「こちらチャンバラ地区こと『誠・残酷無双』のゲームエリアでござーい」
いかにも物騒な名前であった。
「んー。ほら、ゲーム内ゲーム? 劇中劇っていうのかな? ミニゲームともちょっと違うけど」
自分のいるゲームはあらゆるゲームを内包するものなのだろう。
なんとなくそう結論づけた。
とにかくゲームをクリアすればいいのだからあまり気にすることではないかもしれないが。
「このゲームはっと……えっとね、『跳梁跋扈のKYOTOを駆け回るチャンバラバトル&アドベンチャーゲーム!』らしいよ?」
「そそそ」
ゲーム内容を確認して、改めてチャンバラ地区の風景を見る。
まるで時代劇の中にでも入ったようだ。
結構リアルに作られているのだろう。
もっともその時代に生きたわけでもなく、その時代に行ったわけでもない。
考証だとか細かい部分はわからないけど。
「じゃマスターちゃん。まずはお着替えしなきゃね」
「え? じゃないですわよー。そのカッコ、目立っちゃうぜい」
「いやいや、こういうのは雰囲気も楽しんでなんぼよ?」
「そうそう。二周目は特典とかDLCのヤバめの服で雰囲気壊しながらやるでいいけどさ」
けらけら笑っている。
ゲームの楽しみ方は人それぞれだ。
「ま、着替えよ着替えよ。あそこにいいお店あるからさ」
指さした先には商店。別に断る理由もないだろう。
着替えないと人の目を引くのも確かだ。
店内に入ると若い男性が迎え入れてくれた。
「いらっしゃいませ……どこか別の地区の方ですか」
「そんなとこ。この格好だと目立っちゃうから服を買いたくて」
「あぁ。そういうことでしたらこちらにおひとり様ずつどうぞ」
「先行っていい?」
順番にこだわりはない。
レディファーストという訳でもないが順番を譲ろう。
彼の言葉にスゥはニコニコ笑っている。
純真な顔だ。それにやっぱり幼い雰囲気がある。
「覗くなよ? 『ボタン連打で大接近!』とか『マウスを連打しないとタオルが落ちるぞ!』とか、ないかんね? ほんとにないかんねー!」
店の奥にスゥが入っていく。
自分は店の中を見てまわろう。
店内は雑貨屋のような雰囲気だ。
簪などが置かれている所もある。呉服屋ではなさそうだが和服も扱っているらしい。
目に止まったのは一つの木札だ。
剣と焼印が押されている。
馴染みがあるものではないが何となくピンときた。
手に取ってみる。なぜだか懐かしい様な心強いような力を感じる。
「きゃー! マスターちゃん! マスターちゃーん!?」
先ほどとは違う騒がしさでスゥが戻ってくる。
着替えは済んでいない。中途半端にはだけた着物のまま走り込んできた。
その姿に反応することは出来なかった。
というよりも反応している場面ではなかった。
スゥのあとに出てきたのは店員……ではなく一体の『鬼』だったのだから。
「やばいやばいやばい! あの鬼、店員の振りしてた! マスターちゃん! やるよ」
スゥが彼の体に同化する。
あの時のように体の異常を感じるがもう耐えられる。
すでに経験したつらさだ。
(いくよ!)
跳躍、回転、蹴撃。
足の裏で押し込むかのような後ろ回し蹴りが鬼の腹にめり込む。
苦し気にうめく鬼。が、その力は芯までの到達とはならず。
鬼の肉体。まるで岩の如く強固。さらにゴムの如く柔軟。
にぃっと笑った鬼の手が足を掴み、自分達を放り投げる。
棚にぶつかるが、それでは勢いは死に切らない。棚自体をへこませ体が少しめり込んだ。
痛み。肺からすべての空気を吐き出したかのようで、頭痛のゆうな刺す苦痛と目の明滅。
(きっつぅ……出力上げるかぁ……?)
続いて仕返しのような鬼の飛び蹴り。
間一髪かわせば棚に大穴を空け、中の商品が砕ける音が聞こえる。
なんという力だろうか。
(いったん広いところに!)
全力の力を持って店の外に飛び出した。
道を行く町人はただ事でない事態を察知したらしい。
逃げる者、野次馬根性でこちらを見ている者。
どちらにしてもこの場所が危険な場所であることを瞬時に理解したようだ。
(来たね!)
