第4節:獅子の城(1)


 ――――あの後、立香たちが戦場を離れると……待っていたのは蛇竜宮司の配下らしき雑兵だった。
 一度は敵対した陣営だ。
 思わず身構えるも、彼らは敵意が無いことを示すと立香たちを案内した。

 ……遥か後方で、魔力の衝突があったことを立香たちは理解していた。
 戦場で、大きな激突があったのだ。

 退いた判断は、はて正しいものだったのか。
 あの戦場にいれば、まだできることがあったのではないか。
 そう思った。思ってしまった。
 思ってしまったが……ホームズに視線をやると、彼は少し申し訳なさそうに首を振るのだった。

 ……わかっている。
 対軍、対城規模の宝具の打ち合い。
 そんな危険な三つ巴の渦中にいては、無事でいられる保証もない。
 小次郎が愛竜暴君……エリザベート・バートリーに重傷を負わせた。
 今回の所は、それで満足しておくべきだろう。
 もしかすると、その後の戦闘で彼女が消滅している可能性もあるのだし。

 ともあれ、案内に従い山中を移動すると、やがて谷に出た。
 暫し待ってほしい、と言われるがままに休んでいると……現れたのは、戦場で見たあの巨大な機動要塞だ。
 木柱を組み合わせてできたような、奇妙な蛇竜。
 ……それが、急に現れた。
 これほど巨大なものの接近を、知覚できないわけもなかろうに――――それは唐突に、立香たちの前に現れたのだ。

 これも蛇竜宮司……武田信玄が持つ、何らかの能力なのだろうか。
 静かなること林の如し――――そんな言葉が、立香の脳裏をかすめた。

 ともあれ、奇妙な形をしているがこれも城。
 当然のように、中には人が入るスペースがある。
 御館様から、貴殿らに話がある――――そのように言われるがまま、立香たちは蛇竜の中へと乗り込んだ。

 中に入ってみれば、意外なほどに真っ当な“城”である、というのが立香の感想だ。
 いつぞや飛んだ下総国でお邪魔した城などと、印象として変わるところはさほどない。
 無論、蛇体故にかいささか“長い”つくりにはなっていたが……その程度だ。
 なんらかの仕掛けによるものなのか、今も蛇竜が地を張っているだろうに揺れの類もあまり感じない。
 それでも珍しい点を上げるなら、窓が見当たらないことと……ところどころに、注連縄や鳥居を見かける事か。
 この城そのものが神域である――――そう言わんばかりに、それらは存在を主張していた。

 横を見れば、ホームズも同じように城内を観察しているようだった。
 名探偵の瞳が、注意深く蛇竜の体内を見回している。

 弁慶と小次郎は、奇襲に備えてか警戒しつつ立香の両脇を固めていた。
 先ほどは助けてもらったが――――少なくとも一度、蛇竜宮司の陣営とは敵対していた過去がある。
 これが全て罠でない証拠はどこにもなく……二人の武芸者が安全を確保しようとしてくれているのは、嬉しくもあった。

 ……そしてドン・キホーテは、意気揚々と案内役のすぐ後ろを歩いていた。
 彼にとってなんら恥じるべきところ、あるいは恐れるべきところはないようで、胸を張って堂々と鎧を鳴らしている。

「その、ドン・キホーテは……警戒とか、しないの?」

 立香も大概警戒心が無いと言われるが、その立香をしてもこれは相当だ。
 老騎士は怪訝そうに振り返ると、一拍遅れて大笑い。

「わっはっは! 遍歴の騎士たるもの、旅先で城主の歓待を受けることは実によくあることであるからして!
 蛇竜宮司が真に思慮深き城主であれば、勇者を騙し討つ不名誉は避けるであろうし、仮にそうなったとしても、吾輩の武勇を以てすればなにも問題は無い。
 なぜなら、正義というものは必ず勝つようにできており、それこそが神の思し召しというものだからである!」

 ……それがあまりにもあっけからんとしているものだから、立香の方も毒気を抜かれてしまった。
 この底抜けの考えなしが、この騎士の美点なのだ。
 肩の力が大分抜けたように思う。他のサーヴァントたちも。

