじゃレイシフトで人理修復も何もあったもんじゃない。
マシュはどうしているだろう、あの弱い身体で、こんなところへ放り込まれたんじゃないことを祈りたい。せめて浅瀬でチャプチャプしていてくれないだろうか。あの白い水着で。胸のとこのリボンが可愛いやつで。やっぱり一緒に沖縄行こう。絶対行こう。

脇をゆうるり光る魚がまた通る。また一匹、また一匹……さっきに比べると数が増えた。目で追って気がつく、提灯をぶら下げた不恰好なやつじゃない。すっと細くちいさい、清流に泳ぐ形の魚の鱗が、まるで女の子のするマニュキアのラメみたいにきらきらしている。反射する光なんかないはずなのに。
──にわかに辺りが明るくなった。

藤丸の眼には金魚のしっぽが見えている。
大きな半透明の黒いそれ。水を抱いてふうわりと膨らんでラメの魚と遊んでいた。その下に覗くのは真っ白な足だ。珊瑚みたいな爪まで付いている。
──ひとだ。
金魚じゃない。これは人の衣服だ。その人は華奢な足を持ち上げて、白い(今まで見えていなかったが白かったのだ)砂をそっと踏んだ。近づいてくる。
なだらかな細い足、ふわふわと水に浮く衣服は魚の燐光で奥の肌を透かして見せた。柔らかな曲線は少しだけ幼いように見えて、次に目をやった金魚の尻尾越しの上半身はすでに成熟した女のかたちをしているように藤丸には感じた。女性だ。
覗き込む顔は、光を巻き込んできらきら反射する目の印象がとても強かった。唇のぽってりした頬が薔薇色の愛らしい顔だ。あどけない形なのに少女なのか成熟した女性なのかは、やはり判別がつかない。こんな海の底ではっきりと彼女の顔が見えるのは何処か怪訝しい。ぼんやりと異常を意識した藤丸に、のんびりとそれは口を開いた。

「──こんなところでおひるね?あなたおもしろい人ね。はじめまして、ヨハン。」

ぷかりと泡が上へ昇って消えた。
清姫と同じ類の女性だろうか。動けないまま少し考えた少年は、自分の不安を横に置いておいて“助けて”と事態からの脱却をそれに要求し、それは見事に成し遂げられる。

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応為の言うには 覚醒妖神胎海495112834 老人、友人を騙る

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最終更新:2018年03月28日 19:55