かつて永倉新八は弟子にこう語ったという。
「沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣」
今、目の前にはその二人がいる。
恐ろしく早い太刀筋と身のこなし。
目にも止まらぬとはまさにこの事と思わせる猛者の剣。
カルデアの沖田総司と寸分違わぬ実力。
一方カルデアにその影法師の現れぬ斎藤。
こちらの天才はどうか。
「……」
「斎藤さん、大丈夫ですか!?」
「ええ……」
静かだ。
一太刀、また一太刀と打ち込んでいく。
だが見たところ精一杯の反応。食らえば重症を負うであろう鬼の攻撃に返す刀。
読み切っているというよりは必死に相手の攻撃に対応している。
派手さや荒々しさはないが、あらゆる強さを内包する腕がある。
若者は刀ではなく剣を振るう。
両刃のそれから放たれる赤い電撃は触れるだけで鬼の体に衝撃を与える。
(よし!)
「はァ!」
雷撃が鬼の動きを止め、沖田の速き連撃が鬼の四肢を切り裂いた。
明らかな隙。
狙わぬ者はいない。
「では……『壱ノ太刀当たらず、弐ノ太刀かすめ、参ノ太刀絶命』」
(なにあれ……)
思わず自分の目を疑った。
彼もスゥも行動の起こりを見た。
斎藤一が鬼に突きを食らわせようとしたのを目撃したのだ。
だが気が付けば斎藤は構え直している。
突いた瞬間が見えない。まるでその瞬間を飛ばして見ているようだ。
「『三段突き』」
やっと捉えたのは三つ目の突き。
それがとどめの一刺しであった。
鬼は喉を貫かれ物言わぬ塊となった。
「やりましたー! ゴホッ」
「ふぅ……沖田さん。血が」
「だ、大丈夫です……」
口から血を吐いた沖田だが割と見慣れた光景だ。
刀を納めた斉藤がこちらに目線を向ける。
「ん?」
斉藤が眉を歪める。
気付けば隣にスゥがいる。そこであぁ、なるほどと気付いた。
スゥと同化している間は外見がスゥと同じになるのだから、彼からすればいきなり男が出てきたように見えただろう。
「はじめまして。えっと……私はアルターエゴのサーヴァントのスゥ。こっちは人間のマスターちゃん」
「あー今のはなんて言うんだろう。そういう能力みたいな?」
二人で斉藤たちに頭を下げる。
斉藤と沖田も軽く頭を下げて応じた。
「……ひとまず駐屯所に来てもらおうかねぇ」
◆◆◆◆◆
新選組の駐屯所。
いつかの事を思い出しそうだ。
「改めて……俺は三番隊隊長。斎藤一」
「私は一番隊隊長沖田総司です」
「人類のアルターエゴ、スゥちゃんでっす!」
改めての挨拶。
それだけをして斉藤は沖田に視線を送る。
いかにも後はお前がやれと言いたそうな目だ。
口ほどにものを言う目に沖田が頷いた。
「えっと……貴方たちは」
「あたしとマスターちゃんは、えっと、旅人みたいな感じ? 色々な地区でやることがあるの。問題解決とか」
「問題……ここですと、『妖』の発生などですかね」
「そそそ。うん、京都……妖……駐屯所……鬼……」
「楽しい話。もしくはどこかの話ー」
にっと歯を見せて笑った。
「この京都に突然現れたんですよ。たしか……悪路王というものがあの妖たちの大将のようでして」
「知ってるのか、マスターちゃん」
腕組み。思案顔。しかし残念ながら答えは出ず。
「まぁ、悪路王がどんなのかは知らないけど倒さないといけないのは事実だね?」
「そうですね。ですが、どこにいるのか尻尾も見せていないので手の打ちようがないんですよ」
「そっかー……でも妖を倒してればそのうちたどり着けるかも」
また沖田たちによると妖に悪路王の事を聴こうとしても答えずに自ら命を断ってしまうらしい。
その時の様子は非常に怯えたもので、それは悪路王がただ妖を率いているというだけには収まらない雰囲気らしい。
統治の仕方が少し荒っぽいのだろう。
「悪路王。ヤバいねー。でも倒さないとね……よし、決めた! 私たち新選組のお手伝いするよ!」
「本当ですか!? それは……助かりますけれど……」
「ちょっと待ちなぁ」
口を挟んだのは斎藤一。
穏やかだが何となく緊張した雰囲気を纏っている。
「……たしかにそこのお嬢さんの力は強いだろうけどねぇ。妖も当然強い」
「で、でも勝ったもん!」
「押されてたように見えたが?」
否定は出来ない。
あの時、確かに押されていた。ただし剣の木札を使った結果は分からない。
もしも新選組の助けが来なかったときあの場を切り抜けられたかは不明だ。
完敗していたという気持ちはないが。
「……書状を持たせるか」
そう呟いて斉藤が立ち上がり部屋から出る。
それを見送ってしまう。
微妙な時間が流れる。居心地も微妙に悪い。
「あの、すいません。斉藤さん、悪い人じゃないんですよ。無口っぽいけどああ見えて意外とお茶目だったりするんです」
「誰がお茶目だってぇ?」
沖田がフォローを入れたあたりで斉藤が帰ってきた。
手には折りたたまれた二枚の紙がある。
そしてそれをこちらに突き出した。
「ちょっとした試験だ。この紙に書かれたところに行って書状を渡してもらおうか。大きな屋敷だから近くに行けば分かる」