 そしてようやく、案内役が足を止め、跪いて襖を静かに開けた。
 彼はもう動こうとしない。
 そのまま入れ、ということらしい。

 ドン・キホーテを先頭に、部屋の中へと入っていくと……待っていたのは、初老の男だ。
 既に見た顔である。
 先ほどの戦場で、鉄砲隊を率いていたサーヴァント。
 立香たちの姿を見ると、胡坐をかいたまま両手を広げ笑って見せた。

「おお、よく来たのう。待っておったぞ!」

 部屋の中を見回してみるも、他に人の姿はない。
 どうやらこの部屋には、彼しかいないらしい。

「……蛇竜宮司から話がある、と聞いてきたのだがね」

 咎めるように、ホームズが眉を顰めた。
 すると初老の男は顎の無精髭を撫でながら意地悪く笑い、値踏みするような視線をホームズに向ける。

「うむ。御館様からも、ちゃんとお主らに話があるとも。
 しかしいかんせん、御館様もお忙しい身でな。まずは少し、儂と話そうではないか」

 お互い、聞きたいことは山ほどあるだろう――――そう言って、彼は顎をしゃくった。
 座れ、ということらしい。
 立香たちは一度目を見合わせる。小次郎が肩を竦めるのが見えた。
 ……この期に及んで、ごねる理由も無いか。
 実際、彼らに聞きたいことは山ほどある。
 そう判断し、立香たちは……ドン・キホーテは一足先に座っていたが……めいめい楽なように座り込んだ。

 座り込むことで視線の高さが平等になり、改めて初老の男と向かい合う形になる。
 改めて見るに――――獣のような男だと立香は感じる。
 ニィと笑う姿は、獰猛な獅子を想起させた。
 老いてなお、狡猾にして強靭な老獅子……それが、立香が彼に抱いた感想である。
 しかしどこかで、人懐こい気配もある。
 生気に満ちたその姿は、どこか滑稽であるような、親しみやすさのようなものを感じさせた。
 それに、なんだか誰かに似ているような気もする。
 どこかで、このような人物に会ったような気がするのだ。
 ……もちろん、記憶の海を探ってみても、そのような記憶は特に見当たらないのだが。

 ああ、自分はこの男に、好感を抱こうとしている――――

 ……それが逆に恐ろしく、油断ならぬと思わせる。
 老獅子はそれすらも見通しているかのように、ニタニタと一層愉快げに笑った。

「そう警戒するな。茶でも持ってこさせるか?」
「いや、結構……紅茶であれば、喜んで所望したところだがね」
「そうか。ではまず――――先ほどの戦働き、大義であった」

 いかにも偉ぶった発言……それが様になっている。
 この男も、ひとかどの武将だったのだろうか。

「うむ! 吾輩も騎士として、正義のために戦う義務を果たしたまでである!」
「わはは! 金竜覇王の連中に聞かせてやりたいわい」

 ドン・キホーテがやたらと生き生きしているが、流石に交渉事を彼に任せきりと言うのも危険だ。
 決して悪い人間ではないのだが……彼が狂気に身を浸した人間だということも、やはり事実なのである。
 意を決して、立香が口を開く――――直前に老獅子が先んじた。

「さて――――まずは、なぜ儂らがお主らを助けたか、からかのう?」

 ……そうだ。
 まずは――――そこだ。
 敵対していたはずの蛇竜宮司が、なぜ自分たちを助けたのか。
 疑問を先回りして提示され、咄嗟に立香は言葉を噤む。
 それを肯定と受け取ったか、老獅子は人懐っこい笑みを浮かべた。

「無論、利があったからな。さほど難しい理屈は無いわい」
「利、というと、つまり――――」
「是非も無し。この三つ巴を制すための利に他ならん」

 そう言うと、彼は懐から四つの碁石を取り出した。
 黒が三つ、白が一つ。
 畳の上に黒石を三角形に配置し、白石を手で弄ぶ。

「お主らも知っておろうが……現在、この島は三つの勢力が相争っておる。
 “金竜覇王”の竜騎士連合、“愛竜暴君”の亡者軍団、そして儂ら“蛇竜宮司”の武者行列。
 そして厄介なことに、この三陣営は適度に拮抗してしまっておるのよ。どこかが潰れん程度にな」