鬼が棚から足を振りぬき、棚を放り投げる。
投擲と同時にこちらに向かって走ってきている。
両の腕を広げて棚を迎え撃つ。
しっかりと両手で棚を受け止め、斜め上に放り上げた。
(いくぜいいくぜい!)
またも跳躍、回転、蹴撃。
しかし今度は縦の回転。踵落としを見舞う。
カルデアの鬼。大江の山にいた酒気の鬼。その一撃。
踵は棚を押し込み、棚はつっこんでくる鬼の頭をとらえた。
壊れる。砕ける。かろうじてまだ棚に乗っていた商品がまき散らされる。
飛ぶ木片。貫く踵。鬼の眉間に彼の足が叩き込まれた。
(まだまだ!)
片足が鬼の頭に乗ったまま、反対の足が地面に到達する。
そのまま地面を蹴り上げ、もう片方の足を振り上げた。
虎の顎のような一撃。顔面を挟み込む一撃はさすがの鬼も答えたのか体を地面に預けた。
(やってない!)
並の相手なら倒せていたかもしれない。
だがこの相手は鬼なのだ。立ち上がる。立ち上がれる。
そのタフネス侮りがたし。
「ウォォォム!」
鬼が雄たけびを上げれば野次馬すらも逃げていく。
さっきまでとは雰囲気が違う。怒気、闘気とまじりあいまさに悪鬼羅刹の如く。
倒れた姿勢からのぶちかまし。
さすがに受けきれず。今度はこちらが倒れてしまう。
上から下に鬼の拳が降る。
間一髪の回避。めりこむ拳。ひび割れる大地。受ければ割れたのは自分の頭蓋。
(あぶなー……)
次の一撃を食らう前に敵の足を蹴り飛ばす。
押し込むように足が動き、鬼が片膝を付ける。
そのまま体全体を使って足を動かし、鬼の体を横に転がしてしまう。
柔かい術。体格差のある敵でも相手取れる技術というものがある。
放られた棚からあふれた商品達。
その中に剣と書かれた木札があった。
何かが告げる。何がだ、直感がだ。
あの木札が自分にとっての切り札になるかもしれないという根拠のない自信。
全力疾走。木札をとる。
(マスターちゃん、これ。すげぇー!)
(伝わってくる。この木札があればセイバークラスの力が使えるって、理解できる!)
(もちろん! このまま殴り合いだと向こうが有利かもだし、セイバークラスの英霊を強く思い描いて!)
どうやら直感は正解らしい。木札を握り、強く思う。
思い出されるセイバー。全身を覆う鎧。
紅き雷光。すさまじき一撃。荒々しい連打。
そう、あの英霊は反逆の騎士『モードレッド』
木札が剣に変わる。美しい。握るだけで力があふれ出す。
体勢を立て直すには十分すぎたか鬼が体勢を立て直す。
(うん!)
「そこまでです!」
剣を振り上げたがそこに割って入る声。
誰かがこちらに駆け寄ってくる。
自分の脇を吹き抜ける風。否、風ではない。人だ。
浅葱の色の羽織。誠の文字に見覚えあり。
新選組。そしてその俊足にも覚えがある。
「御用改めです! 新選組一番隊隊長、沖田総司」
カルデアにいる女の沖田と同じ声同じ姿。
そして彼女の名乗りの後に一人の男性が続く。
走ってきた男は、沖田ほどではないがなかなかの健脚だろう。
すらりとしたスタイル。目を引くのは右腰に差した刀。
「新選組三番隊隊長、斎藤一。通報を受け馳せ参じた次第」
「この鬼は私たちが相手をします。あなたは下がって……」
「はい? そんな……いえ、あなたは……」
「……どうやら、その人ただの人間じゃなさそうだねぇ」
二人に並ぶように一歩前へ。
ここまでやって、後は任せたとは言えない。
共同戦線だ。
「ま、数は多い方がいい。それにここで言い争ってる時間もない……やるぞ」
「は、はい!」
(よっしゃ!)
三者三様の剣士が立つ。
三対一。鬼であろうと容赦はしない。
最終更新:2018年04月01日 00:13