「書状? 誰に渡すの」
「同盟の相手だ。この京都の街の情報はたいていそこに集まるようになってる」
「なにそれ。新選組が全部やってるんじゃないの」
「近藤さんや土方さんもいないし隊員も少なくてな、京都の街全体を俺たち新選組が監視するのは難しいのさ」
「あぁ。腕が立つ上に求心力もある。訓練は受けてないが統率は取れている」
その人物に会い、書状を渡すのが今の使命らしい。
それを断る理由はない。
◆◆◆◆◆
「つーかーれーたー。なぁーんで、こんなに遠いの? なぁーんで! ショートカット機能欲しい!」
思った以上に歩いている。
というか街中に情報網を広げているのなら近くの人間に言えばその人間に繋がるのではないか。
電話はなくともなにか上手くやってくれないものか。
そう思わずにはいられないスゥだ。
「ちょっとお腹もすいたよねぇ。マスターちゃんご飯はなに食べたい?」
「あーいいねー。スゥちゃんはもつ鍋とビー……あ……んっん! ……もつ鍋」
「あ、ごめん間違えた。スゥちゃん清楚だし永遠の17歳だから、もつ鍋みたいなごっついの無理無理。サラダチキン食べたーい」
「っておい☆ 目ぇそむけんな~」
この時代にサラダチキンという概念があるかは謎だ。
疲れているのか普段よりもおかしなテンションになっているのかもしれない。
しかし手元の紙を見れば目的地はもうすぐのはずだ。
「大きな屋敷って言ってたよねぇ」
藤丸が指さした先には確かに大きな日本的な屋敷だ。
紙に書かれた情報とも一致する。あそこが目的地だ。
たどり着いたという達成感のせいかスゥはぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「屋敷が見つかったよ! やったねマスターちゃん!」
見つけたは良いが目的は書状を渡すことだ。
ノックしてもしもしして屋敷に入らないといけない。
「えっと、この時代ってインターフォンとかないよね?」
「……戸は空いてるね。入っちゃおうか」
「見つかった時は理由を話したら大丈夫だと思う」
そういって屋敷の扉を開ける。
なんだか不法侵入をしているかのようだ。
空き巣と勘違いされてもおかしくない。自分たちが新選組に通報されてしまいそうだ。
「誰もいない?」
「もちろん」
「誰だ?」
背後からの声に背中がびくりと跳ねる。
「(おるやんけ!)」
ゆっくりと振り返る。
長く伸びた赤い髪。藤丸はこの人物を知っている。
コサラの王。若々しい見た目。彼はラーマ。セイバーのサーヴァントだ。
「異国の者か? それとも別の地区の者か? ここは余の屋敷だ。なんの用で中に入った」
「あ……あ、あーえっと……その、こ、これは……」
動揺しているのか急に弱気になってしまった。
それを見かねたのか藤丸はスゥの手から書状を抜き取り、ラーマへと渡した。
これで目的は達成された訳である。
「む? 誰からの書状だ?」
「ほう、彼からか。汝らも新選組か?」
ラーマは藤丸に言葉を返しながら書状に目を通した。
そして納得したように頷いて、書状を懐にしまう。
「まぁ、疲れただろう。聞きたいこともある、中で休んでいくといい」
「やったー!」
「ラーマ様!」
スゥが屋敷に入ろうと足を踏み出した時、門の方から声が飛び込んだ。
焦った様子の男性が入ってくる。
顔全体に汗を浮かばせ、息を切らせている。
「どうした?」
「蛇が……蛇がこっちに向かっていて!」
蛇。妖の類かと身構える。
その様子を見てラーマは二人を制する。
「気にするな。屋敷の中にいるといい。余が対応する」
「……でも」
「汝らが特殊な力を持っているのは知っている。しかし疲弊しているのだろう?」
「ぜ、全然。超元気だから」
藤丸にとってすればここでそうですかと奥に引っ込む方が気が重いのだろう。
まっすぐな目がラーマを見つめる。
「時間もない。分かった。手を借りよう。だが無理はしないでくれ」
分かったと二人は頷いた。
藤丸はズボンのポケットに手を入れる。握り込んだのは剣の木札。
セイバーのクラスの力を借りることが出来る道具。
いつでも使えるように集中する。
三人が門の外に出ると熱気が肌にぶつかった。
まるで火事の近くにいるようだ。見れば道端に火が上がっている。
いくつかの建物に火が移っている。
このまま放っておけば大変なことになるのは明らかだ。
「あ、あそこです!」
怯えた男の目。その先には一人の少女。
「あの女が突然、蛇に姿を変えるんです……!」
「汝は他の者を集めて火を消す準備をしてもらえるか。すぐに終わらせる」
「マスターちゃん?」
あの少女にも見覚えがある。
火を放つ少女。蛇に転身する少女。燃えるような愛によって身を焼いた少女。
カルデアに影法師を残す英霊、清姫。
「やりにくい?」
「……そっか。でも、やらないといけないから」
スゥが藤丸と同化する。
その時、藤丸は負担が弱くなっているのを感じた。
はじめての時よりも苦しくない。
(竜か……ちょっと怖いけどやるよ! 私はお優しくないかんねー!)
「行こう!」
最終更新:2018年04月01日 00:12