 どこかひとつの陣営に攻め込めば、確実に残りの一陣営が漁夫の利を狙ってくる。
 それを避けるためには、三つ巴の大乱戦でケリをつけるしかない。
 ……だが乱戦は不確定要素が多く、どの陣営もうまいこと攻めきれない。
 そのために、随分と長いこと三陣営は小競り合いを続けている――――というのが、この特異点の現状だ。
 何度も、立香たちも確認した現状である。

「当然、どの陣営も他の陣営を突き崩すために水面下で動いてはいた。
 ……ああいや、愛竜暴君はどうだか知らんが、少なくとも儂らや金竜覇王の連中はの。
 しかし困ったことに工作能力も拮抗しておってのー。どうやっても、状況が変化せんのじゃよ」

 老獅子は困ったように顎の無精髭を撫で(これはどうも彼の癖であるらしい)、嘆息する。
 ……そしてゆっくりと、鋭い瞳を巡らせた。

「――――だが、変化があった」
「……我々か」
「うむ、いかにも」

 小次郎の呟きに、満足げに頷きを返す。

「サーヴァント四騎を従えた第三……もとい、第四勢力。
 お主らの登場で、否応なしにこの戦場は変化するじゃろう。
 となれば――――お主らをこちらに抱き込むことこそ、勝利への道である。
 御館様は、そのように判断されたわけよ。まぁ儂も同意見だがの」

 なるほど、道理である。
 三つの勢力が拮抗しているのであれば、他の場所から戦力を引っ張って変化を起こすしかない。
 そしてその変化は、自分たちに都合のいいものでなければならない。
 となれば――――カルデアと連携を取り、他の勢力を叩くというのは極めて理に適っている。
 当然と言えば、あまりに当然の戦略だ。

「…………」
「信用ならんか?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「よいよい。儂らの狙いはブリタニアの天下。いずれお主らとは敵対する運命にある」

 ……ブリタニアの、天下。
 改めて、彼はその言葉を口にした。
 蛇竜宮司の目的――――この島を、支配下に収める事を。
 …………当然、日本の戦国時代の武将が六世紀のブリテン島を征服した、などという歴史は存在しない。
 歴史を正すために戦う立香たちとは、決して相容れない理想。
 堂々とそれを告げた男は――――しかしやはり、人懐こい笑みを立香に向ける。

「とはいえ、手を取り合えるところは手を取り合って行こうではないか。
 いずれ袂を分かつとも、互いに互いを利用すればよい。
 お主らの方も、三陣営を纏めて相手するのは中々骨じゃろ?」

 それを言われると、その通り。
 相当な好条件が揃った先ほどの戦闘でさえ、愛竜暴君に手傷を負わせるのがやっとだった。
 他の陣営に気を払いつつ、速攻を仕掛けて将の首を取る――――言うは易いが、至難のことだ。
 先ほどはカルデアが他の陣営にとってほぼ初見だったが、次からは相応に警戒もされるだろう。
 このまま三陣営を同時に相手取るのは、相当に苦しい展開と言えた。

「なぁに、破綻を見据えた同盟も戦国の倣いよ。
 愛竜暴君と金竜覇王……この二陣営を平らげた後、改めて戦をすればよい。な?」
「……ひとつ、気になったことを尋ねても構わんかな?」
「おお、なんじゃ」

 両手を広げて鷹揚に語る男に対し、静かに問いを投げかけたのは小次郎だ。
 片目を瞑り、怜悧な独眼が老獅子を見据えていた。

「そも、貴殿は何者なのか、と……少しばかり気になってしまってな。
 どうも戦国の武将であるようにお見受けするが、武田の郎党だろうか?」

 待ってました――――言わんばかりに、男は懐より扇子を取り出した。
 バッと開けば、扇子に描かれているのは木瓜紋。


「――――――――是非も無し。名も知れぬ武将が相手では、同盟の算段にも気が乗るまい」


 ――――見たことがある。
 この家紋は――――見たことがある。
 有名な……最も有名な戦国武将の、家紋であったもの。
 老獅子が、ニィと獰猛で悪辣な笑みを浮かべた。


 ――――――――――――まるで、魔王のような笑みを。



「我こそは、天下に名高き“第六天魔王”――――――――――――『織田信長』、である」



 知らない顔の、知った名前が、そこにいた。


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最終更新:2018年05月29日 02:53